影法師   作:b blanche

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密儀

2095年 4月9日

 

四葉 本宅 別館 第二応接室

 

4月とは言え、四葉家が多くの施設を置く旧山梨県と呼ばれた地域の朝は冷え込む。

この場にいる女も寒さを感じながら待ち人を待っていた。

 

「Wow! 寒いネー」

 

日本人然とした容姿ながら、日本慣れしていない異国人が如き口調で溢し彼女はソファーに掛けていた。

整えられた黒を基調とした長髪は、背の中程まであり手入が行き届き艶やかな光沢を纏う

美女や美人と言われるのも頷ける容姿と相まって一層の魅力を演出する。

黒を基調としたスーツが、豊満な体の形を強調しつつ知的な雰囲気も醸し出し男達の視線を独占するだろう。

女は、部屋の寒さに肩を摩り暖を取ろうと試みるも

自らの主人に連絡をせず謁見を求めた事に後悔した。

 

「いつ来てもココは、珍しい物があるデース…」

 

待ち人は来ず時間を持て余した女が、応接室にある調度品に興味を唆られる。

元々、四葉の人間では無い彼女にとって“四葉”は彼女の好奇心を擽る存在だった。

魔法師としての実力を認められ魔法大学に在籍時に勧誘され、数年前から今の上司に雇われている。

始めは、国内でも高名な“十氏族”

不吉な噂もある四葉暗部での仕事と言う事で抵抗はあった。

 

しかし、蓋を開けて見れば今の上司が纏う雰囲気と四葉の現当主 真夜が持つ魔性の魅力で熱心な信奉者となっていた。

実際、彼女の表側での身分は日系企業の帰化外国人従業員と言う安定した身分を用意し

姉妹達が仕事に従事せずとも一生安定して暮らせるだけの報酬を用意して貰った。

彼女にとって上司は、恩義と第一印象から惹かれた事もあって今では愛情表現を隠さずに接している。

 

「この壺?は、白磁…デスカ?うー…Bossの無駄遣いデース」

 

気になっていた調度品の中から教書や美術館でしか目に掛かれない東洋の壺を発見し様々な角度から見て上司の浪費と騒ぐ。

上司は、自分を含む部下の給料等と言った経費の大半を四葉からでなく自らの私財から出している。

他の四葉家で働く使用人と会話する機会があった際、彼らの口から出た金額を聞いた時は耳を疑った事は記憶に新しい

自分達が上司から月に貰う金額は、最低でも一般人の収入と掛け離れていると知ったのもその時だった。

彼女の眺めている壺も数百年前の代物で、価値はいくらかも分からない。

 

「Wow…。値段が想像出来ないデース」

 

上司の財布にいくら入っているか、大半の部下達の謎である。

更にこの部屋以外にもポンポンと貨幣価値の霞む程、高価な古美術品が置かれ謎は一層深まるばかりである。

以前は、豪華な拵えの日本刀が置かれていた事もあった。

かと言って、彼女の上司は美術品の愛好家にはとても見えない。

謎は、深まるばかりだった。

 

「Bossは、まだですカー?」

 

待ちくたびれ彼女がそう零すのを見計らった様、応接室の扉が開く

 

「オイ、D。 俺は以前、何と教えた。答えろよ、えぇ」

 

扉から現れた男は、不機嫌を隠そうともせずに部下に苦情を告げた。

今回、彼女は御堂との約束を破っていた。

Dは、目を逸らし口笛を吹く真似をし質問を流そうとする。

 

「カレン・D・ヴァンシュタイン、答えろ。次は、無い」

 

御堂の顔が、変貌する。

相貌から表情が消えて、感情を感じさせぬ能面の如き様子

上司の様子の変化からDは、やり過ぎたと感じる。

表情から窺い知れぬ激情が内面で、渦巻いている時と同じ顔がそこにあった。

 

「返事は、無しか。どう“処分”されても異存ないな」

 

冷え切った刃の鋒を首筋に充てられた様に寒気が奔る。

自分の鼓動が酷く不安定になるのが理解出来た。

Dは自らの失敗が窮地を招いた事に気付くが、言葉を上手く紡げない。

 

『…イャ。……お許し下さい。……お許し下さい。

………お約束を守らなかった件……深く深く、お詫び致します。

…此度は、寛大なご処分を……何卒…何卒』

 

漸く意識が、現実に戻されて口から言葉が出る。

上司 御堂の苛烈な責苦を思い起こし、全身に恐怖が伝染した。

唇が慄き思考不全に陥り、唇が慄き震え

掠れ切った声を震え変色し始めた可憐な唇が言葉を紡ぐ。

混濁した思考は、意識を朦朧とさせ日本語で話す事が困難になり

嘗ての母国語ドイツ語で慎重に言葉を選び謝意を伝えようとする。

自分は踏み込み過ぎてはならない場所にまで踏み込んだと理解でき

後悔の波濤は彼女をDを飲み込み、時が異様に長く感じる様に過ぎた。

 

「言いたい事は、それだけか…」

 

上司が表情を感じさせない顔・底冷えする様な声音で短く告げた。

御堂の反応に以前、失敗や背信により粛清された人間の顔が幾つも浮かんでは消えて往った。

四葉より離脱を試み情報の横流を企んだ男は、意識がある状態で他の身体機能を奪われて人体実験の材料に

自信過剰な若造は、資産管理を任されたものの身の丈に合わない事に気づかず、無謀な投機・運用で天文学的な損失を出し一家一族を“記録”から抹消された…

他にも些細な失敗にも関わらず、事後の処理や失態の説明に問題があり処断された人間は数え切れない。

Dは、今迄の自分が偶然にも同じ運命を辿らなかっただけと理解した。

 

『……お許しを……お許しを』

 

既に自分も“処断”されると判断し、許しの言葉を壊れた様に乞い続ける憐れな存在になっていた。

恐怖に目が霞み、思考の混濁は更に強まっている。

同じ台詞を口から発し続けた。

何かが、自分に近づく気配を感じる。

Dは、気配に意識を移した。

 

目を動かし気配の元を確認する。

意識が虚ろになった鳶色の瞳に映るのは、息が触れそうな距離に迫っていた御堂

酷薄にして冷徹さを隠そうともせず、自分を嘲する冷笑

正の感情とは、全く逆の要因で形成されたそれを見て女は、恐慌状態に陥った。

 

(殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。殺される。イヤだ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。イヤだ。イヤだ。イヤだ。イヤだぁーーーーーーー)

 

脳裏に浮かぶのは、思考ですらない言葉の羅列

恐怖で精神が狂気の一歩手前まで、追い詰められる。

ただ、助かる方法を探して…藻掻く

 

『さて、どう料理されたい…』

 

冷笑のまま、目の前で恐怖で半狂乱状態の女にも分かるように短くドイツ語で御堂は告げる。

Dは、全身から力が抜けるのか感じた。

御堂の整えられた工芸品の様に精緻で美しい指先が、彼女に伸びる。

襟首を後ろから掴み、逃れようと藻掻く彼女を引き摺り応接室を後にした。

一方的で、反抗・抵抗の一切が無意味な“拷問”が始まる…

 

 

 

 

 

数時間後

 

 

“拷問”を正気を保ち凌いだDは、恐怖と欲が滲む目で見つめながら報告を始めた。

 

「では。Boss、報告を始めマース」

 

いつもの口調に戻り内容を御堂に告げた。

 

「両EUについてデース。以前の報告通り、旧体派と急進派で政権・渉外運営で意見の統一が出来てないのが現状デース。

ただ、アフリカ方面に進出の動きありネ。

今の所、目立った動きを見せないケド関係者の口から行動を起こす事を示唆する言質も取れたデース。

別資料に詳細を纏めてあるので、よろしくネ」

 

報告に頷きながら、御堂は疑問に感じた点を口にする。

 

「報告、ご苦労。

旧大陸の遺物共が、裏で蠢動して謀を企んでいる事は良く理解した。

だが、この程度で連絡無しに俺の時間を割いた訳では無かろう」

 

御堂は、眉目を片方上げて己の疑念を口にする。

 

「まさかとは、思うが…」

「勿、勿論ネ。落ち着いて欲しいデース」

 

女は、焦る。

逆鱗に触れ、同じ轍を踏むのは御免だ。

先程の責めは、乗り切ったが同じ事をされて耐える自信がない。

彼になら自分の全てを壊されても良いなどと思い始めている自分も居る為、説得力が伴わないのだが…

 

「お、怒らないで聞いて欲しいネ…。大亜連合の不穏な動きについてネ。」

「…ほぉ。良いだろう、続けろ…」

「ありがとうネ。前々回の資料にあった新型戦艦・艦隊が秘密裏に竣工し、試験運用を経て配備間近デース。

新ソ連のウクライナ・ベラルーシなどの再分離派にもチョッカイを出しているようネ」

 

(B、Bossの眼付が、変わったヨ)

 

御堂の表情に怒りや憎しみが混じり始める。

心なしかこの部屋の温度も下がっている様に感じた。

 

「それにウラル山脈で、反動派のテロが多発しているネ。

新ソ連は、隠蔽したがっているケド外部に隠し遂せるのも時間の問題デース」

「興味深いな再分離派と支那竹共の繋がりは、非常にキナ臭い。

新型の艦船・兵器群の就航・導入も近い筈、連中の動きに警戒を強める様に担当する人間に指示を追加しろ」

「了解デース」

 

大体の報告を済ませ、Dは一息着く。

負の感情が、自分に向けられたもので無いと判り安心する。

 

「支那の害虫共が、反魔法思想の反動分子を教唆している件もあるウラルの内紛の情報にも警戒を強めろ」

「OKネ」

「物流。違うな資源・軍需物資の流通で異常は見られ無かったか?」

「異常とは、どう言う事デース?」

 

御堂の方から報告内容に指摘を受けDは、怪訝な顔を浮かべる。

自分が無意識に“今回”は精度の低い情報の為、報告していない内容があったため殊更だった。

 

「特定の物資が、裏で流れている・集めるのに必死な鼠が動いていると言った噂だ」

「Wow…、丸で知っていた様ネ。Boss」

「口振からすると、噂ないし似た話があるようだな」

「Yes」

 

Dも真剣な顔になって頷く。

御堂は、女の顔をみて表情を変える。

凄みのある獰猛な獣の笑みを浮かべた。

 

「ヒッ」

「どうした、続けろ。終わりでは、ないのだろう」

 

上司の表情に恐怖を感じ、Dは萎縮する。

彼女の内心に興味を持たない御堂は、続きを催促する。

 

「…続きネ。Bossの指摘通り、BlackMarketでアンティナイトの流通が激減・価格高騰が起きているネー。

噂だと、反体制勢力の構成員が買い占メテル・某国が侵攻作戦に使用する為ダとか噂が飛び交っているデース」

「興味深い。何処ぞの馬鹿共が、本当に騒ぎの準備を始めているのかもな」

「Why」

「何、国内でも不穏な動きをしている蜹共の姿を確認しているからな」

 

事も無げに告げる、御堂。

Dは、改めて上司の底知れないBackGrand・権力との繋がりに畏怖を感じる。

自分達、情報部門の人間でも把握しきれて無い情報を御堂は知っている事が此れまでにも多々あった。

目の前にいる芸術品の様に容姿の優れた男の正体は、一体何だ…。

始めて逢った時からの疑問は深まるばかりだった。

 

「欧州方面の人間に改めて、管轄するEU・新ソ連内の動きを注視・警戒の厳命を指示しろ」

「了解デース」

「さて、蜹と蚤共の掃除だ。徹底的に駆逐してやる」

 

御堂は、再び獰猛な笑みを浮かべ宣言した。

近くに居たDは、狂気を孕んだ表情に身が竦むも彼の危険な魅力に惹かれている躰が反応してしまう。

 

「Bossぅー。やっぱり、きゃっこいいデース!!」

「D。 何か、言ったか」

「気のせいネー。Bossは、お仕事のし過ぎでお疲れネー」

 

Dは、御堂に聞こえない音量で彼を賛美した。

恋する乙女にとって、愛する男の姿は理想の存在…

恋と言う熱病の恐ろしさは、今も昔も変わらない。

 

 

 

 

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