12月29日。外はかなり冷え込み、今年も残すところあと2日となった。
「うわ、やっぱりこの時期になると日が暮れるのが早いねー。残り外周ランニング2周だけして終わろうか」
トレーニング中、トレーナーが俺を呼んでそう指示を出す。たしか、いつも通りならばまだメニューが残っているはずだが。
「俺はまだ行けるぞ」
「ダーメ。足元よく見えないし、つまずいて怪我したらどうすんのさ」
「へいへい」
トレーナーの指示に従って、薄暗くなった校舎の周りを走る。至るところに照明がついているとはいえ、確かにところどころ足元がおぼつかない箇所がある。
タッタッタッと、自分の足音だけが響く。
この時間のトレセン学園周りは人通りが少なく、たまに車が通る程度だ。加えてウマ娘が多いこの辺りは専用レーンも完備されているため、非常に走りやすい。
トレセン学園の敷地はとんでもなく広いものの、ウマ娘の足ならばまわるのにそこまで時間はかからない。
あっという間に正門前へ着き、2周目に入る。
手元のストップウォッチを見ると、なかなかいいペースで進めているようだ。スタミナがついてきたことを実感し、少し嬉しくなる。
そのまま、何事もなく通り過ぎようとしたのだが…… あるものが目に入って、つい足を止めてしまった。
横断歩道。門の正面からは少し離れたそれは、生徒はあまり使わないだろう。学園から寮に入るならば、さらに門に近いもう一つの方が確実に楽だ。
しかし、俺にとってその横断歩道は、特別な意味を持つ。
……あの日、俺とデイブレイクの運命を変えた場所。言い換えれば、俺が命を落とした場所でもある。
通りがかった車のライトに照らされて、微かにシミができているのが一瞬見えた。通り過ぎる車の音がやけに大きく感じる。
全くもっていい思い出の場ではない。長居したい場所でもないと思うが、何故だか目を離せなくなる。
そのまま見つめているとそのうち、ああ、今年も終わりか、なんてズレた感想が出てくる。
本当に、濃すぎる一年だった。今までの俺からすれば考えられない。……ある日突然別人になるなんて、考えられるやつの方が稀だと思うが。
目が覚めたら突然ウマ娘になっていたときには、それはもう混乱した。てっきり死んだものだと思ってたし──実際俺の身体は死んでいたわけだが──自分の身体が今までの面影も全くない美少女になってたら、誰だって混乱するだろう。
そして、その真相は俺が助けたと思っていたウマ娘の意識を乗っ取っていたってことだと判明した。これじゃ助けた意味がまるでないじゃないか。そう思い、あまりいい気分ではなかった。
その後、デイブレイクの日記を読んで、彼女の想いを知った。そして、「強いウマ娘になる」という彼女の夢を叶えることに決めた。
そのために、トレセン学園に入学して、レースで走って。
俺にそれが楽しい、だなんて言える権利はない。それでも、退屈から程遠い一年だったことは確かだ。朝起きる度に憂鬱を感じない生活は何年ぶりくらいだろうか。
来年はさらに忙しくなるだろう。というか、最も重要な一年といっても過言ではない。
俺の目標は、アットデイブレイクの名を、キラキラ輝くウマ娘の星の一つとして刻むことだ。
そのためにはクラシック級のG1 ──所謂、クラシック三冠に名を連ねるレース。それを取ることが、1番確実な方法だろう。
もちろん、果てしなく険しい道であることは理解しているつもりだ。大勢いるウマ娘の中で、その冠をいただくのはたった1人。並大抵のウマ娘は、挑戦することすら許されない。
それでも、俺はやる。アットデイブレイクには、その資格があると信じる。何があろうが、止まることなど許されないのだ。この手で、栄光を掴むまでは。
自然と手に力が入る。すると、確かな硬い感触が伝わり……
……握っているストップウォッチのことを思い出した。
「あっ。やっべ」
ストップウォッチの表示はさっき見たときから既に3分ほどが経過している。
……そういえばランニング中だった。感傷に浸ってる場合じゃない。
俺は当初の目的を思い出し、大急ぎで残りの距離を走りにいった。
「やあデイブレイク、おかえり。少し遅かったね」
「はぁ、はぁ、いや…… 悪い」
「大丈夫だよ。タイムなんておまけみたいなものだし。ともあれ、これで今日の…… というより、今年の練習はおしまいかな」
「ああ」
トレセン学園には、年末年始の休みというものがある。
その間はトレーナー含め教員全てが休みになるため、校舎に入ることそのものが禁じられる。どれだけ練習したいと願おうと、その間は不可能だ。
「まあ休みの間走るのは勝手だけど…… 怪我とかしないでよ?」
「わかってるよ」
「ならいいけど。よし、そんなわけで、今年もお疲れさまでした!」
そう告げられたのが、2日前のこと。
「暇だ……」
俺は部屋で大の字に寝転びながら、誰に言うでもない呟きを漏らした。
まだ大晦日…… 1日目の休みはよかった。練習のない日は久しぶりで、十分に体を労われたと思うし、なかなか読む時間が取れなかったレースの指南書なんかもよく読めて、充実した1日だったと思う。
ただ…… 1日あればやりたいこと全部やれてしまったのだ。今はもうやることが一切ない。元日だけあって外の人通りも多く、気軽に走りにも行けないし。
……やることねぇ。俺、今まで休みの日何してたんだっけ……
トレセン学園に来てからは走ってばかりいるが、そもそもアットデイブレイクになる以前の俺はどうやって過ごしてたか。夢を追っていた頃は今と変わらず、暇さえあれば走っていた気がする。じゃあ、その後…… 高校生くらいの時は、何してたっけ。全く思い出せない。というより、心当たることが全くない。多分、本当に何もやってなかったんじゃないかな。
改めて、自分の無趣味さに驚かされる。
よくこれまで生きてこれたもんだな…… 一回死んでるけど。
しばらく無理やりやることを探し、正月なのだから挨拶でもしようと思い立つ。
ベッドの上に置いてあったスマホを手に取り、受話器のアイコンをタップ。言っても、俺が連絡先を知ってる人間なんて数えるほどしかいない。まず真っ先に浮かんだ顔と電話番号を結びつけ、迷うことなく数字を打ち込んでいく。そして呼び出しのボタンを押そうとして…… 指が止まる。
もう一度俺が打ち込んだ番号を見る。そこにはとある携帯番号が。この携帯の持ち主。それは、「俺」の姉だ。
俺の姉はウマ娘だった。俺が幼い頃に両親が死んでからは、ずっと二人暮らし。当時まだ幼かった俺の面倒を見るために、トレセン学園も中退した。思い返せばとんでもない負担だっただろう。それなのに、俺のために尽くしてくれた……その自覚はある。
それでも、俺は姉が嫌いだった。
「はぁー…… しょうもな」
今の俺はアットデイブレイクだ。本当の俺は……既に死んでいる。姉に電話をかけたところでいたずら電話と思われるのが関の山だろう。
……なんで俺はあいつに電話かけようなんて思ったんだ。
あんなにも嫌っていたはずなのに。あんなにも苦手なはずなのに。なにより、真っ先に脳裏に浮かんだ連絡先があいつだった、という自分に腹が立ってしまった。
ふと脳裏に浮かぶ姉との記憶。俺が、失意の中にいた時のこと。
『これまでよく頑張ったね。大丈夫だよ、仕方ないもん。人間は、どうやったってウマ娘には勝てないんだから』
二人きりにしては広いリビングの中で。ソファに腰掛けて項垂れている俺を、姉が後ろから抱きしめてそう囁く。
実際、姉の言葉の通りなのだろう。人間とウマ娘では力の差は圧倒的。姉の気まぐれで俺の前に回された腕に力を込めれば、あっけなく俺の骨は折れていただろう。
『でも大丈夫だよ。キミのことは、私がずーっと守ってあげるから、ね?』
脳を溶かすような、甘い囁き。この囁きに屈せば。諦めてしまえば、どんなに楽だろうか。そんな考えがよぎらないわけではない。それでも、認めたくなかった。
「……黙ってよ」
違う、俺はまだ諦めてない、まだ何かが出来る。現実なんてとうに知ってるくせに、その考えが捨てきれなかった。
だから、「人間はウマ娘に勝てない」という現実を突きつけてくる姉が、俺は嫌いだったのだ。
「はぁー…… 嫌なこと思い出しちまった」
意識を現実に戻す。もうすでに俺が死んだ以上、あの記憶も過去のものだ。何の役にも立たない。姉とも、会う機会も無いだろう。
……俺が死んで、どう思ってるのかな。
「あー……やめだやめだ! ったく……もっかい寝るか」
そう思い立ち上がる。すると、不意に手に握ったままのスマホが鳴った。
「うおっ」
誰からだろうか。……まあ、俺に連絡寄越すやつなんて限られてるんだけど……
『あけましておめでとうございます、デイブレイクちゃん! 今から一緒に、神社へ初詣に行きませんか?』
「……スペか」
どうするかな…… 普段の俺ならば、間違いなく『行かない』の4文字で終わらせていただろう。そもそも俺に青春を楽しむ権利も暇もないし、その時間で自主練を積んだ方がデイブレイクにとってよっぽど有意義だと思っているからだ。
しかし今はどうだろう。どうせ練習はできない。暇を潰す手段を持たないどころか暇に押し潰されそうになっている状況だ。少なくとも、部屋で惰眠を貪り尽くすよりかは有意義に思える。
『行く』
最低限の2文字だけ返して立ち上がる。寝巻きがわりにしていたジャージのままだと、またスペに怒られてしまう。俺は着替えるためにクローゼットに向かった。
「……しまった」
開けてから思い出したが、普段使っているズボンがクリーニングに出しっぱなしだ。今は休業中だろうから、取りに行くことも出来ないし……
俺は元々私服がほとんどない。となると、残る選択肢は……
「マジかぁ……」
前にスペ達と買い物に行った時に買った……買わされた、スカートしかない。
……なんだろうな。スカート自体は、学園の制服で何度も着てるはずなのに、私服でとなると妙に恥ずかしく思える。
「つって、これ以外に着るものもないし……仕方ねぇ……」
意を決してスカートに足を通す。最初のうちはもたついたりしたが……もう慣れたもんだ。悲しいことに。
「なんつーか……着てみると想像以上に短いな……」
制服も何故か膝上くらいまでしかなかったが……これはそれ以上かもしれない。やっぱ恥ずかしい。制服よりも生地が薄いのか、動くたびにひらひらと裾が舞う。はぁ……やっぱり年末になる前にクリーニングから引き取っておくべきだったか……こればかりはトレーニングしか考えてなかった俺が悪い。
「もたもたしてても仕方ない……行くか……」
手早く上も着替え、俺は部屋を出た。
「あっ、デイブレイクちゃん! 待ってましたよー! あけましておめでとうございます!」
「あれれー? なんだか可愛らしい格好ですな〜?」
到着するなり、俺を出迎えたのはスペの元気な挨拶とスカイの茶化しだった。
「ぐ……可愛いって言うな。マジで、何も言うな……」
今回は現地集合だったため、神社までは一人で歩いてきたのだが……
この格好で外に出るというのは、かなりの気力を消耗した。今の俺はウマ娘だし、別に外見におかしいところがある訳じゃないんだが、どうにも周囲の目というのが気になってしまう。心なしかいつもより注目を集めていたような……とにかく、全く気が休まらない。スカートは二度と着ないと決意した。
「あっ、見てください! 美味しそうな屋台がいっぱいありますよ!」
「スペちゃん。屋台も良いですけど、先にお参りですよ〜?」
「新年明けても変わんねえなお前ら……」
ま、そんなに悪いことではない気もするが。いつも通りのあいつらを見て少し沈んでいた気持ちが回復したように思う。
「ほら、さっさとお参り済ませようぜ」
「そうですね! 行きましょう!」
幸いにも、この時間帯はそこまで混んでいないようで、少し待つだけですぐに賽銭箱の前にたどり着くことができた。
鈴を鳴らしてから、財布から5円玉を取り出して賽銭箱の中へ。
無事にお金が賽銭箱の中へ吸い込まれていったのを見届けてから、2回深くお辞儀をする。あれ? 神社ってこれで合ってたっけ? と思いつつ、顔を上げてパン、パンと手を打つ。チラと隣を見れば、グラスも同じようにしている様なのでとりあえず作法は合っていたようだ。日本文化に造詣の深いグラスなら多分間違いないだろう。
手を合わせた後は神様に祈る番だ。と言っても、俺は神様ってものを信用していない。そしたら、そうだな……
──何もしなくていいから、ただ見ていろ。勝利の女神も、
他に言いたいこともないので、もう一度だけ礼をしてからその場を離れる。
「ふぅー! みんなは何お願いしたの?」
全員が参拝し終わり、スペの問いに他の4人が口々に答える。言い方はさまざまだったが、その全員が今年のクラシックレースに向けての決意や目標を上げていた。
「よし、じゃあお参りも終わったし、屋台巡りに行きましょー!」
「ちょっと、スペシャルウィークさん!? 待ちなさい!」
「あっ! エルもついてくデース!」
「エル〜? 間食はほどほどにしてくださいね〜?」
そう言うと、スペ達は一斉に屋台の方に向けて駆け出した。
「え? あっ、ちょ、待って」
そこにタイミング悪く、人の列が。完全に分断されてしまった。
「やっべ。早く追いかけないと……おっと!」
置いてかれて焦るあまり、どうやら人にぶつかってしまった様だ。見上げると、そこには……
「あれ……? ねえさ……」
そこまで言いかけて、慌てて口をつぐむ。
見上げて見えたのは見覚えのあるウマ娘の顔。俺が見間違えるはずもない……ちょうど、さっきまで記憶を思い返していた人物。
俺の姉が、そこに居た。
「あれ? ごめんなさい、ぶつかってしまって」
「あ……いえ……」
思わず、顔を背けてしまう。なんで。姉さんの住んでる家は、この辺りじゃないはずなのに。
「あれ……もしかしてあなた、アットデイブレイクちゃんじゃない!?」
「っ……! は、はい。ご存じ……なんですね」
「うん! レース、見させてもらったよ。『元気そうな子だなぁって』。まさかこんなところで出会えるなんて、想像もしてなかった」
明らかに含みを持たせた物言い。俺を見つめる目に、心臓の鼓動が早まる。
「『助かってよかったね』」
「っ!?」
「レース出れるまで回復しちゃってさ。あっ、そうだ! ねぇ……これから、ちょっとお話しない?」
あっ……ダメだ。あいつ……「アットデイブレイク」が、「俺」を巻き込んで事故を起こしたウマ娘だと気づいている。当たり前と言えば当たり前か。事情説明は受けていたのだろう。
ずっと一緒に住んでいたから分かる……表面上は取り繕っても、明らかに友好的って感じじゃない。これは……憎しみ、か。
「ね? いいかな? 私、キミのファンになっちゃってさ」
冷や汗が吹き出す。俺が何度も感じたことのある、有無を言わせぬ威圧感。一刻も早く、この威圧感から抜け出したい。そのために、もしかしたら頷けば助かるのではないかと思ってしまう。
俺が何も言えずに、ただ固まっていると、その時。
「あれ? デイブレイクちゃーん!? どこですかー!」
「あっ……」
スペ達だ。俺が居なくなったことに気がついたのだろう。その声を聞いた途端、固まっていた体が制御を取り戻すのを感じた。
「えっと……今日は、友達と来ているので。ごめんなさい」
やっとの思いで、その答えを絞り出す。声だって震えっぱなしだ。
「そっかぁ……それは残念! じゃあ、またね。『アットデイブレイク』ちゃん」
それだけ言い残して、姉は人混みの中へ消えていく。その姿が見えなくなった時、しばらく忘れていた呼吸を一気に再開する。
「ぷはぁー……はぁ、はぁ」
しばらく息を整えていると、スペが俺に気づいて近づいてきた。
「あっ、いたいた、デイブレイクちゃん! もー、どこ行ってたんですか!」
「ああ……悪い、ちょっと知り合いと会ってな」
「そうですか? それならよかったです! 迷子になってないか心配したんですよ!」
「はっ……要らねえ心配だっつーの」
憎まれ口を叩きながら、スペ達についていく。
正直、あの時にスペが呼んでくれなければ危なかった。あと数秒遅ければ、俺は姉の圧に屈して首を縦に振っていただろう。
……本当は、そうした方が良かったのかも知れない。いずれ決着をつけるべき問題なのだと思う。デイブレイクのためにも、俺のためにも。そして……姉のためにも。
でも、今は。
……少しだけ、逃げる場所が出来たことにホッとしている自分がいた。
はい。お久しぶりです。
早めの更新目指していましたが気づいたら結構間が開いちゃいました……。申し訳ない
今度こそ……感想・評価くださるとモチベがぐぐーんと3段階くらいあがるのでどうかよろしくお願いします。
あと、活動報告の方にコメントを投げてくれた方がいらっしゃったのですが、活動報告の方ってコメ返しできないんですね……なのでここでちょっと返信します。
>アットデイブレイクちゃん割とナイスバディで草
A.私の好きなウマ娘はイナリワン、ゼンノロブロイ、マーベラスサンデーなんだ……後は、分かるね?
>デイブレイクちゃん時空はアニメ時空?それともアプリ?漫画?
A.基本的にトレーナー一人につき担当一人、のアプリ時空がベースです。でもたまに他の媒体で出てきた設定や独自の設定も活用することがあるかもしれないのでご了承ください。