背後に近づく気配…その正体は、
深雪だった。
達也は、深雪が来るとは思っていなかった。
調理の途中で、抜けて来るとは思わず彼は内心で若干驚いた。
彼女が、出てきたのはこの男の存在に気付いてなのか、別の理由…買い物か何れかだろう
と達也は考えた。
「御堂さん」
深雪の鈴を転がした様な美しい声がする。
答えて、男…御堂も深雪に挨拶を返す。
確か、以前、深雪が御堂から何らかの教えを受けていたと聞いていたがその関係だろう。
達也は、深雪の御堂に対する姿勢から彼女の態度を推測した。
「ご無沙汰しております、深雪お嬢様。この度は、ご入学おめでとうございます」
御堂の面が上がり、深雪に対し“柔和”な笑顔を向けた。
余りに整い過ぎ、不気味さを感じる表情。
感情の多くを失ってしまった達也には、多くの経験・相手への影響を経て計算され尽くした結果の産物と理解できる。
しかし、彼以外他の人間を虜にしてしまう様な凶悪な武器。
実際、達也も相手の本質の理解をしていなければ向こうの手に乗せられて居たかもしれない。
達也が、内心で御堂に危機感・警戒感を強める内にも状況は動く。
「御堂さん…。本日は、どうしてこちらに。いつも、叔母様の御側近くで控えて見えるのに…」
「ハッ、深雪お嬢様。本日は、奥様の命によりこちらにお祝いの品を届けに上がりました次第でございます」
御堂に対して深雪は、疑問を言葉にした。
曾て、自らの師であり今でも教えを乞いたい相手が自分を訪ねに来てくれた事は非常に嬉しい。
だが、今の御堂は“四葉真夜”の…叔母の側近中の側近。
叔母の側にいる人間に気を抜く事を出来ないと以前、兄は言っていた。
しかし、深雪の警戒は直ぐに解ける。
(いくら叔母様でもこの様な事で策を巡らせる事は、無い筈)
御堂の事を疑い切れない深雪は、彼の口から『お祝いの品』と言う言葉を聞き表情を和らげ警戒感を解く。
深雪にとって御堂に逢う事が彼の今の仕事柄、余り出来ないことだった。
嘗ては、自分の傅役として近侍して居る存在。
でも、今は叔母…真夜の忠実な部下の一人。
その立場が彼女と御堂の関係を微妙な物にしてしまった。
自分から一方的に御堂への態度を変えてしまったので、深雪には僅かな“罪悪感”が存在した。
それでも自分に以前と変わらない、寧ろ母を喪った時の気に掛けた弔辞の態度と変わらない
自分に対して忠誠心と姿勢で今、深雪の前で控えている。
この事実が、深雪の警戒感を氷解させる切欠になった。
深雪の表情から御堂との関係を深いモノと捉えた達也は、叔母の手の者に必要以上に深雪を触れさせるのは得策で無いと判断し言葉を発した。
「深雪、用事は良かったのか」
あくまで、用事に件に触れる形で深雪と御堂の会話に割って入った。
自分の感情を伺わせない事が、有利に働く。
自然を装い、会話を終わらせる事に成功した。
「えっと、そうでした。お兄様、申し訳ございません」
「いや、御堂さんにも他にお仕事があるだろう。ご用を伺いなさい」
「お嬢様、この様な時分に外出のご予定でも」
「ええ、お料理の途中で調味料を切らしてしまった様で…」
「左様でしたか…」
御堂は、深雪の次の行動を予想して周囲の想像出来ない事をする。
「“調味料”と言いますとこの一式で、よろしいでしょうか」
「えっ」
深雪の驚くのも無理も無い。
一瞬、眩しく御堂の手元が輝くとさっきまで存在のしなかった“ソレ”があったのだから……
「驚かしてしまった様で、申し訳ございません深雪様」
「御堂さん、これは…」
「そうですね…手品の様な物と考えて頂けないでしょうか」
四葉の上の人間でも“魔法の使えない人間”は存在するし、四葉の為に尽くしてくれる人間を魔法の使用の可否で差別する気の無い深雪でも驚きを隠せない。
実際、御堂は魔法が“使えない“と考えていた。
彼の四葉での立場は、実務面での多大な功績の数々と聞いていたので達也の様に“裏”事情に成通していない深雪が理解していなくとも不思議は無い。
(綺麗…。でも、見た事のない魔法式)
一瞬ではあったが、殆ど無駄の省かれた魔法式に深雪は魅せられていた。
「深雪様、念の為に中を改て頂いてもよろしいでしょうか。
不備は無いかと存じますが、粗相があっては申し訳が立ちませぬ」
「…そうですね」
深雪は、御堂の言葉に現実に戻されて彼の手から受取った有名メーカーの調味料の贈答用セットを確認した。
何が起きているのかは、正直良く理解出来ていないが御堂の言葉も最でそれに従う。
(一式ね。切れてしまったのは、あったわ…これで暫く大丈夫ですね)
深雪は、切らしてしまった調味料と他に不足している物が無い事の確認を手早く済ませると彼女の言葉を待つ男に答を返す。
「御堂さん、こちらで問題ないです。ありがとうございます」
「いえ、お嬢様のお役に立てたのであれば光栄でございます」
御堂は、深雪にそう返すを頭を垂れた。
御堂の行動が自分の予測外であったため、達也は反応が遅れる。
相手を帰してしまうつもりで掛けた言葉で、逆にこちらの“用事(こうじつ)”を潰されてしまった。
彼は、次の手を実行に移す。
「深雪、頂いた物を置いてきたらどうだ。持っているのは、重いだろうからね」
「そうですわね、お兄様」
深雪は、基本的に自分の言葉を最優先させる。
この事を達也は、理解しているので利用した。
唯一、自分が守るべき存在と認識している深雪が場を外すのを確認する。
自分の事を信じている深雪の信頼を利用した様で、何とも言えない感覚だが今は目の前の“叔母の手先”への対応を優先した。
視線を戻し御堂の相貌を捉え達也は、改めて“男”に対し警戒感を強くする事になった。
まるで、愚者と見下し矮小な存在が自らを恥じて憤死しかねない様な酷薄な視線
悪意を煮込み相手を蔑む意志が介在しなければ出来上がらない嘲笑を“主の親族である筈”の達也に向けてる。
高価な美術品にも喩えれる程、美しい貌でするからこそ出来る凄絶な“笑顔”
四葉の中で自分の計画にとって最も大きな障害の一つになると考えていた達也は、自らの考えが間違っていなかった事を再確認する。
自らの背後で常人であれば目を背けたくなる様な情景が展開される中、深雪は思案に耽っていた。
(御堂さんは、叔母様からの“贈り物”と言ったけどお中元やお歳暮でない筈。一体、本当は何なのかしら?)
叔母からの贈り物が、調味料一式で無いだろうと“平和”な事を彼女は考えていた。
彼女にとって、叔母は母に隠れては自分を可愛がってくれた人物でもある。
心優しい彼女は、人を疑う事が苦手であった。
少し前にも急に叔母の使いで女性が来て、高価な装飾品を貰った事も記憶に新しい。
以前と殆ど変わらない“傅役”“侍従”としての御堂の姿に少女は警戒を完全に解く。
早く荷物を置く為、自然と歩みが早くなる。
達也の望む深雪の“平穏”な生活は、彼の意図とは別の形で実現していた。
玄関では、張りつめた糸の様な状況が続く。
達也の視線を感じると鼻で笑う様な仕草を見せる御堂
嘲笑を消すと何食わぬ顔で、彼は達也に言葉を告げる。
「小僧、その反骨精神と深雪様への兄妹愛には敬意を示してやる。
自分の責務を遵守し害意に対し己の牙を研いでいるのだからな。
結果的に貴様が力を付ける事は、真夜様のお役に立つ。だが、あの方に弓引くならばお前が何者だろうが俺の手で必ず“潰す”」
達也は、いつの間にか御堂が自分との距離を詰めて自分の耳元に寄られた事に“驚愕”した。
この華奢な男に“特尉”として軍籍を持つ自分にこんな真似ができる事もだが
既に自分の目的がすべて読まれているかの様な発言により危険を感じた。
言葉の最後で、地の底は魔府が冥府の使者・地獄の亡者が発する様な聞く者の臓腑が底冷えさせる様な声音と莫大な想子波による波動が押し寄せる
達也でなければ立っている事も困難な程、強列な威圧感・圧迫感。
並の魔法師であれば、意識を持って行かれ気を失っていたかもしれない。
「今は、真夜様の御意向で泳がせておいてやる。これ以上、余計な事は考えない事だな」
その言葉に自分の意識が、知らず知らずの内に相手の“手”に乗せられていた事に達也は気付く
男が言葉を発している間、自分は一切の行動が取れなかった。
御堂にもし自分を本気で“消す”つもりがあれば今頃、自分がここに立っては居まい…
自分が相手に歯牙にも掛けてもいない…“潰す価値すら無い存在”であり未だ己が未熟である事を痛感する。
恐らく、始めの挙動から全て御見通しの筈
己の詰めの甘さと自分の相手にするの“本当”の四葉が抱える暗部の一端と叔母の懐刀が伊達では、無い事を思い知らされた。
「達也殿、こちら奥様から深雪お嬢様への贈り物です。達也殿のお手から渡して頂けないでしょうか」
使用人としての顔に御堂が姿を変え、そう告げた。
今の自分に相手の行動を制限できないと達也は、判断して“素直”にそれを受け取る。
御堂は一瞬、満足気な表情を浮かべるとすべて感情を表情から消す。
「私は、これで失礼いたします。深雪お嬢様に『今後とも良しなに』とお伝え下さい」
事務的に短く告げると恭しく頭を垂れ、御堂は司波家を退出した。
達也は、己への課題を実感させられたが深雪の待つ家の中へ戻る。
深雪が笑顔で、自分を迎えてくれるだろう。
彼には、“守るべき者”がある。
失うなうわけには、いかない大切な存在。
(俺と深雪の穏やかな生活を必ず護る……)
達也は、改めて深雪の為に決意を新たにする。
数時間後 司波家
(御堂さんにお別れの挨拶を言えなかった……。次は、いつ会えるかしら)
深雪は、夕食の済ませ兄との寛いだ時間を楽しんでいた。
兄との食事は、彼女に取って大切な時間を共有できるありかけがえのないもの
だが、心中で曾て己が‟師”だった男の事も考えていた。
しかし、大切な兄の顔を見るとやはり彼に意識が向いてしまう。
達也が、小首を傾げこちらの微笑んでいる。
(やはり、深雪はお兄様の事を心からお慕いしております。うぅ、どうしましょう……)
若干、顔が赤くなっている彼女
達也は、若干心配そうに深雪を見るが大事で無い様で安心した。
深雪の平穏な生活は必ず自分が守る。
彼が、決意を新たにした事を深雪は知らない。
「深雪、俺は仕事に戻るから席を外すよ。何かあれば、すぐに知らせてくれ」
「一緒に居られないのは残念ですが、お仕事頑張って下さいね。お兄様」
男達を虜にし惑わせる様な笑顔を深雪は、達也に向ける。
達也は、頷くと仕事場のある地下に向かった。
『次のニュースです。本日未明、魔法大学の端末に不正アクセスがあり非開示資料の一部が閲覧されていた問題に関してです…』
二人の目を離している頃、テレビである‟問題”が報道されていた。
日付も変わり夜が深まる頃、達也は仕事をひと段落させていた。
(叔母上からの…贈り物。中身は、何だ)
彼は、叔母の真夜からの“贈り物”の中身を確認した。
御堂から手渡された箱の中身は、小型情報端末
達也の技術者として興味は、すぐに“ソレ”に移る。
私用のインターフェイスシステムを起動し、端末内部の内容を確認した。
(これは…。)
達也は、端末内の資料を適当に選択し展開する。
画面に表示される内容
彼ですら一瞬で“動揺”する様な情報が記載されていた。
了