【悲報】私、加茂憲倫。女子に転生してしまったので一族繁栄目指す(完) 作:藍沢カナリヤ
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夜も更け、時刻は深夜2時。丑三つ時。
彼ーー加茂憲倫は、その男が現れるのを静かに待っていた。待つこと数分、目的の人物はすぐに現れた。
「…………来たか」
『………………』
ゆらゆらと、まるで亡霊が彷徨うかのように歩く男。足取りこそ不安定だが、向かう先ははっきりしている。
十数秒の後、男は加茂憲倫と対峙し、動きを止める。
「久しいな」
『……………………』
加茂憲倫はその男を知っていた。現代に転生してからの知り合いではない。そうであれば、久しい等という表現を選ぶわけがなかった。
その男を加茂憲倫は、明治の世から知っていた。
呪術総監部が今回の件に、わざわざ受肉体である『焼相』と『脹相』を送り込んだのはそういうことであった。彼らでなければーー否、彼でなければならなかったのだ。
忌まわしき汚点を消すための人選。
この村のことなど、総監部はどうとも思っていない。真の目的は隠蔽工作。
御三家の汚点と呼ばれる呪術師を、御三家の手で消し去る。
皮肉なものであるが、それこそが加茂憲倫がここに派遣された理由だった。
「
男ーー禪院徒与臣は答えない。月明かりに照らされ、晒されたその顔はもはや人間のそれではない。
眼球と耳ひとつ、口の半分がまるで焼かれたかのように潰れていた。その原因を憲倫は知っている。
「『
「自らの感覚器官を式神に『映す』ことで式神の性能を格段に引き上げる術式……その顔を見るに、視覚に聴覚、味覚も式神に『映した』のか。なんとも……痛々しいことだ」
憲倫は目を伏せる。決して仲がよいわけではない人物。だが、その昔、同じ御三家の者としてしのぎを削っていた人間の余りの変わり様に、心が痛んだ。
それと同じくらいの大きさで、込み上げるのは怒りの感情。
知り合いをこのような姿にした者への怒り。
そして、何より娘に悲しげな顔をさせた者への怒りだ。
「……茶番は終わりにしようか、少年」
『…………っ、げぉぇぇっ』
憲倫の声に応じるように、禪院徒与臣は嘔吐する。ただし、半分潰れた口から出てくるのは、吐瀉物ではなく人の腕。
「なんで……分かったのかなぁ」
ばきばきと男の口を裂いて這い出てきたのは、『焼相』たちの目の前で『大口』に喰われた少年だった。
「家族を殺されちゃって可哀相な少年に見えてたと思ったのに。さっきまで騙されてたでしょ?」
「それは私ではない方の男の話だ。『脹相』は如何せん兄弟以外の存在感知においては私よりも格段下でな」
「?」
「まぁ、なんだ。私は『成り代わり』には少々敏感でな」
目の前に立たれた瞬間に複数の呪力を感知し、それが一番最初に会った少年の呪力と一致していただけだ。
憲倫はいとも簡単に言うが、少年は自らの呪力を完全に切っていた。人の中身に入り込み、支配下に置くという術式をもつ彼にとって、呪力を遮断するのは習慣であり、呼吸と同じようなもの。それにも関わらず、自らの呪力を感知していたという事実に、少年は警戒を強める。
『ばぁぁぁぁんっ』
『ア……アァ……アァァァ』
だからこその先制攻撃。少年が支配下に置く禪院徒与臣の式神『大口』と『白猿』による奇襲だ。広範囲を飲み込む『大口』。対象の視界を奪う『白猿』。初見では避けられず、万が一避けたとしても『次』がある。
避けろ。
その少年の思惑通りに、憲倫は避ける。そこに迫るは少年の術式。支配の術式。
ーーベチャッーー
「?」
触れたはずだった。触れることで少年の術式は発動し、その肉体を自らの支配下に置くはずだった。
だが、少年の手は『それ』に阻まれた。加茂憲倫の血液が作り出した膜によって。
「うっとうしいなぁ……」
ーーパンッーー
「『百斂』」
続けざまに放つ、
「『穿血』」
ーーバシュンッーー
『穿血』。
高速で撃ち出された血液は、2人の間にある血の膜ごと貫いた。音速を超えるそれを血の膜という目眩ましごしに撃ち込むのだ。本来ならば避けることなど不可能。
だが、少年には禪院徒与臣の式神がいる。
『ばぁぁぁん』
地面を喰らい現れた『大口』には、血液は通用しない。加茂憲倫にとっての天敵。
「『赤鱗躍動』っ」
血液による攻撃が通じないことを理解した憲倫は、瞬時に攻め方を変えた。血の膜を解除して、『赤鱗躍動』を発動。身体能力を向上させ、それによる体術で式神を排除しにかかる。素早く『大口』の下に入り込み、下顎を殴り上げた。
ーードゴッーー
『アぁぁ……ァァッ』
殴られ、退け反る『大口』と入れ替わるように、憲倫に襲い掛かる『白猿』も
ーードゴッーー
蹴り飛ばす。そして、伸びている2体の式神に『穿血』で完全に止めを刺した。
「……手加減なしかぁ。酷いね、おじさん」
「紛いなりにも禪院の人間を操る人間に手加減も何もあるか」
「ちぇっ、油断してくれたらよかったのに」
「…………」
「ま、いいけど」
問答にまだ余裕があることを憲倫は気づいていた。禪院徒与臣を使い潰すつもりであることも察しがつく。彼の術式は自らの感覚を犠牲にすることで式神に呪力を分け与える。操られている今の状態であれば、肉体を捨て、式神に『映す』のが最大呪力を生み出せる。それが分かっていたから、彼は次の式神を警戒した。
そのせいで、気づくのが遅れたのだ。
ーーパンッーー
「やっちゃえ」
「っ!!」
背後から聞こえた柏手の音。そして、馴染みのある呪力。
「っ、涼乃!!」
「……『焼土永霙』」
ーーボウッーー
愛娘の術式を間一髪で避けると同時に振り返った先、そこにあったのは加茂涼乃の姿で。
瞬時に目の前の少年の術式とその発動条件を理解した。
「……なんのつもりだ」
溢れ出る怒り。その視線はそれだけで人を殺せそうなもの。
当然だ。愛娘を『支配』されて心中穏やかな訳がない。
だから、その質問はただの時間稼ぎ。頭を回して、その状況から娘を解放するための質問だった。
「なんのつもり? うーん……そうだなぁ、ぼくはね、恋をしたかったんだよ」
「……恋? 術式で支配下に置くことがそうだとでも言うつもりか」
返ってきた答えにも苛立つ。
愛娘への恋心はいい。しかし、だというのならば、彼の言動は不可解極まりない。最初は支配下にある徒与臣の式神に自らを襲わせ、それから憲倫たちに助けてもらう。そして、行動を共にし、殺されたフリ。
涼乃から好意をもたれたいというのならば、わざわざ殺される等という行程を踏む必要はない。助け出して、ヒーローにでもなった気になればいいはずだ。
「…………本当の目的はなんだ?」
「………………」
憲倫は訊ねる。
そして、少年は答えた。
「恋をしたい。それは本当だよ。でも、それ以上にーー」
「ーーぼくは恋した女の子の……悲しみ、絶望する姿が見たいだけなんだぁ!」
少年は声をあげ、言を続ける。
「世間ではよく言うよね、初恋は実らない。ぼくにとってもそれはその通りだった。ぼくの愛した女の子はぼくに殺されてしまうからね……でも、そう。殺されると分かった瞬間の表情がよくてねぇ、今までの子たちのそれも目蓋に焼き付いて離れないんだ。それでもぼくはやっぱり新しい恋を求めてしまう。恋はいいよ、人を幸せにしてくれる。そう。この子の幼さと気高さの混じる雰囲気は特にいい! 守ったつもりになっていた少女が守ったはずの人間を殺されるあの瞬間は……たまらない……」
「あとはそうだなぁ……死んだと思い込んでたぼくが実は生きてて、それに裏切られて絶望しながら死んでいく。その間際の顔が見たいなぁ…………あぁ! そうだぁ! この子が大好きだって言ってた、信じるって言ってたおまえを殺せば、もっとこの子の素敵な表情を見れるかなぁ!」
恍惚の表情を浮かべながら、共感などできない話を滔々と語り、だらしなく半開きになった口からは涎を垂れ流す。その姿は異常者以外の何者でもない。
「…………もういい。時間の無駄だった」
彼の思考など理解できない。理解するつもりもない。
目の前の少年の皮を被った異常者の正体が何かなど探る必要もない。
今の加茂憲倫の頭にあったのは、娘を脅かそうとする目の前の下衆を排除することのみ。
娘につく悪い虫を祓う。
それがパパとしての仕事だ。
相手が少年の姿であろうと関係ない。遠慮も躊躇も一切ない。
「『領域展開』ーー『
領域内すべての生物の血液と呪力を吸収し、血の膜として再形成する必中必殺の『領域展開』。
それは習得した直後の話である。現在の『赫星静瘰』は領域内の呪力を血液に変換する術式効果しか付与されていない。つまりは、『術式強制解除』。それは少年が加茂涼乃にかけた『支配』の術式も例外ではない。
発動と同時に領域内の加茂涼乃、禪院徒世臣両名への術式が解除される。
ーーバシュッーー
「もう、大丈夫だ」
娘から少年の呪力が抜けたのを確認して、憲倫は領域を解く。
「おじさん、バカだねっ!」
娘を抱き止めたその隙を、少年は見逃さない。領域が消えた直後、術式が焼き切れることを少年は知っていた。だから、すぐに動いた。
加茂憲倫の攻撃を手を掻い潜り、娘にかけた『支配』をもう一度発動させる。そうすれば、こちらの勝ちだと確信していた。
「………………歯を」
「え?」
唯一の誤算はーー
「歯を食いしばれッ!!」
ーーーーーーバヂッーーーーーー
黒い火花が散ったこと。
その瞬間に少年の意識は途切れ、二度と目覚めることはなかった。
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「…………」
少女は積まれた石の前で、手を合わせていた。
それは任務の後、呪いのせいで亡くなってしまった人達を追悼するために彼女が必ずしていることで。その中には、式神遣いの男も、あの少年ですらも含まれている。
呪いによって命を落とした人間すべてのために祈る。
呪いである自分にできるのは、そのくらいだと彼女はいつか語っていた。
「終わったか」
「……うん、お待たせ。お兄ちゃん」
朝陽が逆光となったせいで少女の表情は『脹相』からも見ることはできない。それでも少女の口ぶりは柔らかで。
「それじゃ、行こっか」
「あぁ」
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聖女・『焼相』。
特級呪物を身に宿しながらも、同族であるはずの呪いから人々を救う彼女を、一部の人間はそう呼称した。
彼女は呪いを祓い続ける。その命が尽きるまで。
その傍らに立つその男と共に。
ーーーー終ーーーー
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
お待たせしてしまい、申し訳ありませんでしたが、以上で番外編も終了です。
お付き合いいただいた皆様に感謝を……。
ちなみに次作は未定ですが、色々書いてみたいものもあるので余裕があるときにでも投稿したいと思います。
では、また。
そして、ありがとう、憲倫くん。
元気に余生を過ごせよ。