影法師   作:b blanche

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主従

葉山が、自分に降りかかる“災厄”から逃れた頃

彼の同僚 御堂と真夜の“贈り物”を決める相談が、始まった。

 

「御堂さん、何が良いと思う?」

「私ですか?難しい質問です。奥様、以前は何を送られましたでしょうか?教えて、頂ければ恐縮です」

 

思案顔で御堂は、真夜に問いかける。

 

「深雪さんには そうね 前あげた物と組合せが出来る物が良いわよね?」

 

女は、主人である自分の心を推し測り意見を具申した男を見やり問う

御堂は、真夜からの質問に答える

 

「はい。以前、贈られた物と組合せのできる様なお品がよろしいかと。送り主であらせられる奥様のご意見を尊重すべきと私めは思案する次第です。

よろしければ、以前送ったお品を参考までに伺いたく存じます」

 

男は、自分の主人からの問いに答える

 

あくまで、己の意見を述べながらも敬愛して止まない目の前の美女が求める方向に答えを誘導する事も忘れない

御堂から意見を聞き、暫し真夜は思案顔を浮かべる

 

多くの男を虜にして止まない魅力的な肉感溢れる胸に肘を当て端正な顔に手を添えて思案に耽る姿は、宛ら絵画の様だった。

男の言葉を受けて暫く思考の海に身を委ねていた真夜が、満足げな微笑みを浮かべ答えた。

 

 

(やはり、お美しい 真夜様にお喜び頂けるのであれば、この身すら……俺は……

この方に生かされているようなものだな)

 

男の胸中には、過ぎし日の光景が浮かぶ……目の前に

女の相対する者を虜にする魔性とも言える姿を御堂は澄みきった瞳に鑑の様に映し、自分が改めて主人を‟愛して”いる事を実感した。

 

主人に初めて拝謁した頃に思いを馳せる。

 

大戦も終りに差し掛かった‟あの日”から男は、生きながら死んでいる状態のままに200年近く過ごして来た。

 

常人にとり生地獄と表現するも生温い苦痛と欠陥を抱えたまま……普通の人間には精神すら病み自我を喪いかねない状況……長い時間を絶望と喪失感に苛まれ生かされている。

 

拷責とも言える絶望的な生…

真夜とは、四葉の先々代頭主である四葉元造に女が幼い頃に引き合わされて以来、御堂は変わらず仕えている。

 

未だ心理の内面から消えず下手をすれば、夜毎・日中問わず苛み続ける痕。

傷みを伴った生を過ごし、消えない苦しみを負った日から真夜と深夜に仕えるまで男は本当の意味では、誰にも恭順の意を示さなかった。

 

しかし、幼い真夜と深夜に対しては違った。

自ら自我も芽生え・言葉を漸く紡ぐ事が出来る様になった幼女に四葉の頭主すら意のままに出来ない"怪物"が頭を垂れ臣従・臣下の意を表し従属の言葉を自ら述べたのだから

 

 

その場に居た当事者以外のほぼ全員が驚愕したのは、言うまでも無い。

 

姉妹が、袂を別った時迄、御堂は二人に仕えていた。

 

真夜が権力を握り今の座に在るのも御堂とその一派が、舞台裏で暗躍・策謀……

口にする事が憚られる様な所業を成して達成した成果であるのは疑うべくも無かった。

 

主人の多くの人間を魅了して已まない宝石の様な瞳と視線が合い、自らの相貌に赤みが挿したかと思い

恥ずかしさの余りか男は、彼女から視線を下げてしまった。

 

大の大人……外見とは裏腹に自分よりも否、

この世界に存在する全ての人間が及ぶべくも無い多くの経験・研鑽を積んだ男に似合わぬ思春期に少年が意中の相手にする様な仕草

 

真夜は、些か驚くも改めて目の前に控える美貌の持ち主を好意的に捉えた。

 

(もう……仕方の無い困った人

大概の人間には、"普通"に振る舞えるのに……

私やみゆちゃんの前では、丸で子供みたいになって

でも、"可愛い人" 初めて見た時から変わらない。

今も私を愛し続けてくれるのね)

 

男の年齢に似合わぬ初心な姿勢を真夜が、微笑ましく見ていた。

 

 

 

2053年 11月

 

四葉家本家 大広間

 

四葉深夜・真夜の七五三の祝いが、一族を集め行われていた。

 

次期頭首である元造の娘である二人の為、多くの四葉に関わる人間が顔を会せている。

分家の人間も例外なく、緊急の用件で無い限りはこの場に呼ばれていた。

 

群臣の話題は、誕生した時から絶大とも言える魔力を秘めている双子についてである。

 

「深夜様と真夜様のお姿を見たか?」

「あぁ、遠目からでもわかる凄まじい想子保有量よのう」

「ホンに。次も元造の娘かの。残念じゃわい、家の人間にもせめて半分の才能があればの……」

 

一族の宿老とも言える老人の言葉に野心を捨てきれない家中の者も認めざるを得ない能力を秘めし双子…二姫の才能の片鱗

産まれながら他を寄せ付けぬ‟力”を示した次の頭首候補筆頭の娘に耳目が集まるのは当然の成り行きだった。

 

「おぉ、黒羽の。壮健そうじゃの」

「老公、お懐かしゅうございます。祝いの席に間に合い安堵しております」

「黒羽は、多忙な家ゆえ。よく、参られたのう」

「本家の祭事であれば、無理をしてでも罷り越しますれば」

「見上げた姿勢よの」

 

四葉に所縁のある者同士の顔見世の場でもある大広間には、普段は姿を見せぬ四葉の重臣も多く集っていた。

老公と呼ばれた翁に平身で、相対する男もその一人であった。

老若男女を問わず、口々に己の近況を身内に話す。

家中での最低限の情報を交換し、外部への対抗策を常に模索する……

家の傾向として四葉は、身内と余所で頸木の明確な家風が顕著でこの場における各々のやり取りが、特にその傾向を際立たせていた。

 

 

もう一つ、場に居る人間が触れはしないが大いに関心を寄せている事柄が存在した……

 

「所でな。彼の者は、来ると思うか?」

「オイ、滅多な事を言うものでは無いぞ……」

「どうしてだ?お前さんも気には、なるのだろう?」

「だが、何処に眼や耳が潜んで居るか解らんぞ」

「怖気付いたのか?幾らなんでも、解らんさ。それに何を恐れる事がある、所詮は一魔法師」

「それでもだ。貴殿は、知らんのだ。権勢と危険性を」

(フン、腰抜けが)

 

話相手である大の大人の心底怯えた様な様子に会話をしていた片方が、心中で侮蔑の言葉を吐く。

恐怖や畏怖は体感した本人しか理解・認識が及ばない。

二人の男の話題にした人物については、別の口からも似た事が話題に上る……

 

「代執殿は、どうされると思います。実翳の奥様?」

「どうなのでしょう?あぁ、でも御目にかかりたいですわぁ」

「でも、お嫌いですしね。この様な衆目の集まる場所は……」

「えぇ、今回も恐らくはお見えに成られないでしょうね。残念」

 

妙齢の女が、口々にこの場に参内していない人間の事を語っていた。

男達の会話とは違い、呼び方が‟代執”と任じられた役職と尊崇・思慕すら感じさせる口調で呼ばれる人物……

その挙動に周囲の意識が、集まり深夜と真夜の事以外で、場の一番の関心事と言えた。

 

通常、四葉の家中では祭事・祝儀にあって‟可能な限り”参加する事が義務の様に考えられている……

そもそも、一定の地位・上位職責に属さない人間は場に呼ばれず

‟呼ばれる事”が一種の己が“格”を示す行為に繋がっていた。

しかし、物事には必ず例外が存在する……

 

それが、代理執政=代執は頭首の要請に自身の思考・意思を示す事が出来、拒否権を使用できると言う事だった。

権威者に対しての拒絶・明確な自己の意志表示

魔法師と呼ばれる才能を最重要視する中にあって権威での上位者に物を言う事が、どう言った意味を成すのか理解できない者は少なかった。

 

特に四葉‟独自”の役職であるソレには一人の男が、長きに渡り座に就いていた……

男の容姿は、己の華美な容姿で人目に付く事を本人が嫌がり表に出る事を避けていえる事あり口伝で周囲に伝わった。

 

人間は、好奇心の元来強い生物……自然、滅多に人前に姿を出さぬ代執に興味が集まった。

既に数十年もの間、四葉の要職に在り続け、絶大な発言権を有する存在……

加えて一度、眼にすれば‟記憶”に焼き付けられる様な凄絶なすら纏う美しさ・四葉の資産及び保有資材に掛る費用の大半を賄う資金源を持つ

 

この側面も他者の興味を惹くには十分だった。

 

魔法師として四葉の惣領すら脇に置けない実力の為、得体の知れなさから来る畏怖も相俟って一族での特殊な立ち位置にあり

“下界”での闘争……第三次世界大戦に在っては、戦場を闊歩し信じがたい程の戦果を築き挙げていると言う噂と混ざり‟怪物・人外”の扱いを受けていた。

 

お伽話の存在の様な人間が、今日この場に現れるかは十分に周囲の人間の関心を掻き立てるには十分だった。

怖い物見たさとあわよくば自身を売り込む・接点を持ち何らかの利益や権益を手に入れたいと望む者も欲望・野心、好奇……様々な感情が入り交じる。

 

会場の空気とは、別に時間は流れる。

広間の奥襖が開き、女中に手を引かれ二人の幼子が会場に現れた。

 

四葉深夜・真夜の姉妹である。

女中と言っても頭首や重要な“客”に近侍する事も多く普通では華やかな場に似合う容姿の優れた美女に寄り添われ宴に加わった。

 

後ろからは、二人の父親であり次期四葉家頭首の元造もややあって正装で後ろに続く。

主賓が、登場しいよいよ宴が始まる。

 

 

子供にとり、退屈にして不満がたまり兼ねない状況の中で式は進む。

主賓と言っても‟四葉”全体の交流・情報交換などの結束を固めるのが今日の目的であるのは言うまで無い事である。

 

一族の上位に名を連ねる者・最近、目覚ましい働きや成果・貢献をした者らが、名前を読み上げられ“姫”に謁する。

時代錯誤感は、否めないが今日の行事も目的としてはそれが主になっていた。

一種、かつての封建社会の様に魔法師の社会は、上下の関係が非常にはっきりしている。

 

程度の違いは多少あれ、多くの十氏族及び“数字付き”には似たような傾向が見られた。

儀式的儀礼的な行事によって関係を構築・維持して行く……

今日の事も同じで、明日からも同じだ

多くの人間は、そう物事を捉えていたが呆気なく当たり前は崩れ去ることになる。

 

(退屈で仕方がない)

 

幼い年端もいかない子供に退屈な形式ばった大人の挨拶を聞かせ続けるのは、不満が溜まるのも道理

表情に感情を表しても仕方がなくて当然な物

しかし、それを簡単に理解し無聊を慰める事は容易ではない。

 

場の主賓である二人の少女にも言える事だった。

父に傍に寄り添われているとは言え、余り知らない大人

それも大人数と顔を合せて疲労がたまり疲労感と癇癪から来る幼子特有のむずがりも無理のない状況

 

 

場は、動いた……

 

 

来客の内、序列上位の者達の名が呼ばれる。

 

「黒羽……殿、御前へどうぞ」

 

四葉の分家の一つ、黒羽の名が呼ばれ現頭首が深夜・真夜の前に膝を折り頭を垂れる。

数少ない、顔見知りの大人に会い幼い顔が安心にほころぶ

 

「深夜さま・真夜さま、本日はおめでとうございます。

今後とも、黒羽の一族はお二人の御為に力を全てを捧げる所存にあります。

四葉の一門を導き、お力を御示し頂きたく存じますれば、

これを私めの挨拶といたします」

 

男は、挨拶の最後に自身の家門が二人に忠誠を誓う事を口上にし言葉を結んぶ

普段とは、異なり硬い表現を言葉にするが表情はいつもの“優しさ”の滲んだものだった。

黒羽の挨拶が、終わり恭しく頭を垂れ群臣の中に戻る。

 

 

次の来客の名を読み上げる侍中の整った貌が、驚愕・疑念を併せた様な複雑な表情を見せる。

女の様子が不審な事に訝しんで、彼女の上役が後ろから覗き込む。

 

(これは、本当に読み上げてよいのか)

 

新たな客の名を確認した上役も内心驚きを隠せない。

常であれば、名簿に名がない筈の人間の存在が……

唯の記号・文字の羅列としては、異様な程に存在感を放っていた。

 

 

賓客が間に新たな人間の名の呼ばれない事を疑問に思い始める。

ざわざわと口々に疑問・猜疑を滲ませて、騒めく

 

(祭事を滞らせる訳には、行かない)

 

名前を見た二人……侍中と上役は、示し合せる。

意を消して、女は名前を読み上げた。

 

 

「続きまして、四葉家……代理執政……財理主輔………御堂…玲司殿」

 

女の口からその名が、告げられる。

先程とは、別の空気が周囲を包み状況が一変した。

 

『まさか、居るのかこの場に』

『代執が、今日は来られるのか?何年振りに人前に御姿をお見せされるものか』

『聞かれました、桑矧の奥様?代執さまが、御姿を見せられる様ですわ』

『まぁ。遠目から御姿を拝見した事は、ありましたが近くで謁する事が出来るとは嬉しい限りですわね』

 

客達の口から一人の男……御堂に関しての話題が上る。

 

 

しかし、その名が読み上げられてから一向に何の反応も無い

またも会場が、ざわつき始める。

 

度々、進行が遅れる事は祭事関連を指揮・運営する人間にとっては不名誉な事この上ない。

幾ら権威を持つ者とは言え実際、この場に居ない人物の為に大勢を占める四葉の人間がこの場で無為に時間を過ごすの看過出来ない

 

(おい、代執とは言えこれ以上の時間を割く事は出来んぞ。次の方の名を読み上げなさい)

 

 

上役の執事は、女の耳元で囁く様に告げて名簿の次席である者の名を呼ばせ様と試みる

侍中もその言葉に頷き、名簿に目を通し次に記された名を確認した。

 

「大変、恐縮ですが不手際がございました。貴重な御時間を頂いてしまい申し訳ございません。

慶事の御言葉です。続きまして、……」

 

女の高価な楽器が、奏でる様な美しい声で重臣の名を呼ぼうとした。

だが、再びその動作は止まる事になる。

 

参集している客達も含めた広間・女の周囲にある人間も動きが、出来ない。

 

 

莫大で重圧さを伴う想子の波が、押し寄せる。

場に集う多くの人間は、一部の例外を残しその“力”の奔流に飲み込まれて行く。

 

呼吸も困難になる程、濃密な想子により意識を保っているのも上手く行かない……

並の魔法師が、放てる代物では無い。

 

(一体、何だ。これは、どう言う事……だ…)

 

一部を除いた人間が、皆一様にして似た様な事を考える。

しかし、それを口には出来ない。

 

己の躰に力が、入らない

唇は愚か、指先すら僅かに動かす事すら出来ない圧倒的な重圧の中で

 

通常、生きて居る人間が体験し得ない肉体の不自由・他者からの目に見えない‟力”での干渉

 

体感する温度すら冷え切り、凍てつき躰の芯から襲って来た様な寒さ

同時に伝染するは、恐怖・畏怖・懺悔そして絶望……

自身が有する常識を一瞬で、破壊されて往く思考が全く追いつかない信じ難い現実

それだけは、部屋に居る者全てが感覚として共有出来た。

 

 

全ての事象が、たった一人の存在の“力”によって引き起こされた事がすぐに判る。

大広間へと続く廊下から強大な“存在”の気配が近づいて来ている事だけは、部屋の中で身動きが取れない人間達にも理解出来た。

 

 

徐々に濃くなる想子の波、“力”による更なる干渉が強まり意識を保つ事すら困難になる者も現れ始める……

ややあり、広間の扉がゆっくりと音も無く開く。

 

重く大の大人であっても一人で、開くのも困難な扉が開く

一人の男が後ろに佇んでいた。

 

(代執。代執が来た……)

 

参列する者の多くが、似た感想を抱く

会場に居る所見の者・顔を見知る者……

を問わず、視線が一点に集中する。

 

 

音も無く部屋の中を双子が座する上座に歩みを向ける男

部屋の居並ぶ者に目に見えない“重圧”を与えている正体と思えぬ、妖しくも華美流麗と言える美しさを放つ

四葉でも指折りの位階……代執に座する存在。

 

場を支配する濃密な想子で身動ぎすら碌に取れない中、居並ぶ人間は自然その姿に興味を惹かれ目を奪われる。

異性・同性を問わず、見惚れる程に整った……否、整い過ぎているとも言える容姿

 

 

男は、他の人間を存在せぬかの様に静々と自身の意志で会場を前へ歩みを進む。

暫くして、最前にて坐する次期頭首 四葉元造と宴に主役である深夜・真夜の前まで辿り着いた。

 

流石と言うべき彼らは、男の想子波から影響を受けている筈にも関わらず平然とそこに佇む。

元造は、御堂を一瞥する。

 

「代執、参内。

誠、大儀である。

娘たちに貴殿の言葉を」

 

短く、己の前に形式的には平伏している男にそう告げる。

頭を下げつつも本質的には、御堂が自分に完全に服する事は

無いのものと内心も元造は理解していた。

 

 

茶を僅かに含んだ独特の髪を無造作に伸ばし首の後ろで緩く束ね

蟀谷から肩口まで垂れた毛が、鳥類の尾に似た印象を与えた。

 

性別が不明瞭とも言える男は、伏していた相貌を上げる。

 

切れ長の瞼から除く鳶色の瞳は、涼やかを通り過ぎて冷徹な色を宿す。

見つめられれば、躰の竦む様な眼差しを向け

上座に在る者達に言葉を紡いだ。

 

「お嬢様方、お初に御尊顔を拝します。

執政代理・財務主事を担当しておりまする御堂玲司と申します。

以後、お二方の御為

非才な身なれば、お役に立てて頂きたく存じます」

 

儀礼的な言葉を幼子に向け、その反応を伺う

沈黙が、幾ばかりか流れ場が動く

 

 

先に双子の妹である真夜の方が、言葉を発した。

 

「ねぇ、あなたはおんなのひと?おとこのひと?どっち?」

 

相手が、どう言った反応・言葉を自分に向けられるかを観察していた御堂は面食った。

驚きのまま、表情を固める男に幼き主は舌足らずながら続けて問う。

 

「ねっ?おしえて、みどーさん。それともれーじさん?ってよんだほうが、いい?

おねがい、まやにおしえて」

 

恐れを知らないからこそ出来る疑問を述べた。

自分の発する想子波の影響を受け流しているかの様な目の前に歩み出てきた幼女に御堂は、思考が停止する。

目の前の容姿に秀でた大人に対し真夜は、言葉を続けた。

 

「ほんとうにきれい……。てれびのやくしゃさんよりも

これからまやたちとあそんでくれるの?」

 

子供特有の純粋な好意を向けられ小さな“主”が自分に擦り寄るか醜い感情を露わにすると言う予想は、裏切られる。

御堂は、意識を真夜に戻すと最初の質問から答え始めた。

 

「ハッ。

この様な姿をしておりまするが、男にございます。

姿をお褒め頂き、歓喜に絶えない思いです」

 

質問に答えると相対する者を虜にする微笑を端整な顔に出し真夜に答えた。

 

「ねねっ、れーじさん。みやともあそんでくれる?」

 

男の言葉を待っていたかの様にもう一人の”主”からも声が掛る。

ゆっくりと慶事用の着物を纏った四葉深夜が、上段から妹と自分たちの新しい“おともだち”の元に歩み寄る。

 

「深夜様、これは失礼を致しました。御望みとあらば、仰せのまま」

 

言葉を紡ぐ前に一切の表情を一旦、顔から消すも深夜の放つ空気から真夜と同様の対応をする。

もう一方の幼子も好奇心や自分に対する好意は感じられるものの悪感情は、無い為

臣下として礼を再び取った。

 

真夜は、座を立つと御堂の元へ駆ける。

 

「れーじさんっ。だいすきっ」

 

子供の混じりけのない好意で、真夜は男に抱きつく。

始めから男の容姿に興味のあった彼女からすれば、普通の行為だが

広間の群臣は、息を呑む。

 

「ふふっ、いいにおい」

 

膝を曲げ真夜達の前に侍する男に抱き着き

胸元に鼻を擦り付けその匂い嗅ぎ嬉しそうに微笑んだ。

 

群臣達の知る代執……御堂が他者に対し接触行為を許容するとは、思えない。

人嫌いで、自分の直属である幾分かの配下のみしか側に寄せ付けず

己が領分を冒すのであれば、高位の職責に従事する者であっても一分の躊躇も無く『処断』する

それが、喩え頭首に連なる人間であっても疑問すら抱かず

華美・絢爛と讃えられた容姿・真逆の獣染みた凶暴性や男の持つ絶大とも言える権力が、合わさり多くの者に畏怖を与えていた。

 

下座に控える者共は、男が幼女に苛烈な拒否反応をすると考える。

 

凄惨で、目を覆うような光景になる……多くの考えが一致する中

予想とは違う結果が、展開された。

 

男の声が、漏れる。

他者の想像を裏切る形で

 

「うっうっ……うぁぁぁぁ」

 

幼女に抱かれる様な形で、男は泣き腫らす。

まるで、母親に泣き付く子の様に

 

その様子に真夜は、若干驚くもそのまま確りと男に抱き着いた。

深夜も妹を真似して御堂に抱き着く。

 

(寂しかった。苦しかった。俺は…僕は…ずっと一人だ。全て失った)

 

男が、只管簸た隠しにして来た哀れな心に二人の他意を含まない純粋な好意から来る行動は、感情の堰を壊すのに十分

周囲の目も気にせず泣き腫らす男に皆、困惑を隠せない。

 

目に見える結果から言えば、二姫が代執を泣かせたと言う事

形は、どうあれ男が主に屈服した

参集した群臣の目に驚愕の色が浮かぶ。

 

漸く時が、経ち感情の波も落ち着いたのか御堂は、泣き止む。

姿勢を但し、‟主人”に対し深く頭をたれる。

深夜・真夜も答えて言葉を男の言葉を待つ

 

「御見苦しい姿を見せ申し訳ございません。

以後、この身は御命のために」

 

短く告げると僅かばかり後ろに下がり深く頭を下げる。

御堂の‟忠誠”の言葉は、多くの人間に更なる衝撃を与えた。

絶対的な権力を持ち頭首にすら膝を折らなかった男が、一時的であれ人の下に付くのだから

 

‟約束”を交わした当人達にとっては、周囲の人間の驚き等は些細な事

特に男にとっては、‟生きる”目的を見つけた事に方が大きな意味を持っていた。

 

 

 

 

 

時は、流れる

 

 

 

 

 

己の主人が、自分の感情の機微を観察し感慨に耽っている中 男は心中で悶えていた。

 

(うぅ……微笑んで居られる真夜様と目が合う。直視出来ん)

 

 

常日頃の男を知る同僚・部下が見たら驚愕に腰を抜かしかねない内容を内心で吐露する

彼の主人に対して異常とも言える忠誠心は、どれ程の年月を経ても出会った頃から色褪せない。

 

何時までも無為に場に居る訳にも行かず男は、身を但し主に答える。

 

 

「奥様、仰られた通りが宜しいかと存じます。

私めの差し出がましい意見でも僅かながらお役に立てた様でしたら幸いです。

早速、手配とお贈りする手筈を取り掛かりたいと存じますれば…

些か性急ではありますが、御裁可を頂きたく存じます」

 

少し前とは、うって変わり自分の主観を挟まずに主人の命を遂行すべく男は手続について主に許可を求めた

 

男の切り替えの素早さに真夜は頷く、

簡易決済の書類を自身の執務机から出すと流れる動作で達筆な署名を紙に記し直立不動のまま傍らに控える執事に手渡した

 

「御堂さん、こちらで良いかしら?不備が、あったら教えて頂ける?」

 

不備があったとしても問題無く解決した後、主人を煩わせぬ様に時期を見て報告する優秀な使用人を見やり指示を告げた

 

 

真夜に御堂は、頷首の後に礼をし答える

 

「はっ、仰せのままに。

奥様、御指示を確かに承りました。後程、準備が整い次第お伺いに上がります。

暫し、御時間を頂きたく失礼致します」

 

仰々しく主人に告げ、執事はした書類を受け取り執務室を後にしようとする。

男が、部屋を後にする手前で部屋の主から声が掛った。

 

「御堂さん、御堂さん。待って下さいな?」

 

小首を傾げ、身長差のある男の顔を下から覗き込み

可愛いらしいと言う言葉が似合う仕草で、真夜は男の名を猫撫で声で告げた。

 

勿論、男は真夜の言葉に足を止めて振り返る

 

(また、真夜様が俺に……

可愛いらしい表情を……くっ、し仕事が手につかん)

 

真夜の表情の変化に当てられ御堂は内心、嵐の中に翻弄される小舟の様になる。

いっその事、男女の関係であったならここまで彼の内心に動揺は走らない

しかし、二人の特殊な間柄ではそうは行かない。

自身が唯一、隷属すらしている美女の誘惑する表情・仕草に心が乱れた麻の如く嘲弄された。

 

 

持てる全ての精神力を真夜への対応に充て、御堂は平静を装い答える。

 

「な、何か、ございしたか?お、奥様、何なりと御用命下さい」

 

冷静な様子を演じて見るも真夜の媚態が影響しているのか平時の男にあり得ぬ

吃った受け答えになる。

 

クスリと男の滅多に見せない"可愛い"姿に部屋の主は、可笑しくなり悪戯っ子の様な顔を覗かす。

 

男に追加で、先ほど依頼していなかった件を告げた。

 

 

 

 

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