【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーー回想ーーーー
「奴は恐らく俺よりも上手だ」
『焼相』のいる鶫の部屋への道中。
階段にもいる呪霊を祓った後、『脹相』は私にそう告げた。勿論、奴というのはこれから私達が戦うであろう相手『羂索』のこと。
その言葉に少し怯む。
隣の『脹相』とは、母様を取り戻すために戦った。私はその時ですら『彼』に手も足も出なかったのだ。それよりも上手……考えたくもないな。
「勝算はあるのか?」
「ない」
冷静にそう言う『脹相』。
「……それは、あまりにも無謀ではないか」
「無謀など妹を守らない理由にはならん。俺はお兄ちゃんだからな」
意味が分からないが、退くつもりはないということだろう。
だが、よく考えれば、こちら側の目的は『焼相』を『羂索』に渡さないこと。『奴』を倒すことではない。『脹相』が戦っている間に『焼相』を連れて離脱するのが現実的な案だろうが……。
「……それでは『彼』の話は聞けないな」
ボソリと呟く。
『彼』がどうしているのか、どうすれば『彼』を……。
いや、待て。
私はどうしたいのだ?
『彼』とまた会いたい? 礼を言いたい?
まぁ、それはそうだろう。『彼』は私の恩人だ。『彼』がいなくてはきっと母様を取り戻すことが出来なかったから。
だが、もしそれが、『彼』ともう一度会うことが、今の鶫と引き換えの物だとしたら……?
可能性はある。むしろその可能性の方が高い。
鶫に『彼』の人格が入っていた間の記憶はなかった。そして、『彼』の人格が消えたことで今の鶫が帰ってきた。そう考えるのは不自然なことではないだろう。鶫と『彼』の存在は恐らく同時に存在しない。
ならばーー
「おい……聞いているか」
「っ、あ、あぁ」
沈みかける思考を『脹相』に引き戻され、私は前を向いた。
切り替えろ、加茂憲紀。考えるのは後だ。
今は目の前の敵に集中するべきだ。そうしなくては絶対に勝てない相手なのだから。
「いいか、俺が奴を引き付ける。その間にお前が妹を連れて離脱しろ」
「あぁ、分かっている」
ーーーー鶫の部屋ーーーー
「おい」
「『彼女』から離れろ」
鶫の部屋の前にいた呪霊を祓ったと同時に、突入する。
既に『百斂』で圧縮した血液は手の内にある。あとは放つだけという状態で『羂索』に向けた。
そんな私を見ても、『羂索』は表情を崩さない。
「『赤血操術』2人がこちらに来たのか。少々、予想外だったよ」
言葉に反して、驚いた様子はない。余裕が見える。
だが、そんな『羂索』に対峙しても『脹相』は怯まない。相手が格上であることが分かっていても、恐れはないようだった。今の『脹相』にあるのは、
「……この際、お前が加茂憲倫だろうが、『羂索』だろうがどうでもいい。俺の妹に指一本でも触れてみろ」
「お前を殺すッ!!!」
怒りと憎悪。そして、使命感。
溢れる感情を込めて、『彼』は構えた。
「『百斂』ーーーーーー『穿血』ッ!!」
ーーバシュンッーー
高速で圧縮し放つ『穿血』。私のものとはレベルが違うその攻撃は、瞬く間に『羂索』の額へ届く。
ーースッーー
「やはり速いな」
「っ」
それすらも『羂索』は紙一重で躱す。
「『穿血』!」
体勢の崩れたその一瞬を狙い、私も放つ。
「こちらは……大して脅威ではないね」
ーービシュッーー
「くっ!?」
私の攻撃は呼び出された低級呪霊の群れに阻まれる。
『脹相』には劣るとはいえ、圧縮が十分にされた『穿血』をこうも簡単に止められるとは……。本当にレベルの違いを実感する。
「止まるなッ」
「っ、あぁ」
軽く折れかけた心を持ち直す。
『奴』の体勢が崩れているのは事実。『脹相』の声に合わせて、2人同時に『赤鱗躍動』を発動し、距離を詰め、拳と蹴りを放つ。
ーーバキッーー
ーーバギッーー
「連携は……まずまず」
ーーバギッーー
ーーバキッーー
「っ」
当たり前のように止められるが、それはいい。本命はーー
ーーブヂューー
「!」
「『赤縛』!」
体術に紛れて、血液パックを放り、潰させること。私の攻撃力では『奴』の防御は崩せない。だが、相手が昔の術師ならばこそ通じる歴史の浅い『赤縛』という術なら、不意を突くことができる。
ーーパシュゥーー
ーーギュンッーー
「拘束、か」
拘束できた。勿論、これも一瞬で抜けられるだろう。
そう。それでも一瞬ならば拘束できるはずだ。
「『脹相』っ!」
「上出来だ!」
いくら『脹相』とはいえ、『百斂』は溜めが大きい。だから、『彼』は直接『羂索』を狙う。
『脹相』の手には、血で作られた刃・『血刃』が握られていて。それを『奴』の心臓に突き立てた。
ーーガクンッーー
ーードサッーー
「!?」
……はずだった。
あのタイミングであれば回避はできない。事実、『羂索』は避けていない『脹相』が勝手に転んだように、私の目には見えた。
「『大鯰』といってね。地面が落ちたと思っただろう、実際は君が勝手に引っくり返っただけなんだがね」
ーーブチッーー
「っ、『百斂』ーー」
「無駄だよ」
ーーバギィッーー
「っ!?」
『脹相』を蹴り飛ばす『羂索』。
なぜだ? 『赤血操術』、特に『穿血』を使う術師には距離を詰めたまま戦うのが定石のはずだ。なのに、わざわざ距離を離した。
何をーー
「ここは狭い。少々広く使わせてもらおうか。ざっと50だ」
ーーゾワッーー
何をしようとしているかは依然として分からない。それでも、今すぐここを離れなければ死ぬ。それだけは分かった。
「っ」
「『焼相』を守れッ!!」
「極ノ番『うずまき』」
……………………
「…………っ」
どのくらい意識を失っていた?
身体は動くか? 『脹相』はどうなった?
覚えているのは『奴』の使った術が『脹相』に襲いかかったこと。私は咄嗟に『赤鱗躍動』で『焼相』を抱え、退避したこと。
……全身が、痛い。
土の感触がする。恐らくあの術の衝撃波で寮から投げ出されたのだろう。攻撃のベクトルがこちらに向いていなかったのに、このダメージか……。
「化、物……めっ」
少しずつ、息ができるようになる。荒くなる息をどうにか整えながら、私は周りを見渡した。
「…………『焼相』……」
私から少し離れたところに、『焼相』は倒れていた。抱えたはいいものの、途中で投げ出されてしまったのだ。死んではないだろうが、意識はない。
痛む身体をどうにか起こし、今度は私の背中側、寮の方へ向き直る。私の目の前に広がったのは絶望的な光景。寮の半分が消し飛んでいるというあり得ない光景だった。
その側に、『奴』はいた。その足元には『脹相』が倒れていて。
「『脹、相』……!」
どうにか声を絞り出すと、それに気づいたのは『脹相』ではなくーー
「……まだ立てるのか。ククッ、意外にタフな子だ」
邪悪な笑みを浮かべる『羂索』。
「……『脹相』を、取り込むつもりか……?」
「正解だ。『呪胎九相図』は元々私が産み出した『モノ』……自然の摂理だと思うがね」
「……『脹相』たちを取り込んで何をしようとしている」
「…………知ってどうするんだい?」
「……………………」
これは時間稼ぎの問答だ。『脹相』と『焼相』が意識を取り戻すまで、時間を稼げばいい。
そのはずだった。なのに、私の口から出たのは、
「……知らなくては何もできない。何をする権利もない」
「だから、私は『知りたい』のだ。私に何ができるのかを考えるために、何かをするために」
その答えはすっと出た。
誰かの受け売り。その言葉が私から出てきたことに少し驚いたが、納得もした。
私の口から出た言葉を聞いて、『羂索』はまた笑う。
「ククッ、まるでどこかの誰かさんの言葉だ」
悪い大人に関わると悪い影響が出る。典型的な例だ。
愉快そうに『奴』はそう言った。
「あぁ、本当にそうだ。悪い大人だった。だが、呪詛師にそうは言われたくはない」
「彼はね、一時は私の同志だったんだよ。知的好奇心を満たすために何でもしたさ……彼はそれをよしとせず、袂を別つことになったが」
「…………『彼』とお前は違う」
「本質は同じさ」
押し問答。
私と『羂索』の認識には齟齬があり、恐らくそれは埋まらない。やはり知らなくてはならない、『彼』……加茂憲倫のことを。
「……教えてはくれないか、加茂憲倫という人物のことを」
時間稼ぎのつもりだった会話はいつの間にか、私が真に知りたいそれに繋がっている。私の言葉に『奴』は口を開きかけたが、ふと目をつぶり笑う。
そして、私の背後を指差した。
「噂をすれば、だね」
「っ」
『羂索』の指差す方、後ろに振り返ると、そこにいたのは、
「鶫っ!?」
「憲紀、くん……」
寮にいたはずの鶫の姿だった。
「そうだね。まずはその『器』の話をしようか」
「加茂鶫。その娘の話だ」
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