自分とこのダーズ様は、キーラ様の父親という設定です。
「――では、また来るよ、私の可愛い子供達」
崖際に花束を置いた後、今はもう「この世界」には居ない子供達へと、音声出力した言葉を贈る私。
無論、それが誰にも届かぬことなど既に承知の上ではあるが、その事実を理解していても、この行為を止めることなど到底出来なかった。
私が現在居る場所は、大海原に面した断崖絶壁。
周囲では少なくとも弱いなどとは決して言えない威力の風が吹き荒び、私の強固な身体を殴りつけ、
自分の立っている数m先の、険しい岩壁を経た崖下からの白き波が絶壁に打ち寄せる音が、集音装置へと絶え間なく入り込む。
視覚装置には、橙色に染まる天球とそれに合わせるように同様の系統の色に変化した雲と海、そして地平線の向こう側へと光を届けるべく今まさにほんの少しの別れを告げようとしている太陽が、明瞭に映り込んでいる。
そう時間のかからないうちに再び居なくなってしまうであろう陽の光の下で宝石のように輝く海面のずっと上の方には、かつて私と私の子供達が幸せに暮らしていた浮遊島が存在していた。
……現在となってはもう二度と戻ってこない故郷と大勢の子供達。私は週に一度、あの場所がよく視認できるこの絶壁に足を運んでいる。
だが、己が捧げられるものは、クレイジーハンドから頂いた綺麗な花束と彼らへの言葉という、かつてあの子達を守ることの出来なかった機械の主としてはあまりにもささやかすぎるもの。
それでも、それぐらいのことしかあの子達にしてあげられない現在の私は、もはや影も形も無くなった自分の故郷に背を向け、『街』の方へと戻ろうとした。
「またぞろ墓参りなぞしているのか、機械の主よ」
その時、不意に厳かさを含んだ低い声が集音装置へと届く。
「ダーズ」
声の発せられた方に振り向いてみると、私の視覚装置には頭部に10はゆうに超える数の触手を生やし、浅黒い肌と筋肉質な身体を持つ男が映っていた。
数多の蔦のような黒紫の髪に包まれ、赤紫に染まった刺々しい触手達を常に乱雑に動かし続け、服装はといえば、そのうちの数本で上半身の一部と『大事な部分』を包んでいるのみ…という見るからに奇妙な出で立ちのその存在は、
結膜がやや明るい青色で角膜が黄金色をした眼に、夕焼けの紅に染まるベージュ色をした私の体躯をじっと映し出している。
混沌と闇の化身、ダーズ。
私の親友であるマスターハンド達と同様に、「この世界」の成り立ちに最も重要な役割を担う神の一柱。
その本来の姿は、無数の黒々とした蔦に包まれた触手とその本体たる一つの眼で構成されているという非常に奇怪かつ禍々しいものであるが、
先の光の化身キーラとの戦争において我々「この世界」の住人達を身勝手に巻き込んだことにより、
現在はキーラと共にマスターハンドの創り出した『人形』の中にその魂を封じられている。
「そういう貴方は、今日も魚釣りにいらっしゃったのか」
「左様。本日の夕餉に必須であるからな」
「そういえば、昨日も此処で魚を焼いて食していらしたな」
ダーズは、右肩にロッドケースを掛けて背負い、左小脇には焚火に使うであろう複数の薪が抱えていた。腰に装着しているポーチには餌や金具が入っているのだろう。
彼は、焼いた魚が好物の一つとのことで、毎日この絶壁で魚を釣っては起こした火で炙って食している。
「……くれぐれも邪魔をするなよ」
釣り竿をケースから取り出し、そのガイドのリールの糸を通し、糸の先に金具を結ぶと言った釣りの準備を行いながら、ダーズは「さっさと帰れ」と言わんばかりに私のことをねめつける。
「そのつもりはない。私も家へと帰るところだからな」
「…………そうか」
「では、また。」
私としても今日のところは此処に長居するつもりはないため、絶壁の淵に腰掛け釣り糸を海面に向けて垂らし始めたダーズに背を向け、子供達を迎えに行くためにも早急に帰路に着こうとした。
「いや、待て」
しかし重厚な低音の声は、少々の沈黙の後、唐突に私が進むのを阻んだ。
「一つだけ良いだろうか」
「何か?」
「お主は何ゆえ、自らの子らにそこまで愛心を掛けることができる?」
「……何故そのようなことを訊く?」
「『子供』なぞ、所詮は面倒な荷物よ。そんなものをいつまでも抱え続けたところで、待ち受けるは自らが滅する未来やも知れぬ」
黒紫を少しだけ纏った浅黒い背の向こう側から集音装置に届いた音吐は、淡々としていながらもわずかながらに私に対する憐憫を含んでいるようにも思えた。
「そのように仰るのは、かつて貴方の子が反旗を翻してきたからか」
「左様」
……この混沌と闇の化身には、子供が存在する。
「この世界」の原初の化身であるダーズは、始めは混沌と闇しか存在していなかった空間の中に、ある日『光』を創り出したのだという。
その『光』に授けられた名は、「キーラ」。
かつて新たなる創世を企み、我々フィギュア達の身体を奪い去る凶行に及んだ光の化身こそ、ダーズの息子と言える存在だった。
「……儂も『あれ』が生まれたばかりの頃は目に入れても痛くない程可愛らしいと、そう思っていたものだ」
陽の光も水平線の向こうへと沈みかけ、黒い蒼に染まろうとしていた空の下で、赤紫色に淡く光る鋭い先端たちは強風に促されて揺れる。その様は、周囲で吹いている風をただただ一身に受ける小さな花のようにも思えた。
「…だが、あの光は儂が想像していた以上に欲深き存在であった。次第にあれは、儂の手には負えなくなった。そしてついにはあれに消滅させられかけた。
……その時に儂はようやく気付いた、手塩にかけて育てたはずの子は、儂にとって凶悪なる敵に成り果てていたことに」
低音はより暗い色に沈み込み、声の主を突き刺すような鋭さを増していく。
「こうなるくらいなら、最初から子など創らなければ良かった」
私に背を向け、絶壁の向こう側へ釣り糸を垂らしていた彼から発せられた言葉は、後悔の念を明瞭に表していた。
「故に儂は、父であることを放棄したのだ…」
崖下に向けて大きく息を吐き出した後、自ら抱いている諦念に引きずり込まれる原初の化身。
未だ食糧が掛かっていない釣り糸を垂らしつつ頭部の触手を再び乱雑に揺らし出した様子を、既に暗視モードに切り替わった視覚装置に収めた私は、数秒の電子頭脳内での処理の後に彼への言葉を出力した。
「子供が自分の思い通りにならないのは、至極当たり前のことだ。」
何もかもを諦めかけている眼前の父親に私が伝えたいこと。それは、自らの子供のことをどうか見捨てないで欲しいという、同じ『父』としての思い。
「私にだって、そういった子と接した経験は幾度もある。だけど、それでも大切なのは、その子自身の個性や思いを尊重しながら、在るべき道へと導くことだろう。マスターハンドや『この世界』の住人達も、彼に優しさや思い遣りを学ばせるために奮闘している。だというのに、実の親である貴方は彼のことも…自分の幸福すらも諦めてしまうのか」
「…………その様なことで、今更あやつの心が変容するとは思わんからだ」
混沌と闇の化身並びに光の化身は我々よりも遥かに永い時を生きる存在なのだと聞いている。
何もない世界にたった二人だけで過ごしていた悠久の年月は、彼らを一体どれだけ歪ませてしまっただろうか。
「行動を起こしてみなければ結果の分からぬことは、貴方が思うよりもずっと数多に存在する――特に、現在この時代においては」
だが、現在の「この世界」には、マスターハンドに吹き込まれた多種多様なイメージが息づいている。
「『イメージに歯止めはない』、私の古くからの親友は『この世界』にイメージという生命を吹き込んだ人形を住まわせ始めた際、そのように言っていた。やがてその生命達は戦いの中で交わり繋がっていき、いつしか大きな環になっていった。
……かつて、大きな戦いで多くの大切なものを失った私も、加わった環の中で新たに縁を結んだ者達が傍で温かく見守ってくれたおかげで、少しずつ今を生きていこうと思えるようになったんだ。」
サムスにピカチュウ、キャプテン・ファルコンとキャプテン・オリマー、ドンキーコングとディディーコング、Mr.ゲーム&ウォッチやダックハントにむらびと、そしてポップ。
化身達の力で救われた子供達と再会するまでに彼らが共に居てくれなければ、私はきっと、あの夕日の先へと躊躇なく飛び込んでいたかもしれない。そう思えば感謝してもしきれない。
無論、とりどりの色の炎を持つ魂達の住まう「この世界」を創り出してくれた古くからの親友に対しても、それは変わらなかった。彼がそうしてくれたことが、私を孤独にしなかったのだから。
だから私は、マスターハンドの創りし「この世界」を信じて、自分の想いを諦念を抱く化身に届ける。
「キーラだって、様々な者達に色々なことを教えてもらえば良い方向へと変化していく、その可能性だってマスターハンドや他の皆が諦めない限り0ではないんだ。
現に、彼はガレオムやカービィ達との交流を通して少しずつだが思い遣りを学び実践しているという報告も受け取っている」
「…………。」
ダーズは相変わらず崖下の方を眺めている。他者嫌いな彼はこちらに顔を向ける気もこの話をまともに受け止める気も恐らくは微塵もないのだろう。だが、それでも私は伝える。
「だから、自分の子のことをどうか諦めないでほしい。子を見捨て、自ら手を下してしまうのは、きっと貴方にとっても良いことだとは思えない」
「……何故、そのように思う?」
陽の光のすっかり消えた空間に埋もれるように崖際に佇んでいたままだった黒紫の触手を持つ化身。
不気味な姿の現身を持つ始まりの神の望む混沌と闇に埋もれた世界に少しだけ似たその景色の中で、暗視が機能している視覚装置を駆使してダーズを只管注視していた私に、ふと闇の中の彼が問うてきた。
直後に、明るい青と黄金で構成された両眼が、淡く光を放ちながら、私の視覚装置へと映り込んでくる。
彼のその振る舞いに、自分以外の誰かとの繋がりを未だ完全に断絶しているわけではないと、僅かながらに希望を見出すことの出来た私は、訊かれた問いについて一片の迷いも無いままに自らの信じるままにこう答えた。
「私が、貴方と同じ『父親』だからさ」
「…………。」
「子のことを全く思わぬ親なんていないと、そう信じているからとも言うだろうか。…それに、貴方に『この世界』から光を消されるのはとても困ることだ。
私はもう二度と、大切な者達を喪いたくはない。それに何より、今はもう居ない子達の記憶を明日へと連れていく為にも、私は生き続けなければならないからな」
「……もし、儂が力を取り戻し、再び『この世界』を混沌と闇に飲み込もうとせんとしたときは如何するつもりだ?」
「無論、その時は貴方の敵として立ちはだかってみせるさ。今の私には、決して諦めたくないものが数多に存在するわけだからな」
「…………そうか」
私の現在持ち合わせている確固たる答えを聞いたダーズは、再び崖下の方へと視線を向け、釣り竿を浅黒い両手で握りしめながら、呆れたように溜め息を吐いた。
「…………そこまで宣うのであれば、精々足掻いてみるが良いさ。どうせ無駄やもしれんだろうが」
「ああ、精一杯戦ってみせよう」
悠久の時を生きてきたことで培われた諦念は、恐らくそう容易く消滅していくものでは無いのかもしれない。後々に再び「この世界」の滅びを実行しようと可能性だって決して0とは言えないだろう。
だとしても、私にだって譲れないものはある。
混沌と闇の化身がどちらの道を選んだとしても、私は私のやれることをやるだけだ。
もう二度と何も失ってしまわないように。
「…では、私はそろそろ自宅へと戻ろう。子供達も既に帰り着いて、私のことを待っているだろうから」
「……そうか」
「また、お会いしよう」
「…………。」
本日の食糧を待ち続けている浅黒い背から、それ以上言葉が返ってくることは無かった。
何もかもを諦め、他者と関わることを嫌う世界のはじまりの権化。
そんな彼が少しでも、あの光の化身のことを愛せるようになれたらと、どこへともなく願いをかけた後、すっかり暗くなった道を辿り、今日も最愛の子供達の元へと帰っていくのだった…。