——幼い頃、私は孤独だった。
と言っても、周りに人がいなかったわけではない。両親は私が目指すべき場所を示してくれたし、尊敬できる兄姉もいた。皆一様に、私に愛を注いでくれた。そんなわけで、家庭環境には概ね満足していた。
だが……徹底的に管理された教育の中で、私には友人と呼べる者がいなかった。物心ついた時から両親に上に立つ者としての教育を受けてきた私に、同年代のクラスメイトは近寄り難い雰囲気を感じ取ってしまったのだろうか。……確かに、小学校の頃の私は、周りからすれば異端であったことは否めないが……
最初のうちはそれでよかった。友人達と遊ぶよりも、将来のための勉強の方がよっぽど有意義だと、本気で思っていた。
だが——いくつか年を重ね、自己というものをはっきりと理解できるようになった年頃……周りとの溝に気づいた時、私の心にぽっかりと穴が空いた。いや、空いていたのに気がついた、というのが正しい。
それを理解してしまってから、私はしばらく何もかもに身が入らなくなってしまった。
今までこれが正解なのだと信じて疑わなかった道が、急に揺らいでしまったような気がして、どうにも集中することが出来なくなったのだ。食事中、ボーっとしていて茶碗を落とし割ってしまった時は、これ以上ないほどに母親に叱られてしまった。
一度、そのことをお爺様に相談したことがあった。曰く、「今は我慢の時だ。辛いだろうが、信じ突き進めば、必ず道は開ける」とのお言葉をいただいた。私は、お爺様がそう言うのならば、そうなのだろうと思った。お爺様は立派な人物だ。故に、その言葉は本当なのだろうと。
——だが、その言葉を聞いても、私の心に空いた穴が埋まることはなかった。
君と会ったのはそんな時期のことだ。
休日、気分転換と称してふらふらと街に出る。別に、行く当てなんてなかった。ただ、なんとなく、あらゆることが嫌になって、家に居たくない、と。そう思ってしまった故の、ただの現実逃避だった。
だから、あのとき私が公園に訪れたのも全くの偶然だった。そこで、君と出会うのも。
『あっ、良いところに! ねぇねぇ、私と遊ぼ?』
君の開口一番はそんな言葉だった。見るからに私よりも一回り年下の、やや青みがかった黒髪のウマ娘。
誰にも分け隔てなく、初対面の私にもまったく臆することなく声を掛けてくれた君。
まるで、本物の友達のように接してくれた君に出会った時。その屈託のない笑顔を見た瞬間。
——私はやっと、私の心を満たしてくれるものを見つけられた気がした。
君はよく笑う子だった。初対面、私の困惑をよそに私の手を引いて公園の中へ連れ込んでは、鬼ごっこをやろう、なんて言い出して。
しかし、その日は私と君の2人だけだし、私は走る訓練もみっちりとされてきた身だ。勝負になんてなるはずもない。
……今思えば、こういうとこも私が周りから疎まれていた理由なのだろうが。
それでも、君はいつでも楽しそうだった。すぐに追いつかれ、全く追いつけないとしても、君が笑顔を絶やすことはなかった。
『あはは! 君、すっごく速いね! ……ん? ううん、全然! つまんなくなんて無かったよ!』
『あっそうだ! 君、名前は何て言うの? ……うーん、し……るる…… あーもう、言いづらい! どうしよっかな……』
少し迷った後で。いかにも名案だ、という顔で君は言った。
『あっ、いいこと思いついた! ねぇねぇ、あのさ——』
『——君のこと、「ルナちゃん」って、呼んでもいい?』
ーーーーーーーーーーーー
「……会長。会長! 起きてください、会長!」
「……む、エアグルーヴ…… すまない、今は……」
「もう本日の業務は終わりました。私は見回りをして帰る予定です。会長もお疲れの様ですし、お早めに休んでください」
「ああ、ありがとう。お疲れ様」
……どうやら、懐かしい夢を見ていたようだ。とは言え、業務中に寝てしまうとは……
本当に、少し疲れているのかもしれない。
しかしどうにも、夢の内容が頭から離れない。ついつい……という訳でもないが、昔のことを思い出しては、感傷的になってしまう。あまりよくないとは分かっていても、なかなか気持ちは止まってくれない。だが…… 無理もないかな、とまで思う。何せ、それほどまでに君は……私にとって、大切な存在だったのだ。
〜〜〜〜〜
最初に君に会った翌日。なんとなく、もう一度君の姿を見たくなってあの公園に足を運んだ。その翌日も、またその次の日も。いつしかあの公園に向かうのが習慣になっていたほどに。その場合でも、たいてい君はそこにいて、ウマ娘、人間問わず多くの子供達と一緒に遊んでいたものだった。
だがどんな大人数で遊んでいても、私が来るとその存在に一番に気づいてくれるのだ。
『ルナちゃん! 今日も来てくれたんだね! ほら、早く早く!』
そう言って、半ば強引に輪の中に私を入れてくれる君が、私にはこの上なくありがたかった。
また、誰かが他の子と少しでも言い争いになりそうな時があれば、必ずそこにすぐに駆けつけて仲裁に向かう。そうした後、決まって君はこう言うのだ。
『だって、みんな笑顔が1番でしょ!』
と。そうして、自分自身も弾けるような笑顔を見せる君は、この上なく輝いて見えた。
いつか、君と将来の夢について話をしたことがあった。出会った時と同じ、珍しく私たち以外には誰もいない日だった。
君はベンチに座りながら足をバタつかせ、不満を隠そうともせずに口を尖らせる。
「今日ね、学校で将来なりたいものについて作文書けって言われちゃってさー。そんなこと言われたって、未来のことなんてわかんないよー!」
ああ、確かにそんなふうな課題を、私もやったことがある気がする。
私は何を書いたのだったか……あまり思い出せない。正直、今私が同じ課題を出されても、すぐに完成することはないかも知れない。それほどまでに、その時の私は自分の進路に自信が持てなかった。
しかし相談は相談、自分のことは棚に上げてとりあえず当たり障りのないアドバイスをしてみる。
「あはは…… 考え方を変えてみたらどうだい? なりたいもの、じゃなくていい。やりたいこと、とか、夢だとか。そういうものから考えてみたらいいんじゃないかな?」
「おお、なるほど! ルナちゃん頭いい!」
まるで世紀の発見みたいな顔をして目を輝かせる君。実際、誰にでも思いつく様なアドバイスだと思うんだが…… こういうところも、彼女の魅力だった。
そうして、またしばらく頭を抱えていると、唐突に立ち上がっては大声でこう言った。
「あったよ! 私の夢!」
「よかったじゃないか。良ければ、聞かせてもらえるかな?」
「うん! 私ね——太陽になりたい!」
「太陽?」
あまりに突拍子もない言葉に、思わず素っ頓狂な声で聞き返す。てっきりレースのこととか、そっちの方向だと思ったのだが……
「そう! お日様!」
「ええと…… 理由を聞いてもいいかな?」
「うん! あのね、まず…… 私はいっちばん強いウマ娘になりたいの! 誰にも負けないくらい、すっごく強いウマ娘に!」
ふむ、それで、太陽か…… 確かに、1番の象徴として太陽を挙げるのも、筋は通るか。しかし、ずいぶん大きく出たものだなと、私が納得していると。
「でもね——」
君は言葉を続けた。
「私は、みんなに笑顔でいて欲しいの。でも、みんなが笑える結末にするのがとんでもなく難しいってことくらいは、わかってるつもり。でも…… それでも、諦めつかなくって。だから、太陽。私が1番輝いて、それでみんなを照らすの。それが私の夢、かな」
「……それは」
「えへへ。……だって、みんな笑顔が1番! でしょ?」
その言葉を聞いて、私は雷に打たれた様な衝撃を受けた。
私は一体今まで何をしていたんだ? 何が自分の道を信じられなくなった、だ。ただ、自信がなかっただけじゃないのか。
目の前のこの少女が本気なのは、そのまっすぐで曇りのない目を見ればすぐにわかる。それなのに私は、言い訳をつけては進むべき道から目を背けて……
彼女を立派に思うのと同時に、自分のことが途端に恥ずかしくなった。
「どうかした、ルナちゃん? なんか難しい顔してるよ? ほら、笑顔笑顔!」
「ああいや、少し考え事をな。いい夢じゃないか」
「でしょ!」
そう言って笑ってみせる君の笑顔は、確かに私の中にあった雲を晴らしてくれた。もう一度、ひたすらに頑張ってみようと思えた。上に立ち、導く者として。君のその笑顔を、誰にも奪わせないためにも。
だから——
間違いなく、君は私の太陽だったんだよ。
なあ、アットデイブレイク君。
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ふと顔を上げ、意識を現実へ戻す。まだ眠気が残っているのか、気がつけばまた回想の海へと沈んでしまう。
荷物を纏め、帰る準備をする。過去に浸るのは、ここでやるべきことではない。
椅子を立ち、生徒会室の扉を見つめていると自然と、君とここで出会った時のことを思い出す。
久しぶりに会った君の印象は、私の記憶の中の君とは全く異なっていた。もはや別人、と言ってもいい。
まっすぐだった目は濁り、全てを諦めた様な顔をしているくせに、いつも何かに脅されているようだった。
話を聞く限り、記憶喪失になってしまった様で、仕方ないことなのかも知れないが……
それがなおのこと、残念でならなかった。
もちろん、今のあの子を悪く言うつもりはないが……
私が今掲げている目標——全てのウマ娘が幸福に過ごせる世界。この目標さえ、君から貰ったものだ。トレセン学園に来てからも、君の笑顔が私の原動力になってくれた。もう一度、いつかまた胸を張って君に会える様に。そう思って、私はただひたすらに進んできた。
帰路につきながら、まだ君のことばかりを考える。
何が君を変えてしまったのか。やはり、あの事故は……
確かあの年は、ちょうど君が小学校を卒業する年だった。もしかしたら来年君が中央に来るんじゃないかと、期待に胸を膨らませたのを覚えている。
そんな中のある日、トレセン学園の目の前で大きな音がした。何かトラブルだろうかと思って寄れば、君がいた。君と、無惨に潰れた自動車と、見知らぬ男性。辺り一面に流れる血。一目見て、背筋が凍った。目の前の情報が、現実のものだと理解するのに時間がかかった。信じたくなかった。動転しそうな気を抑えて、救急車を呼んだことだけは覚えている。
あの光景を見てから、私は数日間ろくに眠れなかった。私は神を呪った。しかし、それすらもどうにもならないと悟ったのはいつのことだったか。
日が経つにつれ冷静になると、今度は理由を知りたい、と思うようになった。なぜ。どうして。疑問符が頭を埋め尽くす。
忌々しいことに、現場の風景を思い出すのは簡単だった。少し目を閉じれば易々と脳裏に浮かんでくる。それだけで過呼吸になりそうなのを堪えて、必死に頭を働かせる。一つ一つ、あの状況を整理して……
一つの結論に辿り着いた時、私はこの上なく後悔した。
そんなはずはない、と何度も思い直した。だが、考えれば考えるほど、疑惑は確信に変わっていく。
こんな考えに及んでしまった自分が恨めしかった。勝手だと思いながらも、知りたくなかった、と。
でも、思わずにはいられないのだ。
——どうして、自殺なんかしようと思ったんだ。
信じられないが——信じたくないが、君は自分で命を絶とうとした。それが、私の結論だった。
一命をとりとめたのは幸いだったが、私には君が自殺しようとした理由まではわからない。目覚めた時に記憶喪失になっていたのは、幸か不幸か。とりあえず記憶喪失のうちはまた命を絶とうなんて思わないはずだが、同時になぜあんなことをしようとしたのか、本人に理由を聞ける機会が失われたとも言える。なんにせよ、記憶を取り戻した時にショックを受けないように配慮しなければならないだろう。精神の安定していないうちに無理に記憶を取り戻そうとしても、もう一度死を選んでしまうかも知れない。
私がトレセン学園に入学してからは、君とは一度も会っていないし、あの公園に立ち寄ることも無くなってしまった故、その間君に何があったのかは知らない。いつも笑顔だった君がこんなにも思い詰めるなんて、よほどのことだったのだろうか。私の力では、君の不幸を吹き飛ばすことは出来なかったのだろうか。
記憶を失ってなお、このトレセン学園に入学した君。私は君が心配でならない。今の君は、ひどく歪で、危うい様に見えるんだ。
アットデイブレイク。私の憧れ。君の本心はどこにある?今の君は、何を考えているんだ?
「教えてくれ。君は…… 一体、どこに向かっている?」
天を仰げば、そこに星は無く。深い夜に、月だけが、ぼんやりと浮かんでいた。
お久しぶりです。更新遅くなってしまい申し訳ありません。マスターデュエルが楽しくて最近忙しくて……
さて、今回はシンボリルドルフ視点での回想でしたが、いつもの視点である主人公アットデイブレイクちゃんが登場してないやん!と言うことで、活動報告の方に簡単な設定を投下したのでよければこちらからどうぞ。
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=275531&uid=374380
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