「この世界」の日常   作:黒ピ

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かつてエインシャント卿と名乗っていたロボットの平穏な一日の話。


#3 生きていく理由がある

AM6:00

 

私の一日は、体に内蔵してあるアラームのけたたましい鳴動音から始まる。

 

ジリリリリリリリ…

 

「…うむ、もうこんな時間か」

 

体の下部に挿してあった充電コードを抜き、代わりに可動する胴体部に繋がっているコードを下部に挿入した私は、すぐさま自室を出る。

 

「ふぁ…、おはよ、パパ様」

「おはようございます、父様」

 

オートマチックな自室の扉が開いた先には、私とよく似た姿――双眼鏡の様な長方形の頭部とメカニカルな腕、

非常に細い胴体と平らに近い形の下半身を持つ機械が、色は桃色・深緑色と違えど、目の前に二体…、いや二人存在していた。

 

何よりも愛おしい彼らの姿を視認できた私は、何時もそうするように、朝会った時の一般的な挨拶を脳内で処理する間もなく紡ぎ出す。

 

「…ああ。おはよう、私の可愛い『子供たち』。」

 

 

私の名は、『ロボット』。

 

「この世界」で最も人気のスポーツ『大乱闘』のファイターとして働いており、

『マスターロボット』や『ROB』、『HVC-012』あるいは『エインシャント卿』なんて呼ばれたりもするが、

10年以上前のあの日に大切なものの多くを喪ってしまった私はもはや只の動く機械でしかない。

 

「パパ様、今日のご機嫌はどんな感じ?」

「…ああ、とても良い感じだよ」

「それは何よりです。父様の調子が宜しい事は、我々にとっても喜ばしい事ですから」

「そうかそうか。…お前達は本当に優しい子達だな」

 

…あの日、何も守ることの出来なかった私のことを、それでも『父』と呼んでくれる子供たち。

 

桃色の方は、名を『コトノハ』と言って、アクセサリー作りが大好きで温厚な性格の17歳の女の子。

深緑色の方は、『メイデイ』という名前で、どんなことでも要領よくこなしてしまう15歳の男の子。

 

二人とも、本来であればあの日私の故郷と共に消えてしまう運命にあった。

 

だが、光の化身と混沌と闇の化身が「この世界」で起こした事件の際、

創造欲の化身が放った光と破壊欲の化身が放った闇によって、彼らは現代に呼び出され、救い上げられた。

 

……本当は、この下にもう一人、この二人とは随分歳の離れた男の子がいるのだが、その子とは故あって離れて暮らしている。

 

どの子も何よりも大切な我が子であり、今、私が生きている理由の一つも、現在「この世界」で生きている彼らのためだ。

 

「姉様、そろそろ自宅を出る時間です。」

「あ、ほんとだ。じゃあ、そろそろ行くねパパ様」

「ああ、行ってらっしゃい二人とも。今日もマスターハンドやクレイジーハンドのお手伝い、しっかりと頑張るんだよ」

「はぁい」「了解です」

 

コトノハとメイデイは、私の言葉に対してやはり快く返事をしてくれた。

その直後に、二人の体がそれぞれ光と闇に包まれた。

 

一秒も経たないうちに、二人の姿は、人間のものと同等の形に変わっていた。

 

コトノハは、三つ編みで束ねた長い桃髪と巫女装束を着用したスレンダーな少女に、

メイデイは、濃い緑の短髪に深緑の燕尾服姿の少年に、それぞれ変化している。

 

「それじゃあ、」「それでは、」

「行ってきます。」「行って参ります。」

 

化身達の元で働くための姿になった子供たちは、晴れやかな笑顔をこちらに向けた後、玄関扉の向こう側へと出かけていった。

 

 

AM7:30

 

ウィーン、ズズズー

 

子供達を見送った後、私は自宅の清掃をしていた。

マスターハンドから頂いた特製の掃除機と共に部屋という部屋を移動しながら、家じゅうの塵や埃を跡形も残さず駆逐していく。

 

この自宅もあの創造欲の化身からの贈り物だから、大切に扱わないといけないな…。

 

ウィーン、ズゾゾゾゾー

 

私や私の子供達を何かと気にかけてくれるマスターハンドへの感謝の言葉を電子頭脳の中にだけ書き込みながら、私は家の隅々まで綺麗にしていった。

 

AM8:00

 

ピロリン♪ピロリン♪

 

掃除を終えた頃、私の電子頭脳内に着信音が響く。私はすぐさま反応し、通信を開始した。

リアルタイムでの肉声の通信を送ってきたその相手が誰であるかは、既に分かっている。

 

『おはようございます、マスターロボット。調子はいかがですか?』

「ああ、おはようマスターハンド。私なら全く持って正常だ。…もしや、大乱闘の呼び出しだろうか?」

『ご名答。今から1時間半後にバトルロイヤルが始まりますので、貴方に参加していただきたいと思って』

「ああ、良いとも。私も丁度思い切り身体を動かしたかったところだからな。」

『ありがとうございます。では、1時間後にスタジアムまで召喚いたしますので、それまでに準備の方をお願いします。』

「ああ、了解した。」

 

業務命令を承諾し、通信を切ろうとしたところで、『あ、最後に一つだけ』という、つい先程よりも柔和な声が聴こえてきた。

 

『……今日の夕方、少しお茶でもしませんか?』

「…ああ、ぜひとも」

『では、また後ほどお会いしましょう』

「ああ、また後で」

 

ガチャッ

 

短く約束を交した後、私は通信を切った。

 

 

AM9:00

 

予告通りの時間に私は、先程までいた自宅から白を基調とした綺麗な部屋へと一瞬で移動『させられた』。

 

充分な広さのある部屋の中には、一人分のロッカーと鏡、テーブルとイスのセット、それから観葉植物が置かれており、

既に数多の試合に出場していた私は、現在自分のいる場所がファイター用の控室であることを、1秒もかからずに認識出来た。

 

ガチャリ

 

扉の開く音に反応して体全体をそちらへ向けてみると、眼前には二人の少女の姿が確認できた。

 

「おはようございます、マスターロボット様♪」

「ああ、おはようポップ。今日も元気そうだな」

「僕もいるよ、パパ様」

「ああ、分かっているよ可愛い娘や。お仕事はちゃんと頑張っているかな?」

「もちろんだよ、パパ様。今はポップと一緒にファイター達の控室を回ってるところ」

 

扉の前に立っていたのは、かつて亜空軍の兵士だったエプロンドレスの少女と私の愛娘。

この二人はとても仲が良く、仕事が無い時には一緒に出掛けたりすることもある。

 

「…そういえば、ポップ」

「はい、なんでしょう?」

「『あの子』は…、最近どんな様子だろうか?」

「それについてはぜひとも聞いてもらいたいです!というのも『彼』、ここ最近ずっと良い感じなんですよ♪

クッキーとホットケーキの作り方もマスターして、九九も6の段まで言えるようになったんです!それから、こないだ初めてお友達もできたんですよ!」

「…ほう、あの子に友達が」

「はい♪昨日も一緒にお店巡りしてましたし。…まぁ、彼自身はそのお友達に殆どグイグイ引っ張られてた感じではありますが」

「…その様子だと、息災なようだな。」

「……ただ、時々やっぱり一人で塞ぎ込んでしまってることはあって、その時は部屋の隅とかで丸まってたりします…。

わたしも、なるべく彼の相談を聞こうとはしてるんですが…」

「……あの子、なかなか自分のこと話したがらないものだから…。僕にだってそんな感じだし…」

「……そうか。…しかしポップ、君が気に病むことなど無い。君はとてもよくやってくれていると、私も思っている。

あの子の為に色々と手を尽くしてくれて本当に感謝しているよ」

「いえ、そんな…。わたしなんて、見守ったりとか生きるために最低限必要なことを教えるぐらいのことしか出来てなくて…」

 

私と離れて暮らしている『もう一人の息子』の話。

 

現在その子の面倒を見てくれているポッパラムから、その子の様子を聞く度に喜びの感情で電子頭脳が満たされていく。

…と、同時にあの子が成長していく様を見守ることが出来ないという寂しさも一抹ながら覚えてしまう。

 

だが、あの子の目の前に現れていい資格なんて、私には…

 

「おっと、そろそろ他のファイターさんの控室にも様子見に行かないと」

「はっ!そうでしたね、マスターハンド様からもそのようにお願いされましたし。では、私たちはこれで」

「パパ様、試合頑張ってね」

「ああ、二人もお仕事しっかり頑張るんだよ」

 

 

AM9:25

 

ガチャリ

 

「お待たせいたしました、いよいよ試合の時間となります」

「ああ、存じている」

 

二度目の扉の音の主は当然、大乱闘の主催者にして「この世界」の創造主である男のものだ。

 

腰まで届くほどの長い髪と銀縁眼鏡、それから「現実世界」でいうところの大正時代くらいの書生服が特徴的な彼は、

一時間前に通話した時と同じような『業務用』の口調で、眼前にいる私に話しかけてくる。

 

「では、このまま入場口の方まで」

「了解だ、マスターハンド」

 

私の返答を確認した後、マスターハンドは扉を開けたまま控室を出て行き、その後に続いて私も試合会場の入場口まで向かっていった。

 

彼の姿がすぐに見えなくなったのは、テレポートで移動したからだろう。

 

 

AM9:30

 

『――そして最後のファイターは…、「灼熱のロボビーム」、ロボット!!』

「ワアァァァーーーーーーッ!!」

 

決して少なくはない光量の先には、私を紹介するマスターハンドのアナウンスとそれに続く大勢の観客達の歓声、そして…、

 

「――――!―――――!」

「ワンワンッ!」

「よお、ROBの旦那。今回の試合も互いに頑張ろうな」

 

「ああ、全力でいかせてもらう」

 

私の対戦相手である3体のファイター達が、存在していた。

 

『さぁ、これで役者は揃った!ファイターの皆さんは、その場でスタンバイをお願いします!』

 

その言葉を聞いて、私も周囲のファイター達もその場で動かずに待機をし、

それを確認したであろうマスターハンドは、いよいよ試合を開始するための口上を告げる。

 

『…準備はできましたね?それでは、試合を開始しましょう!3、2、1…、GO!!』

 

勢いのある声とともに、我々は一斉に相手への攻撃を開始した。

 

 

AM12:00

 

「いやぁ、今日の試合も楽しかったなぁ」

「――――!――――――――♪」

「ワオン♪シッシッシ♪」

 

2時間半の間に合計5回の試合に参加し終えた私は、

本日の対戦相手のうちの4体であるむらびとやMr.ゲーム&ウォッチ、ダックハンドとともに昼休憩をとることにした。

 

「この世界」の存在する者達は、実に多種多様だ。

故に、大乱闘に参加するファイター達も、皆それぞれ独自の個というものを持っており、

私の目の前で食物を摂取している4体も、各々異なる姿をしている。

 

色とりどりのフルーツを夢中で食べているむらびとは「1」と書かれた赤いシャツを着た二頭身のヒトで、

黒い平面のソーセージを頬張っているMr.ゲーム&ウォッチは黒色の平面人間。

 

そしてドッグフードを一心不乱に食す犬と鳥用のエサを啄んでいるカモ

――ファイターとしては2体纏めて『ダックハント』と呼ばれるコンビは、狩る側と狩られる側がタッグを組んでいるという奇妙な存在だ。

 

…とまぁ、「この世界」の住人――とりわけファイターは、このように個性的な者が数多く揃っている。

 

「ところでよぉ、ROBの旦那」

「ああ。どうしたんだ、むらびと?」

 

不意に、むらびとからの声が私の集音装置に届いた。私はすぐに彼の方に頭を向ける。

 

「実はなぁ、アンタにちょっとばかり頼みたい事があってな」

「…ふむ、それは一体どのような?」

 

私が訊ねると、むらびとはすぐに懐から、大乱闘に使用されるものに似た大きな木箱を取り出してきた。

 

「これは…?」

「こいつはまぁ…、俺がやらかしたヘマの産物なんだけどな」

 

苦笑いとともに箱が開かれると、中から出てきたのは、異なる木材が組み合わさってできた、引き出し付きの素朴なテーブルだった。

 

「こないだ自分ん家の模様替えのために、家具を何個かカタログ注文したんだよな。

だけど俺としたことが、間違って同じ家具を二つ頼んじまったんだよな。それが、」

「…このテーブル、ということか」

「そんなわけで、アンタさえ良けりゃこいつを貰ってほしいんだ」

「なるほど、それが頼みというわけか」

「金ならそんな困ってねえから、なんならタダで引き取ってくれても全然構わねえよ」

「そ、そうか…」

 

……実を言うと、丁度私は机を欲していた所だ。

というのも、コトノハが工具用に新しい机を所望しているからだ。

 

ビーズや布を用いたアクセサリー制作をすることの方が頻度の高い彼女だが、

ここ最近、木材や鉄材を使用した作品制作にも取り組んでみたいと意気込んでいるので、可愛い娘の願いを叶えるべく私は、

マスターハンドからの給金と自分で手作りした日用品やアクセサリーの売上金の一部をそのための貯蓄に回していた。

 

故に、無料で机を頂けるというその申し出には非常に感謝の念を覚えていた。

 

しかし……、

 

「…しかし、こちらが何も対価を払わずに受け取るというのは、どうしても……」

「うーん、アンタってつくづく真面目だよな…。そんじゃ、こういうのはどうよ?

実はこのレイアウトに合う壁掛けの家具が欲しくてさ、

アンタがタダで受け取れねえって言うなら、対価としてアンタに作ってもらいてえなと」

「ふむ。まあ、そういうことなら」

「んじゃ、取引成立だな。机はアンタん家に宅配させとくぜ」

「ああ、よろしく頼む」

 

 

PM1:00

 

昼食を食べ終えたむらびと達と別れた後、私はしばし街の中を散歩することにした。

本日はもう試合に参加することは無いし、マスターハンドとの約束までにもまだ随分と時間が残っている。

 

……それにしても、街の中は相も変わらず賑やかなものだ。

私の周囲でも、大勢の者達の波が既に出来上がっていた。

 

何しろこの地は大乱闘のメイン会場である「空中スタジアム」のお膝元。

「この世界」で最も人気のあるスポーツを観るために毎日各地から多くの観戦者が集まってくる。

 

私としても、こうして大勢の人々とすれ違うこの状況は嫌いではない。

行き交う彼らから沢山の笑顔が検出出来ることは、この街が、ひいては「この世界」が平和であるという、何よりの証左だから――――

 

「――から、オレなんか連れてたらお前まで怖がられちまうだろって」

「でも、ポップはいつも一緒にいるじゃない」

「い、いや、あれはアイツがどうやっても全然離れねえだけで…」

 

……おや、この声は。

 

「なら、僕も何言われてもガレオムから離れない、これならいいでしょ?」

「……はぁ…?」

 

私が現在居る場所から少し離れた場所にある小さな公園。

そこに視認できたのは、前側に紫色のメッシュのある銀の短い髪、頭部に生えた鋭い角、そして195㎝もの背丈。

 

『ガレオム』――そう名付けられた青年は、かつての亜空軍の兵器であり、私の息子だ。

亜空軍の主により設計され、エインシャント島のロボット達の技術で造られた彼の本来の姿は、

人一人や二人ぐらいは簡単に押し潰せそうな程の大きな剛腕を持つ巨大なロボットなのだが、

今はマスターハンドから貰ったという人としての姿に変化している。街中ではその方が動きやすい故だろう。

 

そして、そのすぐ隣に居るのは、私と同じファイターであるリュカだな。

二頭身故の小さな身体と金色の髪、赤と黄のボーダーシャツが特徴的なその子は、

自分よりもずっと大きな青年を見上げながら、はきはきとした声で話している。

 

「そんなわけで、今日も街中探検いってみよっか!」

「……まぁ、お前がそれでいいってんならいいんだけどさ…。で、今日はどっから行くんだ?」

「今日はね、向こうの小さな道の方に行ってみようと思うんだ」

「あーあそこね。オレもあそこら辺はまだ通ったことねえんだよな」

 

……ああ。この少年が、先程ポッパラムの言っていた「ガレオムのお友達」というわけか。

こうして眺めていると、なるほど、確かにリュカの方に引っ張られているように思える。

 

「それじゃ早速、街中探検隊しゅっぱーつ♪」

「お、おー…?」

 

どこかへと駆けていくガレオムとリュカの背中を見送りながら、

冷たい無機物であるはずの私は、胸部に温度のあるものがじわりと広がっていくのを感じていた。

 

 

PM2:00

 

それからまた私は、街中の散歩を続けていた。

 

多種多様な足音や声が集音装置に入ってくる中、私は一番下の息子であるガレオムのことをずっと考えていた。

 

人の姿では外見上は18歳程度となっているが、彼が「この世界」で生きてきた時間は実際には極めて短い。

だから本来であれば、親である私が傍についていろいろなことを教えてあげなければならない。

 

……だが、ガレオムはそれを拒んだ。

 

理由までは教えてくれなかったが、私には彼がなぜそうするのかを理解していた。

 

それは偏に、私が、あの子のことを『騙して』いたからだ。

 

 

『だって、オレは「エインシャント島のみんなを守るために」造られたんだろ?』

 

『だったら、オレは頑張るよ。…例え、自分が消えることになっても。

オレが頑張って、ファイター達やっつけて、「あくーかん」?ってのを広げていったら、みんなのことだって、きっと守ることが出来るはず。

……つっても、オレはまだ造られたばっかだから、みんなにはまだ会えてないんだけど』

 

『けど、父さんが守りたいって言うんなら、きっと良い兄貴や姉貴ばかりなんだろうなぁ。

……もし、この爆弾を起動させずに帰ってこれたら、ぜひみんなに会ってみたいなぁ』

 

『エインシャント島も、ここにいるみんなも、全部オレが守ってみせるから』

 

 

……私の電子頭脳の中には、あの子の希望に満ちた言葉が、何も知らずに純然と輝く笑顔が、

(機械の記憶故当然とも言えるが)明瞭に残り続けている、さながら私自身を許すことが不可能であるかのように…。

 

あの時、エインシャント島にいた子供たち全員を人質に取られていた私は、

ガレオムが『エインシャント島を守るための存在』ではなく、

最初から自爆を想定した使い捨ての武器として設計されていたという残酷な事実を告げる事も出来ず、

その上結局は故郷と子供たちの殆どが亜空間へと引きずり込まれ、消滅することとなってしまった。

 

……私の当時置かれていた状況など、あの子にとっては恐らく何の言い訳にもならないだろう。

あの子が心に負った傷は、きっと私が測り切れない程に深く、痛々しいものだと思うから。

 

故に、あの子の前に現れて、父親面していい資格なんて、私には無いのだ。

 

 

PM3:00

 

――カツン

 

「……おや?」

 

突然の小さな物音にふと外界へ認識を戻してみると、足元に深緑色の長方形をした小さくて平たい物体が落ちているのが視認できた。

 

拾い上げてみると、それは無地に『Pocket Book』と持ち主の名前が書かれた簡素なデザインの手帳だと確認できた。

 

「…ん?この名前は…」

 

「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ゙!!無い、無いっ!どこにも無いっ!!

あ゙あ゙あ゙あ゙!どこ行っちまったですか、あちきの大事な宝物ぉ…!!」

 

不意に、私の現在居る場所より約2m先から非常に大きな音量の声が響き、集音装置も尋常では無い程に振動する。

さながらクレーターが生成されるかのように、その声の周囲からは、人の波が少なくとも半径1m以上の距離をとっていた。

 

「わ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ん゙っ゙!!一体どこなんですかぁ、あちきのマイプレシャストレジャー!!」

 

中心にいる人物の嘆きがあまりにもいたたまれなくなり、私はすぐに近づいて手帳を差し出した。

 

「……探し物は、これかな?」

「ふぁっ!?」

 

…するとその子は、飛び上がりそうな程に驚愕の声を上げながらも、

私のアームの先端にある手帳を視界に収めた途端、一気にその表情を歓喜と安堵を帯びたものに変化させていく。

 

「はうう!よかった、無事だったですね!あちきの大事な宝物ー!

中のタブー様隠し撮りコレクションも……、うん、全部無事ですねっ!」

 

深緑の兵隊帽と軍服を着用した、14歳程の中性的な少女の姿をした、

『プリム』という名を持つ、影虫から創り出されし亜空軍兵士は、

自らの手元に戻ってきた手帳を見上げたりパラパラとページをめくりながら小躍りをし出した。

 

約60秒ほどその行動を続けた後、不意にプリムがこちらへと駆け寄ってきた。

 

「ありがとうごぜえます、エインシャント卿ー!!これを拾ってくれたあんたは、あちきの命の恩人ですーっ!!」

「そ、そんな大げさな……」

 

両アームを両手で掴んできてぶんぶんと振りながら礼を言ってくる幼顔の兵士。

メイデイと同じくクレイジーハンドの闇により人の姿を得た彼女は、とても無邪気で動きのせわしない元気な子だ。

 

「大げさなことねえですって!この中に入ってる写真…、いやお方は、あちきにとって生きる糧でもあるですからっ!」

「……そうか」

 

プリムにとっての『生きる糧』。

 

『それ』は、私の故郷と子供たちの多くを喪う出来事の元凶となった存在。

 

…………しかし、私はもう、彼に憎悪や遺恨を向けるつもりなどない。

 

「そんなわけですんでー、あちきからなんか礼をさせてくれです♪」

「いや、別にそういうのは…」

「遠慮なんていらねえですって!さあさあ、何でも望みを言うですよ?」

「……そこまで言うなら分かったよ。それなら…」

 

……そんなことをしたところで、喪った存在達が戻ってくる訳でもないからだ。

 

「分かったですー!そんじゃ、ご自宅に送っとくですー」

「ああ、よろしく頼む」

「そんじゃ、本当にありがとうございましたっ!」

 

――――喜んで手を振りながら人込みの中へ消えていくプリムを見送った私は、再び当てもない散歩を開始したのだった…。

 

 

PM4:00

 

「パパ様、パパ様ー♪」

 

人の波が少し収まり始めた頃、集音装置が愛する娘の声を捉えた。

 

「…おや、コトノハ。お仕事はもう終わったのかな?」

「うん。マスターハンド様がね、今日は早めに切り上げて良いって言ってたから」

「そうか、今日も一日よく頑張ったね」

「ありがとう。ところでパパ様。パパ様は今日、マスターハンド様とお茶のお約束があるんだよね?」

「ああ、そうだよ」

 

それでもまだまだ多い人々の間を掻き分けてこちらまで来てくれた巫女姿の娘は、天真爛漫な、それはもう可愛らしい笑顔を振り撒きながら、私に話しかけてきてくれる。

 

「…てことは、今日はクレイジーハンド様がお家に来てくれるんだね」

「…ああ。今夜は彼が色々としてくれるからね。

……まぁ、パパもなるべく早く帰るつもりはいるんだが」

「大丈夫大丈夫。パパ様達にとってもせっかくの大人の時間でしょ?だったら、たまには時間を忘れてめいっぱい楽しんできてほしいって、僕も思ってるし」

「はは、ありがとう」

 

そんな風に和やかに会話をしていると、こちら側へと近づいてくる間隔の非常に短い足音が聴こえてきた。

 

「姉様、姉様っ」

「あ、メイデイ」

「姉様ったら困りますよ、メイデイを置いてどんどん先に行ってしまうなんて…」

「ごめんね、うっかりしてたよ」

「ははは、メイデイもお疲れ様」

 

駆け寄ってきたのは、深緑の燕尾服を着た私の息子。

我々の種族の中でも比較的マイペースな気質のコトノハが、メイデイを置いてけぼりにしてしまうのは、もはやごく日常的な事と言える。

 

「ところで父様、あと少しでマスターハンド様とのお約束の時間なのでは?」

「ああ、そうだな。」

「なら、僕はメイデイと先にお家帰っとくね」

「今度はちゃんと一緒に歩いてくださいよ?」

「分かってるって」

「二人とも、気をつけて帰るんだよ」

「はーい」「承知いたしました」

 

 

PM5:00

 

自宅へ帰る子供たちと別れてきた私は、街の外へと移動していった。

 

その瞬間眼前に映っていた景色が変化し――もとい私の身体が一瞬のうちに移動させられ、それから1秒にも満たないうちに随分昔に打ち捨てられたと見えるトタンに覆われた小作りな建築物が視認できるようになった。

ガラス製の窓には、過去に誰かが侵入でもしたのか、ところどころにヒビや破壊痕が存在し、

破壊され空気のよく通るようになった箇所には、蜘蛛の巣とそれを編み出した主が我が物顔で鎮座している。

 

「…さて」

 

トントンとノックを行い、ギイ、と軋んだ音を鳴らす古びた入口を私は開く。

 

すると、すぐに約束の人物の姿を私は視認することができた。

 

「よう来てくれたな。ささ、こっちに」

「ああ」

 

錆びた鉄製の椅子に悠々と座っていたその人物は、待ってましたと言わんばかりに

自分の向かい側の席(といっても、私の体型ではヒトのように座ったりすることは苦手なので椅子は取り払われてるのだが)に着くよう手招きしてくる。

私はいつものようにそれに従って、テーブルの機械オイルの入ったコーヒーカップの置かれた所へと移動する。

 

書生服と眼鏡を着用した銀色の長髪の青年は、私が自分の眼前に来たのを確認すると、

頬を赤く染め、口の両端を緩く釣り上げながら、話を切り出した。

サファイアのように煌く二つの深い青は、心なしか輝きを増しているようにも思えた。

 

「…ほな、二人きりの内緒話、始めよか」

 

 

PM6:00

 

「――――そしたら、クレイジーのやつ、ぎょーさんいるどせいさん達に埋もれてもうてな」

「はは。相変わらず愉快な方だな、貴方の弟は」

 

「そうやろそうやろ?」と歯を見せながら笑みを浮かべるマスターハンド。

普段周囲に見せている物腰の低い大人のような態度は、彼の仮の姿に過ぎない。

 

敬語や他者に向けるためだけの愛想の良い笑顔という『拘束』を外した創造欲の化身のありのままの姿は、

少し風変わりした言葉で話し、身振り手振りのせわしない、幼い子供のような気質を持った一人の青年だ。

 

「――で、結局腕を無理矢理引っ張って引きずりだしたんや」

「それは、さぞかし大変だったろう…」

 

かつては、大勢の人達の前でも平然と素を出すような明るい性格の持ち主だったが、

『ある時』を境にその賑やかさは鳴りを潜めるようになってしまい、

今となっては、弟君のクレイジーハンドや私などごく限られた者相手にしか、自らの本来の姿を見せなくなってしまった。

 

……マスターハンドは、私の古くからの親しい友だ。

 

だからこそ、『拘束』にひた隠しにされた彼の心が疲労を覚えた時は、

例えばこうして話を聴いたりするなど、私に出来る限りの方法で手を差し伸べてやりたい。

 

それが、私が生きるもう一つの理由。

 

元々は心無い機械である私に、一体どこまでやれるかは不明瞭だが……

 

 

PM9:00

 

「…おわっ、気ぃついたらもうこないな時間かっ!!」

 

結局我々は、実に約4時間もの間、会話を行っていたのだった。

 

「悪いな、ここまで時間とらしてもうて」

「気にすることなどないさ、私と貴方の仲なのだから」

「いつもおおきにやで、ほんま…」

 

マスターハンドは、柔らかな笑みを浮かべながら私に頭を下げてくる。

その姿は、彼が再び『拘束』をつけ始めているという印象を否応なく私に与えてくる。

 

「……また、いつでも私を頼ってくれ」

「ああ」

 

どこか寂しそうに笑う彼は、親指の先端に中指をのせ、薬指を親指の付け根に添える――所謂指を鳴らすための準備をしていた。

 

それは、本来のマスターハンドと、再びしばしの別れを告げる合図。

空気を弾く音がこの場に響けば、明日から会うのはまた、敬語と愛想の良い笑みを着込んだ仮初の姿だ。

 

それでもこの創造欲の化身は、なんとか躊躇う素振りを見せまいと笑みを浮かべて、別れの挨拶を告げる。

 

「今日はほんまおおきに。ほな、また会おうな」

「ああ、またな」

 

返答を返したその瞬間、パチンという音ともに私は現在居る廃墟から飛ばされた。

 

 

PM9:15

 

「パパ様、おかえりー♪」

「おかえりなさいませ、父様」

「ただいま、コトノハ、メイデイ」

 

ファイターとして大乱闘に参戦して以来幾度も幾度もテレポートでの移動を経験してきた私には、

送られた先が自宅であることはすぐさま認識できた。

 

「どうでしたか、父様?」

「ああ、とても良い時間を過ごせたよ」

「それなら何よりです。ああ、そうだ。玄関先に荷物が二つ程届いてましたので、中に入れておきました」

「ああ、ありがとう」

「見て見て、パパ様!新しいビーズのアクセサリーが完成したよっ!」

「おお。これはまた、とても可愛いのが出来たね」

「でしょー?」

 

私が戻ってきたことに気づくと、すぐに出迎えてくれる子供たち。

愛しい我が子と笑い合う時間は、やはり何よりも幸福なものだ。

 

「ふぁ…。パパ様が帰ってきたら、なんだか眠くなってきちゃった…」

「そうかそうか。なら、今日はもうゆっくり休みなさい」

「うん。それじゃ、おやすみなさい…」

「ああ、おやすみ」

 

スリープモードに入る前の挨拶をして、人の姿から元のロボットの姿に戻ったコトノハは、そのままゆっくりと自室へと入っていった。

 

「父様。父様も、そろそろスリープモードに入った方がよろしいと思います。明日も試合に出場する可能性は十二分に存在しますし…」

「ありがとう、メイデイ。なら、私もお前の言葉に甘えるとしよう。メイデイはどうする?」

「メイデイは調べ物があるので、まだまだ起動している予定です」

「分かった。ただし、最低でも1〜2時間はスリープモードにするように」

「了解しました」

 

メイデイは、我々の種族の中でも急速に充電することが可能な型の子であり、

それに伴ってスリープモードに入っていなければならない時間も非常に短い。

ヒトの場合に置き換えて表現するならば、『ショートスリーパー』といったところだろうか。

 

「それじゃあ、おやすみ」

「はい。おやすみなさいませ、父様」

 

 

PM9:30

 

「……さて」

 

自室に入った私は、スリープモードに入るその前に視覚装置を一度遮断し、自らの電子頭脳に保存されているある記憶を再生し始めた。

 

――視え出したのは、かつて「この世界」に存在した私の子供たちの姿。

あの日、故郷の島ごと亜空間に飲まれて消えたあの子たちと、未だ笑い合って暮らしていた頃の幸せな映像記録。

 

遺跡で走り回ってるこの子はレッテラ、島内にある山へ登るこの黄色い子と白い子はパヌとフミヒコ。

そして、三人仲良く同じポーズをとっているのがフォーンとメーラとテレグラム…

 

……色や形の違う子たちもいたけれど、どの子も確かに私の大切な子供たちだ。

 

…………喪った故郷や子供たちのことを思い出すのは、今でも私にとっては相当に辛いことだ。

 

だけど、それでも彼らやあの時起きた悲劇を繰り返し視続けるのは、

大勢の子供たちがちゃんと存在していたという事実を自分の電子頭脳から消えないようにするため、

楽しかった思い出も、悲しい過去も、全て余さず明日へと連れて行くためだ。

 

それが、いなくなってしまった子供たちを『今に生かす』ことの出来る方法だと、そう信じて…

 

 

「…ふぅ」

 

保存していた思い出の再生が終わり、視覚を開放させると、眼前には空に敷き詰められた黒い天板と小さく煌く無数の光が存在していた。

此処より遥かに遠い場所にある星々は、今日もすごく綺麗だ。

 

……後悔や呵責の念は、恐らくずっと私の中に存在し続ける。

 

それでも「この世界」で生き続けたいと思うのは、いなくなった子供たちとの様々な記憶と

今生きている子供たちの存在、そして友である創造欲の化身の存在が、私の中に大きく在るからだ。

何よりも大切なそれらが存在し続ける限り、きっと私は、明日を迎えに行き続ける。

 

「……そろそろ、スリープモードに入らなければな」

 

私は、胴体部のコードを身体の下部から抜き、既に壁側のコンセントに

プラグを挿し込んだ充電コードを手に取り、もう片方のプラグを自分の身体の下部に挿し込む。

それから、下側後方部にあるスイッチを動かすと、私の意識は、稼働電源とともにみるみるうちに落ちていく。

 

視覚装置も閉じられ、完全なスリープ状態になる直前に、私はきっと、独り言のようにこんなことを呟いていたと思う。

 

「おやすみ、また明日」

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