人の心は、複雑怪奇
移ろい易く掴み難い
時と共に流るる砂と似て
是くも妖しき事、疑う可く無し。
儚いが故、美しさ比す物や在らず
一人の女が、居た。
彼女には、寄る辺となる家があり幼い頃から“是く在るべし”と育てられて来た。
物頃が付くか付かないかの時分に「冗談」で、『全国大会で初めてのトロフィーを獲ったら記念に
私設射撃練習施設を欲しい』と溢したら実際、貰ってしまった事がありには大事に扱われている事は理解していた…
一般家庭では、決して有り得ない事。
分かってはいる…自分が、恵まれている事が…幸せなのだと言う事は
でも、『本当に己の“欲っする”モノをあなたは持っていますか』と問われれば彼女は答える事が出来ない
彼女は、自身の求める何かを探し手に入れたかった。
その日は、欲しかった何かを見つかった日だったかも知れない…
2095年4月3日 東京近郊 七草本邸
高級住宅街から少し離れ、地価の単価から特級とも表現される高台…
中でも目を引く屋敷がある。
個人情報保護の名目上、表札は無く住人の関係者しか知らない“苗字”
下に住む住人達を睥睨するかの様に七草の屋敷は、存在していた。
屋敷は、広大で主人が子供達の誕生日・祝い事の類をする際に盛大な宴を催せるだけの庭園がある。
それを中心に手入れの見事に行き届いた庭を眺めれる館の一角に七草家が長女 真由美の居室はあった。
朝も早く、日が昇り始めて暫く経った頃、彼女は目覚める。
子煩悩で娘達には甘い所もあるが、躾について厳格な面もある父の影響か真由美は朝も早くに目の醒める方だった。
(今日は、今年の入学式…。今年は、どんな子達が入って来るのかしら)
眠気の若干の残る躰を起こし、生徒会長として運営をする入学式に想いを馳せる。
面白い事を好む傾向のある真由美は、先日から新入生の資料を教師から渡されて目を通した時から
気になる存在を“発見”し、偶然でもいいので会ったり出来れば仲良く慣れれば良いと考えていた。
好奇心旺盛な悪戯猫…そう表現できる考え方を真由美は持っている。
ベッドから起き、身体を解すべく大きく伸びをする。
身長の割に豊かな存在達が、揺れて女性的な魅力を主張する。
旧世紀の言葉で、トランジスタグラマーと表現されるであろう彼女は
他の女性達が、羨む美貌を備えていた。
自分でも男性の視線が気になる事は、良くあるし性的な視線を意識もしていた。
異性から好意を持たれるのは、純粋に嬉しい。
誇らしく思うし、密かな自慢でもある事
でも、男性全般にどうしても魅力を感じないのだ…
彼女は、悩んでいた。
幼馴染の少年…と言っても青年と言った方が良いかもしれない男性
恐く、自分に好意を寄せているだろう整った顔の後輩
他にも同級生・下級生を問わず、多くの男から好意を寄せられている事は理解していた…
でも、彼らと男女の関係や仲になる想像が出来ない
決して、嫌悪を抱いている訳では無いのに何故だろう…
彼女の心の隙間はこの時、既に存在していたのかも知れない
朝の一時が、過ぎ真由美の意識が完全に覚醒した。
寝着を脱ぎ、下着の上から内着を身に付ける。
上に学校の制服を通して支度を済ませた。
彼女が、朝の準備を済ませるのとほぼ済ませた頃
馴染み深い、遠慮がちなノックがされる。
どうやら、“お迎え”の様だ。
「真由美お嬢様、名倉でございます。
ご起床されて、見えますでしょうか。」
自分の“専属”に近い執事・侍従の名倉の声がする。
「名倉さん?あら、もう時間ね。
直ぐに参ります」
彼を部屋の前で、待たせるのも気の毒に思い
真由美は、返事をすると出口に向かう。
扉を開けて、早朝の空気を感じる。
朝の澄まされた空気は、新鮮で気持ちが良い…
普段と変わらぬ姿で、佇む男に真由美は安心を感じる。
「おはようございます、名倉さん」
「真由美お嬢様、本日もお綺麗でございます」
「ありがとう。」
常時の遣り取り
嘗ての西洋貴族と宮廷執事の挨拶にも似た光景
十氏族の雄…として称される七草の長女として彼女は、在った。
可愛い妹達に見送られて、名倉の運転する車に送られて最寄りの駅まで送迎される。
いつも、自分に懐いてくれるのでついつい構ってしまう。
今日も名倉が声を掛けて無かったら、ずっと“可愛がって”いたと思う
(あ~ん、もう可愛い。早く、屋敷に帰って抱きしめたいわ)
真剣な表情の内側で、真由美は愛する妹達との触れ合いを思い出していた。
高級車の運転をする名倉は、彼女の内心を窺い知る事は無い。
彼女は、猫被りの名手で家族でもこの事を知る者は少ない。
時間は、流れる。
名倉が運転する車に駅に送り届けられ国立魔法大学付属第一高校…一高までの登校の歩みを進める。
答辞の挨拶を脳裏に反芻しながら、徐々に学校との距離が縮まってゆく
彼女は、道すがら入学式の流れを脳裏で反芻した。
学校に着くと既に集まっていた生徒会の役員・式の運営に携わる各部署・委員の面々と軽く挨拶を交わす
式の打ち合わせは、滞り無く済んだ。
内々の打合の為、生徒達は各部の持ち場に散らばる。
真由美達、生徒会の役員も有志・協賛の生徒達との最終調整に入った。
他の役員に倣い、真由美も自分の周囲に集まる生徒に声を掛ける。
「さて,私達も式の準備を始めましょう」
「会長、少々発言してもよろしいですか」
「はい、何ですか」
彼女の挨拶に男子有志の生徒(顔は、良く知らないが…)が、発言の許可を求めた。
特に彼の発言を止める必要もないので続けさせる。
「会長の挨拶の練習は、様子を伺っていると特にこの場でお時間を割かれる必要も無いと思います。」
「そう?」
「はい。式が、始まってからは場を離れず壇上に居なければならないと思います。
時間の自由が効く、今の内に休憩を取らては如何でしょうか」
自分に“気”があるのか・ただの善意かは、分からないが彼を纏めると大凡
真由美に「休め」と言う事だった。
内心、真由美は喜ぶ…
(あらあら、まぁまぁ)
自分の意識しない内に“他人”が、自分の為に動く。
彼女は、内心で喜びに震える。
でも、表面上は“如何にも申し訳ない”と言った風態を崩さない。
それが、彼女の処世術だった。
自分の本音を言えず、肝心な所は人には見せない。
男子生徒(仮)に真由美は、確認する。
申し訳のない態度を表面に出してこう告げた。
「でも、いいの?あなたは、そう言ってくれるけど
他の人は、私が場を外したら困ったり問題にならない」
発言した生徒以外の周囲を見回して、真由美は話す。
既に場の空気を把握していながらも彼女は他者に配慮する姿勢を崩さない。
「大丈夫です、会長」
「全然、問題ないです」
「自分達に任せて下さい」
etc…etc…
その場に居た生徒は、ほぼ異口同音に真由美に休憩を奨める。
分かっていても安心・確実性がない限り彼女は、物事の指針を決定する事は避けていた。
自分のこの性質を窺い知る人間は、居ないだろうと真由美は思う。
何処か、“不安”なのだ…
何がと聞かれれば、答を窮するが
真由美は、周囲に見渡し行動を決めた。
表情を変えて、言葉を告げる。
「皆さん、ありがとうございます。
お言葉に甘えて、この場を離れます。
態々、お気遣いありがとう。
なるべく、早く戻りますね」
『どうぞ、ごゆっくり』
『お気になさらず』
極上とも言える微笑みを浮かべ、真由美は男達…若干女性とも混じっているが
に感謝を述べる。
生徒達は、口々に彼女に言葉を返す。
真由美は、返礼に貴人のする所作で、小さく頭を下げて場を後にした。
彼女が、場を後にすると生徒たちの表情は怠けきる。
骨抜きと言っても良い有様
彼ら生徒会の有志
正確には、“七草真由美”の有志達には先程の挨拶は劇薬に等しかった。
自らの信奉する女王様が、自分達に愛らしく微笑んでくれたのだ…
己の奉ずる存在にそんな事をして貰って完全に出来上がってしまったのは、言うまでも無い。
真由美は、有志の言葉で場を外し道すがら考えていた。
(休憩とは、言ってもどうしたものかしら…)
休むにしても中途半端な時間
真由美は、歩きながら生徒達の様子見…もとい観察を始めた。
新しい生活に思いを馳せる生徒・緊張から硬った表情で、会場に向かう生徒
既に話が合う者同士か集団で行動している生徒もある。
彼らと自分が、入学した頃を思い返し少女は感傷に浸った。
『これより入学式のリハーサルを始めます。関係者並びに来賓の…』
(あら、あーちゃんの声ね。もう、予定の時間が近いわね)
愛らしい容姿の後輩…中条あずさの声が、周囲の拡張器から流れる。
知らず知らずの内に時間が過ぎていた様だ。
真由美は、式の会場でもある体育館へと歩みを始める。
幾らか気分が、和らいだ…自分でも分かる。
真由美は、最後に迷ったり困っている生徒は居ないか確認をしながら進む
彼女は、出会った…運命と言う陳腐で在り来りな言葉では表現出来ない存在に
少年が、路樹の木陰が出来たベンチに腰掛けて小型端末を使用していた。
真剣な面持ちから熱心に端末の画面に目を通している様子
(あら?新入生かしら、在校生では無いわよね)
男の子、そう表現するには大人びた面持ち・雰囲気を放つ人物が真剣な表情を浮かべている。
一度、会っていれば説明はできないが決して忘れられない存在感があった。
(どうしたものかしら、声掛けた方が言いわよね?)
いつも、男性から声を掛けられる事の多い少女は迷う
式の時間も差し迫っている…どうしたものか
結局、自分が声を掛けない事で式に遅刻したりしては少年が可哀想と思い決断した。
「あの少し、良いですか?
新入生ですよね?もう、入学式の開場時間ですよ」
真由美は、声を掛けた少年が新入生だった事・反応してくれた事に安堵した。
少年は、彼女の声に反応したのかベンチから立ち上がる。
下から見上げる様に自分の姿を確認している点には、少々面喰らったも平静を装う。
何処か、可笑しな所があったか等と思ったことは内緒。
「ご親切にありがとうございます。すぐ、会場へ向かいます」
自分の言葉に素直に反応して、お礼を述べてくれた。
礼儀正しい子なのかも知れないと少女は感じる。
続けて、少年の情報端末に興味を惹かれて言葉を発した。
「あら、感心ですね。スクリーン型の端末を使用しているのですか」
少年の顔が、上がり彼女の顔を捉えた。
目があった少女は、純粋な感嘆と優しげな微笑みを返す。
彼女からの視線の故か、少年は顔を強ばらせる。
「スクリーン型の方が、仮想型よりも読書向きでしたので」
少女の疑問に彼は、短く簡素に答える。
真由美は、その姿勢に感心を深めた。
(この子は、他の男の子達と違うのね)
少女は、感心を一層強める。
異性の大半は、自分との会話を優先する余り往々に意味の無い会話をし彼女は詰まらなく感じていた。
彼らと違う少年に興味が沸く。
「読書ですか?動画を好む人が多い中、私も書籍を好むので同好の士が見つかって嬉しいわ」
彼女は、謙虚で遠慮がちなこの下級生に好感を感じた。
今朝の願い…と言ってしまったら大袈裟かも知れない
は、叶った。
ふと、自分が始めて会い話した人間に名前すら説明していなかった事を思い出す。
「あら、申し遅れてごめんなさい。私は、七草真由美
第一高校の生徒会長を務めさせて頂いています。
ななくさ、と書いて“さえぐさ”と読むの
今日から一高の生徒同士、今後ともよろしくね」
言葉を纏め、最後に妹の片方がする“お茶目”な仕草を真似て自分の説明をした。
少女が、話終えると少年は若干の間を置いた後
自身の自己紹介をする。
「俺…いや、自分は、司波達也です」
愛想良く少年は、彼女に告げた。
(この子が、司波達也君…)
新生活の初日から真由美は、予想外の人物と知り合えた事を喜んだ。
了