私の朝は早い。朝日が昇ると共に起き、朝食の支度をする。朝食は基本的に芋と肉と葉野菜だ。今日は芋を角切りにして素揚げする。肉は葉野菜と共に炒め、香辛料で味をつける。料理は女として最低限は出来るようにと
幼い頃にヘラから師事された事が今役に立った。まさかあの女神に感謝する日が来るとは、人生分からないものだ。まあ、そのスパルタが原因で私の屈折した正確が出来たのだけどな。
料理ができるとベルを起こしに行く。
「ベル、もう朝だぞ。起きろ」
「むにゅう」
「ほーら、起きなさい」
「まや……あとすおし」
「あーもうっ!起きないなら無理やり連れてくからな」
「ん……」
料理は冷めないうちに食べた方が美味しいからな。ベルは寝起きがすこぶる悪いが、その時は抱っこして食卓へ連れていくと勝手に起きる。1度デコピンで起こしたが、その時に一日中頭を押さえていたことから本能的に起きることを覚えたようで何よりだ。
ご飯を食べた後は洗濯物を片付ける。大抵はこれで午前が終わる。ベルはご飯を食べ終えたらぱっちりと目が覚めるようで、本を読んだり外で遊んだりしている。本は村の書店で買うのだが、ベルの好きな本はどうやら旅商人が持ってくる古今東西の英雄譚が好きなようだ。周期は短くないが、どんどん新しい本が増えてゆく。最近は空間を圧迫し始めているので少し困りものなのだけど。
いつの日か、凄い勢いでせがんで来たことがあった。普段はわがまま言わないから買ってあげたら、
「ねえお母さん、読んで!」
「ん?またこれか……3日連続だぞ。他のじゃなくて良いのか?」
「ん!(これがいいの合図)」
「分かった分かった。ほら、隣においで。読み終わったらちゃんと寝るんだぞ」
「うんっ!ありがとう、お母さん」
「ああ。始めるぞ。むかしむかしある所に……」
ベルは中々飽きない性格らしく、こちらが飽きて呆れるくらいまでずっと同じ本を読み聞かせることをせがんでくる。
また、外で遊ぶ時はほとんどの場合は蝶々を追いかけ回している。ただ動物は怖いようで、兎ですらチラッと見えただけで私の後ろに隠れる。ベルはなぜだか動物達に敵意を持たれやすいようで、ベルを視認するなり襲いかかって来るから困りものだ。それも学習しない動物の多いこと多いこと。襲う奴は容赦なく吹き飛ばすか手刀で殺し、夜の食卓に並ぶと言うのに。
「お母さんお母さん!なにか、出た!!!」
「ん?なにかってなんだ」
「白と赤!ぴょんぴょん跳ねてる!いや、怖いっ!!!」
「怖いって……あれは兎だ。お前によく似てる。可愛いだろ?」
「あうあうあう………」
「……だめか」
英雄に憧れる癖に、この子の慎重さと言うか怖がりは人一倍と言うのがまた可愛い。紅い瞳をうるうるさせている姿は男として情けないとは思うが。
お昼を食べ終えたら、ベルをアミッドの待つ草原へ送る。私はその草原がしっかり確認できる場所で農作業。性にあわないと一蹴していたが、私の蓄えも無限でないという事で始めた。これが意外に興味深く、特に育った野菜を収穫する時は至上の喜びを感じる。体調を崩しやすい冬は無理にやらなくても良いというのも良い。冒険者は年中無休だから、体の負担も大きく軽減された。
こんな事で喜びを感じるなど、ここに越してくるまでの私に話したら鼻で笑われるだろう。いや、戯れ言を抜かすなと殺しに来るかも。私の性悪な部分はオラリオに捨て置いたか、ベルによって浄化されたのかもしれんな。
ベルとアミッドは草原で走り回ったり、花や草を使った遊びをしているようだ。子供の頭の柔軟性は底無し青天井らしく、、私が考えもしないような遊び方をしているのをたまに見かける。昨日は草を編んで秘密基地を作っていたな。今日はその秘密基地に向かうまでの道を作っているようだ。
「お母さーん!来てー!!」
呼ばれたら畑仕事を中断して行くのもいつもの事だ。昨日は秘密基地を案内されたが、同年代の子らよりかなり小柄な2人が作る秘密基地だけあって私は入れなかった。思うようにいかなくてベルは泣いてしまい、アミッドが宥める光景もよくある。多分、アミッドが私にも見せれるようなものにしようということで秘密基地への道を作ったのだろう。以前にも花の冠を貰ったが、小さすぎて頭に入らなかった時があった。その時も次の日にはアミッドの提案で大きめのものを作り、渡してくれた。
私が甘やかす以外にも、ベルの幼さが中々抜けないのはアミッドがしっかりお姉ちゃんしているからなのかもしれんと最近思っている。まあ、親離れはなるべくしないで欲しい。私の
なんて考えてると、ベルが頬をふくらませてやって来たので慌てて向かう。
「お母さんおそい」
「悪かった。思い出に浸っていたんだ」
「ひたっていた?」
「ベルは可愛いなーと思い出してたってことだよ」
ベルは少し険しかった顔をふにゃりと緩め、待つアミッドの元へ走ってゆく。何時だか話した、幸せは共有しようというメッセージを持った物語を読んだ後からベルは嬉しかったことを誰かに話に行くようになった。見た目も心も母親に似て良かったと心底思う。父親に似ていたら育児放棄も辞さなかったかもしれん。
ベル達が作った秘密基地への道は罠だらけだった。子供騙しの、と言えば聞こえは悪いが、子供たち2人が知恵を振り絞って作った罠。敢えて引っかかってあげた私の優しさは賞賛を贈られるべきだろう。
その中でも1つだけ驚いた罠もあった。それは最後のもの。ようやくゴールだと秘密基地に手を伸ばしたら、足元に少し違和感を感じた。そこには麻縄がピンと張ってある。麻縄に気を取られ目を離したその時、嫌な音が鳴った。グシャリと、草が潰れる音。何かと思い前を向くと秘密基地が目の前から消えたのだ。思わず「す、すまないベル、アミッド」と叫んでしまった。
しかし、なんとそれが罠であった。秘密基地はダミーで、足元の麻縄がトリガーになってハリボテの秘密基地が潰れるものらしい。私から見える部分は草を編み、それ以外は木の棒で組み立てる。私の目線からは普通の秘密基地に見えた。だが、ベルとアミッドからは妙ちくりんなものに映ったとのこと。大人だからこそ騙される罠にまんまとやられ、思わず瞼を持ち上げて笑ってしまった。2人もトラップ大成功という事で、結果的には3人一緒に笑顔になった。なんて平和な、良い時間なのだろうか。
その後、今日はこちらの家でお菓子を食べ、アミッドを日が落ちない内に家まで送る。必要が有れば買い出しを行って、家に帰り雑務をこなした後に汚れだらけの身体を水浴びで洗い流す。最近ベルが水浴びを1人でしたがるようになったのは少し寂しい。
そして、夕飯だ。夕飯は2人で作るのが我が家の鉄則。今日は鴨の肉を香草で燻したものに、玉ねぎのスープ。ベルが火傷をするハプニングがあったものの、非常に上手く作れた。以前はベルの手際が悪く、よく焦がしたりしたものだ。ベルは失敗する度に次の夕飯作りを嫌がったが、慣れというものは大切。失敗から学ぶことも多い。だから、毎日無理やりやらせるうちにメキメキと上達していった。
美味しく食べた後、後片付けをして布団へ。布団の用意をする間に、ベルは布団の中で読んでもらう本を選ぶ。そして二人一緒に布団へ潜り、本を読み聞かせる。1冊読み終える頃にはベルは眠っているので、私も本を置いて灯りを消す。ベルを起こさぬよう抱きしめて、そっと意識をまどろみの中に置いてゆく。
そして、明日が始まる。