【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) 作:藍沢カナリヤ
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「彼女の誕生日を祝う?」
そんな提案を兄から受けたのは、彼女を家に迎えた5年が経とうとしていた日の朝のことだった。
勿論、長い間、誘拐されていた人物から酷い扱いを受けていた彼女に誕生日の概念はない。だから、誕生日は仮のもので、彼女をここへ迎えた日をそうしていたのだ。
思えば、彼女への教育や私自身の研究、御三家としての任務もあり、祝えていないことに今更ながら気づく。
祝いたいのは山々だ。だが、
「……そうは言っても、私にはそうした祝い方など分からん」
兄にそう答える。
研究以外に興味のなかった私なのだから、人を祝うなどという経験はないのも当然だろう。
そう言うと、兄は少し思案した後、どこかへ連れ出してやれと私に告げる。
ふむ。
確かに最近は研究にかかりきりで、外へ行くこともなかったからな。どこかでハイカラなものでも食べさせてやるのもいいか。
「礼を言うよ」
一言、礼を述べると、兄は驚いたような顔をした。それから破顔する。
……何が嬉しいのか分からんが、まぁ、いい。
その後、私は彼女に外出を持ちかけた。
彼女の対応はいつもと同じ。温度の変わらない表情で頷くだけだった。
……………………
その日の夜に外食をするようにしたのは、昼間に研究関係で人と会う約束をしていたからだ。その合間も自室にて進めていると、使用人の声がした。
「……通してくれ」
私の言葉に反応するように、襖が開く。そこにはその客人を連れてきた使用人とーー
「遠いところ、よく来てくれた。歓迎する」
「お初にお目にかかります、加茂憲倫殿」
例の客人の姿があった。
文でのやり取りはしていたが、『彼』に会うのは今日が初めてだった。
呪術の世界とは無縁にも思える静かな雰囲気をもつ男性。文明開化が進んできたとはいえ、ここらではあまり見ない洋装に身を包み、西洋風の帽子を被っている。
所謂、紳士というやつだ。
「手紙にも書いた通り、例の呪物をお持ちしました」
話が早くて助かる。『彼』は鞄からその呪物を取り出した。受け取り、品物自体を確かめる。
「……確かに」
「お眼鏡に叶ったようで何よりです」
そう言って『彼』が微笑むのを見ながら、私はその呪物を机に置く。さて……。
「報酬はいらないとのことだったが、何が目的だ?」
『彼』を正面から見据える。
この呪物の等級は低く見積もっても一級。それを無償で譲るというのだから、何か裏があると考える方が自然だろう。
そう考え、『彼』を問い詰めようとしたのだが
「いいえ、目的などありません」
「…………」
「そうですね……強いて挙げるならば、憲倫殿の研究への先行投資ですよ」
研究が進めば、私にも得がありますから。『彼』はそう言って、また微笑んだ。
なるほど、先行投資か。それならば、多少得心もいく。文でも話したが、『彼』は呪術師ではないが、その職には呪力が必要不可欠だという。私の研究が実を結べば、確かに『彼』の得になるのは間違いないだろう。
「……分かった。ありがたくこれは受け取ろう」
「ええ、役立ててください」
話は終わりとばかりに、『彼』は立ち上がる。
「もう帰るのか」
「ええ。目的は果たしましたから」
『彼』が襖に手をかけたその時だった。
「憲倫様」
襖の向こうから彼女の声がし、襖が開いた。
ーードンーー
「おっと」
「っ」
止める間もなく、2人がぶつかり、彼女が倒れ込む。
「申し訳ございません」
ぶつかった相手が客人だと分かったようで、彼女は謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。大丈夫ですからお気になさらないでください。『彼』はそう言ってくれたが、ぶつかった弾みに『彼』の帽子も落ちてしまっていた。
「うちの者がすまない」
そう言って、『彼』の帽子を渡して、思わず私はそれをまじまじと見てしまった。
私の目に入ったのは、額を走る傷痕。
過去に大怪我でもしたのだろうか。額を横一文字に走る大きな縫い目は否が応でも目に入る。
っと、しまったな。
「重ね重ね申し訳ない。見るつもりもなかったのだが」
「いいえ、事故ですから。お気になさらず」
穏やかに微笑む『彼』。
だから、余計に気になってしまった。そのような怪我などとは縁遠そうな『彼』に何故そのような傷痕があるのか。
そこで、私の悪癖ーー好奇心が顔を出してしまい……。
「その傷……ずいぶん大きいが、何かあったのか?」
「憲倫様、無神経です」
その質問はすぐに彼女によって窘められる。それで私もはっと我に返る。確かにそれは無神経だった。
そう考え、また謝るが、『彼』はいいえ、構いませんよと首を横に振った。出来た人間である。
おまけにその傷について、教えてくれた。
「実は昔、怪我をしてしまいまして……その手術痕なのです」
聞けば、なんということはない。その答えに私の好奇心はすぐに引っ込んでくれた。あまりにも数々の失礼を働いたため、私はそのまま『彼』を門まで直接送り届けた。
最後に、『彼』はまた研究に役立ちそうな呪物があれば、届けてくれることを約束してくれて。
「また来ます」
「あぁ、待っているよ」
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昼の予定も早く終わり、外出に誘うため、彼女へ与えた部屋を訪ねると、ちょうど準備が出来たようだった。彼女はお気に入りらしい紅い着物を着ている。
「いかがですか、憲倫様」
「あぁ、悪くない」
「……そこは似合っていると言ってほしいものですが」
「…………よく似合っている」
私の言葉に満足したのか、彼女は足速に部屋から出ていく。
「お、おい」
「さぁ、早く行きましょう、憲倫様。時間は有限です」
声色も表情も変わらない。
だが、どうやら楽しみにはしてくれていたようだった。
「まったく……分かりにくい奴だ」
そう言う私も、頬が少しだけ緩むのを自覚していた。
……………………
「私と結婚してください、憲倫様」
「は?」
少々値の張る洋食屋からの帰り道。月明かりの下で私は彼女に求婚された。
あまりに唐突な出来事に、言葉を失っていた。数秒、思考すらできずにいた私だったが、
「憲倫様」
「っ」
触れてしまいそうなほど近くまで顔を寄せた彼女を見て、現実に引き戻された。
「どうかされましたか?」
どうかされましたって……いやいやいや。
「それは私の台詞だ」
「?」
首を傾げる彼女に問いかける。
「本気か?」
「はい、本気も本気です」
表情は変わらない。だが、5年も共にいたのだ。彼女が本気でそう言っていることは分かった。分かってしまった。
「…………何故、私などに求婚するのだ」
私は人との関わりを放棄し、研究に生きてきた。愛想も悪く、人の祝い方すら分からない。そんな人間だ。
加えて、長男ではないとはいえ加茂家のーー御三家の呪術師。非術師の彼女にとって、そんな人間の伴侶になるなど苦悩しかないだろう。得などひとつもない。
ならば、何故?
私が彼女の命を救ったからか?
そんなものたまたまだ。ただの気紛れで側に置いていただけ。
それで恩を感じているならば、それはーー
「間違っていますよ、憲倫様」
彼女は私の言葉を否定する。
「恩はあります。けれど、それだけで10以上も歳の離れた殿方に求婚などいたしません。私はただ、貴方様の優しさに惹かれたのです」
「……優しさなど向けた覚えはない」
「いいえ、それは貴方様が気づいていないだけ」
「貴方様に救われた当初、この世の全てを投げ出していた私の側にただ静かにいてくださったのは誰ですか? 風邪をひいて寝込んだ時も。悪夢にうなされ眠れない夜も。大切な研究を放り出して、私の側にいてくださったのは誰ですか?」
「それは……」
「貴方様が私に向けていたそれを優しさと言わずなんと言いましょう」
そう言って、彼女は笑った。月明かりに照らされた彼女の微笑みは神秘的で。
「ねぇ、憲倫様」
「この先も私を側に置いてください。貴方様の一番側に」
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そうして、私達は夫婦となった。
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おじさん、34歳。
女の子、21歳。