「いやーよかったですね、デイブレイクちゃん! これで私たち6人、みんなトレーナーさんがつきましたね!」
いつものようにスペ達と昼食を食べながら談笑する。今日の話題は、この中で唯一未契約だった俺がトレーナー契約を交わした、という話から始まった。
「そうだな…… 正直、本当にあいつで良かったのか不安だ……」
「何がそんなに心配なんですか? 昨日私もお話ししましたけど、いい人そうでしたよ? 確かに、いきなり教室に入ってきたときにはビックリしましたけど」
昨日は俺の能力の計測のためにスペに協力してもらった。おそらくスペが話したっていうのはそのタイミングのことだろうが…… スペと会う前、俺が必死であいつのシャツのシワを直し、態度に気をつけろと何度も念押しをしておいたことをスペは知らない。
……言っておくが、あいつの面子などどうでもいいさ。だがあいつのせいで俺の評価まで落ちるのは勘弁願いたい。ただそれだけのことだ。
「何はともあれ、これでみんなデビュー戦に出れるってことだね〜。あ、もしかしたら、デビュー戦からこの中の誰かと戦うなんてことも、あったりして〜?」
「うーん、セイちゃんの言うことも可能性がないわけではないですが…… 折角なのですし、皆さんとは大きな舞台で競いたいものですね」
確かにそうだな。メイクデビューはあくまでただの通過点。対してこいつらは俺にとって身近でかつ大きな目標だ。
グラスの言うように、戦うならば大きな舞台で……
「そうだな。出来るなら、G1の舞台で」
「そうね。G1で戦って……その時には、勝者である私を讃える権利をあげるわ!」
「いーや、勝つのはこのエルデス! こうしちゃいられません! 今からトレーニングデース!」
言うが速いか、エルが席を立つ……前に、隣にいたグラスに袖を掴まれて静止させられた。
「エル。トレーニングもいいですが、ちゃんと食器を片付けてからにしてくださいね?」
「う…… 笑ってるのになんだか怖いデス……」
ーーーーーーーーーーーー
放課後、俺はトレーナーに呼ばれて校舎の外、仮設棟の一角……所謂トレーナー室と呼ばれる部屋へと足を運んだ。
「トレーナー、居るか?」
「お、デイブレイク。早かったね」
トレーナーが出迎える机の上には何やら資料の束が山積みになっていた。昨日、帰る練習終わりの際に見た時にはなかったものなので、この男が今日のうちに真面目に仕事をこなしていたのだとわかった。
「特にやることがないもんでな。で、何の用だ」
「この前、いろんな子に手伝ってもらって君の能力を測ったでしょ? その話がしたくて」
トレーナーに促され、近くの椅子に座らせられる。ちょうどトレーナーと向かい合う形だ。
「まず最初に。デイブレイク、レースの目標はある? どんなレースに出たい?」
「俺が目指すのは…… G1。クラシック三冠だ」
「うんうん、いい目標だ。距離適正も問題ないみたいだしね」
一安心だ。いくら目標があっても、それが自分に合わないものだったとしたらいくらか諦めざるを得なくなる。
現状今のトゥインクル・シリーズでは短距離よりも中、長距離のレースの方が人気が集まりやすい傾向にあると聞く。それが目指せる状態にある、というのは喜ばしいものだろう。
「そしたら…… 次は脚質のことかな。これに関してはちょっと難しいんだよね……」
「難しい? どういう意味だ」
「なんて言うか……君賢いんだよ。すごく」
急に褒められた。何?
「この時期のウマ娘にしては珍しいほどに、レースのことを知ってる。だから、どんな走り方もまぁまぁ出来ると思うんだよね」
なるほど。それが難しいって言った理由か? でも、それだけ聞くといいことのように感じるが……
「別に悪いことじゃないよ。うまく使えば君の武器になる。えっと、難しいって言ったのはそうじゃなくてね……」
一呼吸置いてから、また喋りだす。
「君は一通りの作戦ができると思うけど…… 中でも君の強みを最大限に活かせるのは『追い込み』だ。君はレースの知識の豊富さだけじゃなくて、洞察力が優れてるんだと思う。他人のことも、自分のこともね。」
誰かに褒められるとむず痒い。なんだか変な感覚だ。素直に受け取るべきなんだろうが、なんとなく否定したくなる、みたいな。
今までそういう経験が薄かったこともあり、どう反応をしていいのかわからない。
そんな俺の様子を知ってか知らずか、トレーナーは言葉を続ける。
「だから、仕掛ける位置もタイミングも完璧に出来ると思うんだ。ただ、問題もある」
「問題?」
「うん。というより、懸念って言うべきかな。……君がシンボリルドルフとのレースで見せた走り、アレだよ。これは僕の想像なんだけど……アレは多分、彼女に追いつきたいって気持ちが高まりすぎちゃった結果だと思うんだ」
「ああ。俺も……そうだと思ってる」
自分のことなのにずいぶんと他人事のような言い回しになってしまった。それほどまでに実感がないのだけれど。
「だよね。追い込みってのは、だいたい1番後ろから最後の直線だけで全部抜く、っていう作戦だし……もしかしたら、あの時と同じようになっちゃうかなって」
……なるほど。1番向いているだろうが、前例があるだけに勧めづらい、か。
まあ偉そうなこと言っても、これ完全に俺のせいなんだけど。俺が自分を御せれば解決する話だし。
「うーん…… 正直、自分でもアレをコントロール出来る自信がない。……でも、じゃあどうするんだ? 普通に先行とか?」
「それが難しいって言った理由でね…… でもこれ、言うべきか……」
「何迷ってんだ? なんでもいいから言ってみろ」
「うん……そうだね。言うよ。……正直ね、僕は——その危険性を加味した上で、追い込みで行って欲しいと思ってる」
「……」
「指導者の立場からしたら、あんな身体を壊しかねない走りやめさせるべきなんだろうけど…… あの走り、うまく使いこなせれば誰にも負けない武器になる。僕にはその確信がある! でも……」
「……いや、いい。お前の気持ちはわかった。俺に追い込みが合ってるってのも……そうなんだろう」
「……うん」
「その上で……俺は自分の身体を壊すなんてことは絶対にしたくない」
「……だよね。なら——」
「だからさ。……絶対に、乗りこなしてみせる。この身体を。お前を信じるよ、トレーナー」
「……うん。少しずつ使いこなせるようになっていこう。君の武器を。僕も精一杯手伝うよ。……ありがとね、デイブレイクちゃん」
「だーかーら! ちゃんは止めろって前にも言ったろ!」
「あっやべ、ごめんデイブレイク!」
「ったく…… よろしくな、トレーナー」
「うん。よろしくね」
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結局、今後数戦は先行策でレースに慣れ、並行して俺の闘争本能を制御できるようにトレーニング。完全に乗りこなしたと判断したタイミングで、方針を追い込みに切り替える……そういうことに決まった。
この乗りこなすってのは、要は身体を壊さないギリギリのラインを見極めるってことだ。最後の直線、そのほんの数秒だけの間、あの無茶を能動的に発動させる。……それが、俺とあいつの立てた最終的な作戦だ。
まあ、側からみれば狂ってるよな。危険を容認してなおかつそれを作戦に組み込むなんて、普通に考えて正気だとは思わないだろう。
まあでも……それがお互いを信用している証なのだとすれば、悪くない。机にあった資料、あれを盗み見てみたが、その全てがウマ娘の走り方と怪我のリスクについてだった。おそらく、あの山のような紙束全てが。そこまで真摯に向き合ってくれてたんだ、俺も応えなければ。
あのあとも今後の日程などを決め、俺のデビュー戦は1週間後に決まった。トレーナーが言うには、デビュー戦程度ならば何も意識せずとも勝てるだろう、とのことだ。
トレーナー室を出たころには空はもう日が沈みかけ、遠くの方の空は暗く染まっていた。
このまま走ってもいいが、この時間からだとあまりいい効果は得られないだろう。そう思い、寮に帰ろうとする途中、2人の人影がなにやら言い争っているのを見かけた。というより、1人がもう1人に一方的に声を荒らげているようだ。
あれは……スペか?もう1人はたしかクラスメイトの……名前が思い出せない。だが、酷く思い詰めた表情でスペに怒鳴っている。
「どうして! どうして私に勝たせてくれなかったの!!」
「そんな……! でも、私だって勝ちたい、です、から……」
「でも! スペちゃんはもう担当ついたでしょ!?」
どうやら、今日開催された模擬レースの結果のせいで揉めているようだ。
確かにこの時期のウマ娘にとって模擬レースも大事なアピールの場だ。そこで、担当が既に決まっているスペが勝ちを譲ってくれなかったことが気に入らないらしい。
確かに担当がついていなければそろそろ焦り出す時期だろうが……
「私のお母さん、昔から入院してるの。私のデビュー、楽しみにしてくれてるのに…… これじゃ間に合わなくなっちゃう……!」
「ねぇお願い、私に勝たせてよ。ね、いいよね……?」
……なるほどな。なんというか……世知辛い話だな。ウマ娘ってのはキラキラしてるだけじゃないってのはわかってたつもりだが、こうも辛い現実を見せつけられると胸が締め付けられる。これ、あんまり俺が関わるべきじゃないんだろうけど……
気づけば俺は、スペと言い争いをしていたクラスメイトが消えていった方へと走り出していた。
……おそらくスペの方は大丈夫。あいつも1人じゃないからな。だから気にするべきはあっちだ。
「なぁ、ちょっといいか?」
「っ、誰!? ……って、デイブレイクちゃん……?」
「おう。なぁお前、さっき、スペと話してたろ」
「……だったら何? 説教でもするつもり?」
冷たい声色で返される。……まぁ、そりゃそうだよな。
「別に、そんなつもりはないよ。ただ、ちょっと放っておけなくてな」
「……デイブレイクちゃんには関係ないでしょ」
「かもな。でも、クラスメイトだ」
「なにそれ?意味わかんない」
俺もわかんない。自分から面倒事に首突っ込むタイプじゃなかったはずなんだが……まあそんなことはどうでもいい。
「お前もウマ娘だろ。だから……キラキラしてて欲しいんだ」
「どういうこと? あんたに何が出来るって言うの!? じゃあ何、あんたのトレーナー、私に譲ってくれるの!?」
「そういうわけにもいかないけどな。そうじゃなくて……」
「じゃあ同じよ! あんたには関係ない! さっさとどっか行ってよ!」
……参ったな。怒らせちゃったかもしれない。正直、飛び出してみたものの無策だし……あれ?もしかして俺、余計なことした?
「ん、デイブレイクじゃん。どうしたの、こんなとこで」
「え……?」
声のした方を向けば、そこにはトレーナーがいた。缶コーヒー片手にこちらに近づいてくる。
「えーと、そっちは……?」
「じゃあ私、もう行くね」
「ちょっと、待っ……」
「あー! 思い出した! 君、選抜レースにいた子でしょ!」
「……そうだけど」
「やっぱり! で、どうしたの?」
「関係ないでしょ」
「……トレーナー、実は……」
帰ろうとする彼女を引き止めつつ、トレーナーに小声で状況を伝える。俺は何もできないが、トレーナーならあるいは……そう思ったのだ。
「ふーん、なるほどね…… 君さ、多分走り方合ってないんだよ」
「……え?」
「君さ、もっと長い距離の方が向いてると思うよ? 今回は最後の直線で差し切られて負けちゃったみたいだけどさ。その原因、スタミナ不足か何かだと思ってるんじゃない? 多分逆なんだよねぇ…… 最高速度に達するまでに距離が足りないんだよ」
「……何、急に」
「うーん、残念なことに僕新人だから2人担当できないんだけど…… 騙されたと思って、次もうちょっと長い距離走ってみたら? 実力はあると思うからさ」
「……そう。……わかり、ました」
「うん。頑張ってね」
そう言って手を振って見送る。
「……ん? どうしたの、デイブレイク。僕の顔じっと見て」
「ああいや…… お前、ちゃんと見てるんだな」
「んー? 見てないよ?」
「……は?」
「いや、知らない子だし」
「いやでもさっき、思い出したーって……」
「ああ、あれ嘘。でもデイブレイクから聞いた話で、選抜レースには出てたみたいだし」
「距離の話は?」
「多分そうなんじゃないかなーって。さっき語ったの、担当ついてないウマ娘が陥りがちな間違いだしね」
「……」
絶句。こいつ……騙されたと思って、とか言いながら本当に騙してたのかよ……
「いや別に、出まかせって訳じゃないからね!?」
「……本当か?」
「ホントホント!信じてよ〜!」
……もう何か喋る度に信用度がガクッと落ちる。こいつ、本当に大丈夫なのか……?
ちょっとは信用していいかと思ってた矢先にこれだ。俺の決意を返してほしい。
大丈夫かな……
ちなみに。そのあとアドバイスもらった彼女は無事模擬レースで1着を取り、担当のトレーナーも見つかりスペとも仲直りしたらしい。結果としていい方に向かったとは言え……
大人って汚い。そう思った。
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