転生男の娘は道化の海賊を王にする   作:マルメロ

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牢屋の中の少女

 ──偉大なる航路(グランドライン)のとある島。

 

 そこは自然豊かな島だった。無色透明な水が流れる川、咲き誇る鮮やかな花に生い茂る木々。箱庭のように細かく美しい自然を見せるその島にはいくつかの部族が集落を作って生活していた。記録指針(ログポース)が示す航路から外れているため海賊などの航海者がやってくることもない。電伝虫などの通信設備はあるものの世界政府にも加盟していないまさしく秘境だった。

 

「なァ、あの噂聞いたか?禁忌の森に入った奴が失踪したんだってよ」

 

「ああ……黒い羽根の怪人を見たって話もあるし、おっかねェな……」

 

 彼らが噂し身震いするのは島の中心にある森のこと。“禁忌の森”と呼ばれるその場所は木々があまりに深く生い茂っているために一度入れば二度と出られないと言われていた。怪人が巣食っているとも囁かれているので誰も近づくことなく、住むことなどありえない場所──のはずだった。

 

 禁忌の森の最奥、そこで生活を営む集落があった。そこに住む人々は全員が褐色肌に白髪、そして背中には黒い羽根を持っている。そして何より彼らの最大の特徴は身体に灯った炎だろう。背中や腕、足など部分の違いはあれど彼らは炎を自在に操る能力を持っていた。

 そこに住む者達は人間ではない。かつて赤い大陸の上に住んでいたとされる民族。自然界のあらゆる環境下で生存出来るとされる怪物、ルナーリア族だ。

 

 その集落の長は齢十五の少女だった。集落を治めていた彼女の両親が死去してから二年、長の座を受け継いだ少女──ルナリアは思いやりに溢れた性格と見た目からは想像出来ない強さで村民達から慕われていた。

 

「ルナリア様、うちの畑の野菜がいい出来映えなんだ!食べてってくれ!」

 

「こっちの魚も新鮮だよ!一匹持っていくかい?」

 

「ありがとう、でもこれから訓練なの。後でいただくね!」

 

 道を歩けば皆が声をかけ、子供達からも大人気でよく遊んでくれとせがまれていた。普段ならその誘いを受けるのだが、その時の彼女は予定があった。ルナリアの日課、訓練の時間だからだ。

 

「……おい、あれ見ろよ……レインだ……」

 

「相変わらず無口ね……何を考えているかわからないわ……」

 

「…………」

 

 道の隅を隠れるように歩く肩までの髪をポニーテールにまとめた少年。集落の外れにひっそりと住んでいて、常に仮面をつけている彼を人々は気味悪がり、干渉しないようにしていた。その少年の名はレイン。早くに育ての親を亡くし、誰とも話さない集落の変わり者として知られる少年だった。

 

「……お兄ちゃん……」

 

「……!?」

 

 ルナリアに声をかけられたレインは目を見開き驚くと、急いで建物の陰に隠れルナリアにこちらへ来るように手招きした。

 

「……話しかけるなって言ったろ……お前とおれが兄妹だとバレたらどうするんだ……」

 

「……でも……」

 

 寂しそうに己を見つめるルナリアの視線にレインはため息をついた。自分達が血の繋がった双子だとバレたらどうするのだと。

 二人は集落の長であった両親の元に生まれた双子だった。だが彼らルナーリア族には敵が多い。政府にその存在を報告すれば一億ベリーという報酬を受け取ることが出来るほどに強く迫害され、追われ続けている。

 だからルナリア達の両親は生まれた双子のうち、片方を身分を隠して集落のある一家に預けたのだ。もしも片方に危険が迫ったとしてももう片方が逃げられるように。

 その際にルナリアを残したのは彼女が悪魔の実を誤って口にしてしまったから。集落の長として育てられるのには危険が伴う、有事の際は率先して戦わなければならないだろう。ゆえに悪魔の実を食べ、なおかつ戦闘の才能があったルナリアを残すのは当然の判断だった。

 

「おれはお前と会っちゃいけないんだ……わかったらもう話しかけるなよ」

 

「あっ……!」

 

 ルナリアが呼び止めようとするのも聞かずにレインは去っていった。唯一の肉親である兄と一緒に暮らしたい、その想いでルナリアは強くなるべく努力してきた。強くさえあれば、ルナーリアを守るだけの力を持つことが出来れば兄の隣にいられるのではないかと。だが彼女の想いはレインの心に届くことはなかった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「やァ!……せい!……ハァ……ハァ……」

 

 ルナリアは禁忌の森の出口付近、村人が誰も近づかないような場所で一人訓練に明け暮れていた。忙しい身である彼女は少しの暇さえあればここを訪れ、訓練をしていた。悪魔の実の能力、ルナーリア族の特徴である炎の使い方、やることは山ほどある。まだ自分は弱い、もっと強くなって皆を守れるように……そしてお兄ちゃんと暮らせるように。その一心で命を燃やして訓練に臨む、死に際に母が残した言葉を励みにして。

 

『ルナリア……あなたは強い子……私達ルナーリア族には敵が多いから、あなたが皆を守ってあげてね』

 

『……うん、私は強くなって皆を守る。そしたらお兄ちゃんとも一緒にいられるよね?』

 

『……そうね、きっと……一緒に暮らせるようになるわ』

 

 母との最後の会話を思い出し、ルナリアは炎の出力を上げる。全ては皆を守るため、兄と暮らすため、そのためにルナリアはどんな苦しいことも乗り越えることが出来たのだ。

 

「おい……本当だろうな?その怪人の話は……」

 

「……!!?」

 

 森の出口付近から話し声が聞こえ、ルナリアは咄嗟に茂みの中に身を隠した。陰からこっそり顔を出し声がした方向を見ると男が二人、何やら話しながら歩いていた。

 

「ああ、お前も知ってるだろ!ここの森に黒い羽根の怪人が出るって!それを政府が追ってるって話だ!知らせればなんと一億ベリーだってよ!」

 

「い、一億!?……一体この森にどんな奴がいるんだよ」

 

「なんでも歴史の彼方に消された種族らしいぞ。詳しいことは知らねェがな」

 

「そりゃあすげェや!見つけりゃあおれ達は大金持ちだ!」

 

 男達はそう話しながら森の奥へと入っていく。本来禁忌の森には島に伝わる伝承により近づく者すらいなく、それによりルナーリア族は安寧を保っていた。だが彼らが集落を見つけ、政府に報告すれば……皆殺されてしまう。

 

 ルナリアは震える手を抑えながら必死に考えた。

 

 どうすればいい?

 

 どうすれば皆を守れる?

 

 頭を回している間にも男達はどんどん森の奥へと進んでいく。

 時間が無い、そう判断したルナリアはある結論に辿り着く。それは確かにこの危機を解決するには適した行動だろう。だがあまりに横暴で残虐な方法だ。

 荒ぶる息を抑え、ルナリアは覚悟を決める。説得は出来ないだろう、こんな姿をした自分が出ていっても混乱させるだけだ。

 

 ならば……殺すしかない。

 

「ん?……なんだ……!!?ば、ばけも……!!」

 

 男達の後ろから一瞬で詰め寄り、一人を炎で焼き焦がす。

 

「ひ、ひィィ……!!も、燃えて……」

 

 そう、炎だ。どんな屈強な動物であろうと本能で避ける。炎を扱うということはその種族が生物としての最高位に位置することを意味しているのだ。

 

「まさか……本当に怪人!?」

 

 地面に尻もちをつき子羊のように震える男を一瞥し、ルナリアは彼に向けて炎をかざした。

 

「ぎゃああああああ!!!」

 

 薄暗い森に男の断末魔が響く。後に残ったのは焦げ臭い異臭と、プツブツと微かに音を奏でる焼死体だ。

 ルナリアは肩で息をして落ち着こうとするが、段々と自分が人を殺した自覚が芽生えてきて強烈な吐き気に襲われた。

 

「オェ……ゲボッッ……オェェ……」

 

 その場でうずくまり、どれだけ胃の内容物を吐き出そうが気分はよくならない。もう吐き出す物もないというのに吐き気だけが荒波のように何度も押し寄せてくる。

 

「殺した……私が……人を……」

 

 罪悪感が吐き気と共に流れてきてルナリアの胸を締め付ける。皆を守るためとはいえ人を殺したことに変わりはない。自分達が生き残るために他者から命を奪う生物としてはある意味当たり前の行動なのかもしれない。だがそれを受け入れるにはルナリアは幼く、優しすぎた。

 

「……帰ろう……皆が心配する」

 

 ルナリアは呟くと立ち上がり、フラフラと集落への帰路をたどった。その一連の様を見ていた誰かがいるのにも気づかずに。

 

「……ひ、人が燃えて……!!……黒い羽根に……炎が……」

 

 偶然にも一部始終を目撃した人間の少年は激しく動揺し、逃げるように自分の集落へと帰っていくのだった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 一週間後、偉大なる航路のとある島。

 

「ここか?ルナーリア族の目撃情報があった島は……」

 

「はい、間違いありません」

 

 自然豊かな風景に似合わない軍艦が一隻、その島に到着した。一般的に軍艦といえば海兵が乗っているというイメージが強いだろう。だが中から出てきたのは白いスーツを身に纏った者達。彼らは海兵ではなく、世界政府直属の役人達だ。しかもただの役人ではない。サイファーポール“イージス”ゼロ、通称CP0だ。

 

「君が目撃者か……子供……まァいい、何があったか話してくれ」

 

「き、禁忌の森で見たんだ……黒い羽根が生えた女の子が人を燃やしてるのを……い、一瞬のことで……」

 

「あんた!あの森には行っちゃいけないって言ってるでしょ!!」

 

 震えながら話をした少年は母親らしき女性に叱りつけられるが、そんなことは彼らにはどうでもいい。淡々と少年の言葉を考察する。

 

「……確かにルナーリア族の特徴と一致するな……しかも人を一瞬で燃やしてしまう程の火力か……ルナーリアの王族かもしれんな……君達はどう思う?」

 

「確かに……その子供の言うことが本当ならルナーリア族の可能性は高いでしょう」

 

「仮に王族だとしたら政府にとって不都合な存在……消してしまうべきね」

 

 リーダーらしき男が同行していたCP0の仮面をつけている男と、これまた仮面をつけている女性に問いかける。それぞれの答えを聞き、リーダーの男は思考し答えを出した。

 

「詳しく教えてくれるか?その禁忌の森とやらの話を」

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「た、大変だァァ……!!世界政府の役人が……すぐそこまで!!」

 

「な、なんだと!!?……何故ここがバレて……」

 

 平和なルナーリア族の集落にその声が響いたのは、夕日が沈み始めた頃だった。息を乱し走ってくる男を皆が囲み話を聞く。彼は酷く慌てた様子で政府の役人が来たと告げた。それを聞いた彼らは驚愕し、周囲はパニック状態になる。

 

「どうしたの……!?」

 

「る、ルナリア様……実は……」

 

 駆けつけたルナリアは事情を聞き耳を疑った。そして一週間前の出来事を思い出す。まさかあの時他の誰かが見ていた。そう考えた時、村民の一人が始めに報告した男に質問をした。

 

「どうしてここが……いや、おれ達のことがバレたんだ!?」

 

「早く逃げないと……このままでは殺される!! 」

 

「逃げるって言ったってどこへ!?ここを出ておれ達に居場所なんて……!!」

 

「皆落ち着いて!!私がどうにかするから!!」

 

 ルナリアが冷静になるように言うが混乱は静まらない。話し合いもままならず、誰もが顔を青ざめさせていた。ルナーリア族が政府に狙われているのは彼らには周知の事実。仮に捕まれば殺されるか、生き残っても奴隷か実験台だ。少なくとも人らしい生活を送ることは二度と出来なくなるだろう。それは彼らが最も恐れていることだ。

 

 だが無情にもその運命は、すぐそこまで迫っていた。

 

「……きゃああああ〜〜!!?」

 

「お、おい……!!大丈夫か!?」

 

「……なるほど、炎が消えている時は銃も通用する……情報通りだな」

 

 破裂したような音が森に響いた。その直後にルナーリア族の中の男が一人、口から血を流し倒れる。

 

「まさか本当にルナーリア族がいるとはな……それもこのように集落を作り、繁殖までしているとは思わなかった」

 

「ふふふ、でも悪運もここまでのようね。可哀想に」

 

 その場に現れた三人の男女。白いスーツにそれぞれが仮面をつけて素顔を隠している。彼らを見て誰もが察した、目の前の男達こそが世界政府から派遣された役人だと。

 

「お、お前達は……!?」

 

「我々はサイファーポール“イージス”ゼロ。世界政府の勅命によりお前達を殲滅する」

 

「そ、そんな……おれ達が何をしたって言うんだ!!?」

 

 CP0は数ある政府の諜報機関の中でもトップに位置する組織。世界貴族直属の唯一の機関であり、世界最強の諜報機関と呼ばれている。そんな彼らが任務を受けたからには何があっても逃れられない。ここでルナーリア族を殲滅し、あわよくば生け捕りにする。その意志を彼らの前ではっきり宣言した。

 ルナーリア族が何か罪を犯したのか、そんなことは関係ない。彼らに任務を与えたのは五老星よりもさらに上、文字通りの世界のトップなのだから。

 

「……待って!!」

 

「……ルナリア様!?」

 

「私達は争いなんて求めてない!……あなた達に危害を加えるつもりも……ない!だからお願い……ここから立ち去って!」

 

 ルナリアが震えながらも、先頭に立ち説得しようとする。既に手を汚している自分がどの口で危害は加えないと言えるのかと言葉を詰まらせるが、それでも仲間達を守るために必死で交渉する。

 

「……君達の意志など関係ない、我々は政府の意向に従うのみ。すなわち……殲滅だ……!」

 

「っ……やるならやってやる!おれ達を舐めるな!」

 

「……!……ダメ!」

 

 ルナリアの説得も虚しく、帰ってきたのは無慈悲な返答だった。それに皆が絶望するが、中には炎を放出し勇敢に立ち向かう者もいた。だがそれも、無駄な抵抗と言わざるをえない。

 

「……嵐脚」

 

「ぐァァ〜〜!!?」

 

「!!?」

 

 六式。政府関係者が使用する格闘術のうちの一つ、凄まじい速度で足を振り抜き扇状の斬撃を飛ばす嵐脚。その威力は人を真っ二つに切断するほど。大量の血を流し崩れる死体を目の前にルナリアは目を見開いた。

 

「王族は……あなたね。なるほど……確かに他とは覇気が違う」

 

「……ッッ!」

 

 CP0の女性がルナリアに視線を向け、仮面の下の口を緩ませた。そして剃──高速で地面を蹴ることで超速で移動する技で彼女に接近。武装色の覇気を纏わせた足で強烈に蹴り飛ばす。

 

「……!……へェ、やるじゃない」

 

 派手に飛ばされ岩に激突したルナリアだったが、何事もなかったように立ち上がる。身体には傷一つついておらず、背中にはルナーリア族特有の炎が燃え盛っている。

 

「ルナーリア族の体質か……炎が燃えている間はいかなる攻撃も受けつけない……」

 

「だとしても個体差があるでしょう?私の蹴りで無傷なんて、あの子かなりやるみたいよ」

 

 リーダーの男を残し、CP0がルナリアと相対する。例え子供だとしてもルナーリア族、それも王族相手では侮れない。ゆえに二人ががりで対処しようとするのだ。

 

「ルナリア様!!?」

 

「クソッッ!!今助け……!」

 

 ルナーリア族達はルナリアを助けようと動く。だがCP0の技、硬化させた指を電光石火の速度で撃ち込む指銃で倒されてしまった。

 

「ふむ……やはりルナーリア族とはいえ町民程度ではこんなものか……あの娘以外は造作もない」

 

 抵抗する者達を容赦なく、残虐に殺していく。ルナーリア族とはいえ大半は戦闘など経験したことのない一般人。政府の下で鍛え上げられてきた彼らに及ぶはずもない。多少鍛えた者もいるが、それでも彼らには敵わない。例えばここに来たのが他のサイファーポールだったならば持ちこたえ、あるいは撃退することも可能だっただろう。それほどルナーリア族は一人一人が強い力を持つ種族なのだ。だが、イージスの名を持つ彼らにはそれも通用しなかった。

 

「や、やめてくれ!!」

 

「子供達だけでも逃がして……ぎゃあああ〜〜!!」

 

 果敢に立ち向かうも倒される者、逃げ惑う者、何とか子供だけでも助けようとする者、等しく地面に崩れていく。それはまさに虐殺だった。

 

「……皆!?」

 

「あら、よそ見してる暇があるのかしら?」

 

「……ッッ!!」

 

 迫ってくる嵐脚を炎を盾にすることで防ぐが、勢いに押されルナリアは後ずさる。しかし敵は一人ではない、すぐさま背後から斬撃が飛んでくる。

 

「……!?」

 

 だがそれもルナリアに届くことはなかった。何故なら斬撃とルナリア、その間に白い──雪で作られた壁が現れ攻撃を防いだからだ。

 

「能力者だったか……ユキユキの実……自然(ロギア)系だな」

 

「うふふ……ルナーリア族で雪の能力者……本当に面白い子ね」

 

雪夢爆(メロウバン)!!!」

 

 

 雪を巨大な拳に変え、さらに炎を纏わせた攻撃。矛盾しているようなその攻撃を実現させるのはルナーリア族の耐火能力。自然系の能力は身体そのものを変形させ元の身体の性質は受け継ぐ、そのため例え雪になったとしても熱で溶けることがなくなるのだ。

 

「剃!!」

 

「鉄塊!!……ガハッッ!!」

 

 女の方が剃で攻撃をかわし、男の方は鉄塊で身体の硬度を極限まで高めて受けようとする。だが予想外の威力を防ぎきれずに血を吐いた。

 

「なるほど……少し侮った……」

 

「油断してるからよ、お馬鹿さん」

 

 ルナリアの強さが想定以上であったことに驚き、認識を改める。二人がかりとはいえ容易に勝てる相手ではないと。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 ルナリアは息を荒くし、胸を押さえた。彼女にとって実戦は初めてであり、皆を守らなければというプレッシャーもある。それに脳裏をよぎるのは一週間前の、人を手にかけた時の感触。思い出したくもないがこうしていると嫌でも頭に浮かぶその記憶。それは優しい彼女の心を蝕むのには十分すぎるものだった。

 

「きゃあ〜〜〜!!?」

 

「や、やめてくれ!!」

 

「頼む……許して……!!」

 

 守るべき人達の悲鳴、断末魔。それを聞いたルナリアは目の前の二人を振り切り、彼らを守るために動こうとする。ルナーリア族は炎が消えている間はスピードが飛躍的に上がる。特に鍛えているルナリアの速度は超人的、普通であれば追いつくことなど不可能だ。

 

「隙を見せたな……指銃!!」

 

「うふふ、ここまでみたいね。嵐脚!!」

 

「……ッッ……ガ、ハ……!」

 

 だが剃を操る者の中でも最強のCP0は彼女に追いつき、それぞれ攻撃を加える。炎が消えている間は速度が上がる、だが燃えている間の防御力は失われてしまうのがルナーリア族の特徴だ。さらに覇気を纏った攻撃は自然系でも受け流すことが出来ない。致命傷を受けたルナリアは血を流しながら地面に転がった。

 

「終わったか……思ったより手こずったな。さすがはルナーリア族といったところか……」

 

「うう……」

 

「ルナリア様……!!」

 

「や、やめろ!!やめてくれ!!」

 

 頭を足で抑えられ、ルナリアは痛みで苦悶の声を漏らす。ルナーリア族達は彼女の名を叫びやめるように懇願するが、無情にも彼女を踏みつけている男が指を構えルナリアの意識を絶とうとした。

 

「……!!?」

 

 だが炎が飛んできて男の身体を吹き飛ばす。大してダメージはなくすぐに立ち上がるが、その隙にルナリアを背後に隠すようにルナーリア族の男達がCP0の前に立ち塞がる。

 

「ルナリア様……逃げてくれ!!」

 

「ここはおれ達が食い止める……だからあなただけでも!!」

 

「そんなこと……!!?」

 

 逃げろという彼らの言葉に、ルナリアは素直に従うことが出来ない。彼女が強くなりたかったのはルナーリア族を、皆を守るため。ゆえにルナリアは力を振り絞って立ち上がり、彼らの前に立とうとする。しかしそんな彼女を、誰かが担ぎその場から逃げようとした。

 

 

「……お兄ちゃん!?」

 

 仮面をつけた少年、ルナリアの双子の兄であるレインが彼女を担ぎ急いでそこから去ろうとする。

 

「お兄ちゃん降ろして!!私が皆を守らないと!!」

 

「…………」

 

 ルナリアがじたばたと暴れて降ろすように言うが、レインは何も言わずにただ彼女を担いで走るだけだった。

 逃げる彼らを見てCP0は追おうとするが、それをリーダーの男が止めた。

 

「……いいさ、顔は割れている。あの怪我では遠くまでは行けまい、先にこちらを片付けよう」

 

 仮面の奥で怪しい笑みを浮かべ、彼らはルナリアを庇わんとするルナーリア族をまるで虫でも潰すかの如く殺してまわり、ある程度の強者は実験台として生け捕りにする。それが彼らに与えられた任務だからだ。

 

 

 

 

 集落の外れの小屋へと避難し、レインは息を乱しながらルナリアを見つめていた。そして仮面を外し、その顔を露わにする。

 

「お兄ちゃん……!!……どうして……?……私は皆を……守らなきゃいけないのに……」

 

「……おれは彼らの覚悟を汲んだだけだ。それに……おれはお前に死んでほしくない」

 

 ルナリアに瓜二つの顔でレインは語りかける。そして唐突に自分の着ていた服を脱ぎ、仮面と共にルナリアに差し出した。

 

「これを着て逃げるんだ……あいつらはおれが引き付けておくから」

 

「……何を……言ってるの?」

 

「大丈夫さ、おれ達は双子。バレやしない」

 

 違う、聞きたいのはそんなことじゃない。私が強くなりたかったのは皆を守るため、そして兄と暮らすため。それなのに──どうして?

 

「ごめんな、今まで辛かったろ?おれが弱いばっかりにお前に何もかも押しつけて……最後くらい兄らしいことをさせてくれ」

 

 戸惑うルナリアを抱きしめ、レインは微笑む。衣服を交換し、彼女の顔に仮面をつけてやり彼は立ち上がった。

 

「ここにもすぐに奴らは来る。ここから……この島から離れて、どこかに逃げるんだ」

 

 ──待って!

 

 ルナリアの言葉はレインには届かない。自分はルナリアのフリをして奴らを騙し、そして殺される。それを理解しているからこそ、レインは覚悟を決めた。自分が妹の代わりに殺されれば、これ以上妹が追われることはないと。

 そんな兄の背中を、ルナリアは止めることが出来なかった。

 

 ──なんで?……私は守りたかっただけなのに

 

 島の上空を飛びながらルナリアは思う。殺されてしまった仲間達を、兄を想い涙を流し、ひたすらに後悔する。

 島を脱出し、無我夢中に飛んでいる間も自責の念は心を押し潰そうとしてくる。

 

 ──私はお兄ちゃんと……一緒にいられればよかったのに

 

 流れ着いた先の島で怪物扱いされ、人攫いに捕まっても彼女はただただ胸のうちの気持ち悪さに吐き気を覚える。仲間を守ることすら出来ず、逆に守られて一人だけ生き残った醜い自分を激しく憎悪する。

 

 ──どうして皆が……お兄ちゃんが殺されないといけないの?

 

 天竜人に買われ、奴隷としてマリージョアに連行されてルナリアは人間の黒い部分を痛い程味わうことになる。

 

『お父上様、わかったえ!炎が消えている時は槍が刺さるえ!ほら!』

 

『この奴隷は頑丈だえ!他のとは違って壊れない!』

 

 ──こいつらのせいなの?皆が死んだのはこいつらや政府……それを認めているこの世界のせい……

 

 自分に向けられていた憎悪はやがて天竜人や世界政府、そしてそれを容認している世界へと向けられるようになる。

 

 ──それならこんな世界、壊れてしまえばいい

 

『おい、侵入者を早く殺すえ!わちきを守るんだえ!』

 

 聖地は炎に包まれ、憎んでいた天竜人や政府の人間は殺された。そして彼女の目の前に悪魔が現れる。

 

 ──ボクと一緒に来ない?

 

 そう言って手を差し伸べる悪魔。そんな彼に、ルナリアは問いかける。

 

「あなたは世界を……壊してくれる?」

 

 悪魔は驚き、そして口元を緩ませた。その言葉の意味を完全に理解しているかはわからない。だが悪魔は不敵な笑みを浮かべて、断言してみせた。

 

「いいよ、壊してあげる!!ボクがこの世界を!!」

 

 ルナリアは悪魔の手を取り、自らも悪魔へと堕ちていった。少女と悪魔の契約は、奇しくも悪魔が生まれた時と同じ牢屋の中だった。

 

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