がたんごとん。がたんごとん。
現在俺がいるのは電車の中。日曜日の午前中にしては少し人が多い。俺が乗った車両の座席は空いてないようだが、二駅程度なので立っていてもいいだろう。ドアの前に立っていると尻尾が巻き込まれそうになったので吊り革に掴まっていることにする。
俺の目的地は府中駅、トレセン学園の最寄りの駅だ。学園側には午後の6時までに来ればいいと言われてはいたが、早く行くに越したことはないだろう。この身体になる前は訳あってトレセン学園のすぐ近くに住んでいたので、周囲の観光なんかも必要ない。
考えているうちに電車は目的地へとたどり着いていた。慌てて降りる。
トレセン学園まではそう遠くない。歩いて5分ほどで着いた。
俺を出迎えたのはおそらく人混みのなかでも1発で判別できるであろう全身緑のスーツの女性。見たことあるな…… 名前は確か……
「あ、えっと…… たづなさん?でしたっけ?」
「あ、デイブレイクさん!こんにちは、お待ちしてました!」
よかった、合ってたみたいだ。特徴的な格好と名前のおかげで覚えてられた。
「ども、こんにちは…… って、わざわざ待っててくれたんですか?」
「はい!案内したい場所がありまして」
案内したい場所……? 練習グラウンドとかだろうか。
ーーーーー
「やあ。君がアットデイブレイクだね。ようこそ、トレセン学園へ」
威風堂々。泰然自若。連れられた部屋の先に居たのはそんな言葉が似合うようなウマ娘。
俺はこいつを知っている。史上初めて無敗で3冠を達成し、また7冠の栄光を手にしたウマ娘。
——トレセン学園現生徒会長、シンボリルドルフその人だった。
「こりゃどうも、シンボリルドルフさん」
「おや、知ってくれているのか。これは有難い」
「よく言うよ…… あんたは今じゃ最も有名なウマ娘の1人でしょう、会長さん?」
極力ウマ娘とは関わらないようにしていた俺でさえ知っているような人物だ。
メディア露出を他と比べて格段に多く、道を歩けば一度はその顔をみるほどだ。
なんでも「全てのウマ娘が幸福に過ごせる世界」なんてのを理想に掲げているらしい。ずいぶんと立派なことだ。
「で?生徒会室まで連れてきて、何の用ですか?会長さん」
「そう身構えないでくれ。少し君と話したいと思ってね」
ますますわからないな。急に連れてこられたと思ったらトレセン学園のトップと面談とは。一体ただの転入生と何を話すと言うのだろう。
「気を悪くしてしまったらすまないが…… 君は自分に関しての記憶がないと聞いた。それは本当かい?」
……どこから聞いたのやら。どうせ生活していればすぐにわかってしまうこと、別に隠しているつもりでは無いが、正直この話題はもううんざりだ。語られることではなく、話すことが。
「はい。その通りですよ。よくご存知で」
「そうか…… 君が知っているかわからないが、私は『全てのウマ娘が幸福に過ごせる世界』を目指している。そのために、ぜひ君の話を聞きたいと思ってね」
もちろん、君が嫌でなければだが、と続けるシンボリルドルフ。
……なるほどねぇ。ならなおさら、元人間の俺に聞くことなどない気がするが。あっちはそんなこと知るよしもないので仕方ないが。
「いいですよ。お力になれるかわからないですが、俺でよければ」
「ありがとう。では早速…… 君はなぜ走ろうと思ったんだ?」
面接のときも同じような質問をされたな。とりあえず同じようなことを答えてもいいだろう。それが事実だし。
「元の自分が、ここで走りたいって言ってたからですよ。あの子は夢を持ってたんだ。それを事故でリタイア、なんて許せないでしょう?」
「ふむ……そうか。わかった。私たちトレセン学園は、君に精一杯のサポートを約束しよう。」
「どうも」
「施設案内は別の者に任せてある。何かあればまたいつでも私を頼って欲しい」
これで終わりか。結局一つしか質問されなかったな。たづなさんの時もそうだが、これで何を知ろうと言うのだろう。
「じゃあ、失礼しました」
「ああ、すまない。もう一つだけ質問してもいいだろうか」
シンボリルドルフが扉を開け部屋から出ていこうとする俺を引き止める。
「はい。何です?」
「君は……君は一体、何者なんだ?」
思わずその場に固まる。問いかけるシンボリルドルフの目は真剣そのもの。そして、「俺」をまっすぐ見つめようとしてる……そんな感じだ。
おそらくその問いは彼女の直感からきたものなのだろう。自分で言ってすぐに不思議な顔をしている。まったく、大した勘だ。思わず笑いが溢れてしまった。
「ふふふ、あははは!それ、記憶喪失の人に聞きます?」
「あ…… すまない。つい……」
「いやいや、いいですよ。そうですね、俺は——」
いい機会だ。今一度、俺が何なのかを声に出した方がいいだろう。俺の罪を。なにより、俺自身が勘違いしないためにも。
「俺は、夢見るキラキラのウマ娘……その、偽物ですよ」
まだ何か言いたそうなシンボリルドルフを尻目に部屋を出ると、扉の前で飛び出してきた人影とぶつかりそうになってしまった。
「うおっ」
「おっと、ごめんね。怪我はないかい、ポニーちゃん?」
見上げてみればそこには、凛々しい顔のウマ娘がたっていた。
「おや、見ない顔だね。生徒会室から出てきたということは、君が会長の言っていた編入生かな?」
「はい、おそらくは。……ってかポニーちゃんって何」
「私はフジキセキ。栗東寮の寮長を任されている者だよ」
「はぁ、どうも」
「会長から君の案内を頼まれていてね。付いてきてくれるかい?」
そう言って歩き出すフジキセキ。俺は彼女を追ってその場を後にした。
「ここが教室だよ。君は確か……ああ、あそこのクラスだね。安心して、みんないい子ばかりだよ」
懐かしい雰囲気だ。教室なんていつぶりだろうか。今日は日曜日ゆえに人はほとんど居ないようだ。
「食堂はここだね。おかわりは自由だから遠慮せずに思う存分食べてくれていいよ」
なるほど。日本一のサポートの名は伊達では無いようだ。……しかしあのご飯を山のように盛ってもはや顔が見えないウマ娘は誰なのだろうか。大食いにも程があるだろ。
「そしてここが練習グラウンド!芝もダートも手入れはばっちりだから、どんな距離でも練習出来るよ!」
ここには今後一番お世話になるだろう。いくつかのコースにはチラホラとウマ娘の姿が見える。……彼女たちも、夢に向かって進んでいるのだろうか。その眩しさに目を細めてしまう。
俺も、あんな風に。一瞬、そんな考えが頭に浮かぶ。馬鹿なものだ。つい俺が何のためにここに居るのかを忘れてしまいそうになった。俺は別に第二の人生を謳歌しにきたわけではないのだ。
「どうかした?」
「いえ……ただ、ちょっとだけ眩しいなって思っただけですよ」
「?じゃあそろそろ次に行こうか。といっても、あと一つだけだけどね」
「あと一つ?」
「うん。案内するよ……私たちの寮に!」
ーーーーー
寮の中にはいたるところにウマ娘がいた。生徒数が多いせいか何なのか、幸いにもあまり俺を気にする者は少ないようだった。
少し歩いてわかったことだが、このフジキセキというウマ娘、ずいぶんと寮生から慕われているようだ。ことあるごとに沢山のウマ娘から話しかけられている。フジキセキはその全てに丁寧に対応していた。慕われるのも納得だ。
それと、最初はキザなやつだと思っていたが、意外にも結構可愛げがあるということも。そういうとこも人気が出る所以なのかもしれない。
そうして何度か足止めされたのち、着いた場所は廊下の突き当たりにある部屋だった。
「君の部屋はここだよ。ああ、あと……基本寮の部屋は2人で一部屋を使うんだけど。今は人数が合わなくてね、申し訳ないけど君には1人でここを使ってもらうことになるよ」
願ってもないことだ。知らないウマ娘と2人きりの同室なんて耐えられる気がしない。まず間違いなく俺の胃は破壊されていたことだろう。
「じゃあ、私はこれで。何か困ったことがあればいつでも呼んでね」
……ふぅ。やっと一息つける。俺は2つ備え付けられたベッド、そのうちの右側にダイブする。ボフッと音を立てて沈み込むベッド。どうやら寝心地は良さそうだ。
俺、本当にトレセン学園に来たんだよな。ここなら、俺は強くなれる。強さを証明できる。そうすれば、きっと……。
さっきからレースのことばかり考えていたが、だいぶ特殊とはいえここは学園だ。勉強は大丈夫だとして、人間関係にはちょっと不安が残る。この身体の持ち主のことを考えればあまり悪い印象を与えるわけにもいかないだろうが、(精神的な)年齢が離れている女の子、それもウマ娘とうまくやっていける自信がない。
「ま、なんとかするしかねぇか……」
それなりにうまくやろう。あまり深い関係を持つこともなく、かと言って拒絶されない程度に。というか、そのくらいが限界だ。
ーーーーーーーーーーーー
次の日。つまり俺の入学当日である。昨日早く寝た甲斐あって、目覚めはバッチリだ。
さすがに初っ端から学食を利用するのは気が引けるので朝は持ってきてあったカップラーメンで済ませた。
顔を洗い、新しい制服に袖を通す。スカートを履くのには一瞬躊躇したが、履かなければどうにもならない。あまり丈が短くないのが救いか。中にもスパッツを履いておく。太もものあたりの風通しがよくてスースーするのは慣れるしかないのだろう。
着用している違和感はあれど、他人の目には完璧なトレセン学園の生徒に見えるだろう。
「よし。行くか」
俺は部屋を出た。
ーーーーー
そうして、昨日案内された教室まで来たのだが……
「うう…… どうしよう、緊張する〜」
でかい独り言をこぼしながら扉の前に立っているウマ娘が1人。
もじもじ。もじもじ。さっきから扉に手をかけてはやめてを繰り返している。なんなんだ、一体?
「おい」
「ひゃぁい!」
めちゃくちゃビビられた。俺悪くないよな?
「お前、この教室の生徒か? 入らないのか?」
「あ、あの、私、今日から転校してきたスペシャルウィークって言います! 決して怪しいウマ娘じゃないです!」
「お、おう……って、今日から? お前も?」
「はい……『も』ってことは、もしかして……?」
「ああ。俺も今日から編入のアットデイブレイクだ。よろしくな、えーと……スペシャルウィーク」
「はい! よろしくお願いします!」
どうやらとても素直なウマ娘らしい。元気ハツラツで、いかにも希望に満ち溢れたような表情だ。やはり、直視はしづらい。
「おい、そろそろ教室に入らないか?」
もう一度言うがここは教室の扉の前である。廊下にいる他のウマ娘たちの視線が若干痛い。
「そ、そうですね! いくぞー、よーし」
スペシャルウィークは深呼吸を一つ。そして勢いよく教室へと踏み出した。
「えーと……うわあああ!何言うか忘れちゃいました〜!」
「おいこら俺に抱きつくな! あー、今日からこのクラスにお世話になります、アットデイブレイクです。こっちはスペシャルウィークって言います」
適当にスペシャルウィークの分まで自己紹介しておく。なんで俺がやらなきゃいけないんだよ。
「えー! 転入生!? それに2人も!」
俺が言い終わるなり、大きな声を上げたピンク髪のウマ娘。何人かと共にこちらへ近づいてくる。
「私、ハルウララって言うの! こっちはセイウンスカイ!」
「よろしく〜」
ピンク髪のウマ娘が名乗る。セイウンスカイと呼ばれた方はなんだか眠たそうだ。
「よ、よろしく」
「そしてこっちがエルコンドルパサーと、グラスワンダー!」
スペシャルウィークが言い終わる間もなく、次のウマ娘の紹介に移っていた。
そうして始まった自己紹介タイム。なんとなく聞き流していると、
「ねえ、君は! どこから来たの?」
「ん、ああ、俺?俺は東京だよ。最近まで入院してたんで編入してきた」
「ええー! 大丈夫なの?」
「ああ。今は調子も良くなった」
急に話振られて驚いた。スペシャルウィークはその明るさからもう輪の中に馴染んでいるようだ。とても俺には真似できそうもない。
手持ち無沙汰なので教室を見回してみる。わかっていたことだが、教室の中はどこもかしこもウマ娘だらけだ。それに今はそのウマ娘たちに囲まれている形になる。正直もう帰りたい。
その後も話をなんとなく聞き、たまに話を振られてはそれに答えてを繰り返す。それにしても疑問質問出るわ出るわ。年頃の女の子にすれば、新しいものに対する好奇心が尽きることはないのだろう。
もういつまで経っても終わらないんじゃないかと思い始めたタイミングで授業の予鈴が鳴った。それを聞いたウマ娘たちは慌てたように自分の席へと戻って行く。助かった。このままウマ娘達に囲まれたままの状態だと俺の胃が死んでた。
……てかハルウララ、お前ここのクラスじゃないのかよ。めちゃくちゃ馴染んでたなお前。
授業は最初の方にもう一度簡単な自己紹介を挟むと、通常通りに始まった。内容は一般的な高校のものとレース関連の授業が混ざっている感じ。勉強は苦手ではないのですんなりと頭に入る。……どうもスペシャルウィークの方はそうではないようだが。最初の方は真面目に受けていたものの、次第に頭をうんうんうならせていた。
そんなこともあったが、無事に午前中の授業が終わり、昼休み。俺はグラスワンダー、エルコンドルパサー、セイウンスカイ、スペシャルウィークと共に学食を食べに来た。
俺除く4人は出身地の話で盛り上がっているようだ。俺は全く会話に参加できていない。飯に誘われたのもスペシャルウィークと一緒に教室へ入ってきたからだろう。
「デイブレイクちゃんはどうですか?」
「へ?悪い、聞いてなかった」
「もー!レースの話ですよ!選抜レース!どの距離に出るんですか?」
「あー…… 選抜レースね……」
選抜レース。ウマ娘達がトレーナーへのアピールとして走るレースだ。ここでいい成績を残せれば、その分トレーナー達の目にも留まりやすくなる。トレーナーが付いていなければ公式のレースに出られないウマ娘にとって、これ以上ないほどに重要なレースだろう。
「そうだな……とりあえずできる限り、中距離に近いコースを走ろうと思う。ビッグタイトルは中距離から長距離が多いからな」
「おお〜。目指す場所は高く!ってやつですなぁ〜」
セイウンスカイが冷やかすように言う。
「デイブレイクちゃんはその、大きなレースに勝つことが目標なんですか?」
スペシャルウィークが問いかけてくる。
「ああ。俺はこの身体で強くなる。強くなれるってのを、証明してみせる」
「フフフ……いい心がけデース!でも!世界最強の座は、このエルコンドルパサーのものデース!!」
そう言って急に立ち上がったのは何故かマスクを身につけたウマ娘……エルコンドルパサーだ。すぐに横にいたグラスワンダーにたしなめられて静かに席に戻った。しかしグラスワンダーの、注意する際の謎の迫力はなんなのだろうか……もしかしたら彼女を怒らせてはいけないのかもしれない。
本当に皆個性豊かなウマ娘達だ。フジキセキが言っていたいい子ばかりというのは嘘ではないらしい。……ちょっと個性が強すぎる気もするが。
その後も、これからの未来にそれぞれ想いを馳せながら会話を続ける。
この5人で飯を食べながら談笑する空間は、不思議と心地よいものだった。
感想、評価等お待ちしてます
他のいろんなウマ娘が登場する番外編みたいなの書いていいですか
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