——ついに、この日がやってきた。
「じゃあ、もっかい確認するよ? 今回のコースは左回り芝2000m。君は……」
「ああ。昨日も聞いた」
「そっか」
そう。今日は俺の初めてのレース……デビュー戦。今はレース場へと移動するバスの中だ。
トレーナーが言うには、「んー、多分余裕で勝てるんじゃない? 実力的には君が1番上だと思うよ」だそうだ。適当言ってる可能性もなくはないのであんま信用はしない。
「でも、本当によかったのか? 俺、このコースの走り方とか何も知らないんだけど……」
「ああ、いいよ別に。今回はそんなこと覚えるよりも基礎を高めた方がいいと思って」
それにしても、本番前日の夜にやっと出発して、一泊しただけで現地入りはいかがなものかと思う。
「一応、あのコース上り下りの坂あるけど……多分大丈夫でしょ」
やっぱ適当じゃねぇか。
「んんっ…… そんなことより、だ。」
抗議するような俺の目をみて、咳払いで誤魔化そうとする。
「今回君には先行で走ってもらう訳だけど、君の出るレースには逃げの子が2人居る。だからセオリー通りに3、4番手くらいにつけてもらっていいんだけど…… 最終コーナーの辺りでもう仕掛けていってもらいたい。大丈夫、スタミナは保つはず。保たなかったら根性で頑張って」
「無責任なこと言うなよ…… まぁいいけど、理由とかあるのか?」
「まあロングスパートの練習だね。本来君には追い込みで走ってもらう予定だし。今回は先行だけどメイクデビューだし、そんなに速いペースにはならないはず…… もし先頭が掛かって速くなっても放っておいて。まあそんなんだから、今のうちに本物のレースで練習しとこっかなって」
「ふーん……」
これは……先を見据えてると言うべきか、今回のレース舐めてるって言うべきか…… 多分前者なんだろうけど。舐めてるって言うより、俺が勝つと信じて疑わないみたいな。
……正直あんまりそのスタンスは好きじゃないが、期待に応えるくらいのことはしないとな。
ーーーーーーーーーーーー
「よし、着いたよ」
「おー、結構人いるな」
「みんなレースが好きだからねー。重賞とかになってくるとこんなもんじゃないよ」
言外に気後れするなよ、と言われている気がする。確かに俺たちの目指すところからすれば、この程度の人数は大したことないのだろう。観客に心を乱されることがないように、気を引き締める。
その後係員に案内され、選手控え室へ入る。
「んじゃ、ちょっとしたらまた来る。その間に着替えといて」
「はいはい」
トレーナーが部屋の外へ出たのを確認してから、学園指定の体操服と与えられたゼッケンに着替える。
着替え終わってから、化粧台の鏡に反射した自分の姿が見える。
未だ見慣れない自分の姿。俺がアットデイブレイクであるということ。整った顔立ちも、それが自分のものだと自覚すると酷く歪なものに思えてくる。
結局のところ、俺はアットデイブレイクというとあるウマ娘の物真似をしてるに過ぎない。彼女が進むべきだった未来を、奪っているに過ぎない……
「デイブレイク、着替え終わったよな……って、どうした、自分の顔をまじまじと見て」
思考の渦に沈んだ意識をトレーナーの声が呼び戻す。……てかノックくらいしろよ。まだ着替えてたらどうすんだ。
「……なあ、トレーナー。俺、間違ってないかな?」
「? ……うん、間違ってないよ」
「そっか、ありがと。っても、どうせ適当なこと言ってるだけなんだろうけど」
あいつは恥ずかしげもなく首を縦に振りやがる。はっ倒してやろうか。
「まあでも……ちょっとは気が軽くなった、かな。さんきゅ」
「ならよかった」
微笑を浮かべるトレーナー。こいつ適当なことばっか言うが周りはよく見えてるみたいだし、俺が悩んでんのも察して言ったんだろうなぁ……ムカつくやつだ。
「そんな気にしなくても、ほら、君1番人気だってさ」
そう言ってトレーナーが見せてきた携帯の画面には、確かにアットデイブレイクの名が1番人気として出されている。
「だからさ、楽しんで来なよ」
「楽しんで……?」
「うん。君、走るの好きでしょ?」
ほんと、適当に言ってるのか見通してるのか判断に困るやつだ。走るのは好き……かもしれない。
でも、それを認めて走ってしまってはいけないだろう。もしそうなってしまえば、それは俺がデイブレイクの身体を使って走っていることになってしまう。そうじゃない。あくまで走るのはデイブレイクだ。俺が代わりにやってるだけ。そう自分に言い聞かせてきた。
……でも、走ってる間だけなら……
「おっと、そろそろ時間だね、デイブレイク。準備はいい?」
「……っ、ああ。大丈夫だ」
「よーし、それじゃあ気楽に行ってこい! 安心しろ、もし負けてもリカバリー効くから」
「いやいや、縁起でもないこと言うなよ…… そっちこそ安心しろよ。俺は勝つ」
「それは結構。楽しみにしてるね」
「ああ。行ってくる」
「うん。行ってらっしゃい」
両頬を叩いて気合いを入れる。そうして一歩踏み出し、地下バ道から、光るターフへと足を踏み入れた。
——もう、後戻りはできない。
ーーーーーーーーーーーー
パドックでのお披露目を済ませ、ゲートへ向かう。
……本当に、始まるんだ。レースが。そして、俺の、デイブレイクの夢を追う旅路が。
1秒1秒、時間が経つごとに気分が高揚してくるのがわかる。だが、不思議な感覚だ。こうも胸が高鳴っているというのに、思考は驚くほど冴えている。
不自然なほどの静寂の中、ゲートが開くのをじっと待つ。
——そして今、ゲートが開かれた。
同時に、観客席から大きな歓声が上がる。
よし。多分悪くないスタートを切れたはずだ。出遅れてはいない。
俺はトレーナーに言われた通り、逃げ2人から少しだけ離れた位置、3番手につく。
第一コーナーに差し掛かったあたり、あまり差は離れていない。後続もピタッとくっついてきているようだ。
多分、何人か掛かってるんじゃないだろうか。その中で、俺は意外なほどに冷静だった。多分このペースならば最後まで俺のスタミナは持つはず。このままのペースを保てばいけるはずだ。
気づけば最終コーナー手前。おそらく、もう敵になるのは逃げの子の内の1人のみ。その他は垂れて走れなくなっていることだろう。
なら、ここからだ。
『アットデイブレイク、ここで上がってきた! 2番、これは苦しいか!?』
一気にスパートをかける。ぐんぐんと先頭との距離が狭くなり、やがて追い抜く。
『アットデイブレイク、アットデイブレイクだ! 今1着でゴールイン! デビュー戦にして、その実力を見せつけました!』
「はぁ、はぁ、はぁ……」
……勝った。1着だ。今回はあの訳の分からない本能に支配されずに済んだ。
「デイブレイク!」
「トレーナー……!」
酸素の足りない身体でふらふらしながらトレーナーの下に歩いていく。
「よし、よくやった。最高だよ、デイブレイク」
「はっ…… だろ?」
「よし。ちょっと休んでていいよ」
とりあえず、回らない頭で考えられることは……
俺たちは初のレースにして勝利を収めたらしいことだった。
ーーーーーーーーーーーー
あれから何十分か経って、いくらか回復してきた。
「よっしゃ、本当にすごいぞ、デイブレイク!」
トレーナーは心底嬉しそうだ。こっちまで笑顔になりそうな笑みだ。こう言うところが彼の魅力なのかもしれない。
「よーし、じゃあ今日は焼肉だな! しゃあ、行くぞー!」
トレーナーに連れられ、意気揚々と控え室の扉を開ける。なんだかテンション上がりすぎじゃないか?
……そう思った矢先、スタッフに止められた。
「ちょちょ、どこ行くんですか!? ウイニングライブ、まだ残ってますよ!」
「「……あ」」
完全に忘れていた。……どうやらトレーナーも同様らしい。
「あー、ウイニングライブね、ウイニングライブ…… やっべ全然練習してなかった、君出来る?」
「全く」
「だよなあーもう! いや僕が悪いんだけどさ! ちょっとデイブレイク、今から死ぬ気で覚えるぞ!」
凄い勢いでまた控え室に戻される。いや、連れてきたのお前だからね?
「えーと、まずは…… もう動画見て! 覚えて!」
「無茶苦茶言うなよ!?」
「ごめん! これは本当ごめん! 焼肉、1番いいやつにするから!」
「〜〜ったく! とりあえずやんなきゃいけねぇんだろ! 携帯貸して!」
脳の神経を極限まで回転させ、全身全霊で動きを脳に叩き込む。
「あと何分ある!?」
「えーと、30分!」
無理でしょ。シンプルにその感想しか出てこない。
……でもやるしかないんだけどな! トレーナー、後で絶対ぶん殴る!
ーーーーーーーーーーーー
「準備出来ましたかー?」
「え!? もう時間か!?」
あーもう、やるしかない! 実際には半分くらいしか覚えられてないけど! 申し訳ない顔したトレーナーを横目に、ステージへと向かった。
ステージはずいぶんと派手な照明で照らされ、眩しいほどに輝いていた。
「ええ…… こんなとこで踊るの……? しかもセンター……?」
腹くくるしかないか。ウイニングライブのこと忘れてたとはいえ、一度は覚悟を決めたんだ。アットデイブレイクとしてトゥインクル・シリーズに臨むことを決めた限り、このライブもしっかりとこなさなければならない。
……でも、自信ねぇ……!
ーーーーー
「お疲れ様、デイブレイク」
「ああ…… ありがとう、トレーナー」
差し出されたタオルを受け取りながら返事を返す。
「デイブレイク…… 自信ないとか言いながら、完璧だったじゃん」
「あ、いや……あれは……」
正直言って、全く記憶ない。変に思われるかもしれないが、だいたいこんな感じか?って脳裏に浮かんだ振り付けをこなしていただけなんだけど…… 一体何だったんだ。俺の記憶力が覚醒したか? それとも、これもウマ娘の本能だったりする?
……考えても答えが出ないので、一旦忘れることにする。何はともあれ、なんとか乗り越えられたようだ。
「いやーすごかったよ、デイブレイク! 歌も踊りも完璧じゃないか!」
「はっ…… まぁな」
何て返したらいいのかわからないので適当に流しておく。
「本当に! めちゃくちゃ可愛かったよ!」
「可愛いって言うな」
「え、なんでよ! だって可愛かっ—— いや何でもないです」
まだ余計な口を叩こうとするトレーナーを睨んで黙らせる。
可愛いって言われるの、俺に言われてんのかアットデイブレイクのことを言ってんのか判断つかないから反応しづらいんだよ。あと普通に照れ臭い。褒められ慣れてない俺にはそのむず痒さが耐えられないので禁止だ。
……ウイニングライブのあとはしっかり焼肉を奢ってもらった。高級な肉はめちゃくちゃ美味かったので今日のミスは許すことにした。
今回ちょっと短いけど許して。毎日投稿は私には無理でした。
感想・評価・デイブレイクちゃん可愛いの声など、お待ちしております