星を追いかけ、朝日は昇る   作:それおすとろ

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前回から1週間空いてしまいました。楽しみにしてくださった方は申し訳ないです。
そうじゃない方も楽しんで頂ければ幸いです。


日は明け、旅立つ

『中央トレセン学園で、強いウマ娘になる』

 

 その目標が決まってからは早かった。

 翌日、見舞いに来た母親にトレセン学園に入りたいと告げたときには驚いた表情をしていた。正直、これは開口一番にそれを切り出した俺が悪いと思うが……だが母親はすぐに応援してくれた。トレセン学園に入るのは元々少女の目標でもあったのだ、それを目指しているのは喜ばしいものなのだろう。

 

 俺は一刻も早く走れるようになるため、よりいっそうリハビリに打ち込んだ。その甲斐あってか、担当の人曰く俺の回復速度はとんでもなく速いらしい。リハビリ用のトレッドミルで走れるようになるのにそう時間はかからなかった。とはいえ、まだレースに出れるほどのものではないが。

 

 リハビリ以外の時間はレース教本を読み漁った。一つ、また一つとページを捲るたびに冷めていたはずの俺の心に火が灯るのを感じた。あのころ、ウマ娘に憧れていた時のように……ほどではないが、レースの面白さに夢中になってしまったのは事実だ。ついつい病室を飛び出して走り出したくなる。怒られるので絶対にやらないけど。

 

 それからはひたすらリハビリと勉強の日々だった。ベッドの上で本を読むか、病院にあったリハビリ器具で体を動かすか。たまに病室の中でフォームの確認。退屈には感じなかった。

 

 決まったことの繰り返しというのは思い出す事も語る事も少ないもので、早くも目覚めてからちょうど一年くらいが経過したところで晴れて退院となった。

 

「お世話になりました」

 

「ええ、お大事に。頑張ってね。トレセン学園、受けるんでしょ?」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「ええ。でも……無理しちゃダメよ? 貴女、こっちが止めなきゃずっと走ってるんだもの。早く回復したいのはわかるけど、それで体を壊すようじゃ元も子もないわよ?」

 

「あはは…… 気をつけます」

 

 この数ヶ月間、俺を見てくれた看護師さんの暖かい言葉に見送られ、俺はそばに居た母親と共に車に乗り込んだ。

 

 

 母親と車で2人きり……それだけ見れば微笑ましい親子の様子だろうが、車内にはそうとは思えない重苦しい空気が漂っていた。

 入院していた間にも母親との関係が改善されることはなかった。母親側からしてみればまだどう接していいのか分からないのだろう。俺の方もそうだ。娘の身体を奪ってしまっている身で何を話せばいいというのだろう。

 

 ……それと、これはあまり言うべきでないだろうが……

 俺はあまりあの人が好きではない。彼女がウマ娘ってのもそうなんだが、苦手なのはあの目だ。

 あの人の中には以前のアットデイブレイクしかないのだろう。それは仕方ないことなのかも知れないが……

 俺のことを見ていても、「俺」を全く見ていない様なあの目。あれはどうにも好きになれなかった。まあ、それを俺がどうにか言える立場ではないんだが。

  そんなこともあって、車内での会話は一言程度しかなかった。

 

「デイブレイク…… その、記憶は、まだ戻らないの?」

 

「ああ、うん…… ごめんなさい」

 

「謝らなくていいわよ。きっとそのうち、ちゃんと戻るわ」

 

 母親のその言葉は、どうにか自分に言い聞かせているようにも聞こえた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 車に揺られて数十分、辿り着いたのはなんの変哲もない一軒家だった。

 玄関をくぐり、中へ入る。反射的にお邪魔します、と言いそうになるが堪えた。記憶がないことを実感させてこれ以上母親を悲しませるのは忍びない。

 

 中へ上がるとすぐに2階にある少女の部屋へ案内された。「ここがアンタの部屋よ」と言われても……俺からしてみりゃ他人の、それも女子の部屋だ。気が休まるわけもない。

 しかし入らないことにはどうしようもないのでとりあえず部屋に脚を踏み入れる。入ってみての第一印象は

 

(まあ、女子の部屋って感じだな)

 

だった。全体的にピンクが多い配色に、きちんと整頓された学習机。埃が少ないことから、親が定期的に掃除をしていたのだろう。

 

 しばらく部屋の中を探索しようとしたが、誰にでもなく若干の後ろめたさを感じたので早めに切り上げて部屋の隅に置いてあったベッドに腰掛けた。

 そうして俺は探索して見つけた携帯を取り出す。パスワードはカレンダーに書いてあった少女の誕生日で開いた。

 

 調べるのはトレセン学園についてだ。それ以外はあんま触らない方がいいだろう……ホームページを開いて目的の情報——編入試験の項目を探す。

 探していたページは5分ほどで見つけられた。ふむふむ……どうも電話で試験を受けられるかどうか聞くらしい。これは後ほど母親に頼むことにしよう。

 

 次にネットを漁って試験の情報を集める。どうも、入学試験と変わらずペーパーテストと実技試験、それと面接の三つから成るらしい。試験の内容自体は一般的なものの、合格ラインが高いため、『中央の編入試験は難しい』とされている……ってのが総評のようだ。絶対数が少ないので一概にそうとは言い切れないが。

 

ーーーーー

 

「……デイ…… ……デイブレイク?」

 

「んあ……」

 

 しまった。あれからまたいろいろと調べているうちに眠ってしまっていたようだ。母親が俺の顔を覗き込んでいる。

 

「晩御飯、出来たわよ」

 

 母親に連れられるまま一階のリビングへ向かう。近づくにつれていい匂いが鼻を刺激してくる。その匂いの発生源にあったのは……

 

「え。何これ……」

 

 そこにあったのは豪華な食事……だがそれ以上に異様な存在感を放つものが食卓のど真ん中を占拠していた。

 

「ふふふ。退院祝いに、アンタの好きなにんじんハンバーグよ」

 

 ああ……そういえば存在だけは知っていた。お祝い事で食べるウマ娘は多いと聞くが、いざ目の前に出されたにんじんハンバーグ……バカでかいハンバーグの上ににんじんが一本まるまるぶっ刺さっているそれは、俺を困惑させるに十分すぎた。

 ハンバーグににんじんをつけ合わせるのはまあ、一般的だろう。ファミレスとかでもよく見かける。……でもこれはいくらなんでもやりすぎじゃないか?ウマ娘ににんじん好きが多いのは知っているが、これもう別々に食った方がいいと思うな……。わざわざにんじんにこんな存在感与える意味あんのかよ。

 

「……? 大丈夫?」

 

 あまりの衝撃にフリーズしていたら母親に心配されてしまった。大丈夫、と返してとりあえず席に着く。母親と向かい合って、2人きりの食事だ。入院中聞いた話では父親は仕事の関係で滅多に家に帰ってくることはないらしい。見舞いにも一度も来なかった。尤も、来ても気まずくなるだけだろうが。

 

 ……このにんじんハンバーグ、どうやって食えばいいのだろうか。考えれば考えるほど刺さったにんじんが邪魔だ。いっそのこと引っこ抜いてやろうか。

 考えた挙句ひとまずナイフとフォークでハンバーグの部分を切り取ることにした。切り取ったかけらを口に運ぶ。

 

「あ、おいしい……」

 

別に変なものが入ってるわけでもないので普通においしかった。にんじんが刺さってなければもっと肉汁が包まれていておいしかったに違いない。おのれにんじん。ちょっとの恨めしさと共に引っこ抜いてヤケクソのように齧り付く。マナーとかあっても知らん。

 

「どう?」

 

 母親が期待に満ちた目でこちらを見てくる。どう?って言ったって……

 なんだか前はそこまで好きでもなかったにんじんがおいしく感じる。これもウマ娘になった影響だろうか。

 一通りそんなことを考えてみたものの、求められてる答えはそんなことではないことはわかっている。……ああ、俺はあと何回、この期待を裏切らねばならないのだろう。

 

「おいしいよ。でも、ごめん……」

 

 ごめん。記憶は戻りそうにありません。みるみるうちに母親の顔が落胆の色に染まっていく。

 

「……そう、よね……。大丈夫よ!さあ、そんなことより、今日はアンタの退院祝いなんだからいっぱい食べなさい!」

 

 明らかに無理をして出した明るい声で場を切り替えようとする母親。しかし、それ以降会話が弾むことはなかった。

 

 

 翌日、編入試験を受けるためにトレセン学園に電話すると、試験を受けられる日は2週間後だという。中学レベルの教養問題は流石に余裕だと思うので、対策は実技の部分に特化した。

 朝早くから夜まで、近くの河川敷や公園でスタミナを中心にトレーニングをする。これには家に居づらいことも関係していた。正しいトレーニング方法なんて知らないが、日に日にタイムは縮まっているので効果はあるのだろう。

 最初の何日かは1日の大半を外で過ごす俺に母親は心配していたが、毎日続けているうちに慣れたのだろう、今では帰ってくるタイミングに合わせて晩御飯を用意してくれている。

 

 ウマ娘として走るのは楽しかった。なんせ形はどうであれ俺の少年の頃の願いが叶ったのだ、素直に嬉しい。

 流れる景色や風を切る感覚は何にも変え難いほどの快感だ。欠点はあまりの気持ちよさにもっと速く走りたい、という気持ちが抑えきれずペース配分がグチャグチャになってしまうこと。これは意識して直さなければならないだろう。

 序盤に全力を出しすぎて終盤じゃヘロヘロ、なんて情けなさすぎる。

 

 夜帰ってきてからは走り方の研究に努めた。どうも未だに人間だった頃の走り方の癖というのが抜けきれない。

 ウマ娘はそのスピードゆえに空気抵抗を減らすため人間では考えられないほどの前傾姿勢で走ることが多いらしいが、感覚のない者からするとこれがなかなか難しい。どうしても人間としてのフォームが身体に染み付いてしまっているからだ。この場合は脳に、と言った方がいいか。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

 そんな生活を続けて、気づけば試験当日。

 会場であるトレセン学園はここから電車で二駅ほどだ。試験開始は10時から。俺は脳を目覚めさせるために早めの5時に起床した。

 一階に下がると既に母親が起きていた。結局、顔は合わせづらいままだ。軽く会釈だけして暗記科目と走るフォームの最終確認に取り掛かる。

 

「デイブレイク」

 

 呼び止められてしまった。無視するわけにもいかないので仕方なくそちらに向き直る。

 

「何? 母さん」

 

「……試験、頑張ってね」

 

「ああ……うん、頑張るよ」

 

 おそらくそれは心からの言葉なのだろう。

 ……でも、それを言う目は相変わらずのものだった。悪いと思っていても、自分のせいだと分かっていても、やはり拭いきれない嫌悪感が込み上げてきた。

 

 

 しばらくして日が昇り始めてきた。俺はそれを合図に準備を始める。といっても、ほとんどは前日のうちに準備してあるので、あとは身だしなみを整える程度だ。

 洗面台の前で髪をとかす。鏡の前に映るのは「俺」ではなく、小柄なウマ娘の姿だ。少しの間鏡の中の美少女をまじまじと見つめてみる。やはり、ウマ娘だけあって顔の作りは良い。ぐにーっと無理やり口角を指で吊り上げ、笑顔を作る。こう見ると、やっぱりかわいいな……って、何をやってるんだ俺は。ちょっと前まではウマ娘の顔も見たくないと思っていたというのに……他人に対してはあんま変わってない気もするが。

 

 ともかく、俺がいまいるのは目の前のウマ娘を輝かせるためだ。それを頭に入れ、自分を奮い立たせる。軽く頬を叩いて気合を入れる。よし。

 

 そんなことしてる間に出発の時間が迫ってきた。着るのは最初で最後であろう中学の制服に袖を通す。ちょっと丈が余り気味だがまあいいだろう。3年間寝たきりでは身長は伸びなかったのだ。

 

 用意したスクールバッグを手に玄関へ向かう。扉に手をかけたところで、また母親に話しかけられた。

 

「ねぇ、デイブレイク…… やっぱりなんでもないわ、頑張ってね」

 

「……うん、頑張るよ」

 

 何を言いかけたのだろうか。特に詮索するつもりもないので当たり障りのない返事をして扉を開け外に出る。

 扉を閉める直前、見えた母親の顔は心配そうなものだった。はたしてそれは何に対しての心配なのだろう。あの目は相変わらずだ。

ああ、

 

 やっぱり俺は、この人が苦手だ。

 

ーーーーー

 

 トレセン学園に着いた俺を出迎えたのは、全身緑色のスーツに身を包んだ女性だった。

 

「こんにちは。アットデイブレイクさんでお間違いないでしょうか?」

 

「え、はい。俺です」

 

「はじめまして。私、駿川たづなと申します。受験会場までご案内しますね」

 

「あ、はい、よろしくお願いします」

 

 連れられるまま校舎の中へ。確か午前中は筆記試験だったか。指定された教室の中に座り、筆記用具を取り出して開始に備える。

 ……っしゃあ、頑張りますか!

 

ーーーーー

 

 はい。3教科のテスト終了。あんま調子づいたことは言いたくないが、多分筆記で落とされることはないだろう点数は取れたと思う。そもそも筆記試験はオマケみたいな物だ。……こんなことを言うと怒られるだろうか。

 だが本番はこの後の実技であることもまた事実だろう。昼のうちに母親が作ってくれた弁当で使った分の糖分を補給しておく。

 

 飯を食ってしばらく待っていると、またたづなさんが俺を呼びに来た。

 

「デイブレイクさん。間もなく実技試験が始まるので、こちらに移動お願いします」

 

「はい、わかりました」

 

 そうして連れてこられたのは練習用のコース……の、横にあるロッカー室だった。指定の服に着替えなきゃいけないらしい。

 服自体はなんでもない体操着だったのだが……

 

 言ってなかったが今は冬真っ只中である。

 半袖半ズボンの体操着は寒すぎるって!

 

 凍えそうになりながらなんとかコースに向かう。試験開始は10分後。それまでは自由に準備運動してればいいらしい。

 

 ……ふぅ。なんだか緊張してきた。いわばこれは俺の目標のための最初のレースなのだ。他に人居ないからレースとは呼ばないかもしれないが。念入りに身体の準備をしておく。正確な合格ラインは分からないが、おそらく自己ベスト近い記録を出せば問題ない……はずだ。

 

 10分後、試験監督に呼ばれてゲートへ入る。ゲートに入るのは初めてだが、なんとも言えない緊張感だ。どうにも落ち着かない。頭を軽く振り余計な思考を振り落とし、集中するために一度深く息を吸う。

 ……よし。準備完了。いつでも来い!

 

 ガコンッ

 

 ゲートが開く。なかなかいいスタートを切れた気がする。走るのは芝、1600。俺が走り切れるギリギリの距離だ。

 俺1人で走るのに脚質も何もあったもんじゃないが、とりあえずは差しを想定して走ることにする。序盤はなるべく体力を温存するため、背を伸ばし出来るだけ多く肺に空気を取り込めるようにする。これは人間の頃から馴染みのあるフォームだ。走り続けながら、だいたいの残りの距離と体力を計算する。こうでもしないと俺の体力は持たないほどギリギリだ。

 

 だいたい一定のペースを保ちつつ、最後の直線が見えてきた。よし。これならばコーナーを抜けてスパートをかけても体力は大丈夫だろう。グッと足に力を入れる。……行ける!

 

 まずは一つ深呼吸。足に入れる力を強くしながら、だんだん足の回転数を上げていく。地面を抉り、風を切り、息をする間もないほど速く——

 

「ゼヒュー……ゼヒュー……」

 

 はあ、はあ、なんとか、走り切った。身体が絶えず酸素を求める。心臓もはちきれそうなほど速く脈打っている。正直、めちゃくちゃギリギリだった。たまらず地面に倒れ込む。

 ……この距離でこれじゃあ先が思いやられるな……全力を出すのを最後だけに絞ったとはいえ、自制が効かない問題も解決しないままだ。……でも、全力で走るのは楽しいな……。自然と笑みが溢れる。

 

 呼吸も整ってきたので身体を起こし、試験監督に一礼。あとは結果を待つだけ……ではなかった。この後面接あるじゃん!日程バグってんのか?

 文句を言っても仕方ないので着替えてなんとか息を整える。移動先の待合室みたいなとこで待っていると、また別の人から呼ばれた。言われるがままついていく。

 

 そうしてたどり着いたのは教室の前。ここが面接の会場らしい。

 よし……やるかぁ……!

 ノックを3回。中からどうぞ、の声が聞こえてから部屋へ入る。

 そこにいたのは見たことのある人物。たづなさんだ。面接の時だけ俺を呼びに来たのがたづなさんではなかったのは、彼女が面接官だったからのようだ。

 

「どうぞ、座ってください」

 

「はい、失礼します……」

 

促されるまま用意されていた椅子に腰掛ける。……一応、定番の質問なんかは事前に答えを用意してきたが……

 

「早速、質問を始めますね。アットデイブレイクさん。貴女は、なぜ走ろうと思ったのですか?」

 

 なぜ走ろうと思ったか?志望動機とかじゃないのか。まあそうだな……

 

「私は……自分に関しての記憶がありません。記憶を失う以前の私はレースを走るウマ娘の姿に憧れていたようです。だから……私は、私を取り戻すために走ろうと決めました」

 

 ここで下手に嘘をついてはいけない気がした。話せる範囲の動機を話しておく。実は別人の記憶持ってます、なんて言えるはずもないからな。

 

「……そうですか。それでは……トレセン学園に入って、叶えたい目標はありますか?」

 

 これはなんとなく予想していた質問だ。

 

「目標は……多くのG1レースに勝って、出来るだけ多くの人の記憶に残るようなウマ娘になりたいです」

 

 そう。それが俺の目標だ。この名をより多くの人に覚えられる名にしたい。事故に遭ってなければ有り得たかもしれない最善の結果を見せてあげたい。そのためにも、俺は何としても合格しなければ……

 

「なるほど。では……」

 

 それ以降は当たり障りのない質問が続く。答えもほとんど嘘とまでは行かない程度のありふれた答えを返す。……時折りたづなさんが見せる全てを見透かしたような表情にちょっとだけ不安になりながらも無事面接は終了した。

 

「それでは試験は以上になります。合否通知は後日郵送いたしますので、しばらくお待ちください」

 

「あ、はい、わかりました」

 

「それでは、気をつけてお帰りください」

 

たづなさんに見送られ、俺は帰路についた。

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 あれから5日ほど。合格を神にお祈りするのも飽きた頃に、それは届いた。

 

「デイブレイク! 結果が届いたわよ!」

 

「お、本当だ……」

 

 母親の手にあったのは1封の封筒。送り主には「日本ウマ娘トレーニングセンター学園」の文字。ってことは本当に、この中に……

 母親から封筒を受け取る。自分でも手が震えているのがわかった。

 

「じゃあ……開けるよ……」

 

 自分の心臓の音がいやに耳に入る。このままだといくらたっても収まりそうになかったので、勇気を出して封を破る。そこに書いてあったのは……

 

「合格」

 

その2文字だった。

 

「は、ははは……ははっ、よかった……」

 

 人間、こういう時には喜びよりも安堵の方が先に来るらしい。人間じゃなくてウマ娘だが。

 全身の力が抜ける。本当によかった……これでやっと目標へと向かえる。出鼻をくじかれることが無くて何よりだ。もし不合格だったら何して生きていけばいいかわからなかった。

 

「よかったじゃない!おめでとう、デイブレイク!」

 

 俺の分は母親が喜んでくれた。心の底から嬉しそうだ。今までみたことないような笑顔だった。

 

「うん……ありがとう、母さん」

 

合格できたのは母親の協力あってこそだ。それにはとても感謝している。している、が……抱きつくのはやめてほしい。拒否も出来ないのでその分嫌だ。

 

「本当に、よかったわ……デイブレイク……」

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 トレセン学園は全寮制だ。なので入学すると決めた以上、この家を出ていかなければならないのだが……その前日。

 

 いつも通り母親と2人きりで夕食を食べる。……今日でこれも最後だ。

 

「あのさ、母さん……今まで、ありがとね」

 

「ふふ、大丈夫よ。娘を応援するのは当然でしょ?」

 

「そっか、ありがと……それと、ごめん。記憶は……まだ戻りそうにないよ。」

 

「いいのよ、そんなの! 焦らないでも、いつかきっと……」

 

 そこまで言って母親は一度言葉を区切る。

 

「いや、違うわね……謝るのは私の方よ。ごめんなさい、デイブレイク。焦らせてしまったのは、私のせいね」

 

「いや、そんな……」

 

「ううん、私のせい。ごめんなさい…… 私、前のデイブレイクのことばっかりで、アンタのこと全然見てやれなかったね……」

 

「母さん……」

 

「だから、ごめんなさい。アンタがトレセン学園に行きたいって言ったときは、目指す過程で記憶が戻ればいいなって思ってたの。でも…アンタは本気でトレセン学園を目指してた。正直、目覚めたばかりで合格するなんて思ってもなかったわ。なのに、アンタは合格した。それは、アンタが心からそれがしたいって思ってたからよね。なら、これからはアンタがやりたいことがあるなら、私は全力で応援するわ!だから……悔いの残らないようにね、デイブレイク」

 

 その言葉は、彼女が初めて「俺」を見て投げかけてくれた言葉だった。苦手な人だったはずなのに、思わず目頭が熱くなってきた。

 

「うん……分かったよ、母さん。俺……頑張るから」

 

 やっと、少し母親と分かり合えた気がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーー

 

 

次の日。出発のため、最低限の荷物だけをキャリーバッグに入れて玄関へ向かう。……この家ともしばらくはお別れだな。そう長い間ではなかったが、ちょっとだけ感傷的な気分になる。

 と、母親が見送りに来てくれた。

 

「デイブレイク。……頑張ってね」

 

「うん。行ってくるよ、母さん」

 

 母親に笑顔で答える。……そう言えば、笑顔を見せるのは初めてかもしれない。果たして俺は上手く笑顔を作れているだろうか。

 

 家の外へと一歩踏み出す。これは俺の目標のための最初の一歩だ。目標——

 

 あの少女のため。そして、俺のために。

 アットデイブレイクというウマ娘を、誰よりも輝かせてやる。




一話の中に色々詰め込みすぎた気もしないでもないです。
でもこれで導入部も終わり、次回からトレセン学園入学となります。

感想・評価・意見等お待ちしてます

他のいろんなウマ娘が登場する番外編みたいなの書いていいですか

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