海賊島ハチノス、その島を一望できる高台に一人の男が立っていた。白ひげ海賊団の船長、“白ひげ”エドワード・ニューゲート。世界最強の海賊と呼ばれる大男は戦場となっている各所を見下ろし、戦局を冷静に分析する。ロジャーの船に乗っていた見習いの二人、そしてその部下達は弱くない。四皇の海賊団を相手に半日粘り、少なくはあるものの隊長と呼ばれる幹部達を打ち破ってすらいる。四皇に次ぐ実力を持つという噂はあながち間違いではないと認め、その成長を正しく評価した。ロジャーの死から十年近く、よくここまで強くなったものだと。
「……だがここまでか」
しかし白ひげ海賊団に勝てる道理はない。確かに赤髪海賊団とバギー海賊団が共闘すれば四皇とも渡り合えるかもしれない。だが渡り合えるだけだ、戦闘が長引けば長引くほど戦力差が浮き彫りになり、追い詰められる。実際に白ひげ海賊団の圧倒的な戦力に押され、立っている者は両海賊団を合わせても半数以下にまで減らされている。
ベン・ベックマンやヤソップ、ミズキにシャンクス、バギーといった両海賊団の主戦力達は隊長達相手に互角以上の勝負をしているが、それもいずれ圧倒的戦力の前に押し潰されるだろう。実際戦闘が片付き、手の空いた隊長は他の戦線に加わっている。全滅は時間の問題だろう。
そんな中、マルコと戦っているミズキの姿が白ひげの目に止まった。
「あの小僧、どこかで……」
白ひげにはミズキの姿がある男と重なって見えた。その男は彼としてはあまり良い記憶はない、できれば思い出したくない人物だ。見た目に面影などはまったくないが、雰囲気や内包する覇気が近しく感じるのだ。何か、血縁などの関係があるのか。
「まさかな……」
だがそんなはずがないだろうと一蹴し、再び戦況の分析に戻る。仮にそうだったとしても今この状況では関係の無いことだ。
「!? ……グララララ……ハナタレ小僧が生意気な……」
その時だった、九番隊隊長のブレンハイムやティーチと戦っていたシャンクスが鋭い斬撃を繰り出し、二人を打ち倒した。四番隊隊長サッチと戦ってるバギーも苦戦しながらも確実に彼を追い詰めていた。
その戦いぶりを素直に褒め称え、白ひげは口元を緩ませた。だがそれはシャンクスとバギーの終わりを意味する。何故なら今まで動くことをしなかった怪物は息子達が敗北した姿を見て、重い腰を上げたのだから。
「もう! いくら攻撃しても再生するとか反則じゃん!」
「そっちこそ一体どれだけ手札を隠してやがる!?」
ハチノスの地形を一部変えてしまうほどの戦い。互いに
だがそれはマルコも同じことだ、ミズキの多彩すぎる攻撃に彼も嫌気がさしていた。
「お前を放置すればオヤジの手を煩わせることになる! そうはさせないよい!」
「オヤジオヤジって……ファザコンはモテないよ!」
ミズキの攻撃が激しさを増し、その合間を縫ってマルコの懐へと潜り込む。そしてかかとでマルコを蹴りつけ、地面に亀裂が走るほどに叩きつけた。だが彼にダメージはない、すぐさま舞い戻りミズキに蹴りを御見舞する。
「
衝撃波を伴う蹴りはミズキの腹部を直撃し、島の反対側まで彼を吹き飛ばす。マルコがそれを獣型の飛行能力で追い、さらに追撃をかける。
「
不死鳥化させた足の爪を用いた切り裂くような飛び蹴り。それは地面をへこませ砂埃が舞い上がる程に激しく、ミズキを地面へと叩きつけた。マルコは羽を羽ばたかせながら砂埃が収まるのを待つ。さすがに今の連撃をくらっては無事ではないだろうと考えるが、それは立ち上がる一つの影に否定された。
「いたた……結構効くね、さすがは白ひげ海賊団の一番隊隊長ってとこかな?」
「お前も大概タフだな、人のこと言えないんじゃないのかよい」
不死鳥の能力者であるマルコや動物系の古代種には劣るが、ミズキのタフさも常軌を逸している。実際鷹の目と戦った後の連戦でもマルコを相手に戦闘を成立させている。そんなことが可能なのは新世界の海賊でも指折りの強者しかいない。
「だけどお前んとこの船長は長くは持たないよい」
「……!」
そうしてマルコが視線を移すのは島の中央。そこはシャンクスが九番隊と、そしてバギーが四番隊と戦っていた場所だ。シャンクスはもちろん、バギーも覇王色を纏わせることを覚えてから格段に強くなった。例え白ひげの隊長が相手でも、特に剣技を得意とする相手にならば五分以上の勝負ができるだろうと考えていた。故にミズキはそちらを気にすることはなく、目の前のマルコに集中していたのだが。
今彼らが相対しているのは隊長ではない、それよりも上の世界最強の男だった。
「ありゃりゃ……ちょっとやりすぎちまったか?」
「お……終わった……さよなら……おれの薔薇色人生」
その男の強さをよく知る彼らは反応こそ違えど冷や汗を流し、武器を持つ手に力を込めた。“海賊王ゴールド・ロジャー”“金獅子のシキ”“ビッグ・マム”“百獣のカイドウ”それら全てと渡り合い、互角ないし上回ってきた伝説の男。今生存している海賊の中で最高額の懸賞金を懸けられた正に最強の名に相応しい男だ。
「グララララ……おめェら、おれの息子に手ェ出してタダで済むと思うんじゃねェぞ!」
その男がついに動き出した。腕に覇気と振動を纏わせ、振りかぶり攻撃の体勢を取る。
それに真っ向から対抗しようとシャンクスも剣に武装色の覇気を纏わせ、バギーも半ばヤケになり拳に覇王色の覇気を纏わせた。
そしてそれらがぶつかり合った。
「……!!?」
「お、おいお前ら!?」
赤黒い電撃が周囲を駆け巡り、実力のない者達は意識を闇へと手放した。立っているのは隊長かそれに準ずる実力者のみ、それだけ彼らの放つ覇王色は強力だった。
「ぐ……ぐぬぬ……!」
「……生意気な……おめェら二人ともこれができるか」
バギーだけではない、この土壇場でシャンクスも覇王色を纏わせて白ひげに対抗した。触れることすらない、覇王色を纏わせた者同士の激突は触れずとも強力な衝撃波を生み出し、地形を変化させる程だ。二人がかりとはいえ白ひげの攻撃に持ちこたえている、しかしそれでも世界最強には到底届かない。
「!!!」
「ガハッッ……!!」
二人の攻撃はあっさりと打ち破られ、振動と覇気の込められた拳が直撃する。それは彼らの意識を刈り取るには十分すぎる一撃だ。大量の血を流し、二人は白目を剥きながら地面を転がった。
「お頭……!!」
そこより少し離れた場所で七番隊隊長のラクヨウと戦っていたベックマンが船長の敗北に気がついた。そしてそっちに意識を向けた少しの隙を突かれ、ラクヨウの鉄球が彼の頭を打ち付けた。
「副船長……!!」
船長と副船長が崩され、赤髪海賊団はどんどん白ひげ海賊団の戦力に押し潰される。そしてそれは、バギー海賊団も同じだった。
「きゃ、キャプテン・バギーが……」
「キャプテン・バギーでも白ひげには敵わねェのか……」
バギーの敗北が海賊団全体の動揺を誘い、一人、また一人と倒されていく。そんな中白ひげに飛来し、襲いかかる者がいた。
「おめェは……」
「殺す!!」
青筋が立つほどに怒りを露わにして白ひげに襲いかかったミズキ。彼の短剣を受け止め、白ひげは容易に弾き返した。しかしすぐに体勢を直し、ミズキは尚も向かっていく。普段怒りを見せることなどない彼だが、バギーが傷つけられたり罵倒されたりした時は別だ。
能力を全て解放し、鬼のような形相で白ひげに挑みかかる。しかしそれでも、彼に勝てるはずもなかった。
「ウグッッ……!」
「安心しろ、赤っ鼻も赤髪も息はある。無駄に命を捨てるんじゃねェ」
暴れるミズキを地面に押さえつけ、落ち着くように言う。白ひげは元よりここでシャンクスとバギーの命を取るつもりはなかった。ロジャーにはいくつかの借りがあり、それを返す前に彼は処刑されてしまった。ならばせめて彼の残した見習いの二人だけは生きて帰してやろうと思っていたのだ。
「お前達の命まで取るつもりはない。またおれのシマを荒らしやがったらわからねェがな」
それより白ひげが気になるのは別のことだ。ロジャーへの借りにも関連することだが、それを話しても無駄だろう。故に単刀直入に、ミズキにそのことを問うた。
「おい小僧おめェ……父親の顔を見たことはあるか?」
「……は?」
唐突なその質問の意図を読めず、ミズキは困惑するように声を漏らした。今この状況との関連性も彼がそんなことを聞く意味もわからない。そもそもミズキは奴隷だった女性から生まれた子だ。父親は大方どこぞの金持ちか何かだろうと思っていたが、顔どころか素性など何もかも不明だ。
「そんなの……知らない。ボクは生まれた時から牢屋の中だったから、顔どころかどこの誰かもわからない」
「……そうか」
返答を聞くと白ひげはため息をつき、周りに倒れる赤髪海賊団とバギー海賊団を一瞥した。
「オヤジすまねェ。“宵魔女”を逃がした」
「いや、問題ねェ……今片付いたところだ。撤退する、伝令を頼めるか?」
「了解だよい」
空から飛来したマルコに撤退を指示し、伝令を任せる。彼の飛行能力は戦闘だけでなくこういった雑用的な場面でもかなり有用だ。本来彼のような幹部が伝令するのは稀だが、白ひげ海賊団の隊長達はそういった役回りも進んで引き受ける。それも白ひげの人徳あってのことだろう。
「海軍も動き出しているらしい……死にたくなかったら早く逃げることだな」
ミズキにそれだけ言い残し、白ひげはその場を立ち去った。その背中を眺めながらミズキは先程の白ひげの言葉を思い出す。
「父親か……」
物心ついた当初こそ気になりもしたものだが、今となってはどうでもいい。そもそも幼少期に牢屋の中で共に過ごした母親の顔すらろくに覚えていないのに父親のことなど知っているはずもない。
「そういえば……」
亡くなる前の母親が言っていた言葉を思い出す。父親のことを尋ねても大抵ははぐらかされていたのだが、一度だけ教えてくれたことがある。
とても強い人だったと。
「……! バギー!」
だが今はそんなことを考えている場合ではない、倒れているバギーに駆け寄り回復魔法をかけた。ダメージが相当深いようで数分かかったが、彼は意識を取り戻した。
「……!! ガハッッ!!」
「よかった……生きてたね」
「生きらいでか! ここは……そうか、おれァ白ひげのジジイに」
「悔しいね……でも今はこの島から離れないと」
ひとまず無事なようで胸を撫で下ろす。しかしまだ油断はできない、白ひげの話によると海軍が嗅ぎつけているらしい。すぐにこの島を脱出した方がいいだろう。
「うぐ……ちくしょう、頭痛ェ……」
「シャンクス、おめェも生きてたか」
「ああ、生憎と生半可な鍛え方はしてないからな」
シャンクスもバギー同様だいぶボロボロなので痩せ我慢なのだろうが、白ひげの言った通り生きてはいた。この分なら部下達にもそれほど死人は出ていないだろう。それでも感じる気配は減ってはいる、全く被害がないという訳でもないようだ。
「海軍がこっちに向かってるみたい。生きてる仲間を集めて早めに逃げた方がいいよ」
「なんだやらねェのか? おれは見ての通りボロボロだ、首を取るなら今だぞ?」
「……そんな気分じゃない」
ミズキが忠告すると、シャンクスは冗談交じりに今なら首を取れると言った。しかしミズキは彼に視線を向けることもせず歩いていく。
「バギー、ギオン達を集めて船に戻ってて」
「お、おう……だけどおめェは」
「……ボクもすぐに行くから」
呟くとミズキはどこかへ飛び去ってしまった。それをシャンクスとバギーは呆然と見送る。彼の内心はバギーですら把握できていないが、今の彼の感情は拳を握るあまり手のひらから流れ出る赤い液体を見れば誰でも容易に想像できるだろう。
そうしてミズキは島の海岸の岩場に降り立った。人目につかないならどこでもよかったのだがここならば暴れても支障はないだろう、一石二鳥だ。
苛立ちに身を任せ近くにあった岩に拳を叩きつける。一つや二つではなく周辺の岩をことごとく粉砕し、彼は手を止めた。砕け散った岩を見て、ミズキはため息を吐いた。苛立ちはまだ収まってはいないが、少しは落ち着きを取り戻したようだ。
苛立ちの原因は己の無力さ。鷹の目相手に勝ちきれず、マルコ相手にも大したダメージを与えられない、そして白ひげには手も足も出なかった。彼らは新世界でもトップクラスの実力者達、傍から見れば戦闘を成立させることができていただけで大金星だが、そんなことはミズキには関係ない。バギーをこの海の、ひいては世界の王にするならばこんなところで敗北している場合じゃないのだ。
バギーは強くなり、戦力も増強されている。だが、いざ四皇とやり合えばこのザマだ。赤髪海賊団と半ば同盟のように共闘しても白ひげが出張ってきた瞬間に壊滅した。やはり四皇と渡り合うには彼らと同等の絶対的な強さを持つ者が必要だ。そしてそれは、バギーの隣に立ち四皇を蹴散らすのは自分でなくてはならない。そこだけは絶対に譲れない。
「強く……ならないと」
それには今のままではダメだ、幹部如きに苦戦するようでは四皇には到底及ばない。さらに強くなり、四皇だろうが海軍大将だろうが超えなければならない。
その決意を胸に秘め、ミズキはバギー達の待つ海賊船へと戻るのだった。