「くそぉ……なんなんだあの化け物は!?」
だが、その日ばかりは違った。ウイスキーピークにある集落の一角で血を流し倒れるのは屈強な賞金稼ぎ達。その数は10や20ではない、ウイスキーピークには総勢500人を超える賞金稼ぎが拠点として利用している。が、その殆どが既にやられてしまっている。彼らも弱くはない、仮にも偉大なる航路の賞金稼ぎ、一定の経験と実力は持っている。だがそれらを持ってしても彼らが相対している敵はどうにもならなかった。
「あれで1300万……!?政府の基準はどうなってんだ!?」
「撃てぇぇ!!あんな小娘、一発でも当てちまえばこっちのもんだ!!」
半数ほど残った者達が銃やバズーカで狙い撃ちする。だが当たらない、住宅群の屋根の上を身軽に飛び回る彼に当てられる者などこの場には存在しなかった。
「……数ばっかり多くて面倒だね……一気に終わらせようかな」
「ぎゃはははは!!てめぇらお嬢に勝てると思ってんのか!!」
「我らバギー海賊団の副船長!!お嬢の強さは半端ねぇぞ!!」
「うるさい、君らもサボってないで戦いなよ」
自分を持ち上げ騒ぐ部下達に苦言を呈しつつ屋根から飛び降り、ミズキは自ら賞金稼ぎ達が群がっているところに着地する。右手の手のひらには青白く光る冷気が蓄えられていた。次は何をする気なのかと恐れ、たじろぐ賞金稼ぎの姿を見てミズキは不気味に口を緩ませる。
「
ミズキの手のひらを起点に冷気が地面を伝い、一瞬で辺りを極寒の地へと変貌させる。
その冷気に少しでも触れれば最後、一気に全身が凍てつき身動き一つ取れなくなる。そうして賞金稼ぎ達は氷の人形へと姿を変えてゆき、あっという間に氷で作られた、高さ20mは超えるであろう城の礎となった。
「すげぇ……さすがお嬢だ」
その光景に部下達が息を飲み驚愕する。ミズキの強さはわかっていたがやはりいつ見ても圧巻だと、特に古参の部下ほど彼の底知れなさに尊敬と少しばかりの恐怖の感情を抱かずにはいられなかった。
「……喉乾いた、ジュース」
「はい、すぐにお持ちします!!」
近くにいた適当な部下にそう指示する。それを聞いてすぐにジュースを持ってきた部下から受け取るとストローを口に入れた。
満足気にジュースを飲むミズキに部下の一人が恐る恐る問いかける。
「あの、お嬢……キャプテンバギーに連絡しなくていいので?」
「……めんどくさい、心配しなくても大丈夫でしょ多分」
部下達が心配しているのは別行動中のバギー達のこと。財宝泥棒を追ってこのウイスキーピークに上陸したバギー海賊団は即座に海賊を狙う賞金稼ぎ達に囲まれてしまった。そのため二手に別れバギー率いる半数は財宝泥棒の捜索、そしてミズキ率いる残りの半数は賞金稼ぎ達の殲滅──実際は殆どミズキ一人が倒したのだが──に分かれた。賞金稼ぎ達の殲滅は完了した、だからバギーに連絡を取り合流しなくていいのか?と部下達は問いかける。だがミズキは面倒くさげに適当な答えを返した。だが何も考えていない訳では無い。あれでもバギーは船長だ、ミズキも態度にこそ示さないがその実力には一定の信頼を置いていた。だからこそ自分が行かずともそのうち片付くだろうと思っての判断だ。
「お嬢、キャプテンバギーから電伝虫です!!」
「ん、ありがと」
部下から電伝虫を受け取り受話器を取る。バギーから連絡なら十中八九財宝泥棒を捉えたという報告だろう。それなら早く船に戻ってゆっくりしたい、そう考えていたが電伝虫から聞こえてくる声はバギーのものではなかった。
「……もしもし?」
「は〜はっはっは!!お前達のキャプテンは預かったガネ!!返して欲しくば今から言う場所に一人で来ることだガネ!!」
「……は?」
バギーのものではない、明らかに敵対者からの電伝虫だ。その声や特徴的な語尾でミズキは声の主が自分が想像していた人物だと断定する。そしてあっさり捕まって人質にされている船長に呆れてため息をついた。
「煮るなり焼くなり好きにして、じゃあね──」
「ふざけんなミズキてめぇこら!!ハデに助けに来やがれ馬鹿野郎!!」
「……海賊なんだから自分でどうにかしたら?」
「それが船長に対しての態度か!?いいからとっとと助けに来い!!」
「そっちこそ……それが人にものを頼む態度?」
「助けてください、お願いします」
「船長としてのプライドはないのガネ!?……まあいい、とにかく場所は島の中心にある私のアジトだガネ。ふふふ……早めに来ることをおすすめするガネ、それでは」
半ば強引に話を区切り、男からの通信は途絶えた。ミズキは訪れた静寂の中で再びため息をつきながら受話器を置く。まったく何をやっているんだと、少しバギーを過大評価しすぎていたかと後悔する。
「どうするんだ?本当にほっとくのかよ」
「……はぁ……あいつボク一人で来いって言ってたよね…………じゃあガイモンは何人か連れて敵のアジトの近くで待機、ボクがあいつを引き付けておくからその間にバギーを助けて。他は船に戻ってて、邪魔だから」
ミズキは心の中で悪態をつきつつも部下達に指示を出す。そしてガイモンと部下数人を連れて島の中心部、指示があった場所へと向かう。
「ちくしょう……この俺様をこんな目に合わせやがって、あのロウソク野郎覚えていやがれ」
蝋でできた牢屋の中で、バギーは自分をこんな目に合わせた男への怒りを募らせていた。その牢屋の中にいるのはバギーと彼についてきた半数の部下達。彼らは財宝泥棒を見つけたのはいいが罠にハマりこうして人質としていいように利用されていたのだ。
「……俺としたことがとんだウッカリだぜ……くそぉ」
「ですがキャプテンバギー、お嬢がまだいますぜ」
「そうだ!きっとお嬢が助けに……来てくれるのか?」
まだミズキが捕まってないことに希望を抱きつつ、若干の不安も混じった言葉を部下達は口にする。あの性格のミズキが果たして助けに来てくれるのかと。それはバギーも同じだった。
「ま……まぁ大丈夫だろ、さすがにあいつも俺達を見捨てることはしねぇ……多分……」
「はっはっは、とんだ副船長もいたものだガネ。もっとも、私はそのおかげで楽に君達の首をいただけるのだが……1500万と1300万の首を」
「……!?てめぇ、やっぱりそれが狙いか!?」
高笑いしながら牢屋の前にやってきたのはバギー達を捉えた男、ギャルディーノ。彼の狙いを知ると、バギーはやはりかと納得する。財宝を奪われた今、狙いがあるとすれば自分達の首にかけられた懸賞金だと。
「さて、君達を人質に狩魔女を捕らえてもいいのだが……それではちっとも面白みがないガネ。やはりショーは楽しくなければ」
不敵に笑うギャルディーノ、そしてバギー達一人一人に蝋で作った手枷と足枷をつけると彼らをアジトの外へと連れ出した。
「てめぇ!?なんで俺だけ全身拘束するんだよ!?」
「貴様がバラバラの実のバラバラ人間であることは調べているガネ。こうでもしないと逃げられてしまう……だから牢屋の格子も特別隙間を小さく作ったのだ」
「ちくしょう、やけに細けえ格子だと思ったらそういうことか……」
「ふ、無駄話もここまでだガネ。私は客人を招く時は手厚くもてなすタイプだガネ」
そう言うとギャルディーノはアジトの前にある少し開けた場所に立ち、地面に自らの能力で蝋を出す。それはどんどん形を成していき、巨大な造形物に姿を変えていく。
「特大キャンドルッッ……!サービスセット!!」
やがて完成した造形物はホールケーキのような形の土台に柱が一本伸び、その上部には回転する巨大なカボチャを模したロウソクが火を灯している。ギャルディーノはその土台に一人ずつバギーと部下達を拘束していった。
「おい、いったいなんだこりゃ!?」
「上からなんか降ってくるぞ!?……これは雪……いや蝋か!?」
「フハハハハハ!!味わうがいい!!キャンドルサービスセット!!君らの頭上から降るその蝋の霧はやがて君ら自身を蝋人形に変える!!完全なる人の造形!!まさに魂を込めた蝋人形だガネ!!だが道化のバギー、貴様だけは生かして海軍に引き渡さなければならない、死にかけで勘弁してやるガネ!!」
「ふざけんな!?そんなもんになってたまるか!!」
「もはや脱出は不可能!!そこで大人しくしているだガネ」
タイムリミット付きの拘束、それにもがき叫ぶバギー達を無視してギャルディーノは島の端、港の方を見る。まもなくやってくるであろう標的に狙いを定めて。そして彼はすぐにやってきた、たった一人で。
「……指示通り一人で来たな。ふふ、それでいいガネ」
「うおおおおおお!!お嬢が来てくれたぞ!!」
「ち、遅せぇんだよハデに馬鹿野郎が」
やってきたのは誰もが待ち望んだ副船長、ミズキだ。彼は背中に背負った短剣を引き抜き、剣先をギャルディーノに向けて宣言する。
「うちの船長と船員を返してもらうよ、こんなでもいなくちゃ困るからね。……だけどジュースとケーキ沢山くれたら見逃してあげる」
「うぉい!!俺らの命はケーキと同等か!?」
「そんなこと言わねえで助けてくれお嬢!!」
ミズキは冗談のつもりで言ったのだが真に受けたバギー達はそれぞれツッコミを入れる。それを見ていたギャルディーノは呆れ返って口をあんぐりと開けている。が、正気に戻り宣言した。
「このキャンドルサービスセットの硬度は鉄をも凌ぐ!!破壊は不可能だガネ!!仲間を助けたければ大人しくしていろ!!」
「……破壊は不可能、ね」
馬鹿だなとミズキは微笑する。下手に頭がキレるのが裏目に出たなと嘲笑うかのように短剣を振りかざし剣先に魔法で炎を生み出す。蝋にもっとも有効なのは熱だ。鉄の硬度があろうが熱を与えれば蝋は溶けあの拘束も解かれる。
「
剣先から放たれた炎の嵐がキャンドルサービスセットを包んだ。炎に囲まれたロウソクの造形物は次第に溶けだし形が保てなくなり崩れ落ちる。それに従いバギー達の拘束も解かれ彼らは勢いよく炎の中から飛び出してきた。
「あちゃちゃちゃ!!てめぇもうちょっと優しく助けろよ!!」
「しょうがないでしょ……蝋を溶かすにはこれしかないんだから」
プスプスと身体から焦げ臭い煙を発しながらも割と元気そうにバギーはミズキに詰め寄る。それを見たギャルディーノは目を丸くして絶句した。無敵だと思っていた自身の切り札をあっさり破られたことに対して。
「……は!?卑怯だガネ!!炎を使うなんて聞いてないガネ!!」
「……敵の弱点を突くのは当たり前でしょ?少しは頭を使ったら?」
「……!?姑息な大犯罪を信条に掲げる私にそのような口を聞くとは……もう許さんガネ!!キャンドルゥゥゥ……チャンピオン!!」
ギャルディーノが生み出した大量の蝋で全身を包んでいく。腕は巨大な豪腕に、脚は屈強な豪脚に変化し巨大なロボットのような姿の蝋の鎧が完成した。
「フハハハハハ!!どうだガネ?これこそが私の最高傑作、キャンドルチャンピオン!!この姿になった私は誰にも止められないガネ!!」
「うぉぉ!!なんだこりゃ、ロボットみてえに変形しやがった!?」
「……ちょっとかっこいいかも……」
「言ってる場合か!?……よぉし、手ぇ出すなよミズキ」
腕をポキポキ鳴らしながらバギーはギャルディーノに向かっていく。そして腕をバラバラに分離させ構える。
「こいつは俺の獲物だ、ここまでコケにされた礼をたっぷりしてやるぜ!」
「……!?キャプテンバギーが戦ってくれるぞ!!」
「うぉぉぉぉぉ!!キャプテンバギー!!」
『バギー!!バギー!!バギー!!バギー!!』
勇ましくそう宣言するバギーに、ミズキは少し意外に思いつつも短剣を背中に収めた。曲がりなりにも一定の信頼は置いているのでここは任せようと後方に下がる。
「いい度胸だガネ!!ならばお望み通りあの世に送ってやるガネ!!」
「やれるもんならやってみやがれクソッタレロウソク野郎!!ハデに海の藻屑にしてやるぜ!!」
ギャルディーノの豪腕とバギーのバラバラの拳、両者が激突し戦いの火蓋が切られた。