合コンに参加したら平塚先生がいた話   作:蒼井夕日

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第一話 なんでここに先生が!?

 

 バイト終わりの20時、すっかり暗くなってもこの飲み屋街は喧噪に満ち溢れ、千鳥足の酔っ払いをするするとかわして歩を進める。さすがは柏駅、人が多いしうるさい。なんならウザい。

 とはいえ、3ヵ月も通えば少しは慣れたもので、高校時代から培ってきた「人回避スキル」はさらに磨きがかかっていた。孤独領域を展開することに関しては五条悟もびっくりだろう。

 

 しかし、今日の俺は珍しく一人ではない。バ先の先輩から飯に誘われて、後輩も加わり三人である。 

 俺だって人のお誘いをなんでも断るわけではない。奢りとあらばどこへでも行くのが一人暮らし大学生の性である。タダ飯最高。

 

 こぎれいな居酒屋へ入ると、先輩は自分の名を店員へ告げた。予約でもしていたのか?と思いつつ、案内されるままに席に着いた。

 

 「…………って、なんで横一列なんすか」

 

 案内されたボックス席に、奥から先輩、後輩、俺という順番に着席。

 訝しむように先輩を睨んだ。

 

 「あ、言ってなかったっけ?今日合コンの予定だったんだけど、一人来れなくなってさ」

 「…………つまり?」

 

 とぼけるような先輩の言葉に、冷や汗がどっと全身に流れ。

 そして先輩は、両手を合わせてごめんポーズをし、ぱちりとウィンク。

 

 「かずあわせ♡」

 

 気色の悪い言い方をする先輩はさておき、俺はそそくさと立ち上がろうとした。が、がしっと腕を掴まれる。

 

 「ちょ、頼むって!今日はほんとにガチだから!すっげえ美人がくるって話なんだよ!言わなかったのは悪いと思ってるからよぉ」

 「離してください。俺はそういうタイプじゃないんで。場をしらけさせるだけですから」

 「いるだけでいいから!適当に隅っこで飯食ってればいいから!」

 

 この先輩、クズでは?

 

 「いやいや、無理です本当に離してください帰ります」

 

 ぶんぶんと腕を振る俺vs絶対に話さない先輩、そして間であわあわと慌てる後輩。

 

 そんなすったもんだをしてる間に、ついに合コン相手と思われる女子三人組がやってきた。

 先輩は俺にアイコンコンタクトをとると、場を仕切り始めてしまった。

 

 …………。仕方ない。ここまできてしまったら先輩の言う通り黙々と飯を食うしかない。

 腹が立ったのでこの店で一番高い酒を注文してやった。

 

 着々と合コンが進行していく中、俺は下を向いてスマホをいじいじしていた。一度でも相手の女性と目があったら気まずいしな。きっとお相手方も察してくれるだろう。そしてトイレに行った時に「あの端っこの男ずっとスマホいじってたんだけど(笑)」と笑いものにされるに違いない。しかしそれで構わないのだ。

 今日の俺のミッションは、いかに出しゃばらず、影になれるかである。

 

 自己紹介は俺が飛ばされ、女子1、女子2と続いてく。

 そして三人目。聞き覚えのある声に思わず顔を上げてしまった。

 

 「26歳、OLのしずかでーす!」

 「…………」

 

 すらっとした体躯に、艶やかな長い黒髪。さらに視線を上に移せば、あまりにも整った日本美人がそこにいた。思わぬ衝撃に、ビビッと感電したかのように体が震える。

 人間、運命の相手と出会ったとき、初めて会った感じがしないのだと言う。

 どこか見覚えがあるような、ともすれば既に出会っているかのような。

 

 

 …………ていうか普通に知ってるわこの人。平塚静っていう人なんですけど。

 

 

 「趣味はアニメ、漫画とー……」

 

 

 つらつらと自己紹介を続ける女性…………平塚静は、顔を上げた俺に視線を向けて。

 

 

 「………………」

 

 

 文字通り、固まった。

 浮気現場を目撃した彼女のような、あるいは、空飛ぶカピバラを目撃したかのような。

 「お」の口のまま、硬直した。

 

 そしておよそ5秒後。

 平塚先生の顔から滝のような汗が流れた。

 

 それを心配そうに声をかける女子1,2と先輩後輩。

 

 さて、この場合、俺はどの選択肢を取るべきだろうか。

 ①見て見ぬふりをする。

 ②「お久しぶりです!」と声をかける。

 

 悩んだ末、俺は①を選ぶことにした。大丈夫です、平塚先生。平塚先生の婚活は絶対邪魔しません。いいお相手が見つかるといいですね……。

 

 そう心の中で平塚先生にサムズアップをして、俺は引き続き下を向いてスマホをいじいじした。

 

 「あ、あ、アニメと…………ま、漫画、と…………」

 

 震える声で、なんとか平常を保とうとする平塚先生。

 

 「りょ、料理…………と………………」

 

 しかし、その声はどんどん細くなり、下を向いてしまった。

 「大丈夫?」「具合悪いの?」という女子1&2の声が届いていないのか、暫く俯き。

 かと思うと、がばっと立ち上がり、俺の腕をがしっと掴んで。

 

 「ちょ、ちょと、あの?」

 

 見れば、顔を真っ赤にした涙目の平塚先生が。

 

 「来い」

 

 ものっそい力で引っ張られ、店の外に連れられてしまったのでした。

 

 

* * * * *

 

 

 道中、平塚先生は顔を合わせることもなく、話をすることもなく。

 ただ俺の腕を引っ張って、人混みをかき分けるように大股で歩いていた。

 

 なんと声をかけようか何度も迷ったが、そろそろ掴まれた腕が痛いので仕方なし。

 

 「お、落ち着いてくださいって先生。どこ行くんすか」

 「…………」

 

 声をかけると、平塚先生はやっと立ち止まり、腕を離した。

 

 「別に気にしてないですって。先生が合コンに参加してようと先生の勝手ですし」

 「う、うるさいっ!自己紹介で嘘ついて必死で草とか、いい年してそんな恰好してて草とか思ってるんだろうっ!」

 

 大粒の涙を浮かべ、羞恥に顔を赤らめた先生はぷんすかと憤慨する。

 いやいや、別にそんなことは思ってないですよ?

 学校の先生やってるなんて言ったら、堅苦しいと思われて敬遠される可能性もあるし、料理が趣味と言っておけば家庭的な一面も想像させる。

 そして今の服だって別におかしなところはないように思う。

 

 …………うん、確かにニットで強調された胸とか、足のラインがわかるスキニーパンツとか、少しだけエロイなとは思ってるけど。まあ別に、合コンに来るならそれくらい普通だろう。知らんけど。

 

 「思ってないですよ」

 「…………ほんと?」 

 「ほんとほんと」

 

 子犬のような上目遣いで聞かれ、ついついタメ口になってしまったが、平塚先生はぐすんと袖で涙を拭いて深呼吸。少しは落ち着いたみたいだ。

 

 「んんっ、ゴホンッ!…………久しぶりだな比企谷」

 

 すると、いつもの精悍とした声で取り戻す。先ほどのことはもう聞かないでほしいのだろう。

 

 「お久しぶりです、先生」

 「まあこんなところでなんだ。抜け出したついでに、どこか店にでも入ろう。君ももう、飲める年になったのだろう」

 「まあ、別にいいですけど、金ないっすよ俺」

 「気にするな、私のおごりだ」

  

* * *

 

 

 平塚先生に連れられてきたのは、落ち着いた雰囲気のある、お洒落なバー。暗めの照明と陽気に響くジャズが大人な雰囲気を醸し出している。

 俺ひとりでは到底来ないであろう瀟洒な店だ。

 

 平塚先生とカウンターに並んで座ると、ナイスミドルなマスターがメニューを渡してくれる。

 平塚先生は「どうする?」と聞いて来るが、メニュー表を見ても何が何だか分からなくて「ふえぇ……」と困る俺に、先生は「私が選んでやろう」と言ってくれた。

 随分と慣れた様子でバーテンダーにオーダーする姿を見ると、ついつい、大人っぽいななどという薄っぺらい感想が出てしまう。

 

 「なんか大人みたいっすね」

 「大人だからな」

 

 得意げに胸を張る平塚先生。

 

 「……まあ、26歳は確かに大人かもしれないですね」

 

 合コンの自己紹介を思い出し、そうからかってみると、平塚先生はぷくっと頬を膨らます。何それ可愛い。

 しかし、平塚先生の実際の年齢は聞いたことがないのでわからない。見た目は26歳と言っても差し支えないほど若々しく綺麗だが、中身は大人。趣味のアニメとか完全に90年代の作品ばかりでもはやおっさんみたいだし。

 先生の年齢は気になるが、女性に年齢のことを聞いてはいけないということくらいは知っているので、聞かないことにしておこう。

 

 「しかし、君も少し大人に近づいたのではないか?」

 「どうですかね。3年も経てば、誰だってちょっとは変わるんじゃないですか?」

 「どうだろうな。君から見て、私は変わったように見えるかい?」

 

 言われて、改めて平塚先生を見てみる。

 確かに三年ぶりに見ても、平塚先生はどこも変化がないように思える。

 俺の見る目がないだけというのも大分あると思うが、顔や身長、体型、表情の作り方、笑い方、瞬きの速度、声のトーンなど、3年前と比較しても差異がない。

 

 「ああ、なるほど」

 

 はたと気づくと、つい感嘆の声が漏れた。

 それをみて、平塚先生はふと微笑む。

 

 「大人っていう生き物は、変わりたくても変われない。一定であることを求められるからだ。だから変われるうちにたくさん経験しなさい」

 

 妙に実感こもった言い方がリアルで、それとともに、後悔の念を感じる声音だった。

 この人からは、気づかされることがたくさんあるなと思った。

 

 「説教癖があるのも大人の特徴っすもんね」

 「なっ……」

 

 またもからかうように言うと、平塚先生は恥ずかしそうに顔を赤らめた。そして、ゴホンと咳払いをし、

 

 「せ、説教癖は教育者の性でだな……」

 「はいはい、わかってますよ」

 「…………まったく、君は相変わらず生意気だな」

 

 平塚先生はつんと唇をとんがらせた。  

 たまに見せるそういう仕草が、時にこどもっぽくもみえて、俺は結構好きだったりする。

 

 そんな話をしてる間に、シャカシャカしてたバーテンダーがテーブルにグラスを置いた。

 乾杯をして、ぐいっと飲んでみる。

 結構度数たけえじゃねえか……。完全に酔わせる気でしょこの人?

 

 「先日もなぁ、若い先生が転勤でうちに来てな…………」

 

 悄然とため息をつき、ぐいっとグラスを呷る先生。

 

 「生徒にもちやほやされて……私にもそんな時代あったっけなぁ……いや、なかったなぁ……新卒の時からアラサー扱いされてたなぁ……なんて思い出してなぁ……」

 「い、いやほら、それは元から先生は大人っぽいっていうか、高校生から見たら大人なんてだいたいアラサーに見える的なアレですよきっと」

 

 必死のフォローに、先生はうるっと涙を滲ませるが。

 

 「そのくせ都合のいい時には若い者扱いして『若いんだから生徒会の管轄もよろしくな』だ!もう30だってーの!」

 

 気づけば二杯目も開けた先生は、酔いに任せてか、日ごろの鬱憤を爆発させたうえに年齢も暴露していた。顔も少しだけ赤らんでいる。他にお客さんがいなくてよかったよほんとに。

 まあ、こんな愚痴も言える相手もなかなかいないのだろう。今日くらいは存分に聞いてあげよう。

 

 

 バーに入店してから一時間が経った頃。俺も先生も、そこそこ酔いが回りだしていた。

 話題はアニメと漫画(00年代)に花を咲かせ、余計にお酒が進んでいた。俺もここまで飲んだのは初めてかもしれない。

 

 「それだったらブルーレイ持ってますよ、俺」

 「なんだと!?いいなぁ……」

 

 久しぶりに平塚先生と話をしていると、楽しいな、などと柄にもないことを思う。

 高校生の時から馬が合うのはわかっていたし、アニメや漫画の趣味も近い。

 

 そして、もしかしたら、今日このまま別れてしまったら、またしばらく会えないのではないか、話せないのではないか、という考えが過った。

 本当に柄にもないことを思っているという自覚はある。

 ややぼーっとする頭で、何と言おうか考えた。

 酔いを言い訳にするのはクズ男の特徴。だが、やましい気持ちがなければ別に問題はないはずである。

 だからきわめて冷静に、そして平然に。

 

 「………………よければなんですけど、このあと家で見ますか」 

 「おおぉ!ほんとうか!いいのか!」

 

 興奮し、少年のようにキラキラと瞳を輝かせる先生。

 しかし、そのままグラスを呷ろうとした手がピタと固まった。

 

 「…………」

 

 飲むことなくグラスを置いて、しばらく考えたのち。

 一気に顔が真っ赤になって、バッとこちらを見た。

 

 「えっ、ひ、うえっ!?」

 

 言葉にならない、とはまさにこのことだろう。

 先生は何かに気づくと慌てふためいて、あわあわと口をぱくつかせた。

 俺が冗談でも言っていると思っているのか、それとも聞き間違いとでも思っているのか。

 

 しかし、俺の様子をみて確信したのか。

 先生は自分のグラスを見つめたまま、前髪を忙しなくいじったりしてなんと言おうか考えている様子だった。

 

 たぶん今の俺、超耳真っ赤。心臓バックバク。平静を装おうとしているが、膝はガクブル震えていた。

 ていうか、この人、30にもなってなんでこんな撃たれ弱いの?いろんな恋愛経験踏んできてるでしょ?

 

 「か、からかうんじゃない。本気にするところだったぞ」

 「…………」

 「………………え、本気?」 

 「さっきから何言ってるんですか。ただうちでアニメ見るだけですよ」

  

 あたかも、自分は下心で誘っているのではないという空気を纏い、なんなら懐疑的な目を向けた。

 すると平塚先生は、勘違いした自分を恥じるかのように目を逸らし。

 

 「……そ、そうだな!うむ!アニメを見るだけだ!よ、よよよよし、じゃあ行くか!ははは!」

 

 誤魔化すようにから笑いをして、先生はさっさと会計を済ませた。

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