僕は、陽の光が嫌いだ。
眩い光を浴びると、あの煩わしい温かさを否が応でも思い出してしまうから。
そんな甘ったるいものは、この僕には必要ない。
…ただ、『あの時』の僕は、その温かい存在の豊かな心を、そいつの創ったものを、全て滅茶苦茶にしてしまいたかった。
「……さま?タブー様ー?」
「……ん…?」
「ああ、やっと起きてくれたです…。おはようです、タブー様。つってももう正午過ぎなんですけど」
目が覚めて最初に視界に入ってきたのは、黒がかった紫の髪と少し暗めの赤い瞳を持つ、輪郭の丸い少女の顔だった。
僕の部屋に遠慮もなしにずかずか入ってきたそいつは、影虫と呼ばれる物質から僕が作り出した亜空軍の兵士『プリム』の一個体であり、現在は僕の身の回りの世話をする使用人でもある。
「……もうそんな時間か」
「とりあえず朝飯…、というか昼飯を冷蔵庫ん中に入れてるんで、レンチンしてちゃんと食っといてくださいです。あちきは今から食料とかの買い出し行ってくるんで」
「……ああ」
深緑色の兵隊帽と兵隊服を着た中性的な容姿のそいつは、寝起きの僕に対していつも通り言うだけ言うと、さっさと部屋の外へと出ていった。
「……相変わらず喧しい奴だ…」
ガチャッ
出て行った直後に愚痴を吐き出すと、それに反応したかの如く再びドアが開く。
「あ、あと、自分の部屋の掃除はしといてくださいです。また見るからに足の踏み場が無くなってるんで」
「……はいはい。分かったから、さっさと行け」
「なーんかすげーやる気なさげな返事ですけど、くれぐれもちゃんとやれですよー?」
弾丸のように飛んでくる言葉は、耳朶を否応なしに叩き、それを僕の鼓膜に置き去りにしていった主は、すぐにそそっかしく走り去っていく。
バタンッ!ドタドタドタ…、ガチャッ、バタンッ!
「……やっと行ったか」
自室の掃除。これをちゃんと実行しなければ、帰って来た時にまた煩くなるんだろうな…。
僕の名は、『タブー』。「この世界」とは異なる世界である「亜空間」の主だ。
かつて創造欲の化身を利用して、「この世界」を亜空間に取り込み、支配しようとしたが、「この世界」に住まう人形共によってその野望を打ち砕かれてしまった…、まぁ、言うなれば敗北者さ。
それから、…まぁ紆余曲折ありながら破壊欲の化身の力で、「この世界」で生きるための身体を与えられて、実際にこうして生きているわけだが……、
「この世界」で生きていくのは、僕にとって酷く面倒なことでしかなかった。
ピンポーン♪
「…………。」
冷蔵庫から取り出したパスタをレンジで温め、早々に食してしまった後に、プリムとは別の騒音の源が訪れたことを察した僕は、面倒な時間をさっさと終わらせるためにもインターフォンの受話器を手に取った。
「……はいはい」
『ぶーたーん!おっはよー!!』
…………………………………早速来たか。
部屋の扉のすぐ傍にあるインターフォンのボタンを押せば、案の定画面上は縦に長い丸目と口の付いたピンク色に覆われており、それと同時に汚れを知らない無垢な子供のような朗らかな声がスピーカー越しに僕を突き刺してくる。
『今日もますたんからのお届け物、持ってきたよー♪』
こんな特徴を持つような奴は十中八九、大乱闘のファイターの一人である『カービィ』で間違いない。
「ああ、奴からの荷物ならそこの箱の中に置いておけ」
『わかったー♪あ、そういえばますたんがねー、』
「用が済んだらさっさと消えろ。貴様から聴きたい話などひとつもない」
『あはは…、相変わらずつれないねぇぶーたんは。けど、また明日も来るからね。それじゃ♪』
バタバタバタ…
「………………………………はあ」
…………毎度毎度勝手にやって来て勝手に去っていくそいつに、僕は深く息を吐き出す。
率直に言って、ああいうタイプの生物は僕が最も関わりたくない存在だ。
理由としては、他者の都合など何一つ考えないような能天気で馬鹿みたいに明るい声など、僕にとっては煩わしいノイズ以外の何物でもないからに他ならない。
ポチッ
受話器を本体に掛け直した僕は、すぐにその横にある『ポスト転送』と油性ペンで書かれたボタンを押す。
すると、瞬時に扉の前に置かれていた布の前に片手で持てる程に小さいダンボールの箱が出現する。
『配達物転送装置』
玄関先のポストに入れられたものを、ボタンさえ押せば、部屋の扉のすぐ側に置いてある箱に1秒足らずで出現させることのできるそれは、一歩たりとも外に出ずに済むように自らの手で造り出した発明品だ。
「……さて、今日は何の送りつけてきたのやら」
下側に『SmashBros.』という文字と、少しずれた感じに2本の線の入った円形のマークが入っている
そのダンボールのガムテープを剥がし、フタを開いてみると、中には分厚く重ねられた写真達と、折り畳まれた一枚の紙が入っていた。
……………………………………………相変わらずだな、あいつも。
沢山の写真にはタンポポの花や青空、遺跡など様々な風景が収められており、そういった外の様子を僕にも見せたいんだなということが嫌でも伝わってくる。
……まぁ僕にとってそういうのは、煩わしい以外の何物でも無いんだが。
全ては閲覧せずに僕は、写真達と添付の紙をいつも通り片手間にゴミ箱へと放る。
「…………あ」
…そうしようとしたつもりが、その後ろにあったクローゼット内の青みがかった白い布で織られた箱に、気がついたら入れてしまっていた。
その中に入っている大量の写真と未読の手紙が視界に入った瞬間、僕は大きく溜め息を吐いた。
僕は、これを送りつけてきた差出人のことなんて、もう一片足りとも考えたくもない。あいつからの言葉なんて要らないし、同封されていた写真にだって興味はない。
……なのに、どうしてゴミ箱に放り投げて廃棄を待つという至極容易なことができないのか、僕には分からなかった。思考をいくら巡らしてみても、納得できるような結論は出なかった。
解るのはただ、あいつが関わってくると、僕自身が『おかしく』なってしまうことぐらいだ。
そうだ、きっとあいつが全部悪いんだ。あいつさえ関わらなければ僕は…………、
……………………頼むから、もう放っておいてくれ。
カタカタカタ…
それから僕は、自室にあるパーソナルコンピュータの画面に目を向け、只管キーボードを叩いていた。
現在打ち込んでいるのは、この機器を通じて潜り込むことのできる仮想空間上で出来た知り合いに送るための他愛無い文章だ。
カタカタカタカタ…
文字で誰かと会話するというのは、意外にも心地が良い。顔を合わす必要無く、気を遣わず好きな時に他者と会話ができるのは、僕にとってストレス無く楽しめることのひとつだ。
>ブルーハワイ丸
梅しそさん、こんにちは♪
昨日は遅くまでチャットに付き合ってくれて、感謝感謝です♪
>梅しそ
ああ、こちらこそ。良い息抜きとなった。
>ブルーハワイ丸
それは良かった!ところで今度発売されるあのゲーム、梅しそ目玉さんは購入する予定ですか?
>梅しそ
うむ。まぁ、暇潰しにやってみようと思っている。
>ブルーハワイ丸
それはよかった!あれ、オンラインの対戦モードもあるみたいなんで、
今度梅しそさんも一緒に対戦しません?
>梅しそ
良いだろう。だが、負けても文句は言うなよ。
>ブルーハワイ丸
はい!僕だって負けませんよ♪
ピンポーン♪
……おっと、また誰かが来たな。
ポチッ
「タブー様、こんにちはー!お菓子持ってきましたよー!」
今度はポッパラムか…。
先端に赤い線が2本入った白いリボンを両側頭部に着けた黒髪の少女。
『ポッパラム』という名の、プリムと同じく影虫から僕が創り出した存在であるそいつは、カップケーキを両手でカメラ側に持ち上げながら、ニコニコと笑みを浮かべている。
それを見て僕は、仮想空間上の友にキーボードでこう伝えた。
>ブルーハワイ丸
すみません、ちょっと来客が来たんで。
また後で話しましょう。
>梅しそ
ああ、また後でな。
「…ああ、今開ける。」
それから僕は、玄関の解錠ボタンを押し、ポッパラムに声をかける。
「……入れ」
「はい、おじゃましまーす♪」
そのすぐ後に、玄関扉の開かれる音が聞こえた。
「ーーはい、タブー様♪今日も手作りのおやつをお持ちしました♪」
「……ああ。いつもありがとう、ポッパラム」
「えへへ、どういたしまして♪」
カップケーキを頬張りながら僕は、それを作ってくれた目の前の少女に礼を言う。すると、彼女は花が咲くみたいに嬉しそうに笑った。
「ふふ。そう言ってもらえると、作ってきた甲斐があります♪」
……僕は、こいつの作ってくれる菓子が好きだ。こいつの作った菓子を口にすると、何故だかはよく分からないが、すごく…、満たされたような気分になるから。
「……にしても、前に来た時よりもちょっと散らかってますね、この部屋」
「……ああ」
……そういえば、そうだった。僕の部屋は現在、本やら菓子のゴミやらがそこらじゅうに散乱しているという、要するに足の踏み場が無い状況なわけで、これを片付けないとプリムの奴がまた煩くなるのは間違いない。
僕としては正直片付けなくても全く困らないというのに…
「良かったら、手伝いましょうか?」
「……え」
「これ綺麗にしないと、プリムちゃんカンカンになっちゃうでしょうし…。タブー様一人じゃ大変そうだと思うので…」
「…………それなら、言葉に甘えるとしようか」
僕は、ポッパラムの提案を飲んでみることにした。あの口煩い説教を楽に聞かずに済むならと思ったし、…なによりポッパラムにはまだ帰ってほしくなかったからだ。
「――えっと、とりあえずお菓子の空袋とかはこっちのゴミ袋に入れていきましょうか」
「……ああ」
そんな訳で、部屋の片付けが始まった。
「そういえば、しばらく見ないうちにまた髪伸びましたね」
「そうか?」
「はい、結構…」
ポッパラムにそう言われたことで、立ち上がって自分の髪を見てみると、水色の妙に整った毛先が足元などとっくに越えて、さらに数十センチほど先に投げ出されているのが確認できた。
「わたしとしては、もうそろそろプリムちゃんに切ってもらった方が良いかなとは思いますけど…」
「……別に必要ない。不便だとは感じていないからな」
「そ、そうですか…」
そういえば、プリムのやつが僕の髪を洗う際、毎回ぼやきを口にしていたような気もするが、
どうせこれから先一歩も外に出るつもりは無いし、切ってもらうために部屋を出るのも面倒なのだから、僕としてはこのままで良いと思っている。
「そういえば、ここ最近は僕の元へ来ることが少なくなったな?何かあったのか?」
「んー、何かってほどでもないんですけど…。最近は、ガレオムさんに色んなことを教えてるものですから…」
「…………」
「彼、すごいんですよ♪お料理やお掃除やお洗濯、楽しい遊びや文字の読み方、計算の仕方とか、とにかく色々学びたがってて、教えてあげるとどんどん覚えていくんですよ♪最近じゃ九九も8の段まで言えるようになりましたし――」
…………ガレオム、か。
かつてこの僕が設計図を作り、エインシャント島のロボット共に造らせた巨大兵器。
それが現在では、家事や勉強といった自爆を前提に設計したはずの兵器になど一切必要ないことを行いながら、ぬるま湯のような暮らしをしているのだというのだから、実に滑稽なものだと思う。
……まあ正直、あれのことなど、僕にとっては至極どうでもいいことだ。
ただ…、
「……ポッパラム」
「はい、何でしょう?」
「お前は、何故そこまであれのために尽くす?」
「……へ?」
以前から心の内に抱いていた疑問を、僕は本棚に本を戻していたポッパラムに投げかける。
すると、そんなことを訊かれるとは思っていなかったのか、彼女の身体が一瞬だけ硬直する。
「……あんな役目を終えた粗大ゴミに、構うほどの価値はあるのかと、そう聞いている」
質問の意味が彼女に理解できるように、僕はよりはっきりとした口舌を投げかける。
「……そういう言い方、好きじゃないです」
その直後、ポッパラムは控えめながらも目を釣り上げつつ、答えを返してきた。
プリムのものよりも明るい、炎の如く煌めく赤い瞳は、水色の長すぎる髪を持つ冷めた表情の男を明瞭に反映している。
「そりゃあ、たまに包丁で指切っちゃったり、ドア上に頭ぶつけちゃったり、力加減間違えて大乱闘の備品をうっかり壊しちゃったりと、不器用なとこはちょっとありますけど、」
逃げ足の速い小心者として創り出したはずの、僕よりも小さな体躯の少女。けれども、彼女は自分よりも大きな存在に対して、臆せず言葉を返してくる。
「けど、それでもガレオムさんは一生懸命なんです。大事な家族を守るために、そして「この世界」で生きていくために、筋トレも家事も毎日頑張ってるんです。わたしは、そんな彼のことを側で支えてあげたい、ただそれだけです」
「……どうしても、それを止めるつもりは無いということか?」
「当たり前です」
随分と馬鹿馬鹿しい望みを愚直に信じ続けている目の前の影虫の塊。本来ならば「この世界」に産み落とされる筈のなかった空虚な生命に憐れみを込めた重い息を深く吐いた後、心の底で拵えた言葉を投げかけた。
「…そうか。だが、忠告はしておく。あの屑鉄に肩入れするのも程々にしておけ、お前自身が後々苦しい思いをしたくなければな」
結局、ポッパラムは機嫌を損ねたまま帰路についてしまった。
「……はあ」
8割方片付いた自室の中心で、溜息を吐きながら仮想空間の入り口たる淡く光る液晶へと視線を戻す僕だったが、文字で話し合っていた相手が既に不在だったことを知り、更にささやかな嘆きを溢した。
>梅しそ
すまない。これより食料の調達へ向かわねばならない。明日また、共に語り合おう。
話し相手のいなくなった仮想上の部屋を右上の×印をクリックして消去した後、画面上に新たなウィンドウを開くと、脳内に適当に思いついた語句をカタカタという無味乾燥な音とともに検索バーの中に入れ、直後に現れた検索結果の中から「この世界」最大の百科事典サイトを開き、視界に入った文字の大群を、スクロールバーを用いながらただただ眺め、
飽きたら、また別の適当な語句を検索する、それを繰り返すだけの暇つぶしをいつものように行う。
別に、こんなことを楽しいと思ってるわけでもないが、気がつけば日課の一つとなってしまっていた。
……その方が、余計な事を何一つ考えずに済むから。
ガチャッ
「ただいま戻りましたよーっと。おっと、部屋の方もだいぶ片付いてるですね。ポップに手伝ってもらったとはいえ、やればできるじゃねえですか」
故に、レジ袋の擦れやそれよりも大きく響く靴の音とともにプリムが帰ってきたことに気付いても、ただ只管画面の方を注視していた。
「やはりお前が呼んだのか」
「あったり前でしょう。アンタ一人きりだったら言ってもサボっちまうのなんて火を見るより明らかですし」
「まあ出来ればやりたくなどなかったがな」
「アンタねぇ…」
呆れと共に大げさに吐息をもらす使用人の少女。
そういう言葉に耳朶を叩かれることにもだいぶ慣れてきたような気がする。
「それと、帰り道でポップにあったんですけど、あの子ものすごく不機嫌だったですよ?まさかと思いますけど、またなんかデリカシーのねえこと言っちまったんじゃねえですか?」
「別に。ただ、あいつがあんな屑鉄などに身を尽くす理由が理解できなくて訊いてみただけだ」
「はあ、やっぱり…。あの坊ちゃんを大切に想っているあの子にそういうこと言うの、よくねえですって…」
「何故だ?既に役目を終えた道具など、何の価値もないと僕は思うが」
「アンタにとっちゃそうでも、あの子にとっちゃそうじゃねえんですわ。…ま、アンタに他の奴の気持ちを理解しろなんつってもどうせムダなんでしょうけど。それでも、せめてポップの前であの坊ちゃんを悪く言ったりすんのはやめときましょうや。ポップの手作り菓子を二度と食えなくなるのはアンタだって嫌でしょう?」
「…………はぁ、仕方ないな…」
「ま、ポップには後であちきから謝っとくんで、次からはちゃんと気をつけろですよ」
「はいはい…」
……プリムにとってポッパラムは『姉妹同然の大切な存在』とのことらしい。まぁ確かに、形は違えどこいつらは、双方ともに影虫から僕が創り出した亜空軍兵士だ、理屈は分からなくもない。
「そんじゃ、あちきは晩飯作ってくるんで、そんまま待っといてくれです」
「ああ」
パタン
……にしても、生まれた当初は右も左も何も分かっていなかったあいつらも、僕の知らないうちに、随分『面倒なもの』を手にしてしまったようだ。
プリムに関してはまぁ、このまま放っておいても問題はないと思う。何せあいつは基本的に自分本位で、僕を含めて自分以外の奴には一切期待なんてしないようなやつだからな。
だが、ポッパラムはどうだろうか。僕にはどうにも、今のあいつが善性というものにのめり込み過ぎているような気がしてならない。ファイターどものために働くのも、あの屑鉄の世話を焼いてるのも、僕の元に菓子を持ってやって来るのも、全ては自分がそうしたいからだと、あいつは言う。
『皆さんが笑顔になれるお手伝いをしたい』――そんなくだらない綺麗事を実現するために、時に過度に働き、自分の体力の限界に気づかないまま倒れることも少なくないとも聞いている。
……なんと馬鹿らしいことだろうか。自分以外の奴らのためにそうまでして尽力することに一体何の意味があるというんだ。どれだけ身を尽くしたところで、それに見合った報いが還ってくるとは限らないのに…。
あるいは、まさかとは思うが、それでも構わないと思える程の理由が、あいつの中に存在するとでもいうのだろうか?
……だとしたら、本当に救いようがないな…。
あのままだと、あいつはいずれ…
カタカタカタカタ…
シュッシュッシュッ
「よっし、髪梳き終わったですよー♪」
「ん……」
プリムの作った野菜炒めを食べ終え、風呂に入った後の僕は、再び仮想空間の情報達を自らの10本の指を用いながら、思考を停止することを除けば特に何の意味もなく自らの眼に次々と流し込んでいた。
背後では、同じく風呂上がりで深緑色のシンプルなパジャマ姿のプリムが、僕の余りにも長すぎる髪をドライヤーで乾かしつつブラシで梳いていた。
自堕落な生活を送っているのにもかかわらず、自分の髪質がさらさらに保たれているのは、こいつの日々絶えることのない世話焼きぶりの賜物と言える。
「ふぃー。相変わらずアンタの髪はお手入れが大変ですねえ。いい加減切ったりとか考えねえんですか?」
「……別に、切らなくても特段困ることなど無い。切ってる間の待ち時間も面倒くさいからな」
「さいですか」
こいつが度々文句や説教を垂れながらも僕の世話を焼いてくる理由、それは本人曰く「アンタに夢中だから」。
誰よりも長く僕の傍にいて、僕のありとあらゆる部分を余さず見ていたい…、それがこの自分の願望なのだと、少なからず苛立ちを感じる程の満面の笑みで宣っていたのを思い出す。
当然ながら、最初はどうにかして追い返そうとしたのだが、あらゆる手を尽しても懲りずに不法侵入を繰り返してきたため、幾許かの戦いの後にとうとう根負けした僕は、仕方なくあいつをこの家に置くようになった。それ以来、マシンガンのように断続的に吐き出される喧しい説教を受け、自室のどこかに仕掛けられたであろう隠しカメラで盗撮され続ける日々を送る羽目になってしまった。
「んじゃ、あちきはそろそろ寝るですわぁ」
「ああ、さっさと寝るといい。できれば永遠にな」
「はいはい、それはそれはお手厳しいことで。アンタもできるだけ早めに寝ろですよ。そんじゃ、おやすみです。」
ガチャッ、バタン。
漸く安寧の時が訪れたことを鼓膜のささやかな振動だけで確認した僕は、数多の文字列に覆われた白い画面の方を尚も注視する。
……このまま眠りについてしまうと、あの忌々しい温かみのある存在を明瞭に思い浮かべてしまうから。それが嫌だから、視覚と思考を意味の無いもので塗り潰していく。
カタカタカタカタカタカタカタカタ…
耳朶を叩くものだって、指で操作する無機質な音、それさえあればいい。その方が余計なことを考えてしまうことだって無くなるのだから。
……なのに、何故なのだろう、すっかり埋め尽くしたはずの頭の内側に、温度を持つあの真っ白な存在の姿が僅かにでも視えてしまうのは…?
「……いちいち僕を苛立たせないと気が済まないんだな、『お前』は…」
……僕は、陽の光が嫌いだ。
明日も明後日もそれから先も、それが変わることなど、ある筈がないんだ…。