呼び鈴を鳴らした…
達也は、一連の動きから“来客”に明確な敵意は無いものと推測した。
しかし、深雪の兄でありガーディアンでもある“少年”は気を抜かない。
彼の感覚が来客の反応をハッキリと認識出来ない事で、警戒を緩めるべきで無いと告げているからだ。
不意の来訪からして、既に普通の事でない…
(何者だ…悪意や敵意などの悪感情すら感じない。俺の認識を阻害、し正体を眩ませている原因は何だ…)
奇妙な感覚に囚われるものの、“本当”に来客だった場合も考え対応する事を決めた。
ただ、警戒を残したままで自分のCAD=トライデントを手に取る。
少年は、軍籍として“特尉”の肩書きを持つ
“軍務”で感じる危機感に似た感覚を感じ、精神を集中させ目の前に佇む“見えない来客”に備えた。
(ここまで、来ても魔法式で探査出来ない…)
魔法式を起動させて気配を探った達也は、玄関に向い未だ仔細の掴めぬ“来客”へ対応する。
相手が誰であれ、これ以上の間を置き対応する事は無理だろう…
CADを待機状態で背に隠して置く。
思考の歩みを一旦、停止して扉を開ける。
「どちら様でしょうか?」
(反応があるとは、思えないが…)
達也は、礼儀として“定形”の挨拶を口にし対応した。
目の前に現れた相手は、夕日の所為かハッキリとしない。
「こちら、司波様の御宅で宜しかったでしょうか」
逆光が薄れ、“来客”の正体が明らかになる。
目の前に顕わになったのは、“美女”と見紛う様な男だった…
「み、御堂さん…」
(この男が、何故…)
玄関の向こうには、叔母の側近・懐刀である男が自分の目の前に存在していた。
表情は微笑みを浮べているが、本質を探る事は出来ない。
自分の理解出来ない事に対し、人間は恐怖や不安など負の感情を持つ様になっている。
だが、達也はかつて“実験”で感情の殆どを喪失している為、正確に認識する事が出来ない。
負の感情が全面に出ず“逆に”冷静に判断出来る事が、結果的に彼にとっては有利に働く
達也は、不可解な“来客”の真意を把握する事に方針を変えた。
「達也殿、お出迎え痛み入ります。この度は、ご入学おめでとうございます」
男は、主人の甥である自分に挨拶と祝いの言葉を発した。
同様に礼儀に沿って頭を垂れる。
動きに無駄を感じさせない見事な動作。
「ありがとうございます。態々、ご足労を頂いてすみません」
達也も相手に合わせて言葉を紡ぐ。
この時点で、悪意や敵意への懸念は僅かに払拭された。
しかし、叔母の側近に気を許す事はしない。
(今回は、何の様だ…。特に俺たちが、四葉に対し勝手な行動をした覚えは無い筈…)
達也は、叔母から譴責の任を側近の男が受け派遣されたと考える。
男が、叔母の命を忠実に遂行し任務の目的や対象に自らの感情・機微などを相手に悟れせない達人と彼は認識していた。
例え追求・捕縛の役を与えられても対象に自分の本意を悟らせず主人の前に引き立てる事すら何の造作も無く行えるだろう
だが、叔母の意向に沿う形で行動をしている自分と深雪が現段階で何らかの追求を受ける事はないと判断した。
(一体、この男の目的は何だ)
最悪の可能性を排除したが、疑問が残る。
叔母の傍を御堂が離れ、今この場に存在するのが自分にとっては“異常”だった。
達也は、男の表情から情報を得る事も検討するが先程から変化を感じ無いので、“無駄”な行為を辞めた。
直接、本人に尋ねるべきか…
無駄な時間を消費するのも躊躇われ直接、質問を投げかけた。
「今日は、どの様な用事だったのでしょうか?四葉の本家から何も内示を受けていない筈ですが…」
(下手に遠回しに問わず、直接踏み込む)
達也は、相手の流れに乗らない為に自分から直接、問いかけた。
男の微笑みは、消えない。
男の消えない微笑みが、達也の警戒を緩めるのを邪魔する。
御堂の口元が緩み、言葉を発した。
「改めまして、本日はこの様な時分にお邪魔をしてしまい申し訳ございません」
御堂の口から“形式的”な謝罪が、出てくる。
微笑みが消えて、己の不手際を謝罪を全面に出して頭を垂れた。
見る者に反論を許さない、“完璧”と言える謝罪の為に計算された姿勢。
普通の人間であれば、追求の手を緩め責めることの出来ない表情を浮かべていた。
「では、本日の要件を伺っても」
達也は、男の表情に“感情”を動かされない。
感情の殆どを実験で失った彼は、他者への行為を継続させる事に余り抵抗が無いからだ。
彼は、御堂へ踏み込んで要件を問う。
整った口元が、ゆっくりと動いた。
「はい…本日は、奥様より祝いのお品をお届けに参上しました」
御堂は、一瞬で謝罪の色をその美貌から消す。
言葉の後に頭を僅かに下げ、主人の甥に対し敬意の態度を示した。
男の顔の変化に驚いたが、告げられた用向きの方が更に達也へ強い驚きを齎す。
驚きは、達也に最初とは違う疑問を発生させる。
(叔母上から“祝いの品”…)
達也の中で、叔母である真夜から贈られた過去の品々を思い出した。
叔母の悪戯心が、この件の契機になった事を悟る。
最初から抱いていた心配は杞憂であり、取り越し苦労の所為か疲労感が津波の様に彼を襲う。
「で、その祝いのお品とやらは何処に…」
達也は頭を押さえたくなる手を堪え、男の手元に何も無いので確認する。
手ぶらで来たのかと思うが、
直ぐに男が主人の命を違える訳も無く、考えを振り払う。
“祝いの品”とやらは、何処だ…と達也は疑問を感じた。
彼の疑問は、直後に御堂の行動で解消された。
(手元が光っている…?何だ)
一瞬、強い光が瞬いたと思うと御堂の手元に大小の箱が幾つか現れた。
空間制御系魔法…四葉の家は、特殊技能を持つ魔法師を生み出す事が有名だが御堂の操る魔法式は中でも特殊な部類に入る。
系統外魔法の精神構造干渉と違った意味で、四葉の中でも使える人間と詳細を秘匿されている能力。
御堂が使用可能な人間とは聞き及んでいたが、達也も実際に目にするのは初めてだった。
叔母のガーディアン替りも勤めていると言う噂も聞いていたが、規格外の能力を目の当たりにすると四葉が他の十氏族とは違い異質なのを実感する。
「達也殿、如何されました…?」
気付かぬ内、男は達也のすぐ近くまで迫っていた。
達也は、御堂の“男に見えない美貌”から目を逸らす。
男ではある筈だが、未だにその容姿に対して構えてしまう。
感情を殆ど失った達也は、他人程の感情のぶれを見せない。
初日から自分に接触して来た生徒会長とも違う対応の為難さを感じた。
達也は、これ以上の主導権を相手に握らせない為にも動揺を振り切る。
「いえ、御堂さんの魔法式を初めて見て驚いていただけです。」
「おや、お目に掛けるのはお初でしたか…」
御堂は、少年の回答に驚いた様に対応する。
その発言も本心からか疑わしい限りだが…
再び、使いの男が持参した品の説明を行う。
「こちらは、達也殿に奥様からです」
「これは、何ですか」
「奥様から『中は、お一人の時に確認して欲しい』と承っておりますので…」
御堂は、簡素に告げると小さめの箱を達也に手渡す。
達也は使いの発言を訝しむものの
結局、叔母からの品を御堂に返す訳にもいかず箱を受け取った。
丁度、奥から誰かの近寄る気配があった。
了