【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) 作:藍沢カナリヤ
ーーーーーーーー
ーードザザッーー
「っ、違うッ、これでは無理だ」
机上にあった書類の山を手で崩す。書類がそのまま床に落ちる音が部屋に響いた。そして、
ーードンッーー
苛立ちから机を叩いたせいだろう。拳から血が出ているのに気づいた。それがまた腹立たしくなり、また机を叩く。
それを止めるものはいない。唯一止められた彼女は今、病院にいるのだから。だが、そもそも病院に入れること自体が無駄だ。あれは呪いだ。医療でどうにかなるものではない。
「今日は一段と荒れていますね、憲倫殿」
「……いつからそこにいた」
「たった今です」
『彼』はそのまま部屋に入り、床に散乱した書類を手に取った。
「研究は……進んでいないようですね」
『彼』のいう研究は、本来……つまり、彼女を救うのに一切関係のないもの。今の私にとって、その優先順位は低い。
「呪いを解く方法を見つけるのが優先だ」
「そうですか。まぁ、奥方様を救うためですからね」
なんの落ち度もない自分に当たる私に、『彼』は穏やかな表情を返してくる。それすら腹立たしく思えてしまうのは……。
「お茶を淹れますね」
「…………あぁ」
唯一綺麗な状態の椅子に腰かける。研究室と隣接する給湯室に向かった『彼』だったが、壁を隔てた向こうから話しかけてくる。
「私の方でも調べてはいます」
「あの呪いの主は、見つかったか」
「いえ」
「っ、そうか」
予想はしていたが、やはり無駄だったか。呪術の基本に則れば、彼女にかけられた呪いを解くには、呪い本体を叩くのが確実だ。だが、彼女があの日接触したすべてを辿っても、肝心の呪いの正体が掴めない。
「奥方様が加茂家へ来られる前のことも調べてはみましたが、それらしい話もありませんでした」
「…………もういい」
これ以上は話しても気分が滅入るだけだ。私はそこで話を切り、俯いてただ床を眺める。
「憲倫殿」
「……なんだ」
正直、もう話す気分ではないが、調べてもらっている以上、無碍にもできずにただ生返事を返す。
「『天元』を尋ねてみるのはいかがでしょうか」
「……『天元』」
唐突に出てきた名前を反芻する。
「えぇ、この国の結界を構築する人物。なんでも千年以上は生きている『不死』の術式をもつ術師なんだとか」
「…………」
勿論、知っている。なんなら私の本来の研究の成果は、一部その『天元』に繋がっているのだ。知らぬ仲ではない。だが、
「どこでその情報を仕入れたか知らんが、『天元』は基本的に現に干渉しない」
「ですが、憲倫殿の研究の一部は『天元』の元へ流れているのでしょう? ならば、頼み込めば可能性はあるのではないでしょうか」
「…………」
「できる手は打つべきではないですか」
「…………」
気づけば、『彼』は茶を淹れ終えており、私の前の散らかった机の上に湯呑みを置いた。
湯気を見ながら、ふと考える。
どのみち、現状打つ手はないのだ。できることはやるしかないな。
「……わかった。明日の朝、『天元』の元へ行くことにしよう」
そう言って、私は『彼』が淹れた茶をすすり、少し目を閉じた。
恐らく会うことくらいはできるだろう。そんなことを考えつつ、数分も経てば、張っていた緊張の糸が切れたのか私の意識は途絶えた。
……………………
「……夜分遅くに失礼しますっ!」
夜の静けさを破るようなその声で、私は覚醒した。どうやら私は寝てしまっていたらしい。『彼』の姿ももうなかった。時計の針はもう深夜の2時を指していた。
「なんだ」
机に突っ伏して寝たせいか体がやけに重く、どうにか体を起こして襖の向こうの声に答える。よく聞けば、館全体が騒々しい。
「何がーー」
「奥様の容態がっ!!」
その言葉を聞くや否や私は飛び出していた。
……………………
結果から言うと、彼女は持ち直した。だが、次は……。
ーーーーーーーー
病院からの帰り道。
その足で、私は呪術高専に立ち入っていた。目的は勿論、高専の最深部・薨星宮にて、『天元』に接触することだ。
御三家の加茂家の人間であること。元々、研究者として高専に出入りしていたこと。そして、私の今の雰囲気もあったのか、誰も話しかけてくるものはいない。
ただひとり、
「フラフラではないですか」
『彼』を除いては。
「……またお前か」
「酷い隈ができていますよ」
「構うものか」
「……『天元』に会いに行くのですか? いえ、聞く必要などありませんね。事態は急を要するようですから」
ならば、聞くな。時間の無駄だ。
それだけを返し、私は歩を進めた。その後を『彼』はついてくる。止めはしない。それも時間の無駄だ。
……………………
「……この先だ」
地下へ続く異様に長い階段を下ると、『天元』がいるであろう部屋への扉が目に入る。この先に『天元』がいる。
ーーガチャッーー
ノックをせずに入る。私の目の前に拡がるのはーー
「何もありませんね」
「拒絶しているんだろう」
現には干渉しない。その意志が現れたような何もない白い空間。
私の心中とは対照的な波も乱れもない空間だ。
「っ、『天元』ッ! 姿を見せろッ!!」
叫ぶ。声はただ虚しく響くだけ。
「っ、私だ! 加茂憲倫だ!」
危害を与えるつもりはない。ただ少しだけ知恵を借りにきた。
それだけを告げる。だが、反応はない。
「『天元』っ!!」
もう一度名を呼ぶもやはり反応はない。
拳を握りしめる。歯を食い縛る。
「『天元』っ!! 姿を現せ!」
「私がどれだけお前に協力したと思っているっ、私の研究成果がなければ、結界の維持ももっと難航していたはずだ! 分かっているのか! 私はお前を救ったのだぞ!」
「お前も私を救うのが道理だろう!」
「聞いているかっ!!」
反応は、ない。
「っ、姿だけでも見せてくれっ」
「私はっ……ただ……彼女を救いたいだけなのだ」
膝をつき、崩れ落ちる。
私の声は誰に届くでもなく、虚空に消えていく。
「……憲倫殿」
崩れ落ちる私の背中に、『彼』が声をかけてくる。これ以上は恐らく無駄だと、そう告げた。
私はそれに力なく頷き、よろよろとその場を後にした。
ーーーーーーーー
その日の夜、私は倒れた。
呪いではない。ただの過労。
不眠不休での研究の上に、今回の出来事だ。体の悲鳴を無視して働いたツケがここできたようだった。
そうして、私は病院に運ばれた。
そこでーー
ーーーーーーーー