新世界、カライ・バリ島。
そこは新世界の中でも栄えた島であった。“四皇”のナワバリと比較しても遜色ない程の文化、裕福さを備えている。
街は例え夜であってもまるで昼のように明るく、大勢の人で賑わっている。農業や畜産業の面では非常に質の高い野菜や肉を大量に獲ることができ、食糧難とは無縁。島の安全に関しても強力な警備隊を備え、例え海賊がやってきたとしても即座に撃退される。
「やあ、いつも警備ご苦労様」
「にゃあ〜〜!」
そして街には何匹もの黒猫が定期的に巡回している。無論ただの猫ではない、不審者を発見したり事件があったりすると即座に“主”に報告し警備隊に情報が回る。
警備隊は炎や氷、雷など様々な属性が付与された不思議な武器を使い島の安全を守っている。
街の灯りは宙に浮く火の玉が照らし、それを応用して野菜に日光に似た光を当てることで高品質な野菜を収穫。それらを与えられた動物達も当然大きく、美味しく育つ。
それらは全て一人の能力者のもたらす恩恵。この島を支配するバギー海賊団の副船長であり、黒猫達の“主”。二年の間に島民達へ自身の能力である魔法を提供し、その少女のように可愛らしい容姿から老若男女問わず大人気な少年“宵魔女ミズキ”。
彼の魔法によってカライ・バリ島は新世界有数の栄えた島へと成長したのだ。
「……!あれは……バギー海賊団の船だ!」
「キャプテン・バギーが帰ってきた!」
「バギー船長!」
バギー海賊団の海賊船が港に到着するや否や、島民達は我先に港へと集まった。そして彼らが降りてくるのを今か今かと待ちわびる。
「今回はどこへ行ってたんだ?」
「鎖国国家のワノ国だってよ!」
「……!!キャプテン・バギーだ!」
船から降りてきた赤鼻の男を誰もが讃え声を上げる。あのロジャー海賊団の元船員であり、天竜人をも恐れぬ大海賊。それこそがこの島を支配するバギー海賊団船長“千両道化のバギー”だ。
「ぎゃはははは!!皆の者出迎えご苦労!!バギー様が帰ってきたぞ!!」
「キャプテン・バギー!!」
「ミズキさんもいるわよ!今日も変わらず可愛いわ!」
「やっほ〜〜!皆ただいま〜〜♪」
「ミズキさん!こっち向いてくれ〜!」
バラバラの実の能力で身体を分離させパフォーマンスをするバギーと、島民達に手を振り可愛らしい笑顔をふりまくミズキ。その姿を一目見ようと人々は集まり歓声をあげる。
それらの様子を見て驚きながらも恐る恐る船から降りてくる人物が二人。ワノ国で新たに加入したバギー海賊団の新入りだ。左だけ長い髪型とマフラーが特徴の少年がカバジ、白髪に鬼のような角が生えた少女がヤマトだ。
「……すごい……これがワノ国の外の世界……」
「ああ……こりゃあ想像以上だな」
その光景に思わず息を呑む。鎖国国家ワノ国で育った彼らにとっては全てが初めて見る世界、故にその驚きも大きいのだ。
「おお、帰ったかお前ら。有意義な旅になったのか?」
「ワノ国は黄金が大量に眠っていると噂されているガネ。それなりの収穫はあったのカネ?」
人混みを掻き分けバギー達を出迎えたのは最近カライ・バリ島の警備隊長に就任したガイモン。そして経済の管理、事務などを担当する頭脳派のギャルディーノだ。
「財宝の類は無いけど新しい仲間が増えたよ、カバジとヤマト!ヤマトはカイドウの子供なんだ!」
「へェ〜、カイドウってあの四皇のか。そりゃどえらい父ちゃんの元に生まれたな」
「それほどの血統ならばいい戦力になりそうだガネ」
二人はヤマトを見て感心する。ガイモンがヤマトの頭を撫でてやるが、彼の箱に詰まっているという珍妙な見た目に驚いたのかヤマトは顔を青くした。
「……おい待て……今カイドウの子供って言ったか?」
「うん、そうだよ」
ミズキの返答を聞くとガイモンとギャルディーノは顔を見合せ、そして目玉が飛び出るほど驚いた。
『ハァァァァ!!?カイドウの子供ォォォォォ!!?』
驚きのあまり飛び上がった二人を見て、ヤマトは複雑そうな表情を浮かべた。そんな彼女の頭を撫でてやると、ミズキは彼女の手を引いて優しく微笑を見せた。
「行こ!この島を案内してあげる!カバジもね!」
そう言ってヤマトとカバジを連れ、ミズキはカライ・バリ島を案内する為に街へと向かっていった。
♦♦♦♦♦
『そうか……カイドウがワノ国に……』
「ええ……この目で確認してきました」
バギー海賊団帰還から半日後。ギオンの経営するクラブの控え室、やや薄暗い部屋でギオンはこれまで集めた情報を報告している。直属の上司であるおつる中将以外にも政府の役人が数名、その報告を聞いていた。
『それで……肝心の“千両道化”と“宵魔女”の方はどうだ?何か掴めたのか?』
「いえ……そちらはまだ……」
ギオンの言葉を聞いた役人はため息をついた。その反応にギオンは圧迫感にじわりじわりと押し潰される感覚を覚える。
『何のために君を派遣したと思っている……こんなことを言いたくないが、今までの君の働きは無能だと言わざるをえんぞ』
「……はい」
役人の小言をギオンは黙って聞き、謝罪と反省の言葉を述べることしか出来ない。だがこれでもマシな方だ。おつるが聞いているので言葉を選んでいるが、普段はもっと口汚く罵られている。報告の度にそのような言葉を聞かされているのでギオンは苛立ちを募らせる一方だった。
『ワノ国の情報はCPが既に掴んでいたのだ。君のこの二年の収穫は0と言っていい。いや、奴らに沈められた軍艦の分損害すら出ている』
そうは言うが一体どうしろというのか。わかったことは逐一報告している、だがあの“千両道化のバギー”は訳のわからない男だ。ロジャー海賊団の元船員ということで確かな求心力やカリスマがあるのはわかる。だが実際にギオンが接触してみてそこまでの実力があるようには見えなかった。見聞色の覇気で探っても特に強い気配は感じない。
だが今回の一件もそうだが強者達と何度も相まみえて生き残ってる。ガープを退けたという噂もある。強いのか強くないのかわからない、理解できない男なのだ。
“宵魔女”もそうだ。探れと言われても能力が多彩すぎて何をどう探れと言うのか。炎雷風氷、衝撃波に毒。更には瞬間移動に空中浮遊、黒猫を出して操り街の警備をさせるなどこれでもまだほんの一部。むしろこれだけ調べた自分を褒めたいくらいだ。
だがそれを口に出すことはできない。いくら罵られても彼らは上司なのだ、逆らうことなど許されない。こんな時ギオンはバギー達が羨ましいとすら思い始めていた、こんな上司達に縛られず自由に過ごすことが出来る彼らが。
『その辺にしてやってくれ。ギオンはよくやってくれているよ……この任務は難しい、こんな短期間でそこまで調べたことを称えるべきだ』
「おつるさん……」
電伝虫越しに今まで無言を貫いていたおつるの声が聞こえてきた。彼女はギオンを責める役人達を制止し、庇うように静かに諭した。
ギオンは目頭が熱くなるのを抑えて自分を庇ってくれる姉妹分に改めて尊敬の念を抱く。
『ギオン、焦らなくていい。お前は私の妹分だ、期待しているからね』
「……はい、おつるさん」
心が洗われたような感覚のままギオンは受話器を置いた。
……そうだ、おつるさんの為にもしっかりしなければ。無能な上司の言葉など真に受けている暇などない。自分は自分の出来ることをするだけだ。
「……!……はい」
その時、再び電伝虫がプルルルと鳴き出した。受話器をとると、聞こえてきたのはおつるの声だった。
『すまないね、一つ言い忘れていたことがある──!……ちょっと待っていてくれ』
誰かに呼ばれたのかおつるは一旦その場を離れてたようだ。ギオンが彼女が戻るまで待っていると、電伝虫越しに声が聞こえた。どうやら向こうの会話が入っているようだ。
『……ギオンはもう始末するべきだろう。ワノ国と政府との取引を知られた可能性がある。ろくな成果もない、消すべきだ』
「……!!?」
消す?……あたしを?……それにワノ国と政府の取引?
確かにさっきまで話していた役人の声だ。ギオンは状況が飲み込めず身体を震わせるだけだった。胸を打たれたような衝撃が彼女を襲った。
『……そうだね、あたしもあの小娘にはうんざりしていたんだ。消えてくれるなら好都合だよ』
「…………え?」
おつるさんの声だ。上手く息が出来ない、目の前が歪む、足が竦む。おつるさんがあたしを……?
何かの間違いだ、そう思いたかったが聞こえた声は確かにおつるの声そのものだった。
『待たせたね、近々一度本部に戻ってもらうことになる。詳しいことは後日連絡するが……ギオン?……大丈夫かい?』
「……!!?……あ、ああ……大丈夫だよおつるさん」
『そうかい、それならいいが。しっかりやるんだよ』
ガチャっと電伝虫が切られた。ギオンは一気に息を吐き、うずくまる。信じられない、頭の中をよくわからない感情がグルグル混ざる感覚に吐き気を覚えた。おつるの言葉、それにワノ国と政府の取引?ワノ国は百獣海賊団の支配下にある、つまり百獣海賊団と政府は裏で……
「あはっ!あはははははは!」
自分は今まで何の為にやってきたのか。敬愛していたおつるには裏切られ、政府は裏で海賊と繋がりがあった。自分が信じていた正義は一体なんだったのか、全てが馬鹿らしくなって渇いた笑いが込み上げてくる。
「虚しいね、ギオン♪」
「……!!?」
その声に振り返る。そこにはいつの間にかバギーとミズキが笑みを浮かべて立っていた。
「今までスパイ活動ご苦労様、でも捨てられたならしょうがないよね」
「……気づいてたのかい……!?一体いつから……」
「さァね、そんなことどうでもいいでしょ?」
ミズキはまるで子供のように無邪気に笑う。一見可愛らしいだけだがその脅威がギオンには痛い程理解出来た。──終わった。信じていた正義などどこにもなく、目の前には怪物がいる。助かる道理などないし、そもそも──
「……殺すなら好きにしな……もう……どうでもいいさ」
「殺す?……そんなことしないよ」
「……え?」
思わぬ返答に呆気に取られたような声を漏らす。殺さないならば何のためにここに来たのか?混乱するギオンにバギーが手を差し伸べて語りかけた。
「ギオン、おめェが海軍のスパイだったことは水に流してやる!おれ様の部下になれ!」
「……!!?……何を言って……あたしは海兵だ……!海賊になんか……」
「たった今その海軍に裏切られたじゃん。政府なんて自分の利益しか考えてない奴らばかりだし、こっちについた方がいいと思わない?」
それは確かに一理あるかもしれない。政府の中には己の欲を満たすために権力を悪用する腐った者が一定数いる、そしてそれを見て見ぬフリをする者も。裏切られてまで政府にいるくらいなら、いっそ……
「あたしはスパイだったんだよ?……そんなあたしを許すって言うのかい?」
「ぎゃはははは!!おめェがおれ様の部下になるならな!おれ様は部下は絶対に見捨てない男だぜ!」
なるほど、彼の強さの秘密が何となくわかったかもしれない。彼に従う者をバカだと思っていたが、今なら気持ちがわかる気がする。ならば、悩む理由などないだろう。
「……わかったよ、あんたの部下になる……キャプテン・バギー」
そう言って彼女は覚悟を決める。自分が海賊になるなど考えもしなかった、だが不思議と悪い気分ではない。海賊に堕ちる海兵がいると聞くが、それも頷ける。
「賢明な判断だ!よォし、今日は宴だ!新入り達の歓迎会をやるぞ!」
「それならとびっきりの酒を用意させるよ。ウサフフフ……」
ギオンは胸がすいたような気持ちになり、上品に笑った。そんな彼女に対してミズキが口を開く。
「歓迎するよ、ギオン!これからよろしくね!」
「ああ、副船長……こちらこそよろしく頼むよ」
目の前で笑う少年。さっきまであれほど恐ろしかったが、味方になればこんなに頼もしい。
「よ〜〜し!パァっと盛り上がろう!」
「そうだ!ドハデに行こうじゃねェか!」
盛り上がりながら部屋を出る二人、その背中をギオンは追っていく。しかし彼女は気づかなかった。部屋を出る瞬間、ミズキの口元が不気味に歪んだことに。
「……しかしおめェも趣味が悪ィな」
「そう?政府がワノ国と取引してるっていうのは本当だし、腐ってるのも間違いないでしょ?」
ギオンと別れたところでバギーがミズキにそう言うが、彼は変わらず可愛らしい笑みを浮かべるのみだ。そして待機させていた部下を呼ぶと彼らにかけていた魔法を解き、持たせていた電伝虫をぐしゃりと手で握り潰すのだった。