【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) 作:藍沢カナリヤ
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彼女から求婚され、1年の月日が経った。
その間にもう反対する加茂家の人間を、兄の権力を借りながら、どうにか黙らせて。
つい一月ほど前、やっと彼女に白無垢も着せてやることができた。
日増しに彼女の存在が大切になっていくのが分かった。
……私らしくはないがな。
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「幸せそうで何よりです」
この1年で加茂家に頻繁に出入りするようになった紳士ーーは、私の研究を手伝う手は止めずにそう言った。
「止めろ、お前までそんなことを言わないでくれ」
「というと、お兄様にも言われているのですね」
「あぁ、毎日うるさいくらいに言われている」
ため息を吐くと、『彼』は羨ましい限りですと冗談めかして笑う。
「まぁ、その分、研究は手詰まりだが」
「……えぇ、困りましたね」
ここ数ヵ月、研究の進捗は止まってしまっていた。勿論、結婚関係で忙しかったのもあるが、それ以上に理論と実践が上手く噛み合っていないのだ。机上の空論とはよく言ったもので、理論上は正しいことが結び付いていないのを痛感する。
「……憲倫殿、ご提案があるのですが」
「却下だ」
『彼』がそれを話し出す前に、私はそれを否定した。決して嫌がらせではなく、これまでずっとその先の提案とやらを耳にタコができるほど聞いていたから、事前にそれを潰しただけだ。
「聞いていただいてからでもよいのですよ?」
「どうせ人体実験の提案だろう。話にならん」
「しかし、悪人や罪人ならばーー」
「ーーくどい」
「……失礼しました」
以前の私ならば頷いていた可能性もある。だが、今は違う。その一線を超える訳にはいかない。
それをしてしまったら、彼女に顔向けできないからな。
「まぁ、慌てることもあるまい。呪物の蒐集はできた。術式を抽出する術も理論上は確立している」
時間をかけていけば私の研究はいずれ実を結ぶだろう。
「…………」
「手伝ってもらっていながらすまないな」
「いいえ、構いませんよ。あくまで私は憲倫殿の研究に乗り、お零れをいただこうとしている一介の商人ですから」
そう言って、『彼』は微笑む。本当にいい理解者をもったな、私は。
「さて、そろそろ今日は終わろうか」
「ええ、そうですね」
私の言葉に頷いた『彼』は帰り支度を始めた。
「聞いたところによると、今日は記念日だとか」
「はぁ、まったく耳敏いな。誰から聞いた?」
「当主様からですよ」
「やはりか……」
またため息が出る。我が実兄ながら、私とは似ても似つかないあの口の軽さはどうにかならないものか。口は災いのもとという言葉を知らないようで、あの兄はいらぬことを関係のない人間に喋りすぎる。困ったものだ。
「今日は奥方様と何処かへ行かれるのですか?」
「……否定はせんよ」
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「今、ここに憲倫様との子が宿っています」
「は?」
記念日ということで、少々値の張る料亭からの帰り道。月明かりの下で、彼女は自らの下腹部に手を当て、そう告げた。
あまりに唐突な出来事に、言葉を失っていた。数秒、思考すらできずにいた私だったが、
「っ」
どうにか我に返る。というか、
「何故、大切なことをこうもさらっと言うのだ、お前は」
驚きも然ることながら呆れの感情すら湧く。だから、何故今なのだ。記念日とはいえ、ただの外食の帰りだぞ? いつかもそうだった。私への求婚も、他愛もない会話の中に織り混ぜてきたのだ。
「こうでもしないと憲倫様は驚かれないではないですか」
そう言って薄く微笑む彼女。
いやいや、彼女の言動には常々驚かされるのだが。彼女は私をなんだと思っているのだ。
出会ってからの彼女の変わりぶりを振り返っていると、不意に彼女は呟いた。
「………………喜ばないのですか?」
私の反応が思ったよりも薄かったのだろう。彼女は表情を変えぬままそう聞いていた。ただ、その声色は少々弱々しい。怯え、不安。そんな感情を読み取る。
……あぁ、まったく。そんな顔をするな。
いいや、これは私が悪いか。そんな表情をさせてしまうなど先が思いやられる。
「名前を考えねばな」
「っ、はい」
……………………
それから10ヶ月後、彼女は子を産んだ。
元気な女子。
相伝の術式は継いでいない。呪力も高くない。だが、そんなものは関係ない。
私にとって最愛の人物が無事に帰ってきてくれて。
しかも、もうひとり。大切な、守るべき者が増えてくれたのだから。
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18ーー年9月9日。
彼女が、愛する我が子と共に加茂家に戻ってきたその日。
彼女は『何か』に呪われた。
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