【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完)   作:藍沢カナリヤ

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第60話 懐古ー肆ー

ーーーーーーーー

 

 

ーードザザッーー

 

「っ、違うッ、これでは無理だ」

 

 

机上にあった書類の山を手で崩す。書類がそのまま床に落ちる音が部屋に響いた。そして、

 

 

ーードンッーー

 

 

苛立ちから机を叩いたせいだろう。拳から血が出ているのに気づいた。それがまた腹立たしくなり、また机を叩く。

それを止めるものはいない。唯一止められた彼女は今、病院にいるのだから。だが、そもそも病院に入れること自体が無駄だ。あれは呪いだ。医療でどうにかなるものではない。

 

 

「今日は一段と荒れていますね、憲倫殿」

 

「……いつからそこにいた」

 

「たった今です」

 

 

『彼』はそのまま部屋に入り、床に散乱した書類を手に取った。

 

 

「研究は……進んでいないようですね」

 

 

『彼』のいう研究は、本来……つまり、彼女を救うのに一切関係のないもの。今の私にとって、その優先順位は低い。

 

 

「呪いを解く方法を見つけるのが優先だ」

 

「そうですか。まぁ、奥方様を救うためですからね」

 

 

なんの落ち度もない自分に当たる私に、『彼』は穏やかな表情を返してくる。それすら腹立たしく思えてしまうのは……。

 

 

「お茶を淹れますね」

 

「…………あぁ」

 

 

唯一綺麗な状態の椅子に腰かける。研究室と隣接する給湯室に向かった『彼』だったが、壁を隔てた向こうから話しかけてくる。

 

 

「私の方でも調べてはいます」

 

「あの呪いの主は、見つかったか」

 

「いえ」

 

「っ、そうか」

 

 

予想はしていたが、やはり無駄だったか。呪術の基本に則れば、彼女にかけられた呪いを解くには、呪い本体を叩くのが確実だ。だが、彼女があの日接触したすべてを辿っても、肝心の呪いの正体が掴めない。

 

 

「奥方様が加茂家へ来られる前のことも調べてはみましたが、それらしい話もありませんでした」

 

「…………もういい」

 

 

これ以上は話しても気分が滅入るだけだ。私はそこで話を切り、俯いてただ床を眺める。

 

 

「憲倫殿」

 

「……なんだ」

 

 

正直、もう話す気分ではないが、調べてもらっている以上、無碍にもできずにただ生返事を返す。

 

 

 

「『天元』を尋ねてみるのはいかがでしょうか」

 

「……『天元』」

 

 

 

唐突に出てきた名前を反芻する。

 

 

「えぇ、この国の結界を構築する人物。なんでも千年以上は生きている『不死』の術式をもつ術師なんだとか」

 

「…………」

 

 

勿論、知っている。なんなら私の本来の研究の成果は、一部その『天元』に繋がっているのだ。知らぬ仲ではない。だが、

 

 

「どこでその情報を仕入れたか知らんが、『天元』は基本的に現に干渉しない」

 

「ですが、憲倫殿の研究の一部は『天元』の元へ流れているのでしょう? ならば、頼み込めば可能性はあるのではないでしょうか」

 

「…………」

 

「できる手は打つべきではないですか」

 

「…………」

 

 

気づけば、『彼』は茶を淹れ終えており、私の前の散らかった机の上に湯呑みを置いた。

湯気を見ながら、ふと考える。

どのみち、現状打つ手はないのだ。できることはやるしかないな。

 

 

「……わかった。明日の朝、『天元』の元へ行くことにしよう」

 

 

そう言って、私は『彼』が淹れた茶をすすり、少し目を閉じた。

恐らく会うことくらいはできるだろう。そんなことを考えつつ、数分も経てば、張っていた緊張の糸が切れたのか私の意識は途絶えた。

 

 

……………………

 

 

「……夜分遅くに失礼しますっ!」

 

 

夜の静けさを破るようなその声で、私は覚醒した。どうやら私は寝てしまっていたらしい。『彼』の姿ももうなかった。時計の針はもう深夜の2時を指していた。

 

 

「なんだ」

 

 

机に突っ伏して寝たせいか体がやけに重く、どうにか体を起こして襖の向こうの声に答える。よく聞けば、館全体が騒々しい。

 

 

「何がーー」

 

 

「奥様の容態がっ!!」

 

 

その言葉を聞くや否や私は飛び出していた。

 

 

……………………

 

 

結果から言うと、彼女は持ち直した。だが、次は……。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

病院からの帰り道。

その足で、私は呪術高専に立ち入っていた。目的は勿論、高専の最深部・薨星宮にて、『天元』に接触することだ。

御三家の加茂家の人間であること。元々、研究者として高専に出入りしていたこと。そして、私の今の雰囲気もあったのか、誰も話しかけてくるものはいない。

ただひとり、

 

 

 

「フラフラではないですか」

 

 

 

『彼』を除いては。

 

 

「……またお前か」

 

「酷い隈ができていますよ」

 

「構うものか」

 

「……『天元』に会いに行くのですか? いえ、聞く必要などありませんね。事態は急を要するようですから」

 

 

ならば、聞くな。時間の無駄だ。

それだけを返し、私は歩を進めた。その後を『彼』はついてくる。止めはしない。それも時間の無駄だ。

 

 

……………………

 

 

「……この先だ」

 

 

地下へ続く異様に長い階段を下ると、『天元』がいるであろう部屋への扉が目に入る。この先に『天元』がいる。

 

 

ーーガチャッーー

 

 

ノックをせずに入る。私の目の前に拡がるのはーー

 

 

「何もありませんね」

 

「拒絶しているんだろう」

 

 

現には干渉しない。その意志が現れたような何もない白い空間。

私の心中とは対照的な波も乱れもない空間だ。

 

 

「っ、『天元』ッ! 姿を見せろッ!!」

 

 

叫ぶ。声はただ虚しく響くだけ。

 

 

「っ、私だ! 加茂憲倫だ!」

 

 

危害を与えるつもりはない。ただ少しだけ知恵を借りにきた。

それだけを告げる。だが、反応はない。

 

 

「『天元』っ!!」

 

 

もう一度名を呼ぶもやはり反応はない。

拳を握りしめる。歯を食い縛る。

 

 

「『天元』っ!! 姿を現せ!」

 

「私がどれだけお前に協力したと思っているっ、私の研究成果がなければ、結界の維持ももっと難航していたはずだ! 分かっているのか! 私はお前を救ったのだぞ!」

 

「お前も私を救うのが道理だろう!」

 

「聞いているかっ!!」

 

 

反応は、ない。

 

 

 

「っ、姿だけでも見せてくれっ」

 

「私はっ……ただ……彼女を救いたいだけなのだ」

 

 

 

膝をつき、崩れ落ちる。

私の声は誰に届くでもなく、虚空に消えていく。

 

 

「……憲倫殿」

 

 

崩れ落ちる私の背中に、『彼』が声をかけてくる。これ以上は恐らく無駄だと、そう告げた。

私はそれに力なく頷き、よろよろとその場を後にした。

 

 

ーーーーーーーー

 

 

その日の夜、私は倒れた。

呪いではない。ただの過労。

不眠不休での研究の上に、今回の出来事だ。体の悲鳴を無視して働いたツケがここできたようだった。

そうして、私は病院に運ばれた。

そこでーー

 

 

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