ナカヤマフェスタが走る理由   作:ユバ()

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暗いのはここまで


ナカヤマフェスタとリスタート

 トレーニングをやめてから、初めの三日間はひたすら自室にこもった。

 彼女からの手紙やメッセージを何度も読み、何度も落ち込んだ。

 トレーナーからは私の心配をするメッセージがたくさん届いていたが、返すこともなくひきこもり続けた。

 

 ひきこもるのも飽きてくると、次は街へ行ってゲームセンターやらカラオケやらを徘徊するようになった。

 沈んだ気分での勝負事も全く燃えないし、ちっとも楽しくなかった。

 

 ある時には手紙やら贈り物を全部捨てて、忘れてやろうかとも思った。

 捨てるどころか部屋から出すことすらできなかった。

 

 またある時は河川敷に立って川の流れを見ている時があった。 

 何もかもを考えることが嫌になってただただ水面を眺めていた。

 するといきなり、

「待て! ナカヤマ! 今いくぞ!」

 大声がしたと思うと、突然ゴールドシップに羽交い絞めにされた。

「いきなり何すんだよっ!」

 と、思わず怒鳴り返すと

「なんだ。怒鳴るぐらいの元気があるのか。ゴルシちゃん安心したぞ」

 ふざけてない笑顔でそう返された。

 自分がどれだけひどいのか初めて分かった気がした。

 

 

 空虚な日々を過ごすことひと月あまり。

 それはいつものように人を避けて、門限ギリギリまで徘徊して戻ってきたある日のことだった。

「よお、フェスタ。こんな時間までどこほっつき歩いてたんだ」

 部屋の明かりをつけると突然、声をかけられた。

「……シリウス先輩。……なんでここに」

「なんでも何も、ここは私の部屋でもあるんだ。不思議ではないだろう」

 声の主はシリウス先輩だった。

 確かにそうだがもう何日もあっていなかったから奇妙な違和感を抱く。

「とりあえずこっちに座れよ」

 電気もつけずにベッドに座っていた先輩は椅子を引くとそのまま話し始めた。

 

「もう何日もトレーニングに出てないって聞いてな。心配して様子を見に来ればお前がいなかったってわけだ」

「それは……誰かと顔を合わせるのが……」

「まぁ、急に辛く悲しいことがあって何もかもを逃げ出したくなったのは仕方がない。私も知らせを聞いて悲しくなったし、私以上にフェスタがつらかったことも理解できる。でもな、その上で言おう。なぁフェスタ、"彼女”の思いを無礼(なめ)るなよ」

「いきなり何を言って────」

「これ、読ませてもらったぜ」

 言い返そうとした私に被せるように続けた先輩が取り出したのは、"彼女”からの最後の手紙だった。

 

「勝手に読むのは悪いと思ったが、手紙の女性を知らないと話もできないと思ってな。……少し目を通しただけでわかったよ。アンタがそうなるのも無理がないほどいい人だったって。だから、私以上によく知っているフェスタに聞こう。彼女は今みたいにレースから逃げ続けてるフェスタを応援してたのか?」

「────────ッ」

 思いがけない言葉に息が詰まる。

 応援される訳がない。彼女が今の私の姿を見たら……心配されて、その後に目いっぱい怒られるに決まってる。

 厳しい言葉だけでなく、げんこつも一発や二発くらいもらうかもしれない。

 だって、彼女が一番嬉しそうにしてたのはレースで走る私を見ている時だったはずだから。

 久しぶりに思い浮かぶ彼女はゴール後の私を目いっぱいの笑顔で迎える姿だった。

 

「フッ……やっと、マシな目になったな」

 会話が止まり静寂に包まれた部屋が再び動き始めたのはやはり先輩の方からだった。

「・・・・・・すみません。色々と心配をおかけして……」

「なーに、気にすることじゃない。明日から戻ってくるから部屋片づけといてくれよ」

 微笑んだ先輩は私に手紙を返し、部屋から出ていった。

 

「凱旋門賞か……」

 昔、公園でした会話を思い出す。いつかの夢物語は私の中にも残っていたらしい。

 手紙を見つめていると、ずっと沈んでいた心が灯をともしたように熱くなってきた。

 

 =====

 

 翌日の朝、いつも朝練をしていた場所に久しぶりに向かう。

「久しぶりだね……いきなりでもトレーニングは出来そう?」

 誰もいないと思ったいつもの場所には、練習機材をもったトレーナーがいた。

 突然逃げだして連絡もしなかったのに、見捨てられずに毎日ここに来てくれていたんだと思うと、また目頭が熱くなる。

「さて、いつまでもそんな顔してないで朝練始めるよ!」

 頭を下げようとした私を遮って、トレーナーの声が響く。

 久しぶりのトレーニングはきつかったけどとても楽しかった。

 

 

「坂路もう一本!!」

 それからは休んでいた分を取り返すためにも必死になってトレーニングに励んだ。

 一度、鈍ってしまった身体を元に戻すのはそう簡単なことではない。

 坂路にウッドに芝、ダートと各練習を何度も繰り返し行い、スピードにパワーと少しずつ状態を上げていく。

 怪我をしては元も子もないので、ゆっくりになるのは仕方がなかったが同期が活躍している姿には少し焦りを感じる。

 

 =====

 

「はい、今日もお疲れ様。タイムも前と同じくらいになってきた」

 その言葉が聞けたのはトレーニングを再開してから一か月後のことだった。

 とりあえず第一段階の目標を達成できたことに安堵が零れる。

 といっても、まだタイムを戻しただけだ。シニア級で戦うためにはもっと頑張っていかないといけない。

 決意を新たにしていると、何やら紙を手に持っているトレーナーから声をかけられる。

「ねぇ、フェスタ。そろそろ次走を決めようと思うけど何処がいい?」

「あァ、特にねぇからトレーナーが───」

 決めてもいいと言おうとしたときに一つのレースが頭をよぎる。

 口に出して良い答えなのかと一瞬迷ったけれど、トレーナーに伝えるにはこのタイミングしかない気がする。

「いや、一つだけ出たいレースがある。…………凱旋門賞。凱旋門賞に出たい」

 私の答えが予想外だったのかトレーナーは少し驚いたような顔をした。

 しかし、すぐに真面目な顔に戻ると一言だけ聞いてくる。

「勝つ気はあるんだよね」

「あァ、絶対に勝つ。私には勝たなきゃいけねぇ理由()があるんだ」

 自分でも驚くくらいすんなりと言葉が出てきた。

 反対にトレーナーは再び難しい顔をして、手にしていた紙の裏にペンを走らせていく。

「…………夢、ね……」

 サラサラと書きこまれる音だけが耳に入ってくる。

 ────── ──────

「よし! 決めた!」

 沈黙が戻ったのはトレーナーの一声だった。

 凱旋門賞に挑戦できるか否か。GIウマ娘にすらなっていない私では断られてもおかしくない。

 覚悟を決めて次の言葉を待つ。

 手にしていた紙をビリビリに破くと、ゆっくりとまるで自分自身にも言い聞かせるようにトレーナーは宣言した。

「フェスタの今年の目標は凱旋門賞にしよう! ダービーのバ場を考えると向こうでも走れるはずだし、挑戦してみよう!」

 

 それがトレーナーにとってどれだけ難しい決断だったのかはわからない。ただ、私にとっては‟彼女が”亡くなって以来、明確に定まっていなかった目指すべき場所が決まった瞬間となった。




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