バットエンド確定の少女を師匠になって育てるお話   作:じゃがありこ

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プロローグ

復讐を成した。

 

それを体感しながら、目をつぶる。

 

風の音が聞こえる。朽ちた建物の瓦礫の隙間を焼けた風が吹き抜けていく。

 

悲鳴が聞こえる。助けを求める声、恨み言を吐き出す声、疑問を吐き出す声が周辺の瓦礫に反響する。

 

怪物の咆哮と何かが砕ける音がする。爆炎と悲鳴と血と憎悪と嘆きと怪物と人間。

 

そして————————神の残りカスと俺がその場所に立っている。

 

『どうかな?復讐を成した感想は』

 

「お前の手を借りていなければ、あるいは清々しい気分だったのかもしれない」

 

ひび割れた天井ごしに炎に焼かれた空を眺めながら、俺はため息を吐いた。この醜い凄惨な光景を洗い流すように降りしきる雨の向こう側に見える世界は、昔見た一枚の絵画だった。

 

『だけど、契約は契約だ………これからは協力してもらうよ?』

 

「………」

 

『おっと!自害は無駄だよ?残りカスとはいえ、人間一個体を操るなんてわけないからね?ボクの温情を無視しないでくれよ?』

 

俺は復讐を誓い、その手段として目の前の神と契約を交わした。そうしなければ、復讐を成せないとわかっていたからだ。

 

目的を成すには、才能も知識も足りなかったのだ。だから、縋った。決して、手を出してはいけない悪魔の甘言に乗って目的を果たした。

 

『喜びなよ!君は目的を果たしたんだ!10年は眠りにつくだろうけど、目覚めた時には不老の身体とボクの授けた魔法が君を祝福するだろうさ!そして、契約を成せばそれらは完璧に君のものだ!!!!!こんなに素晴らしいことはないだろう?』

 

そう誇らしげに語る神の残滓(ポラリス)。その姿は人間の少女そっくりである。腰まである黒髪は、常に濡れそぼっているかの様に艶やかだ。蒼眼は妖艶に輝いており色香を感じさせる。身体は細く、四肢の先までスラリと伸びていた。道を歩けば間違いなく、百人が百人振り返る美少女だ。ただし、その姿は他人には視認できない。目の前の存在はいわゆる精神体———幽霊だからだ。幽霊と言っても、触れないわけじゃない。俺の魔力を吸えば、実体化できるし、実体化していなくとも俺と神の残滓は互いに干渉できる。

 

「俺に何をさせる気なんだ?」

 

『フフッ、綺麗に言うなら世界を救うことを目的とした大冒険で本質を暴くとボク達が殺し損ねた魔神を滅ぼすために、少女を使い潰すことかな?でも大丈夫!ボクが君を導いてあげるから!!!!!』

 

美しく、されど悍ましく。力強く、悲劇的にその神の残滓は謡う。悪意は感じられない。親愛の情すら感じる…。だが、致命的に狂っていた。俺もこいつも。

 

『じゃあね、おやすみ………アルファルド・アルデバラン』

 

柔らかなその声色と相反する瞼の重みに、俺の意識は抵抗することなく微睡の淵へ落ちていった。

 

 

 

 

 

 

眠気をこらえて、俺は意識を起こす。見上げた空にはやけに輝きの強い太陽。

 

「眩しい………」

 

手のひらをひさして、目を細める。そうしてみても太陽の光はとても強い。目視ができない。そこに太陽があるとわかっているのにその姿を確かめることができない。

 

「ああ、そうだよな」

 

誰に問われるでもなく誰に言われるでもなく、ましてや神に急かされるでもない………自分自身でも何に対する相槌なのかを把握せずに、それでいてそのことに疑問すら抱かずに、俺は頷いた。

 

「そろそろ切り替えろてことなんだろうな」

 

吐き出したため息は空気よりも重くそれは俺の憂鬱の重さを物語っているようだった。きっかり10年後、目を覚ましてからポラリスは、その出現回数を大幅に減らした。よりにもよって、10年後の右も左も分からない世界で、放置プレイをかますようになったのだ。

 

俺は来るべき魔神との戦いに備えて、救世主と英雄の資質を持つ少女を育て導くことを目的としその少女を探すために指定する街に行け、とだけ告げられポラリスは姿をくらませた。この場で俺は即座に、ポラリスから逃げることを考えた………。

 

そして、5秒後に諦めたのだった。相手は腐っても神である…昔の過ちを繰り返す気はなかった。

 

そうして、俺は指定された町にたどり着いた。その町は、エーリアス王国の中でもかなり片田舎の町である。近くには、パエル村と呼ばれる自然豊かな農村があり、治安はかなり良い方だったはずだ。この村と町は、10年前から存在していたため、場所はなんとなく覚えていた。

 

俺が復讐を果たした東の大地では様々な変化があったようだが、この王国は大陸の西側だ。10年間では大して変化がなかったようだ。加えて俺のことを知っている人間はほとんど存在していない。よほどのことがなければ出会うこともないだろうから安全だ。

 

そんなことを考えながら、街に入り宿を探した。

 

お手頃の宿が見つかったため、そのまま街を散策することにする。と言っても、もう陽が沈みかけていたため、見るべき場所はほぼなかった。あまりお腹も空いていなかったため、俺はギリギリ店じまいをしていなかった露天で買ったパンをかじり、街を練り歩いた。

 

街に入った時から目に付いていた建物が、その存在を主張していた。他の建物よりもひときわ大きいその建物は、廃劇場だった。

露店の店主に聞いた限りでは、この町の町興しとして4階建ての巨大劇場だったのだが事故で半壊してから放置され今に至るらしい。よくある話ではあるが、この規模の街だと修繕する費用はないようであった。一応劇場の原型は残っており、所々破損しているものの螺旋階段が生きていた。

 

しかし、そんないつ崩れるともしれないものを使う気にはならず俺は身体強化魔法で、身体能力を上げて一足飛びに屋上に駆け上がった。

 

眼下に広がる街並みを眺めながら、購入したパンをかじる。屋上にまで登ってきた瞬間、視界の端に奇妙なものが映った。それは一人の少女だった。

 

誰もいないだろうと思っていた。ほとんど確信をしていた。だから驚いて口にくわえたままのパンを落としかけてしまった。華奢な体躯とトンガリ帽の下の人形のような精緻に整った白貌。10歳ぐらいだろうか?建物の屋上の隅、手すりのない縁に腰をかけている。足をぶらぶらさせながら空っぽの目つきで彼方を眺めている。その姿からはまるで生気が感じられない。間違いなく生きているはずなのにまるで生を感じさせない。今にも消失しそうな不安と違和感がある。妖精の抜け殻のようだ。

 

唯一生々しいのは体中に巻かれた包帯と僅かに滲んでいる血液だ。

 

「こんなところで何をしている?」

 

興味が湧いたので話しかけることにした。

 

少女はこちらを見て少し驚いたようにこちらを見てきた。彼女の赤い視線と俺の琥珀色の視線が重なった。

 

その表情には生気が戻っていた。先ほどの人形のような違和感はなくなっていた。

 

黒色の髪が風に靡く。赤い瞳が陽の光を反射して僅かに揺れている。

 

「あなたは誰ですか…?」

 

キョトンとして小首をかしげる少女に俺は思わず苦笑いを浮かべてしまった。それはそうだ。よそ者は俺の方だったな。名乗りを上げるにしても、本名はよくない。首謀者の名前は公にはなっていないが、それなりの地位にいる人間は知っているだろうからな。念を入れて、偽名にしておこう。

 

「俺は…俺はノクターン・ストレイドという。君の名前を聞いてもいいか?」

 

「知らない人には付いていくなと教えられてますので、ロリコンに名前を教えるわけには………」

 

「………」

 

「アハハ、大丈夫です。私みたいなの攫っても意味ないのは知っているので、心配してませんよ。えっと、名前でしたね。私は、アイラといいます」

 

「…俺は旅の者なんだが、アイラはここに住んでいるのか?」

 

「えっと………私は町じゃなくて村の方に住んでるんですけど、週に二日間は町に買い出しや作物を売るために来てるんです」

 

村でできた作物を最寄りの町に買ってもらうというのはよくあることだ。村の作物を買うと買った量に応じて、補助金が下りる。農村や小さな村を守るために王国側が各領地にそのための金額を援助しているからだ。この制度のおかげで、町の店が農村から作物を優先して買い村は不作の年でも大惨事にならずに済む。10年前から変わらない王国の特色の一つだ。

 

「なるほど。村から町は近いとはいえ、荷物を持っての移動は重労働だろう。大変だな」

 

「いえ、私にはこれくらいしかできないので」

 

アイラは俺の質問には答えていなかった。廃劇場にいる理由は伏せて町にいる理由を説明してきたのだ。

 

しかし、指摘することはなかった。包帯の件も含めて、本人が聞いてほしくなさそうだったからである。声を上げない奴と対話をする気はなかった。

 

「そろそろ日が暮れる。余所者の俺が言うのもなんだが、早く帰らないと連れが心配するんじゃないか?」

 

「ああ、それは平気です………私一人なので」

 

「………一人で荷物を運んできたということか?村の買い出しにしろ、一人で運べる量ではないはずだが」

 

馬がいるとしても一人では限界がある。それに、子供一人で村と町を行き来させるなど正気の沙汰ではない。治安がいいとは言ったが、それは町の中の話だ。魔獣や盗賊が徘徊していることだってある。

 

「あー………えっと、私、魔法が使えるんです」

 

アイラは作り笑いを浮かべた。他の人にはわからないかもしれないが、俺にはわかる。何度も見てきた、強がって笑みを浮かべ心を隠す大嫌いな笑みだ。その笑みに価値はない。結局、だれも救われないからである。

俺は少し驚愕した。少女が魔法を使えることではなく、こんな場所にいることにだ。魔法を使える人間はそう多くはない。魔法を使うためのエネルギー源である魔力は誰もが持っているものだが、それを精密に制御し魔力を現象に変換する才能を持つものは多くないからだ。こんな田舎であればなおさらだ。魔法使いの才能がある大抵の人間は大きな街に行き、学校に通って才能を研磨する。だから、こんな場所に魔法を使える人間がいるのは稀なのだ。

 

加えて、最も違和感を覚えたのは少女の態度だ。魔法使いの才能を持つものは全人口の30%程だと言われている。魔法をつけることはそれだけで、誇らしいのだと大半の人間は思い特に子供は天狗になる場合が多い。だが、彼女は魔法の才能を誇らしげに語ることをしなかった。それどころか、僅かに視線を下げて自信なさげに吐き出した。

 

「そうか…。実は俺も使えるんだ魔法」

 

そう言って、俺はふわりと浮かび上がり空中に留まる。いわゆる飛行魔法。ただ、自由自在に飛べるわけではない。感覚としては、水中を泳いでいるのに近い。高度は自由に調節できるが、素早く動くことはできない。

 

「———!!!!!」

 

それでも少女は嬉しそうに、感動したかのように、胸を打たれて感激したかのように、目を見開きそして安堵したように息を吐いた。

 

「………アイラ、いくつくらい魔法を使えるんだ?」

 

「…体を強くするだけの魔法と人の位置を感じる魔法の二つです………アハハハ」

 

下を見ながら自著気味にそう零した少女の姿が、かつての自分に重なった。

 

「なあ、空を飛びたいと………思うか?」

 

少女が逸らしていた目線の方向に移動して、問い掛けた。その瞳を覗き込むようにして。

 

「あっ――――――」

 

陽が沈み辺りが暗くなっていく。だが、俺と彼女の周囲は明るかった。俺が灯魔法で周囲を照らしたからだ。

 

「もう一度聞くぞ?君はどう思ったんだ?」

 

「………それは、その…」

 

声を上げない奴とは対話しない。『助けて』が叫べない奴は救わないし、善意を押し付ける気もない。だけど………。

 

「君が空を飛びたいと本気で思ったのなら、次に町に来た時『燕亭』を訪ねてくることを勧める」

 

どうしても、目の前の少女を放っておくことができなかった。

 

だから、去り際にそう言い残し、その場を離れた。しばらくの間、明かりは付いたままだった。

 

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