──魚人島。
陽樹イブにより地上の日光が届き、植物やサンゴが生息しているため海底にあるにも関わらず人間もシャボン内であれば活動することができる。
そして観光名所ということもあり、美しいサンゴや人魚達がいる入江やビーチはいつも賑わい魚人島の財政を担う一翼となっていた。しかしその日は違った。観光客で賑わうビーチはある一団を除いて人気がなく、人魚達も隠れてコソコソと様子を伺っていた。
なにせそのビーチを占拠しているのは海賊。それも先日大事件を起こしたばかりの、それ自体はまだ魚人島には伝わっていないが他にも悪名轟く大海賊だったからだ。
「あ〜ん…………!美味しい〜〜♪やっぱり噂通り魚人島のお菓子は格別だね!」
サングラスとワンピースタイプのピンク色の水着を身につけ、パラソルの下のビーチチェアでお菓子を食べながらくつろぐのはバギー海賊団の副船長“宵魔女ミズキ”だ。
見た目はとても可愛らしい14歳位の少女であるが、こう見えても懸賞金は億を軽く超えてくる大海賊であり、そして少女ではなく少年であった。二重のギャップを持つ彼はサングラスをずらしてその美しい瞳を顕にさせると、少し離れたところでうずくまる男達に話しかけた。
「ねェ、バギー達もいつまでも落ち込んでないでこっちでくつろごうよ!」
ミズキの目線の先には船長のバギーと幹部であるギャルディーノとガイモンの姿があった。バギーとギャルディーノは哀愁漂う空気でしゃがみこみ地面を見つめ、それをガイモンが慰めていた。
「終わりだガネ……天竜人に手を出してタダで済むはずがないガネ……」
「ああ……おれもあの時は調子に乗っちまったが……よくよく考えればやべェことやっちまったぜ……」
「ま、まァそう気を落とすなよ……無事シャボンディ諸島を出港できただけでも幸運だったと思おうぜ」
彼らが思い詰めているのは魚人島に来る前のシャボンディ諸島で起きた事件について。この世で一番権力を持つ世界貴族、天竜人を殺害したことについてだ。天竜人は気分を損ねるだけで最悪の場合海軍大将すら出張ってくる程の絶大な権力を持っている。それを殺害したとなれば政府も黙っていないだろう。
「も〜〜!殺っちゃったものはしょうがないでしょ!バギーもノッてたし、それにそのおかげで部下がたくさん増えたんだし結果オーライ結果オーライ♪」
「まァ……そりゃそうだが……」
ミズキの言葉にバギーは言葉を濁す。本当なら反論したいところではあるが自分自身その場の空気で調子に乗っていたし、悪い気分ではなかった……寧ろ気分は良かったので葛藤していたのだ。部下が増えたのも結果的に言えばこれから新世界に入るに向けて良い事だった。
「ていうか新世界に入っちゃえば四皇の動きもあるし海軍も積極的には動けないだろうし、そこまで悲観することもないんじゃない?」
「確かに……新世界は四皇のナワバリが多くあると聞く……そのような場所では海軍も迂闊には動けない……一理あるガネ」
ギャルディーノが顎に手を置き冷静に分析する。彼は姑息な大犯罪を自称するだけあり頭脳明晰であり、バギー海賊団の頭脳担当として活躍していた。そして彼はミズキの言葉に納得する。新世界でどこか四皇の傘下にでも入ることができれば一応の安全は保証されるだろうと。
「まァ今度は四皇に狙われるかもだけどね。傘下になんて入る気はないし!」
「さすがだぜキャプテンバギー!新世界でも四皇に屈しないなんて……!」
「やっぱりおれ達のキャプテンはすげェな!」
「ま、まァな……おれ様くらいになれば四皇なんて目じゃねェからな……うん」
ミズキの言葉に部下達は羨望の眼差しをバギーに向ける。その期待に対しバギーの回答は決まっていた。本当ならば白ひげ辺りの傘下に入れば安全なのだろうが、バギーにもある程度のプライドがある上に部下達にこのような期待を向けられてはこうする以外ないのだ。
「ところで……そこに隠れてる兵士さん達。隠れてないで出ておいで♪」
「……!!?」
話も一段落した頃、見聞色の覇気で気配を察知し、ミズキがビーチの近くにあった岩場に向けて声をかける。そこから出てきたのは槍を持った魚人や人魚達、この国の兵士達だった。
「お前達……バギー海賊団だな?この国に何をしに来た?」
「あはは♪海賊が魚人島に来る理由なんて決まってるでしょ?それとも理由がなければ来ちゃいけないの?」
「……ッッ!!お前達がビーチを占拠しているせいで人魚達が怯えて困っている!まさかこの島を……!」
「う〜ん。別にそんなつもりはなかったんだけど……もしかしてやる気?それなら相手してあげてもいいけど……相応の覚悟はあるんだよね?」
「……!!」
少しだけだが覇王色の覇気を放出し、ミズキが兵士達を威嚇する。気絶するほどでは無い。だが兵士達を怯ませるに充分であり、実際に彼らは押し黙ってしまった。
「なになに!?戦っていいの?それなら相手になるわよ!」
「まーまーアップル、どうどう〜どうどう〜。まァ安心してよ、こっちからどうこうする気はないから」
目を輝かせて飛び出してきたアップルをミズキが抑えた。何もする気はない、そうミズキは言うがそんな言葉一つで海賊を信用できるはずもない。海賊が集まるこの島で嫌という程見てきた魚人島の住人ならば尚更だ。
「……この島は“白ひげ”のナワバリだ。手を出せば彼らは黙っていない」
「あはは♪わかってるよ、だから安心でしょ?ボクらも白ひげは怖いからなァ……とても暴れる気にはなれないよ……少なくともそっちから手を出さない限りは……ね♪」
兵士が言うように魚人島は四皇“白ひげ”のナワバリだ。もし暴れれば彼らが報復にやってくる。故に海賊達は魚人島に手を出せずに大人しく出港するのだ。それを知っていたのか、ミズキも少し演技臭くはあるが白ひげのナワバリである以上暴れる気はないと断言するのだった。
「……この島の住民達に手は出さないんだな?」
「そっちから何もしてこなければね」
「……わかった……それならばこちらは身を引こう」
兵士達の隊長らしき男がそう確認し、ミズキが頷く。そうして隊長は判断し、部下に撤退を命じた。さすがに隊長なだけあって冷静な判断だ。この場で追い出そうと戦っていれば確実に返り討ちにあうし、機嫌を損ねて暴れられては被害も甚大になっただろう。
だがその判断に、異議を唱える者がその場にいた。
「ふざけんじゃねェ!!ネプチューン軍ともあろうものが人間に屈するのか!!」
「……!!?」
「……あは♪」
怒り心頭な様子で制止を振り切り割って入ってきたのは長い鼻が特徴の魚人。その彼を見てミズキは口元を緩ませ不気味な笑みを浮かべた。
「隊長、魚人街のアーロンです!」
「ニュ〜!アーロンさんやめてくれ!相手は……」
「うるせェ!!こんな人間のクソガキに舐められてなんとも思わねェのか!!」
アーロンと呼ばれた青年は兵士の一人の胸ぐらを掴み、怒りを込めて叫んだ。彼の後ろには仲間らしき魚人達が数人いる。彼らもアーロンを窘めていたがアーロンは聞く耳を持たない。
「おうおう、てめェアーロンっつったか?あんまり舐めてくれるなよ?おれ様は泣く子も黙るキャプテン──」
「黙れ赤っ鼻!!てめェらみてェな下等海賊如き、このおれがぶち殺してやるぜ!!」
「てめェ!キャプテンバギーを愚弄するのか!」
「アーロンさん相手はあの“千両道化”だ……!ここは抑えてくれ!」
バギーに掴みかかり今にも殴り飛ばしそうな勢いで迫るアーロン。バギーの部下達はそれに怒るがアーロンは気にも止めない。だが一つの影がアーロンに迫り、彼は吹き飛ぶことになる。
「……な!?グァアア!!?」
「あ、アーロンさん!!」
顔面を殴り飛ばされたアーロンが吹き飛び地面を二度三度と跳ねる。自慢の鼻が曲がり痛みに悶えるが、戦意までは失わずに自分を殴り飛ばした相手を睨みつけた。
「あなた少しはやりそうね!!私と勝負よ!!」
「てめェ……!!」
「あの人間のガキ……あんな細い腕でアーロンさんをぶっ飛ばしたのか……!」
小柄なアップルがアーロンを殴り飛ばしたことに驚く魚人達。続け様に追撃を入れようとするアップル、だがそれを肩を掴みミズキが止めた。そして無言でアーロンに近づき、倒れるアーロンの顔を覗き込む。
「あはは♪…… ねェ、さっき誰のことを馬鹿にしたのかな?」
「……!!?」
ミズキの覇気に圧倒され、アーロンは動くことができない。体格差は圧倒的で傍から見れば異様な光景だろう。そしてミズキは折れてしまったアーロンの鼻を持ち、その華奢な身体からは想像できない力で手首を曲げてさらにへし折った。
「ぎゃああああ〜〜〜!!!」
「あはは♪本当に雑魚だね、魚だけに♪」
「待ってくれ!!彼もこの島の住民だ!!」
「先に仕掛けてきたのはこのサメでしょ?確かにこっちからは手を出さないって言ったけどさ、売られた喧嘩は買わないとね」
「……この……下等な人間のクソ野郎が……!!」
「お!元気だね!……決めた!君は今日からボクの実験台ね!」
指を鳴らしてそう言うと、ミズキはアーロンの身体に数箇所短剣を突き刺した。そして意識も朦朧となったアーロンを部下の方に投げ飛ばした。
「船に連れて行って拘束しといて。多少手荒になってもいいから」
「へい!了解だお嬢!」
「アーロンさん!!」
「ま、待て!頼む!どうか見逃してくれ!」
アーロンの仲間達や兵士達が許しを乞うが、ミズキは気にも止めずに部下にアーロンを船に連れていくように指示を出した。
「ボクらは何もしないって言ったのにさ。寧ろあのサメ一人連れていくだけで許してあげるんだから感謝して欲しいくらいだよ。それとも……やる気?」
「うっっ……!!?それは……」
「アーロンさん……クソッッ!!」
ミズキから覇気を向けられ、彼らは押し黙る。誰もが俯き、アーロンの仲間達は歯を食いしばり拳を握りしめる。それを見てミズキは満足したように笑みを浮かべた。
「もういいよね、ボクらはバカンスを楽しんでるだけなんだからさ」
これ以上関わってくるなら容赦しない。そんな意味を含んだ言葉に彼らは従わざるを得ない。背を向けて去っていく彼らを、ミズキは不気味な笑みを浮かべて見つめていた。
「よっと……よし、侵入成功!」
新しい魔法の試しがてら、ボクはとある場所へと侵入していた。
ここから見えるのは幻想的な海底でサンゴ礁の中を魚達が泳ぐ光景。そして今ボクがいる場所はそんな幻想的な深海のシャボンの中に建てられたお城。
そう、リュウグウ王国の王族達が住む竜宮城だ。
本来ならばここは海底にあり二重のシャボンで包まれていて、見張りの兵士が巡回しているのもあり特に海中で動けない人間は侵入が難しい。
だけどボクは簡単に中に入ることに成功した。使用した魔法は転移魔法、端的に言えば瞬間移動だ。
ボクの視界の中に入っていればどこにでも瞬時に移動することができる。シャボンの外から城の中が見えれば、二重のシャボンも無視して城の中に入れるって訳だ。
どこかの麦わら帽子を被った海賊のお友達の能力みたいに特殊な空間を展開する必要もないし入れ替える対象も必要ない。
「さァて……あれはどこにあるのかな?」
見聞色の覇気で周囲に誰もいないのを確認してボクは城の中を探索する。別に見つかっても口封じすればいいだけなんだけど、警戒するに越したことはないだろう。雑兵くらいならどれだけ出てきてもいいんだけどネプチューン王や、この時点で兵士になってるのかわからないけどジンベエなんかに出てこられたらさすがに面倒臭い。
勿論1対1なら負ける気はないし今の時点だったらボクが勝つのは間違いないと思うけど、徒党を組まれたりしたら厄介だからね。
特にジンベエはさっき捕まえたサメくんとは比べ物にならない位強いからね。肩を並べたとか言われてたけど物理的に隣に立ってただけだよね?ってなる。少なくとも実力の差は圧倒的だ。
「ん?……あは♪もしかして……」
そんなことを考えながら城の中を散策していると、やたら厳重に鍵をかけられた部屋を見つけた。鍵付きの鎖で何重にも扉を封鎖している怪しすぎる部屋だ。
鎖を短剣で切り落として扉を開けて部屋に入る。そこには金貨や宝箱などの財宝がたくさん置かれていた。ビンゴだ。
ボクは並べられている財宝には目もくれず、部屋の一番奥に置いてあった宝箱を手に取る。
他の宝箱と比べて明らかに重厚感があるそれの名は玉手箱。リュウグウ王国に伝わる伝説の秘宝であり、ボクの目的の物だ。最も用があるのは箱じゃなくてその中身なんだけどね。
そう、ボクが欲しかったのは玉手箱の中身。一粒飲めば力を倍に高めるが寿命を著しく削ると言われる凶薬だ。