夢を、見ていた。
見たこともない公園で、名も知らぬウマ娘と自分が──アットデイブレイクが話している夢。
『私ね──太陽になりたいんだ! いーっちばん輝いて、みんなを照らせる、そんな太陽に!』
名も知らぬウマ娘に向かって、
瞬間、フッと視界がブラックアウトする。
今までの明るい雰囲気が嘘であったかのように、冷たく、光のない空間。真っ黒ともつかぬ無の中で、ただ誰かの声だけが響いた。
『……ごめんなさい』
「デイブレイク?」
ほぼ反射的に、その名を呼ぶ。声を出してから初めて、自分が輪郭を持ってこの空間に立っていることに気がついた。
……たしか、前にもこんなことがあったか。シンボリルドルフとのレース後、俺が気を失った時。あの時も、こんな何もない空間の夢を見た。夢の中だというのに、妙に思考は鮮明だ。考える俺をよそに、デイブレイクの声は悲壮感を増して謝罪の言葉を重ねる。
『ごめんなさい。ごめんなさい。上手く出来なくてごめんなさい。期待に応えられなくてごめんなさい。巻き込んじゃってごめんなさい。──』
「ふざけるな!!」
声が言葉を続ける前に、大声で叫んで遮る。
夢の中だからだろうか。なんとなく、デイブレイクが次に言うであろう言葉がわかったから。俺の心が勝手に作り出した幻想だとしても、その言葉だけは、言わせちゃいけない。
「言っただろ、デイブレイク。俺はお前を許さないって。だから……いつか、お前に言わせてやる」
必ず、生まれてきてよかったと。
「ん……朝か……。って、しまった、寝過ごし……て、ないか」
いつも通りの時間より大幅に遅れての起床。一瞬焦ったが、まだ学園の授業は始まっていない。トレーニングは再開したとはいえ、開始の時間までにはまだ余裕があった。
「ん〜っと。とりあえず顔洗うか」
ベッドから降りて大きく体を伸ばす。今はクラシック級に向けて体を追い込む時期、1分1秒も無駄にはしたくない。朝食代わりに買っておいた食パンをほおばり、すっかり着慣れたジャージに袖を通した。
────────────
「久しぶりだね、デイブレイク。元気そうで何よりだよ」
トレーナー室を開けた俺を出迎えたのはそのどこか胡散臭い声。心なしか、スーツがピシッとしている気がする。トレーナーはその視線に気づいたのか、スーツの襟あたりをつまんでこう答えた。
「ああ、これ? 久しぶりに時間ができたからね、ちゃんと皺伸ばしてみたんだ。やっぱり、節目はきっちりした服装じゃなきゃ」
「意外だな。トレーナーは身だしなみとか気にしないタイプだと思ってた」
「いやいや、僕のことをそんなダメ人間みたいな……」
実際そうじゃないのか? と一瞬思ったが、まあ仮にも中央のトレーナーだしな。たるんでるように見えるが、これでもあいつはエリートなんだろう。全く実感がないが。
「今年はデイブレイクのクラシックの年だろう? トレーナーの僕もメディア露出は増えるだろうし、ちょっとはしっかりしておかないと。僕のことでデイブレイクの評価を下げるわけにも行かないしね」
「ふーん。案外ちゃんと考えてるんだな。……にしても、メディア……メディアかぁ」
「うん。あ、苦手なら調整するから安心して。まあ三冠路線は注目も集まるし、勝ったら流石に全部断るってのは難しいかも知れないけど……」
「いや別に苦手な訳じゃねぇけどさ、上手く受け答え出来るかどうか……」
そもそも俺、記憶喪失の設定だし。態度を取り繕うのも苦手なので、変に受け答えしようもんならデイブレイクに妙な印象が与えられかねない。いつか俺が消えたときのためにも、「俺」の痕跡を大きくすることは出来るだけ避けたいのだ。
「ま、その辺も僕がいるさ。君の本分はレースだからね。サポートもトレーナーの仕事さ」
「……はっ、なんだか頼りないな」
「なんでよ!? っと、そうだ。レースのことで思い出したんだけど、勝負服ってどうする? これから必要になるでしょ」
「あっ……」
勝負服。それはG1レースに出場するウマ娘のみが着用を許される、言わば晴れ着のようなものだ。勝負服のデザインはウマ娘により千差万別。一見して……というか、確実に走りづらそうなデザインのものもあるが、着用するウマ娘にとっては不思議な力がみなぎるとも言われている。真偽は定かではないが。
自分専用の勝負服持つ、ということはすなわちG1に出場する実力があると認められたということ。それ自体が名誉なこととされる。
そして、その勝負服は基本的に特注品。あらかたのデザインの要望をウマ娘側で出し、その要望やウマ娘の個性・特徴を踏まえてデザイナーが作るというのが一般的だ。つまり、勝負服というのは「自分」を大きく表すものと言える。
「はい、これ要望書く紙。出来たら渡してね」
「おう……」
弱ったな……今までは勝負服のことなんて考える余裕もなかったし、考えるのを後回しにしていたんだが……
さっきも言ったが、勝負服とは自分を表すものだ。そして、俺はアットデイブレイク本人ではない。要は希望するデザインを書けないのだ。開き直って俺のことを書こうにも、俺には何も無い。
「どうすっかな……」
「あれ、そんな考え込むとはね。君、デザインとか無頓着そうなタイプなのに」
「お前こそ俺を何だと……いや、その通りなんだけどな。今回ばかりは少し事情があって」
「ふーん。ま、勝負服だしね。元々今日は軽めのメニューで済ませるつもりだったし、今日一日使ってじっくり考えるのもいいんじゃないかな?」
むぅ……予期せず時間を設けられたが、そうは言っても考えて思い浮かぶものでもないからなぁ。
……あー。そういや1人、こういうのにこういうのに心当たりのあるやつが居たな。
「……少し気が引けるが、頼ってみるか」
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「ごきげんようデイブレイクさん。珍しいわね、あなたが誰かを頼るだなんて」
「本当に、お前ら俺を何だと……いや、何でもない。来てもらって悪いな、キング」
俺が呼んだのはクラスメイトの1人、キングヘイロー。先ほど勝負服について相談していいかと聞いたところ、快諾してくれただけでなく直接会って話を聞いてくれると言うことで、学園の中庭に来てもらった。
「少し前に、お前の母親がデザイナーだって話を聞いたんでな。少し力を貸してもらえないか」
「ええ……まあね。あなたにはスペさんとエルさんの勉強を手伝ってもらっているし、いいわよ」
「助かる」
成り行きで始めた勉強会だったが、思わぬところで自分の役に立つものだ。情けは人のためならず、ってやつだな。
「さっそくだが、知っての通り勝負服はそのアイデアをいくつかこっちで出さないといけない。それがなかなか思い付かなくてな……」
「なるほどね……まず基本的なことだけれど、勝負服は自分の信念やプライドを形にして身に纏うものだわ。一目みただけで自分だとわかってもらえる、そんなくらいにね。だからまずは自分にあった方向性を考えるといいと思うわ」
「なるほど、もっともな意見だ。……だが悲しいことに、俺にはそれすら思い浮かばん」
「はぁ……ま、そんなことだろうと思ったわ。出てきていいわよ」
出てくる? 何のことだ? キングが見つめる先に視線を移すと、そこには大きな木と草むらがあるだけだ。……まさか。
「「「「じゃーん!!」」」」
「スペ、エル、グラス、スカイ……お前ら、なんで!?」
予想は見事に的中。木と草むらの影から現れたのは、いつもの残り4人だった。
「えへへ、びっくりしました? キングちゃんに呼ばれたんです。デイブレイクちゃんが困ってるから、力を貸してほしいーって」
「……どういうことだ、キング」
「あら、さっき言ったでしょう? 大事なのは自分にあったイメージ。自分で思いつかないのならば、他人からのイメージを参考にするのもアリだと思うわ」
……なるほどな。俺のことなんて既に読んでたってことか。さすがキング、こういう所はまさしく一流のウマ娘だ。
「にしても……お前ら、よく集まったな」
「そりゃ、他ならぬデイブレイクちゃんの頼みですから。たとえ火の中水の中、どこだって参上しますとも〜」
「……適当なこと言うなよ、スカイ」
「あはは……でも、そうですよ! 友達が困ってるって聞いたら、ほっとける訳ないじゃないですか!」
屈託のない笑顔でスペがそう言う。……調子狂うなぁ。
「ったく……お人好しどもがよ」
「とか言って〜、本当は嬉しいのがバレバレデスよ?」
「はぁ? 何言って……」
「し・っ・ぽ」
「っ!?」
慌てて抑えようとするも効果なし。俺の背面についているそれは、俺の意志に反してブンブンと左右に揺れ続けていた。
……やっぱ、ウマ娘は苦手だ……
「まったく……このままじゃいつまで経っても話が進みそうにないわね。本来の目的を見失うつもり?」
「あっ……そうでした。キングちゃん、何やるの?」
「そうね……今から、一人ひとりデイブレイクさんへの印象を語ってもらうわ!」
バーン、とSEが付きそうなほどに堂々と宣言する。俺以外もその雰囲気を感じ取ったのか、まばらな拍手が巻き起こった。とりあえず合わせて拍手してみる。
……ん? ちょっと待て。俺への印象を語るのを、目の前で俺が聞く……ってコト!?
……それって、めちゃくちゃ恥ずかしくないか?
〜〜〜〜〜インタビュー開始〜〜〜〜〜
──まずはグラスからだな。お手柔らかに頼むよ
「ええ、では、先駆けは私が。そうですね、私からのデイブレイクさんの印象は……やはり、走りに対するストイックさでしょうか。脇目もふらずにただひたすら自分を高めようとするその姿勢は尊敬できます。ただ……少しだけ、危なっかしい気もします」
──危なっかしい?
「あ……いえ、そんなに気にすることでもないと思うのですが……いつか、途端に壊れてしまうような。そんな心配を、ついしてしまうのです」
──ま、そうならない様に気をつけるさ。
〜〜〜〜〜〜〜〜
「次はエルの番デース!」
──おう。エルから見て、俺はどう映る?
「フッフッフ、デイブレイクちゃんのその小柄な姿……デスが、エルの目は誤魔化せません! 一見かわいらしい様に見えますが、とてつもないパワーを感じます!」
──パワー?
「そうデス! 特に、何と言ってもあのレース! 最終コーナーに差し掛かってからの加速力! その奥に、燃えたぎる情熱を感じます! あっ、後怒らせると怖そうデース……グラスの次に」
「エル〜? 何か言いました〜?」
「ヒェッ……」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「あれれ、次はセイちゃんの番ですか」
──そうなるな。どうだ、何かあるか?
「そうですねー……ちょっと私と似てる雰囲気感じるかな〜?」
──と言うと?
「ほら、クールで相手に何考えてるか悟らせない所とか〜、頼りがいがあるとことか〜」
──え、お前自分のことそんな風に思ってんの?
「……にゃはは〜。あ、あと一つ。……他の子たちを出し抜くのが上手そうなとことか……なーんてね」
──はぁ。ま、覚えとくよ
〜〜〜〜〜〜〜〜
「あっ、最後は私ですか? うーん、そうですねぇ……あっ、デイブレイクちゃんは自分が思ってる以上にかわいいくて優しいんですよ!」
──ウマ娘はだいたいかわいいだろ。俺に限った話じゃ……
「いえいえ! デイブレイクちゃんの魅力は外見だけじゃないですよ! もちろん外見もかわいいですけど、例えばはちみー飲んだときの幸せそうな顔とか! それに、私の勉強見てくれてますし、他の子が困ってるときもなんだかんだ助けてくれますし、お願いも嫌そうな顔するけど最後には聞いてくれたり! 思い出せば、私たちが転入してきた日もそうでしたよね! 緊張しちゃってダメダメだった私のことをフォローしてくれて! みんなと仲良くなれたのもデイブレイクちゃんのおかげですよ! しかも……」
──「あーもう! 分かった! 分かったから一旦止まれ! 終わり終わり! 中止でーす!」
「あ、照れた」
「うるさい!」
「スペちゃん……恐ろしい子っ!」
〜〜〜〜〜インタビュー終了〜〜〜〜〜
「ってことで……どうだ? 一通り聞いてみたが」
「そうねぇ……さっきのインタビューと、今までの発言、それと私個人の印象も合わせると……これ、見事なまでにまとまりがないわね」
「やっぱりそう思う?」
あのあとも少し印象の情報を集めてみた結果、上がったものを合わせるとクール、面倒見がいい、お兄ちゃんみたい、ストイック、不思議ちゃん、戦略家、力強い、情熱的、危うい、優しい、かわいい。
一貫性がまるでないし、なんなら矛盾してるようなものまである。ついでに、俺自身は挙げられたもの全てに自覚がない。どうしようか……
「そうね……これ……いや、それなら逆に……うーん、やっぱり……」
どうやらキングも出たイメージをアイデアに纏めるのに苦戦しているようだ。なんだか申し訳ないな……と思いつつ、ふとあることを思い出した。
そうだ。元のデイブレイクの意見も取り入れなきゃじゃん。
確か日記に落書きがしてあったはずだ。鞄から取り出してパラパラと確認する。……見つけた。
「なぁキング。悩んでるとこ悪いとは思うが、追加で取り入れて欲しいものがある」
「え、ええ……何かしら?」
「これ……記憶を失う前の俺が書いたらしい勝負服のイメージだ。まだ幼い頃に何気なく書いただけだろうが……大切にしたいんだ」
俺の言葉を聞いて、険しい顔をしていたキングがふっと微笑んだ。
「仕方ないわね。そういうことなら任せてちょうだい。ちょっと見せてもらうわね……って、これは……」
そこに書かれていたのは、まだあどけない少女が書いた夢の象徴。かわいらしいタッチで描かれた、フリフリの魔法少女風衣装。そのまま採用するにはあまりにも幼すぎるし、何より魔法少女はもうこりごりだが、それでも立派なデイブレイクの希望だ。無視なんてできるはずもない。
「……これがあれば、できるわよ。デザイン」
「え、マジ?」
「ええ。ちょっと待っててちょうだい。あなたに一流を見せてあげる」
そう言って、何やら紙面に描きはじめる。そのまま待つこと数十分後。
「出来たわよ!」
「え、もう!?」
「ええ。ざっくりだけれど……あなたが最後に持ってきてくれたあの絵がうまくベースになってくれたわ」
渡された紙の中には、勝負服のラフと思われるデザイン。白と黒を基調とした配色で、胸の辺りにワンポイントの装飾が煌々と輝いている。シルエットは先ほどの魔法少女ドレスみたいなものだが、いくらかフリフリが削減されている。ちょっとありがたい。横に書いてあるメモには「二面性」と書かれている。なるほど、まとまりがないならいっそ逆に矛盾を全面に押し出したってことか。……確かに、俺には合ってるかもな。
「おお……すごいなこれ」
「おーほっほっ! そうでしょう! キングは何においても一流なのよ! ま、あとの細かい部分の装飾なんかは案を受けたプロの仕事ね」
「いや……本当に助かった。俺だけじゃいつまで経ってもデザイン案が完成しなかっただろうから」
深々とお辞儀をする。
「そんなに畏まらなくていいわよ。友達だもの、あなたにはこれからもキングを頼る権利をあげるわ!」
「ははっ……そりゃありがたいな。いずれこれ着てお前らをぶっ倒すから、覚悟しとけよ」
「ふふん、そう簡単に行くとは思わないことね。勝つのは私よ」
「おやおや〜? セイちゃんのことも忘れてもらっちゃ困りますな〜」
「あっ……私も! 私も、絶対負けませんからね!」
この勝負服を着る舞台。おそらくそれが訪れるのは皐月賞だろう。そこで俺は、デイブレイクの望みを叶えるんだ。絶対に勝つ。勝たなきゃならない。
練習の強度上げないとな。トレーナーに相談してみるか。俺はキングたちにもう一度礼を言ってから、足早にトレーナー室へ向かうのだった。