夏の間は休養と秋に向けてのさらなるパワーアップに励んだ。
そして迎えた秋初戦は菊花賞のトライアルレースでもあるセントライト記念。
皐月賞ウマ娘もダービーウマも出ておらず、私のような春クラシックで結果が奮わなかった子と夏にかけて力をつけてきた新興勢力との対決になる。
気になる人気は2番人気となり、一番人気は目下三連勝中のいわゆる上がりウマ娘に譲ることになった。
『まずは初戦頑張ってください。レース、見に行きます』
彼女から届いたメッセージを読み返し、控室を出る。
春の嫌な流れを払拭するためにも、ここは気持ちよく勝って菊花賞に臨みたい。
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『残り400を切って、一番外から上がってきたのはナカヤマフェスタ! さらに───』
4コーナーを回って直線コースを向いた。
前走までの完全な差しでのレースではなく、今日は早めに動いて勝負を決めにいく。
『先頭はナカヤマフェスタに変わった! 激しい競り合いになっている』
後200メートルを切った。
横にいた子が食い下がるように競りかけてくる。
さらに後続の足音も不気味に聞こえてきた。
(それでもここで負けるわけにはいかねぇんだよ!)
地面を今一度強く蹴って前に出る。
もうゴールは目の前に見えていた。
『先頭はナカヤマフェスタ! 一着でゴールイン! 中山初勝利のナカヤマフェスタ。ダービー4着の経験に物を言わせたか』
先頭でゴール板を駆け抜ける。
久々の勝利だ。
ここで満足してはいけないけれど、一つ勝てたことで少しだけ気持ちが楽になった気がする。
彼女にも勝ちレースをみせることができたし、今は素直に喜んでおこう。
スタンドに一礼し、ウイニングライブの準備に入る。
センターは久しぶりだからうまく体が動くかが心配だ。
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ウイニングライブの後、スマホを確認すると彼女からメッセージが来ていた。
内容は後で夜ご飯でも食べに行かないかというもの。
私から断る理由などあるはずもなく、すぐに『行く』と返事を送った。
「私、こんな店入ったことないんだけれど」
彼女に連れてこられたのは、私がたまに食べに行く焼鳥屋とか食事処とはまるっきり違う、いわゆる料亭と呼ばれるところだった。
「ああ、接待とかは断ってあるから安心しな。勝利祝いに奢ってあげるから」
そんなことを言われても緊張することには変わりない。彼女は慣れているかもしれないけど私は初めてなのだ。
おっかなびっくり入り口をくぐり、案内されるがままに席に着く。
「お、やっと少し調子が出てきたか」
女将さんが出ていって、彼女と二人きりになったタイミングでやっと少し肩の力が抜けた。
いつまでも緊張していたらせっかくの高い料理の味がわからなくなってしまう。
ほっと息をついた私を気にしてか、彼女は軽く笑いながら言う。
「ここにいるのは私だけだし、騒がなければ細かいマナーも気にしなくていい。料理ももう少しで来るだろうし、何よりフェスタの祝勝会だ。楽しんで食べよう」
運ばれてきた料理を食べながら、彼女との会話を楽しむ。
普段からメッセージでやり取りしていてるけど、やっぱり直接話す方が盛り上がるものだ。
ダービーや皐月賞、去年の東スポ杯にメイクデビューと話す内容が尽きることなく食事はすすんだ。
「なァ、アンタ、それで足りるのか」
そんな中で、ふと、あることに気がついた。
それは彼女が口にしている料理の量。コースだから同じ量が出てきているかと思えば、彼女の料理は私に比べて明らかに少ない。
「ん、ああ。フェスタみたいにレースがあったわけでもないしね。少なめに頼んであるだけだ。逆にフェスタは少し多めに頼んでおいたよ。次も頑張ってもらわないといけないしな」
まあ、彼女がそう言うならいいか。レース後のウマ娘の食が進むのは事実だし。
そのまま、レースのことや学園での暮らしなど愉快な話に戻っていく。
私の話ばかりでなく、彼女のパリ旅行の話も面白かった。
それは料理の方も食べ終わり、二人きりの食事会もそろそろお開きになる時間だった。
「なあ、フェスタ。一緒に写真を撮らないか?」
帰る準備をしていると突然、彼女が尋ねてきた。
先程までの会話中とは少し異なった真剣な顔に気圧されながらも言葉を返す。
「別にいいけど……。アンタがそんなことを言うなんて珍しいな」
「深い理由はないさ。ただ、フェスタと二人で写ってる写真がないなって思ってな。記念に取っておきたいんだ」
言われてみれば、私のレース中の写真はたくさんあるけど、二人で撮った写真はない。
せっかくいいお店に来ているし、良い機会かもしれない。
私が頷くと彼女は女将さんを呼び、持っていたスマホを手渡した。
「はい、チーズ」
数枚ほど写真を撮る。
横で一緒に並んで撮られるのはなんとなしに気恥ずかしかった。
そのままお会計を払って、店を出る。
長いこと話していたので、夜も遅くなっていた。
「私は迎えを呼んだけど、フェスタも乗っていくか?」
「いや、流石に遠慮しておく。トレーナーが迎えに来れそうだから大丈夫だ」
店の前でそのまま二人でたたずむこと数分。
見るからに高そうな車が店の前に停まる。
先に彼女の迎えが来たようだ。
「それじゃあ、次の菊花賞も頑張れよ」
最後にこちらを向いて彼女は車に乗り込む。
車はそのまま真っ暗な夜道に消えていった。
そのすぐ後に普通の乗用車がやってくる。
「なんかトレーナーの車ってしょぼいな」
私も迎えに来た車に乗り込む。
秋初戦の一日は良いことずくめで終わっていった。
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そして迎えた菊花賞。
『さぁ、今年も混戦模様の菊花賞。植え込みを回って直線を向いた!』
(やべぇ、全く足が動かねぇ)
京都3000メートルの長丁場。根性比べとなる舞台だが、直線を向いたところですでに脚が上がりかけていた。
単純にスタミナが足りていないのか、残酷な距離適性の壁なのか。
前に進んでいるはずなのに、足が鉛みたいに重く、その場から動いていないみたいだ。
「……くそッ!」
一人、また一人と抜かされる。あと少しのゴール板が走っても走っても届かない。
また、遠くで歓声が沸き上がる。
切望していた最後の一冠は、すでに手に届く場所にはなくなっていた。
肩で息をしながら控室に戻る。
悔しさとふがいなさでドカッと乱暴に座った椅子の軋む音が一人の部屋に響いた。
二回、三回と深呼吸をしてレース後の興奮と熱を冷ます。
落ち着くにつれて、今日の敗因や次への反省点など様々なことが頭を駆け巡ってくる。
(……メッセージが来ていなかったな)
彼女からのメッセージが来ていなかったことに気づいたのもこのタイミングだった。
私が出走するレースの前には欠かさず送られてきた激励の言葉が菊花賞前には届いていなかった。
単純に忙しかったのか、あるいはクラシック最後の一冠の前に余計な緊張はさせまいと気を使ってくれたのか。はたまた別の理由があったのか。
「ナカヤマフェスタさーん。そろそろウイニングライブが始まるので準備をお願いします」
外から聞こえてきた言葉に思考の渦を止める。
きっとどこかから見ているだろう彼女に良い姿をみせるために、ライブも全力で臨むのであった。
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『先日の菊花賞は悔しい結果でしたね。でも、1年間クラシックレースを皆勤で挑んだフェスタの姿は感動しました。私と初めて会ったときは小さかったフェスタが、新聞やテレビで紹介されているのは不思議な気分でした。元気なフェスタの姿を見れたのも嬉しかったですね。それと来年こそはGIレースを勝って、凱旋門賞に出走したり……なんて昔の話を思い出しながら書いています。身体には気を付けて、トレーニング頑張ってください。フェスタのレースを見れて本当に良かったです』
菊花賞から数日後、彼女から1枚の手紙が届いた。
必死に良いところをみせようと頑張っていただけなのにこんな風に書かれると、少し恥ずかしくなってしまう。
ニマニマと頬を緩ませながら何度も手紙を読んでいると
「ニヤニヤしながら何読んでるんだ……ってまた例の女性からの手紙か」
帰ってきたシリウス先輩に見られてしまった。
「……」
慌てて手紙を仕舞って、真っ赤になりながら振り向くも、みえるのはにやにやと笑う先輩の顔。
その姿にもう照れるやら何やらで訳が分からずに先輩にとびかかる。
信じたくない一本の電話が鳴ったのはそれから数週間後のことだった。
お読みいただきありがとうございました。