シンボリルドルフとのレースから2週間後。いつも通りの授業が終わった後、俺は教室の机に突っ伏していた。
翌日は歩けなくなるほどに溜まっていた足の疲労だが、まだ残っているとはいえだいぶ良くなった……気がする。そもそも2週間違和感が続いてることが異常なのだが。
「はぁぁぁぁ……」
思い返して、口をつくのは大きなため息。
あのレース…… 一言で言うならば「乗りこなせなかった」。
アレがウマ娘の闘争本能というやつなのだろうか。俺が調子に乗りすぎたこともあって、全く制御出来なかった。
極限まで走るのに集中していた……と言えば聞こえはいいかもしれないが、あんなもの、ただの暴走だ。
勝ちたいと思えば思うほど、走る以外のことが考えられなくなる。その結果、足に大きな負担を残すことになってしまった。
幸いにも、今回は1週間ずっと筋肉痛が消えない程度で済んだが……あれをずっと続けていれば、間違いなく大きな怪我をするだろう。いくら速く走れても、それでは意味がない。
「つって、どうやって制御すればいいんだかわかんねぇんだよなぁ……」
別にこの前もやろうと思ってやったわけじゃない。むしろブレーキが利かず、自分が自分でなくなっていくような感覚…… 正直、記憶だって曖昧だ。おそらく暴走のトリガーとなったのは勝ちたいという気持ちなのだろうが……これは抑えろっていうほうが難しいんじゃないか? 結局のところ、我を失わないように意識するしかないか。
「はぁ……」
「デイブレイクちゃん? そんな大きなため息ついてどうしたんですか?」
「ん? ああ、スペシャルウィークか。気にすんな、考え事だ」
「ため息ついてると幸せが逃げちゃいますよ? まだまだこれからなんですから、頑張りましょう!」
…………? ああ、理解した。こいつため息の理由を誤解してるな。つって、悩みの種の一つであることは確かなんだが……
「うるせー。もうトレーナーが付いたお前に言われたかねーよ」
それと言うのも選抜レースのことだ。スペ達はじめあいつらは大体一回目でいい成績を取り、そのままトレーナー契約まで至ったらしい…… 何でも、選抜レース以前にドラマティックな出会いをしたとかなんとか。
んで、俺はというと…… お察しの通り、トレーナーを獲得できていない。選抜レースの結果は9人中6着。…… 言い訳をするならば、そのときまだ筋肉痛が治ってなかったんだ。だいぶ良くなってたとはいえ、走るとさすがに痛かった。ロクにトレーニングも出来なかったし、本調子じゃなかったんだよ…… こんな言い訳で結果が変わるわけじゃないけどさ。
まあスペが言うようにまだチャンスはある…… 当面は次の選抜レースに向けてトレーニングだな。
練習場へ向かおうと席を立ったちょうどその時、教室の扉が乱雑に開かれた。
その大きな音に、俺含め教室にいた全員の視線が集まる。
「あー、アットデイブレイクちゃん、いるか?」
扉を開けたのは見知らぬ男。年は若いようで、スーツこそ着てはいるものの、シワが所々にあるしヨレヨレだしでだらしない。第一印象は満場一致で碌でも無いやつ、だろう。
そんなやつが俺の名前を呼んだ? できれば関わりたくないんだけど…… その願い虚しく、教室の視線は一気に俺に集まる。
「おっ、そこか。ちょっと来てくれないかな? ……って、そんな嫌な顔しなくてもいいじゃん」
鏡見てから言え。お前胡散臭いがすぎるぞ。誰だっておんなじ反応するよ多分。
ただ注目が集まってる以上無視するわけにもいかないので渋々廊下に出る。……てかこいつトレーナーかよ。
「何の用ですか?」
「そんなイライラしないでよ、アットデイブレイクちゃん。ほら、僕ここのトレーナー。怪しい者じゃないって」
そう言ってトレーナーバッチを見せつけてくる。だからといって胡散臭さが拭えるわけないからな!
「知ってるさっき見たでもそれだけで信用できるわけねぇだろ!」
ヘラヘラした面と口調がどうも気に入らず、ついつい語尾が荒くなる。
……落ち着け。深呼吸だ。相手がいくら胡散臭いとは言え、別にまだ何をした訳でもないだろう。とりあえず話を聞いてみようか……
「はぁ…… もっかい聞きますけど、俺に何の用ですか?」
「ああごめんね? えっと、なんで君を呼んだかだっけ? そりゃもちろん、スカウトに来たんだよ!」
「……は?」
スカウト? 俺に? 何で? 疑問が多すぎて反応ができない。
「あれ? あんま嬉しそうじゃない…… もしかして、もうトレーナー決まっちゃったとか!?」
「いや、まだですけど…… 何で俺に? てか何で今なんですか。選抜レース2日前ですよ? それにいい成績も残してないし……」
「うーん、何から話そうかな…… まあアレだ、選抜レースはあれ、本調子じゃなかったでしょ?」
「え、まぁはい」
「だよね。あのレースでも光るものは感じたし…… それに君、シンボリルドルフとレースしてた子でしょ」
あー…… なるほど。それか。正直、最後のあの走りを評価されても困るんだが……
「選抜レースで見た時そういえばーって思ってさ。その時のレースの映像持ってる人にいろいろ声かけて、君の情報集めてたら今の時間になっちゃった。大変だったんだよ? ほとんどの人シンボリルドルフの方しか撮ってないしさ」
それがわざわざ今スカウトに来た理由か。とりあえず合点がいく。一応やる気はあるのかな…… でもやっぱ信用できねぇ。なんかイライラしてきたしこんなやつ敬語使わないでもいいや。
「なるほどね…… それで? 俺のどこ見てスカウトするって決めたのさ」
一応聞いておかなければ。ただでさえ風貌が怪しいんだ、適当なこと言うだけの悪徳トレーナーに引っかかりたくはないしな。
「それなんだけどねぇ…… うまく言語化出来ないっていうか、雰囲気の話というか……」
「はぁ?」
「いやいいところはいっぱい見つかるんだけどさ。 フォームなんて今の時期にしては完成されすぎてると言ってもいいし、自分のことをよくわかって走ってるって感じがするし。でも何て言うか、1番はこう……ビビッと来た!っていうか……」
「いまいち要領を得ないな。結局何が言いたいんです?」
「うーんと…… 君なら出来る!じゃないし、僕ならきっと!でもないなぁ…… えっと、ちょっと待ってね」
「いやもういいですよ。帰りますね」
いまいち煮え切らない態度にイライラが募る。しかもあいつの声がデカいせいで立ち話してるだけで周囲の注目が集まってくる。これ以上めんどくさいことになる前にここを離れたいのでさっさと話を切り上げることにした。
「ああいやごめんちょっと待って! ごめんね、僕経験なくて、いい口説き文句もないし大きいこと約束も出来なくて…… 正直言うと、君に興味を持ったんだ! 僕自身、何で君に惹きつけられたのかわかんなくて。でも! 絶対悪いようにはしない! それは約束する! こんなこと言って、トレーナー失格だと思うんだけどさ…… 君の走りを、もっと近くで見たいんだよ!だから頼む! 君の担当にさせてくれ!」
「ちょ、ちょっとおい! 声デカいって! ……あーもう! わかった!わかったから顔上げろ! 目立つからほら、移動するぞ!」
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「それで、受けてくれるってことでいい?」
「はぁ…… 仕方ねぇ、受けてやるよ。ぶっちゃけ、最低限レースに出させてくりゃそれでいいしな」
なんか薄々騙されてる気がしないでもないが、この際まあいいだろう。最悪、いざとなれば契約解除も視野に入れてはおく。まず必要なのはデビューできる環境だ。
「本当!? やったぁー! ありがとう!」
そう言って子供みたいに目を輝かせながらブンブンと俺の手を握ってくる。本当に何なんだよこいつ……
「あ、これ契約書類。書いたら一緒に提出しに行こう。一応規則だからね」
「へいへい。これからよろしくお願いしますよ、トレーナー」
書類に必要事項を記入してトレーナーに渡す。その後、「よし、じゃあ行こうか」と連れてかれたのは、なんと理事長室だった。
え? 普通職員室とかじゃないの? なんでわざわざ理事長と…… 混乱する俺をよそに、トレーナーが扉をノックする。
「理事長、いらっしゃいますか?」
「うむ! 入ってきたまえ!」
「失礼します」
「失礼しま……す」
豪華な部屋で俺たちを出迎えたのは背丈が小さく、頭に不釣り合いなほど大きい帽子を被った女性。
……未だ信じ難いが、この人こそ我らが中央トレセンの理事長に間違いなかった。朝の集会やらなんやらで何回か見たことがある。
「あら、貴方は…… それに、アットデイブレイクさんも。どうなさいましたか?」
「あっ、たづなさん……ども。理事長、トレーナー契約の承認をいただきに来ました」
「ふむ、君たちが……」
なんだか難しい顔をして考える素振りを見せる。え、もしかして承認されないことってあるの?
「えっと、何か問題がありましたでしょうか……?」
「……承諾ッ! 君たちのトレーナー契約を認める! これからよく励みたまえ!」
「あ……ありがとうございます!」
威勢よく言い切る理事長。……いつのまにか持ってる扇子の文字が「歓迎ッ!」から「承諾ッ!」になっていた。どうなってんだ。
しかし、案外すぐ決まってしまったな。こうもあっさりだと緊張した甲斐がない。
「安心して下さい、デイブレイクさん。彼、ちょっと頼りなく見えますけど、本当にウマ娘想いのいいトレーナーさんですから」
「うむ! 君たちには期待しているぞ!」
……なんかやけに両名からの評価が高いな、この男。過去に何があったのかは興味ないが、たづなさん達がそう言うなら少しは信用していい……のか?
「では、失礼しました」
「あ、失礼しました」
2人にペコリと一礼してから退出しようとする。と、扉に手をかけたあたりで理事長に呼び止められた。
「待ちたまえッ! アットデイブレイク君!」
「え、俺ですか?」
「アットデイブレイク君。……君は、このトゥインクル・シリーズで何を成す?」
「俺は…… 俺を強くしたいです。誰にも負けないくらいに、強く。そうして……俺だって輝けるんだってことを、証明したい」
「そうか…… ならば、激励ッ! 私も陰ながら応援しよう!」
「……ありがとうございます」
もう一度お辞儀をして、今度こそバタンと扉を閉め、理事長室から出る。やっぱり、ああいう息の詰まる感じはどうも苦手だ。重くなった肺の空気をリセットする様に、一度深呼吸する。
「ふぅ…… で、これからどうするの?」
「うーん、そうだな。時間は……今から走るのにはちょっと遅いか。練習は明日からでいい?」
「構わないけど」
「そっか。じゃあ今日は…… あ、何か質問とか意見とかあれば、出来る範囲でこたえるよ?」
「んー、別にあんたに興味ないんだけど……」
「え、酷くない?」
「そう言われても…… じゃあ出来るならそのヘラヘラしたの、やめてくれないか? ハッキリ言って、キモいぞ」
「嘘!? 先輩に初対面のウマ娘には笑顔が大事って言われたんだけどな……」
「だとしたら根本的に笑顔を勘違いしてるだろ。理事長と話してるときは普通だったんだから、そんな感じでいいのに」
「えー? まあ善処するよ…… 他は? なければ今度は君のこと知りたいな」
「俺の? まぁいいけど、正直答えられることは少ないと思うぞ? 俺、記憶喪失だからな」
「え!? そうなの!? 何それ、聞いてない! え、詳しく聞かせてもらっていい?」
「なんでそんな食いつくの……? そうだな、じゃあまずは——」
——こうして、変人トレーナーと進むトゥインクル・シリーズの日々が開幕したのだった。
あけましておめでとうございます。更新ペース上がるとか言ってごめん……年末めちゃくちゃ忙しかったので許してください。また忘れられないうちに投稿したいと思いますので感想等で私を脅迫してくださいお願いします
それはそれとして感想・評価くださると私が狂喜乱舞します。