追記
2021/12/5 誤字修正しました(報告ありがとうございます)
ウマ娘。
それは太古から存在する神秘。
人と大差ない体格ながら特徴的な耳と尻尾を有し、また超人的な身体能力を持つ。そんなウマ娘たちが行うレースは、今や世界で最も人気のあるスポーツと言っても過言ではない。
一説によると……。
ウマ娘をウマ娘たらしめる最大の要素は、その耳でも尻尾でもなく『魂』だという。
ならば——
魂が伴わずウマ娘としての身体を手に入れた者は、一体、何者であるといえるのだろうか。
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その日、俺は昼食の食材を買いに近くの商店街へと出かけた。
買い物は無事に終わり、その帰り道。
ちょうど中央のトレセン学園の前を通りがかった辺りで、横断歩道を待っている黒い髪のウマ娘が見えた。小学生くらいだろうか?この辺りじゃ幼いウマ娘も珍しくはない。
しかし、何故だか俺はその光景に妙な違和感を覚える。
その正体が分からないまま、その子の後ろを通り過ぎようとする。
瞬間——
少女の身体が前へと倒れる。
正面の信号は赤く点灯していた。
「おい! 危ねぇぞ!」
そう思ったのも束の間、自動車のクラクションが鳴り響く。
気づけば俺は少女に向かって走り出していた。
少女に手が触れられる頃にはもう車は目前へと迫っていた。
もはや事故を防ぐには時間がない。
俺はせめて少しでも少女への衝撃を和らげようと、少女の身体を抱き抱えていた。
ドンッ
鈍い音と共に肺の空気が一瞬で奪われる。同時に、俺の身体は宙へと放り出された。
我ながららしくないことをしたものだ。
一瞬、世界がスローに感じられる。
これが走マ灯ってやつなのだろうか、俺の脳裏には幼い頃の風景が浮かんでいた。
親に連れられて初めて見たレースのこと。
会場に集まった大勢のファン達の声援。芝や砂を舞い上げながら疾走するウマ娘達。
あの光景を見た興奮は今も忘れない。
一人一人が「自分」を示すために走るその姿は、まるで夜空に輝く星のようだった。
俺は彼女たちのそんな姿に憧れた。
だが月日を重ねるごとに、俺は彼女たちのようにはなれないことを知った。
ウマ娘に生まれなかった以上、その身体能力の差を埋めることは出来ないのだと気づいてしまった。
それ以来、俺はどうもウマ娘という存在が苦手になってしまった。
……今思えばひどい逆恨みだが、こればかりはいつまでも割り切れる気がしなかった。
そんな俺の最期がウマ娘を庇って死ぬ、か。
不思議と後悔はしていない。これが今までの逆恨みの償いだとすれば、なかなか悪くない死に方だろう。
そう考えてる間にだんだんと地面は近づいていき、とうとう俺の身体はアスファルトへと叩きつけられた。
背中に激痛が走り、身体から力が抜けていく。もはや指一本も動かせない。
かろうじて残った視界に映ったのは地面に広がる赤い滲み。
それもだんだんとぼやけ始め、意識が遠くなる。少しづつ、俺が消えてゆく。
(助かったかな……あの子……)
意識を失う直前、脳裏に浮かんだのは庇った少女のことだった。
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「っ……うう……」
深い海の底から引き摺り出されるように、ゆっくりと俺は目覚めた。
(あれ……? 生きてる、のか……?)
そう思って瞳開けると、飛び込んできたのは目を潰さんばかりの眩しい光だった。
思わず目を覆う。しばらくしてやっと薄目を開けて見れば、どうやら俺はベッドに寝かされているらしい。
(ここはどこだ……?)
俺は周囲を見回す。辺りは白い部屋のようで、俺の腕には何本かのチューブが刺さっていた。そのチューブの先を辿れば、そこには点滴の装置が繋がれていた。
俺はこの部屋の景色に見覚えがある。中学生の頃に骨折したとき、ここと同じ様な場所に寝かされたことがあった。ということはここは……病院か?そう考えていると、突然俺の横にあった機械がけたたましい音を立て始めた。
あまりのうるささに俺は耳を塞ぐ。確かに塞いだ、はずだった。
しかしいくら塞いでも一向に音が遮断されることはなく、頭の中に直接響くような音が脳を揺らす。
(何だこれうるせぇ! どうなってんだよ!?)
原因を考えようとしても不快な轟音のせいでろくにものを考えられない。ただ耐えながら悶えるしか出来なかった。
そのまま何分かが経ち、とうとう耐えきれなくなりそうになったその時、音がピタリと止んだ。不思議に思って音源の方を見ると、そこには見知らぬ女性が居た。
「あら、目が覚めたのね! 待ってて、直ぐに先生を呼んでくるわ!」
俺が何か言う暇もなくその女性は部屋を出て行った。おそらく病院の看護師さんだったのだろう。
そういえば、さっきから身体に違和感を感じる。長く寝ていた影響かも知れないが、どうもそれだけでないような気がする。
そう思ってまた自分の周りを観察すると、足元に黒い毛束のようなものを見つけた。
恐る恐るその毛束に触れる。その瞬間——
「ひゃぁう!」
くすぐったいような感覚が電流のように身体を走る。思わず声が出てしまった。
ん?何だ今の声。まるで女の子みたいに高い声だ。俺が出したのか?不思議に思いもう一度声を出してみる。
「あー、あー……っ!?」
間違いない。どういう訳だか俺の声が可愛らしいものに変わっている。事故の後遺症というには無理があるだろう……
そこまで考えて、俺はある仮説に辿り着いた。といっても、こんなの馬鹿げてるような信じ難い仮説だ。可能性、というのもおこがましいような有り得ない話。
それでも、俺は知っているのだ。
目覚めてから感じた違和感の理由に説明がつく存在を。
最初に感じた眩しい光も。耳を塞いでも音を遮断できなかった訳も。この毛束がなんなのかも、この声も。
夜目が効くために急な光に弱く、音に敏感で、なおかつ特徴的な尻尾と耳……
俺は答え合わせのように頭の上へと手をかざす。そうすると、何かに触れる感触と共に、毛束に触れた時と同じような感覚が流れた。
……ああ。確かに、これは俺の耳だ。
どうやら、今の俺は……
ウマ娘、らしい。
「はは、は。マジかよ……」
自分の中で結論が出ると共に、強い脱力感に襲われた。
全くもって現実味が無い……夢だろこれ。そう思っても身体に伝わる一つ一つの感覚が確かな実感これが現実なのだと伝えてくる。
確実に自分なのに自分の身体じゃない……今まで生きてきた実感というものが否定される気分に吐きそうになる。
しばらく呆然としていると、病室の扉が開いた。
「失礼します。気分はどうですか?」
入ってきたのは白衣を着た中年の男性。多分この人がさっき言っていた先生なのだろう。その格好から医者だと察せる。
「あ、えーっと…… すみません、まだ状況がよく分かんなくて……」
「そうですか…… ここがどこだか分かりますか?」
「病院……ですよね。確か事故に遭って……あってます?」
言っている途中で不安になって質問を返す。もう俺が覚えている事故の記憶さえも現実なのか夢なのかわからない。
「はい、その通りです。では、自分の名前、思い出せますか?」
「え?えっと、うーん……」
確かに俺の名前はハッキリと思い出せる。だが、その俺は間違いなく人間のはずだ。それが今ウマ娘になっているというのだから、もはや俺が自分だと言える確証が持てない。
もしかしたら今ある記憶は全部事故のショックで記憶が混乱して出来たもので、本当は「俺」なんて存在しないんじゃないか……そんな考えまで浮かんでくる。
「あの……俺……じゃなかった、私?は一体……誰、なんですか?」
その疑問に医者はゆっくりと口を開く。
「アットデイブレイク。それが、あなたの名前です」
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いくらか時間が経ってだんだんと冷静になってきた。
あれから医者にいくつか問答した結果、俺は記憶喪失と診断された。この身体で生きてきた記憶はさっぱり無いため、あながち間違いとも言えないだろう。
逆に、医者との会話の中でいくらか自分のことでわかったことがある。
曰く——
俺はウマ娘「アットデイブレイク」。
年齢は13歳。2年前事故に遭ってから寝たきりだったらしい。
俺の記憶と一致しているのは2年前に事故に遭ったって点だけだ。卓上に置いてあったカレンダーにも俺の最後の記憶から2年後が表示されている。
……しかしまぁ、めちゃくちゃ混乱する。
なんだか頭が痛くなってきた。世の中解明されてない不思議なことが幾つもあると言うが、まさか事故から目覚めたらまるっきり別人になってるなんて……
少し気持ちを落ち着けようと窓の外の景色を見てみる。遠くの方に見える圧倒的な存在感の建物はトレセン学園の校舎だ。その大きさゆえにここからでもよく目立つ。
あの建物は俺の憧れの象徴だった。あの時は学園の前を通り過ぎる度にキラキラと目を輝かせていた。それが夢を諦めてからはなんとなくだが直視することがなかった気がする。もしかしたら無意識のうちに避けていたのかも知れない。……思えば、そんな学園の前で事故に遭ったのは因果なものだ。
そのまま意識を手前に持っていくと、窓に反射して俺の姿が映っているのが見える。
頭上に生えた大きな耳。肩甲骨の辺りまで伸びたやや青みがかったような黒髪。そしてやや幼さが残るものの、整った顔立ち。
そこには誰が見ても美少女と呼べるであろうウマ娘が映っていた。
……ん?なんだかこの顔、どこかで見たことがあるような気がするぞ?そんなに顔を覚えてるウマ娘なんていないはずだが……
「あ。もしかして……」
一つ心当たりを見つけた。あの時に比べてやや成長はしてるものの、同じ顔だ。
——俺が車から庇ったウマ娘。あの少女のものに間違いなかった。
それを思い出した途端、フラッシュバックする事故の感覚。目前に迫る車。背中に感じた衝撃と痛み。自分の身体から血が流れ、意識が遠のいていくことに段々と抗えなくなる恐怖……
あの時の感覚は今でも鮮明すぎるほどに思い出せた。思わず吐き気が込み上げるほどには。だからこそ、なんとなくわかってしまう……
「あの……事故のとき、私を庇った男の人がいませんでしたか?」
「……!ええ、確かに居ました……記憶が戻りましたか?」
「いえ、そう言うわけでは…… そうじゃなくて、その身体……じゃない、その人は、どうなったんですか!?」
その問いに、医者は答えずにただ俯くだけだった……その行動がなによりも雄弁な答えになる。
「死んだの、ですか」
「……ええ。救急隊が駆けつけた時には、既に……」
「……そうですか」
その答えを聞いて——俺は自分でも不思議なくらいに落ち着いていた。
ああ、そうだ。……実のところ、自分の身体に未練なんてこれっぽっちも無いんだ。どうせ何も成しえずに腐りきっていた人生、いつ手放してもよかった。
だからあの時、誰かを庇って死ぬことに俺は満足していた。これ以上生きてても何の役にも立たなかったであろう俺が、最期だけは善い行いを出来たのだと思った。
だというのに、その結果はどうだ。確かに少女は五体満足で助かった。だが、それだけだ。俺も確かに死んだはずだが、どういうわけだか精神だけが少女の中で生きながらえている。……そこに、少女の意識は感じられない。
事故の衝撃で俺の精神が少女の中に入ったとでも言うのだろうか。そんな漫画みたいなことがあり得るのか?疑問はいくらでも湧くが、答えは何一つ出ない。
そもそも、ならば少女の魂はどうなったんだ。まさか俺が乗り移ったために消えてしまったのではないか。考えた途端に汗が身体中から噴き出してくる。
もしこの不思議な出来事が神様の悪戯だというならば悪趣味にも程があるだろう。これじゃ俺が少女を助けようとした意味はどうなる?これでは真の意味で少女は助かったとは言えない。いくらこの身体が無事であろうと、「俺」がここに居る限り、それは元の「アットデイブレイク」ではない……
なんだそれ。これでは助かったのは俺だけじゃないか。そんなの何の意味もない。もし俺があのまますんなりと死んでいたら?今頃少女は目を覚ましていたかもしれない。意図したものではないとはいえ、俺が乗り移ったせいで少女の未来が閉ざされたとするならば、それは俺が少女を殺してしまったようなものだ。
自分への怒りと後悔で手が震える。いっそ誰か殺してくれ、とすら思う。しかし、そんなことができるはずもない。完全に少女の魂が消えたとも言い切れない以上、万に一つでも少女が戻る可能性があるならば、俺がこの身体を傷つけることなどあってはならないからだ。
「俺は……これからどうすりゃいいんだ……?」
自然と溢れてしまったその言葉を拾ったのか、医者が口を開いた。
「そうですね……暫くの間は検査入院、それからリハビリをしてもらうことになるでしょう」
聞こえてきたのは俺が考えていることとはまったく見当違いの答えだった。……まあ頭の中を覗くことなんて出来るわけないし、当然ではあるのだが。一瞬だけ頭にきたがすぐに思いとどまる。
そうだな……仮に、いつか彼女が目覚める時が来たとすれば。その時には俺はこの身体を返さなければならないだろう。ならば、それまでは彼女の代わりに生きなければ。
そのためにも、身体の健康は一刻も早く取り戻した方がいいかも知れない。リハビリも無駄ではないはずだ。
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あれから数週間が経過した。
検査の結果は全て正常。目立った外傷もないそうだ。これだけは俺が役に立った結果だと言えるかもしれない。少しだけ救われた気がした。
運動機能の回復も順調だ。今では歩行くらいならば問題なく行えるほどになった。
しかし、いくら日を重ねても少女が目覚める兆しは見えない。もしかしたら、ずっとこのままなんじゃないか……そんな不安が鎌首をもたげる。
そもそも最初から目覚める確証なんてないとは言え、このまま俺がアットデイブレイクとして生活するなんて耐えられない。罪悪感でおかしくなりそうだ。
そうは言っても少女の意識を戻すのに俺に出来ることなんてない……いつか必ず目を覚ますと信じていなければ、今度こそ俺は生きる意味を失ってしまう。
俺がここにいる理由。それを見出せないまま、時だけが過ぎていった。
そんなある日のこと。いつも通りリハビリを終えた俺は病室に戻ろうとした。長い廊下を息を切らしながら歩く。
……歩行に問題はないとは言ったが寝たきりで落ちている体力が戻っているかは別の話なのだ。
そうしてやっとの思いで病室の近くへ辿り着く。すると部屋が近づくにつれて、扉の前に人影があることに気づいた。
「あら、デイブレイク」
人影の方も俺に気付いた様で声をかけながら近づいてくる。その顔は入院してから見慣れた人のものだった。
「あ……えっと、……母、さん」
その人は俺の……あの子の母親だった。頭上にピンと張ったウマ耳。俺と同じ青みがかった黒髪。はたからみても血縁関係を疑う者はいないだろう。
「あー……母さん。今日は、どうしたの?」
暫く気まずい雰囲気が流れる。自分自身がウマ娘になったからといって、俺のウマ娘への苦手意識が変わるわけではなかったし、母親の方も俺が記憶喪失と聞いて接し方を計りかねているのだろう。最初に会った時からこのぎくしゃくした関係はまるで変わっていない。
「デイブレイク……これ覚えてる?」
そう言って差し出されたのは一冊のノートだった。その表紙には手書きの文字で大きく日記と書いてある。もちろん俺には心当たりなんてない。首を横に振る。
「……これはね。アンタの部屋を掃除してたら出てきたのよ。私は中を見てないけど、もしかしたら読めば何か思い出すんじゃないかと思って……」
とりあえず受け取ってみたものの、記憶が戻る可能性は低いだろう。本当に記憶を失っているだけならともかく、今のアットデイブレイクは全くの別人だ。持ってきた母親には悪いが……
とはいえ試さないわけにもいかない。戻らないとしても俺には少女の情報が必要だ。それに、どんなに小さな可能性だとしても少女が目覚めるかもしれないことは出来るだけやっておきたい。
「それだけ…… また来るわね」
俺に日記を渡すなり母親はそう言って踵を返して出口の方へ歩き出す。帰る直前、彼女の目には涙が滲んでいた。記憶のない娘と顔を合わせるのはまだ辛いのだろう。最初の方は一目見ただけで泣き出してしまい会話にならなかったほどだ。
母親が見えなくなったあとで、俺は病室に入り改めて日記をまじまじと見つめる。市販の学習ノートに日記と書いただけのもの。
……この中は少女が書いたものなのだろう。
一度ベッドに備え付けのテーブルに日記を置いて深く息をする。彼女のためとはいえ、他人の日記を見るというのは若干の後ろめたさを感じる。
数秒ほど迷った後、俺は意を決してページを開く。
そこにあったのは、幼い少女が遺した夢と希望だった。
『中央のトレセン学園に入って強いウマ娘になりたい!』
その願いがほぼ毎日書き連なっている。それ以外の内容も、大体が今日はどんなトレーニングをしただの、どんなレースを見ただの……ともかく、レースに対する熱意がひしひしと伝わってくる。でも……
そのまま最後まで読み終わってしまった。気づかない内に俺の目から自然と涙が溢れてきた。
なんで。なんで、この子が……。
こんなにも未来への希望で溢れていたのに。こんなにも幸せだったのに。
俺の中に湧き上がった感情は哀れみ。……そして憤りだ。
心の中で少女に語りかける。
ごめん。お前の身体を奪ってしまって。でも。だからこそ……
決めた。俺はこの身体でトレセン学園に入る。入って、彼女の夢を叶えてやる。
それが俺の出来る唯一の罪滅ぼしであり——
……俺の「復讐」だ。
他のいろんなウマ娘が登場する番外編みたいなの書いていいですか
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ダメ