彼には名がなかった。
この世に生を受けたその日から、彼は薄暗い牢屋の中にいた、
醜悪な奴隷商人の所有物であった女性の子、それが彼を表す言葉であった。
彼にはその他の者とはかけ離れたある個性があった。それは前世の記憶を持つということ。
しかしそれはこの状況を覆す何かにはならなかった。
とうの昔に亡くなった母の遺体の横でただうずくまっている毎日。
彼の所有主である男は度重なる暴力、虐待を与え続けた。男性である彼は商品にならない。故に日々のストレスの捌け口として彼を扱った。
それは、暴力など無縁な世界で過ごした記憶を持つ彼にとって到底耐えられるものではなかった。
だが彼が15才の誕生日を迎えようとしたタイミングである出来事が起こる。
奴隷商人の男が余興代わりに持ってきた木の実───悪魔の実を彼は口にしたのだ。
その実の名を彼は知らない。その能力も。
ただひとつ彼が理解していること、それは自身の身体の変化。
傍から見れば薄汚れた少年でしかなかった彼の姿は変化し、ピンク色の髪に透き通る水色の瞳を持つ美少女の姿となった。
だが、それは状況を悪化させるだけだった。
美しい少女の見た目をした少年───それは一部の特殊な性癖を持つ富裕層にとって限りなく価値の高いものだった。
それに目をつけた奴隷商人は彼を富裕層にレンタルし、散々弄ばれ帰ってきた彼をまた次の富裕層にレンタルするという商売を始めた。
その日々の中、潤う商人の懐と反対に彼の瞳は生気を失った。
能力を理解、鍛錬すれば脱走することもできたかもしれない。彼の囚われていた場所は最弱の海、イーストブルー。
彼を捕らえていた錠は能力者の力を封じる海楼石でできていた訳でもなく、何かしら特別な警備があった訳でもない。
しかし彼の心は既に折られていた。逃げ出すなど考えもしない。
懐が潤い歓喜する商人の姿に喜びさえ感じるようになっていた。
そんな日々が5年続いた。
彼の姿はその間変化がなかった。歳を取らない──―否、老けないと言った方が正しいか。それも彼が身に宿す悪魔の力であった。
今回も仕事を終えた彼はいつもの牢屋で横たわっていた。思考もしない、動きもしない、まるで置物のようだと商人は言った。
「ちくしょう!早く貰うもんもらって逃げねぇと……」
そんな時、彼がいる牢屋の前に伸びる廊下の先から声が聞こえてきた。──―聞き覚えのない声が。
それに一瞬反応した彼、しかしすぐに視界を元に戻す。
声のした方から足音が近づいてくる。それが最大に大きくなった時、彼は牢屋の前に現れた足音の主と目が合った。
「なんだ?……女か?」
「………」
その足音の主、彼の記憶で言えばピンポン玉のような真っ赤な鼻をした少年は牢屋の前で彼を見て立ち尽くしていた。
見るも無惨な彼の姿に驚いたのか、はたまたそれを差し引いても美しい彼に魅了されたのか。
どちらにせよ少年はしばらく牢屋の前から動こうとしなかった。長く続いた沈黙、それを破ったのは少年の方だった。
「お前……ここに捕まってるのか?」
「………」
その問いに彼は答えなかった。
再び沈黙が続く。それを破ったのはまたしても少年だった。
「なんか言えよ!!」
「………」
至極当然のツッコミ。しかしそれでも彼は答えなかった。
明らかに苛立っている少年、しかしその場から動くことはなかった。
普段の少年ならすぐに逃げているだろう。金に困って入った屋敷の地下、そこに幽閉されている少女。
そんな不気味な光景を前に普段の臆病な少年であれば迷わず逃げ出すことを選んでいただろう。
しかしその時ばかりは違った。つい先日師であり最も尊敬していた船長を失ったからか。はたまた別れたばかりの兄弟分を思い出したからか。
ともかく少年は彼を助けようとした。
宝箱かなにかの鍵だと思って盗んでいた銀製の鍵を彼のいる牢屋の南京錠に差し込む。
少年は、そして彼は運が良かった。
差し込まれた鍵はゆるりと回り、彼は解放された。
「ほら、これでもう自由だ」
ただの気まぐれ、残忍な海賊であるという自負を持つ少年にとってはその程度のことだった。
しかしいきなり自由を手にした彼はどうすればいいかわからなかった。
故に彼は少年の後を追った。
既に地下から出ようとしている少年の背中を追いかけ、彼もまた階段を登る。
行く宛ても帰る場所もない彼にとってそれだけが唯一の道であった。
「……なんで付いてくるんだよ?」
「…え、あ……」
喋ったのなんていつぶりだろうか。上手く言葉を発せなかった彼を見て少年は深くため息をつく。
「俺は海賊だ!残虐で非道な海賊なんだ!だから付いてくるな!」
「で…も、ボク……行くところなんて……」
海賊だと宣言した少年の言葉に彼は確信する。自分はこの少年を知っていると。
思い出すのは前世の記憶、ONEPIECEという海賊漫画。それに登場する赤鼻の海賊。
「あの……君の名前は?」
知っている。しかし敢えて彼は聞く。その情報を確定させるために。
「……バギー」
いずれ世界に名を轟かせる大海賊になるであろう人物、その名を確かに少年は口にした。
それで彼は確信した。この少年は自分の知る人物だと。
「お前は?」
「……ボクは………」
当然帰ってくるであろう返答、しかし彼はその答えに詰まった。彼に名などなかったからだ。
前世の記憶を遡れば当然その当時の名前があるだろう。しかし彼はそれを思い出すことは出来なかった。
「ボクは……名前なんてない」
「名前がない?変な奴だな」
そうバギーが思うのは当たり前だ。名前などこの世に生を受けた者であるならば誰でも持つものだとバギーは認識していた。
「マジで付いてくる気ならなんか考えろよ。呼びづらい」
付いていってもいいんだ……と彼は思う。そういえば彼の知るバギーはその場のノリで物事を決めることが多い人物であった。
大方海賊団の仲間が増えるならいいとでも考えているのだろう。
名前……自分の──―ボクの名前。
「……ミズキ」
「変な名前だな」
前世の記憶ではメジャーな名前。しかしこの世界を生きるバギーにとっては聞き馴染みのない名前であった。
何故そう名乗ったのかは彼にもわからない。
「付いてくるのはいいけどよ、海賊になる覚悟はあんのかよ?」
「……海賊」
バギーの知る海賊、それは時に勇敢に、時に残虐にこの海を生きる強者であった。
尊敬し、付き従った男──―海賊王ゴールド・ロジャー、そのライバルである白ひげ、金獅子、ビッグ・マム。
半端な覚悟ではこの海を生きられない。それを知っているからこそバギーはこの質問を投げかける。
「あるよ、ボクは……君と一緒に海賊になる」
「そうか……なら好きにしろよ」
無愛想に答えるとバギーは屋敷の扉を開ける。
それに続くように彼も外に出る。
眩しい陽の光が彼を照らし、自由だと伝える。彼は初めて外に出たのだ、自分の意思で、足で。
ボクはこの少年を知っている。いつの日か海賊としての地位を高め、王下七武海に上り詰める男。
きっとボクの心はもう死んでしまったんだろう。海賊になることにも抵抗などない。
人を殺すし強盗だってするだろう。
バギーがこの世界において比較的人間らしい感性を持った海賊であってもそれは変わらない。
でもそれでも構わない、ボクは彼に付いていく。
どうせこんな命なんだ、死んでしまってもいい。
この道はきっと茨の道だ、数々の困難が待ち受けているかもしれない。
久しぶりにこんなに考えたな、とボクは彼の背中を追いながら思うのだった。
思いつきで書いたこのシリーズ。イナズマイレブンの方もあるので頻度は低めだと思うけどよかったら感想、評価お願いします。
ミズキの悪魔の実
-
超人系マジョマジョの実
-
動物系幻獣種ヒトヒトの実モデル魔女