転生男の娘は道化の海賊を王にする   作:マルメロ

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鬼姫

 

「センゴク元帥!! 大変です!!」

 

「どうした? 騒々しいぞ」

 

 “海軍本部”正義の名を掲げる海軍の砦にて、元帥の部屋の扉が勢い良く開かれる。それと同時に入ってきた男は汗が滝のように流れる程に息を切らし、部屋の主であり最近元帥に就任したばかりの“仏のセンゴク”に報告をする。その様子から余程急いで来たのか、もしくは激しく動揺するほどの何かが起こったのは想像に難くない。

 

「ま、マリージョアから報告があり……天竜人が二名、バギー海賊団のナワバリに向かったと……!」

 

「……!? なんだと……!?」

 

 センゴクが顔を青くする。天竜人はこの世の最高位、いわば神とも呼べる存在だ。海軍の業務には彼らの護衛も当然含まれており、怪我の一つでもされれば大問題だ。そんな絶大な権力を持つ彼らが、バギー海賊団のナワバリへと向かったと言うのだ。

 

「どうやら……奴らが解放した奴隷達を取り返しに向かったようで……」

 

「なんという……バカなことを……!」

 

 センゴクのその発言は本来天竜人を侮辱したとして許されることではない。しかし実際そうなのだ、天竜人はその権力が故に考えなしに行動することが多々ある。自分達が世界の全てであり、下々民が自分達を傷つけることなどありえないと思っている。大半はそうなのだろうが、バギー海賊団は違う。天竜人の住まう地、聖地マリージョアに平気で乗り込み暴れ回るイカれた海賊団なのだ。あんな出来事が起こっていながら何も学習していないのかとセンゴクは思わず頭を抱える。

 

「しかし嫌なタイミングだ……! 大将は皆出払っている、当然護衛は付けているだろうが“千両道化”相手では役に立たないだろう……! 近海に中将は誰かいないか?」

 

「はっ! バギー海賊団の本拠地であるカライ・バリ島付近にオニグモ中将がいらっしゃるかと!」

 

「任務を中断させてすぐに向かわせろ! 大将にも一刻も早く戻るように伝えるんだ!」

 

「了解しました!」

 

 彼は敬礼をして慌ただしく部屋から出ていく。再び静まり返った部屋に響くのは彼のため息のみだ。そして視線の先には大量の書類が重なったデスク。大海賊時代が始まって以来、海賊による事件は爆発的に増えた。この書類の山も全て海賊関連の報告書や始末書が殆どだ。

 それに加えてこのような厄介事が起こるのも珍しくない。声を大にしては言えないが、天竜人の傀儡は歴代の元帥を頭痛がする程に悩ませていた。それを強く理解し、センゴクは改めてこの元帥という立場の重さを痛感するのだった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 僕は海岸に座り込み、膝を抱えて何をするでもなく海を眺めていた。瞳に映る海はどこまでも青く透き通っていて、それが今の僕と正反対で嫌になりそうだ。

 

『おでん様を殺したカイドウの娘であるお前が……おでん様の名を語るだと? それはおでん様への最大の侮辱だ!!』

 

 イゾウの言葉を思い出し、頭ごと膝を抱える腕の力を強めた。僕の行いを良く思わない人がいることを覚悟はしていたし、理解していた。だが考えないようにしていた。

 自分はカイドウの娘であり、光月おでんにはなれないという現実を突きつけられているような気がしてならないのだ。

 あの瞬間──イゾウに否定された時、()()()から湧いて出てきたドス黒い何か。それに従い僕はイゾウを金棒で殴りつけ、気絶して動かなくなっても何度も何度も殴った。撤退の命令が出なければ、きっとそのまま彼を殺していただろう。

 

『お前は所詮鬼の子、人間と仲良くはなれねェ!! それがお前の運命だ、ヤマト!!』

 

 否定し続けてきたカイドウの言葉、だけどあれは正しかったんだ。いくら僕が光月おでんになろうとしても、僕の中にいる“鬼”がそれを許さない。お前はカイドウの娘で、醜い怪物なんだと訴えかけてくる。

 

「こんなところで何してるんだ? 風邪ひいちまうぞ」

 

「……ガイモン」

 

 僕の隣に動く宝箱がいた。ガイモンは神妙な面持ちでこちらを見つめている。

 

「僕は……光月おでんになれないのかな?」

 

「いつになく弱気じゃねェか、何かあったのか?」

 

 心配そうに聞いてくるガイモンに僕は目線の先が滲んでくるのを感じた。彼はこんな僕にも優しくしてくれた、強い敵を倒したら褒めてくれたし、一度熱で寝込んだ時は一晩中看病してくれた。鬼の子である僕にも変わらず接してくれたんだ。

 

「僕は鬼の子だから……きっとおでんにはなれない。僕がいくらおでんになろうとしても……僕の中の鬼がそれを邪魔するんだ」

 

 それならばいっそ百獣海賊団に戻って、カイドウの娘として生きた方がマシかもしれない。少なくとも、あそこなら僕の中の鬼を否定する者はいないのだから。

 

「……いいんじゃねェか、それで?」

 

「……え?」

 

 しかしその思考はガイモンの言葉で遮られた。彼は屈託のない眼差しで僕を見つめ、続けた。

 

「そのおでんって男のことは知らねェがよ、お前はおでんじゃねェんだからおでんになるなんて無理だろ。別にお前じゃなくても、誰もおでんになんてなれねェよ」

 

「それは……そういうことじゃくて、例え完全なおでんになれなくても僕は少しでもおでんに近づきたいんだ。でも……僕にはなれない、少し否定されただけで手を上げちゃう僕じゃ……」

 

「そりゃ誰だって自分のことを否定されたら頭に来るだろ。そのおでんって奴だってムカつくことがあったら怒るだろうさ」

 

「確かにそうかもしれないけど……それとこれとは話が……僕は鬼だから、おでんを目指すことすら……」

 

「だが自分の悪い所を理解できてるじゃねェか。お前が本当にただの鬼だったらそうやって思い悩むことすらないんじゃないか?」

 

「それは……」

 

 そこで言葉を詰まらせる。確かにガイモンの言っていることが正しいのかもしれない。僕が完全に鬼だったらこうやって悩むことすらなく、イゾウの頭を叩き潰していたはずだ。そうしなかったのは僕は鬼になりきっていない、なりかけの半端者だからだ。

 

「何年もお前といるからわかるがよ、お前は案外普通なんだ。ひでェ父親の元を離れて憧れた奴を目指してる、ちょっと勇気があるだけの普通の奴だよ」

 

「普通の……」

 

 そんなことを言われたのは初めてだ。出生や育った環境、経歴、僕に普通なことなんて一つもない。だけどガイモンは僕のことを普通だと言ってくれた。僕のことを……一人の人間として対等に接してくれてるんだ。

 

「まァだから、そう焦るな。お前はまだ子供なんだから、これから色んな経験をする。その中でゆっくり考えりゃいいさ」

 

「……うん、そうかもね」

 

 ガイモンが僕を落ち着かせるように、優しく肩を叩いてくれた。気づいたら涙は引っ込んでいて、僕の視界には元通りの綺麗な青色の海が広がっていた。今ならこんな自分のことを、少しは受け入れられる気がした。

 そんな時だ、ガイモンの箱の中に入っていた電伝虫が鳴き出したのは。

 

「もしもし、どうした?」

 

『ガイモンさん……大変です! 沖に軍艦が二隻、こっちに向かって来ています!』

 

「なんだと!? よりによってバギーとミズキがいねェ今か……! 乗ってるのは誰だ? 中将か? 大将か?」

 

『いえ、名の通った将校は確認できませんでしたが……天竜人が乗っています!』

 

「!!?」

 

 思えばこの時が最後だったのかもしれない。僕が僕自身のことを少しでも……人間だと信じられていたのは。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 プルルルル……ガチャ

 

「はいは〜い、どうしたの?」

 

『あ、お嬢……ご報告が!』

 

 大破し沈みゆく海賊船の上でミズキは電伝虫の受話器を取った。視界に映るのはおびただしい数の死体、しかしそれには目もくれず、ミズキは部下からの報告に耳を傾ける。

 

『て、天竜人が乗った軍艦が沖に現れて……もうまもなくこの島に到着する模様です!』

 

「!? ……へェ、まだそんなおバカさんがいたんだ。マリージョアでだいぶ驚かせてあげたと思ってたんだけどな……誰か海兵でも乗ってるの? 例えば大将とか」

 

『い、いえ……大将どころか海兵も確認できず。役人と護衛が乗っているだけかと』

 

「なら大丈夫でしょ、確かヤマトが残ってるはずだし」

 

 その報告を聞いてミズキは考える。ヤマトがいれば大抵の護衛ならどうとでもなるだろう。しかし天竜人が海賊のナワバリに入ったと知れば海軍が動かないはずがない。最低でも中将、大将が出てくる可能性も大いにありえる。天竜人の軍艦に海兵が乗っていないことから彼らの独断専行であることがわかる。それならば海軍がその報告を聞き、海兵を派遣するにはある程度の時間がかかるはずだ。自分が今から戻ったとしても、少なくとも大将が出てくる頃には間に合うはず。

 

「ちょうどこっちも終わったとこだしすぐに戻るよ。天竜人は丁重にもてなしてあげて」

 

『はァ……ところでお嬢は今どちらに』

 

「あはは♪ 修行を兼ねての……害獣駆除か…………な!」

 

「ギャアアアアアア〜!!」

 

 部下の質問に答えつつ、背後から剣を振りかざしてきた男を蹴り飛ばした。気づけば数名が立ち上がり、武器を構えてミズキに怒りを込めた闘志を向けている。

 

「ま、そういうことだからボクが戻るまでよろしくね!」

 

 そう言って電伝虫をしまった。そうして自分に鋭い視線を向ける相手の方に振り向き、嘲笑うような笑みを浮かべる。

 

「中々しぶといね、流石は政府が選んだ王下七武海様ってことかな?」

 

「て、てめェ……“宵魔女”!! 一体何の目的でおれ達を!!」

 

 この男は政府の選んだ王下七武海の一人。世界政府に収穫の一部を納めることで海賊行為を認められた者達であり、加盟する為には他の海賊の抑止力になるような圧倒的な実力が必要だ。

 彼も例に漏れず元の懸賞金は4億を超えており、覇気も使いこなす強者であった。しかし部下諸共全滅しているのはひとえに相手が悪いと言わざるを得ないだろう。

 

「別に君達を狙った訳じゃないんだけどね? 修行でその辺の海賊船を襲ったらたまたま七武海だっただけ! 運が悪かったね!」

 

「クソが! そんな理由でおれ達に手を出せば政府も黙ってねェぞ!」

 

「あはは♪ 今更ボクが政府にビビるわけないじゃん!」

 

 散々天竜人を殺してきたのにそのような脅しでどうこう思うはずもないのだ。

 

「それに、どうせ君らはボクが潰さなくてもいつかは全滅してたと思うしね」

 

「……!? 何を言ってやがる!?」

 

 ミズキの記憶では原作の世界では彼らのような海賊は七武海として登場しない。つまりここで全滅せずともいつかは敗北し、七武海から除名されるか死亡するのだ。ならば別に構わないだろうとケタケタと笑う。

 

「さてと、あんまりゆっくりもできないみたいだからそろそろ終わりにしようかな」

 

「……くッ……来るぞ、野郎共迎え撃て!」

 

「……あれは!?」

 

 ミズキが飛び上がり、雷を生み出した。快晴だった空は真っ黒な雲が覆い尽くし、海に雷が落ちる。そしてその雷が集約し、巨大なハンマーを作り出した。

 

雷撃・神の槌(ライジング・ミョルニル)!!!」

 

『ギャアアアアアア〜〜!!?』

 

 海賊達を黒焦げにし元より大破していた海賊船を灰に変え、周囲の海を黒い灰と鉄臭い液体の混ざった赤黒い場へと変えてしまった。

 王下七武海といえど耐えられるものではない。一瞬で絶命させ、死体は海へと飲み込まれていった。

 

「ふう、まあまあだったな。でも確実に強くなれてる実感はある」

 

 握りしめた拳を見つめ、ミズキは自分の力が上がっていることを実感する。だがまだ足りない、四皇に勝つにはこの程度では話にならないのだ。

 

「おっと、ゆっくりしてる場合じゃなかった。早く戻らないと」

 

 だが今は考えている場合ではないだろう。ミズキは予め作っておいたガイモンのビブルカードが示す方向に飛び去って行った。

 そしてカライ・バリ島は今まさに、混乱の最中にあった。

 

「早くわちきの奴隷共を連れてくるのだえ! 誰が自由を許可したゴミクズ共!?」

 

「そうアマス! 何をボサっとしているアマス!」

 

 港に着港するやいなや、ピストルを乱射し元奴隷達を連れて来いと要求する天竜人の男女。その背後には数十名の護衛の兵士が待機しており、誰も彼らの横暴を止められなかった。

 

「お、おいどうする? やっちまうか?」

 

「馬鹿言え、幹部の許可なしにそんなことできるか! もうじきガイモンさんが来るはずだ! それまでは大人しくしてろ!」

 

「キャプテン・バギーやお嬢がいてくれたらな、こんな時に幹部の大半が遠征中だなんて運が悪い……!」

 

 逃げ惑う住民達、そんな中バギー海賊団の下っ端達も手を出せずにいた。元奴隷だった者達は恐怖を思い出し動けず、それ以外の者達も率先して手を上げようとはしない。加えて今島に残っている幹部はガイモン、それと戦闘員のヤマトだけだ。仮に天竜人に手を上げ大将が来れば、苦戦は必至だった。

 

「おやおや、これはこれは……天竜人御一行様ではございませんか。神の名を騙るあなた方がこのようなところになんの御用で?」

 

「て、テゾーロ……!」

 

 そこに割って入ったのは緑色の髪をオールバックにした男。身にまとったスーツとアクセサリーは高級感溢れる物ばかりで、素人目にも高価なものだとわかる。彼の名はギルド・テゾーロ。ミズキによってマリージョアから連れ出された元奴隷であり、バギー海賊団に所属し力をつけ今や懸賞金こそ懸けられていないものの海賊団内でもある程度の地位を得ていた。それは彼の身なりから明らかだろう。そして天竜人のうち男の方は、彼のことをしっかり記憶していたようだ。

 

「お前は……奴隷番号158番! おい、誰が逃げていいと言ったえ! 早く戻ってわちきのおもちゃとしての役目を果たすえ!」

 

「ほう……役割ですか。失礼、よく覚えていないのですが……こうでしたか!!」

 

「……!! ぶべェェ!!?」

 

 テゾーロの拳が天竜人の顔面を殴り飛ばし、数mに渡って吹っ飛ばした。並の海賊以上の力を得た今のテゾーロの拳だ。生まれた時から甘やかされて痛みを知らない彼には、耐えられるものではない。

 

「貴様……! 天竜人に手を上げたな!」

 

「フン……」

 

 向かってくる護衛をも、彼は蹴散らして見せた。あっという間に数人を地面に転がし、残りの護衛の兵士達を睨みつけた。その圧力に屈して彼らは動くことができない。

 

「よ、よくも兄上様を!! 奴隷の分際で神に手を上げるなど許されることではないアマス!!」

 

「そ、そうだえ……!! すぐに海軍の大将を呼べ!! こいつをぶち殺すえ!!」

 

「ほう、私を殺すだと? 他人の手を借りなければ便所にすら行けない貴様らがか?」

 

「や、やめ……!?」

 

 そうして天竜人を何度も殴りつける。すぐには殺しはしない、自分が受けた痛み、屈辱、怒り、それらを全て返すまでは死なせる訳にはいかないのだ。

 

「この世の全ては力と金だ! それさえあれば全てを従え、支配することができる! お前達もそうだろう!? バギー海賊団に入ったのは何のためだ!? 力を手に入れ、こいつら天竜人に復讐するためではないのか!?」

 

「……!!」

 

「虐げられる日々は終わった!! 今度はおれ達がこいつらを支配する番だ!!」

 

 なおも殴り続けるテゾーロを見て拳を握るのは、元奴隷達だ。この島に来た当初は地獄の日々が終わったことに対する安堵しかなかった。だが今は違う、ここでは自分達を地獄に叩き落とした天竜人よりも力関係はこちらが上。そう理解した彼らの行動は早かった。

 

「お、お前達……何を考えているえ! わちきをこんな目に遭わせてタダで済むと……!」

 

「黙れ! よくもおれ達をあんな目に遭わせてくれたな! 死んで償いやがれ!」

 

「そうだ殺せ!」

 

「おれ達が受けた苦痛を倍以上に味わわせてやれ!」

 

「なんで……わちきは偉いのに……!?」

 

 殴る、蹴る、斬る、撃つ。様々な手段で自らが受けた痛みを返していく。最後まで何故自分がこのような目に遭うのか理解できない哀れな男は、ついには見るも無惨な肉塊となり、原形すら留めていなかった。

 

「お……お兄……様……うッッ……」

 

「フハハハ!! 素晴らしい!! これぞエンターテインメンツ!!」

 

「うォォォォォ!! あの天竜人をぶっ殺した!!」

 

「見たか!! これがバギー海賊団の力だ!!」

 

「キャプテン・バギー万歳!!」

 

 狂気にも聞こえる声を上げ、元奴隷達は歓喜に沸いた。すでに全滅した衛兵達を踏みつけ、感情に身を任せ叫ぶ。そして次のターゲットは女の方だった。

 

「テゾーロ、そいつは私にやらせて」

 

「……ああ、もちろんだとも」

 

 名乗り出たのはコアラ。彼女も元奴隷であり、そしてこの島に来た時のテゾーロの言葉に触発され復讐を決意した少女だ。片手にナイフを持ち、ゴミでも見ているかのような視線を天竜人に向けた。

 

「……ひ!? やめるアマス!」

 

「……死ね」

 

 腹、胸、足、腕、喉、心臓。身体のありとあらゆる部位にナイフを刺し、女を痛めつける。聖地ではこの女が龍、コアラはなんの力も持たないか弱い小動物でしかなかった。しかしここでは真逆だ。研ぎ澄まされた小動物の爪は欲に肥えた醜い豚を容易に切り裂く。強い者は何をしても許される、それが世の鉄則だ。それを教えてくれたのは皮肉にも目の前の豚、ならば手加減など必要ないのだ。気が済むまで豚が鳴くのをやめてもなおも刺し続け、そしてようやくコアラは爪を離した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 この島に来たばかりのコアラは奴隷時代のトラウマが原因で反射的に掃除をしてしまうほど、心に深い傷が残っていた。しかしそんな彼女はもうどこにもいない。気づけば身体は返り血で真っ赤に染まっていて、鉄臭い異臭が辺りを包んでいた。しかしそれが今の彼女には心地よかった。

 だがそれでもトラウマを完全に払拭できた訳ではない。心に深く、念入りにつけられた傷を癒すのは不可能に近い。名高いバギー海賊団の副船長でさえ、完全に癒えている訳ではないのだから。

 

「フハハハハ! コアラ、よくやった!」

 

「いいぞ! 天竜人を殺した!」

 

「死体を家畜の餌にしてやれ!」

 

 しかし傷が癒えずとも、まぎらわすのは簡単だ。それを忘れてしまう程の熱狂に包まれればいい。自らの傷を誤魔化す為に彼らは狂ったように笑い、その場はライブ会場のように沸き上がる。

 ゆえに気づかなかったのだろう。港にもう一隻の軍艦が到着したことに。

 

「動くな貴様ら!」

 

「……!!?」

 

「海軍!!?」

 

 気づけば数百名の海兵が彼らを取り囲み、銃を向けていた。それを指揮するのは兜を被った糸目の男。海軍本部中将オニグモだ。

 

「……まさか……天竜人を殺すとはな」

 

 歴戦の海兵である彼ですら冷や汗を流す。死体があまりに惨いこともあるが、天竜人が殺害されたという事実に彼は戦慄する。

 

「“千両道化”や“宵魔女”が不在なのは幸運だな。……天竜人に手を上げた者達を全員捕らえろ!」

 

「はっっ!!」

 

「キャプテン・バギーがいない時に好き勝手させてたまるか! 迎え撃て!」

 

『ウォォォォォ!!!』

 

 海兵達とバギー海賊団が激突する。新世界の海で海賊を取り締まる者達だ、当然四つの海や楽園の海兵とはレベルが違う。しかしバギー海賊団も今や四皇に次ぐ勢力と言われている。幹部が不在でもその強さは並の海賊を凌ぐ。

 

「……少し厄介なのがいるな」

 

 その中でも一際強さを見せつけていたテゾーロにオニグモが狙いを定める。長く伸ばした髪の毛を腕のように変形させ、何本もの剣を持ち彼に襲いかかる。

 だがそれを、金棒が止めた。

 

「!!?」

 

「……お前は……!」

 

「ヤマト!」

 

 現れたヤマトがオニグモの剣を間一髪で防いだ。今島に残っている者の中で最強であろう戦闘員の登場に、オニグモは警戒を顕にした。

 

「ぎゃあ!?」

 

「……熱い!?」

 

「なんだあの武器は!?」

 

 そしてこの場に現れたのは彼女だけではない。空中を浮遊し海兵達を銃で狙うのは狙撃手のガイモンだ。ミズキの魔法が込められた特殊な箱で浮き、同じく魔法の銃で海兵を蹴散らす。

 

「……“鬼姫ヤマト”に“箱入りのガイモン”か」

 

「おいおい、随分とやべェことになってるな。ヤマト、ミズキが戻ってくるまでおれ達で持ちこたえるぞ!」

 

「うん、わかってる!」

 

 ガイモンがミズキが戻ってくるまで持ちこたえるぞとヤマトに声をかけ、彼女もそれに応える。この場で中将を相手にできるのはヤマトだけだ、ゆえに彼女はオニグモに闘志を向け、残った雑兵達をガイモンは蹴散らしていく。

 

「……天竜人殺しも大犯罪だが、貴様の血もまた罪深い。“鬼姫”か……貴様のような穢れた血に相応しい通り名だ」

 

「ッッ……!! その名で呼ぶな……僕は……光月おでんだ!」

 

 ヤマトが金棒を振り、オニグモがそれを受け止める。彼女は少女とはいえ懸賞金3億を超える実力者だ。それを受け止めるのは簡単なことではないが、中将ともなればそれを平然とやってのける。

 

「なんという凶暴な一撃だ」

 

「くッッ!!」

 

 オニグモの手を模した髪の毛に装備された剣が振るわれ、斬撃が飛ぶ。オニグモの名の通り蜘蛛のような圧倒的な手数に受け切るのは不可能だと判断し、咄嗟に回避を選択した。その選択が正しいと証明するようにヤマトがいた場所は地面に亀裂が走る。

 

「危な!?」

 

 斬撃を回避したヤマトはその切れ味に危機感を覚えた。そして手早く勝負を決めようと金棒を振りかぶりオニグモに殴りかかる。しかしそれは容易に避けられ、行き場を失った金棒は地面に叩きつけられる。

 だがその程度で振り回されるなら億超えなどという賞金はつけられないだろう。すぐさま金棒を握り直し、横に避けたオニグモにスイングする。

 

「ぐ……ッッ!!」

 

 その一撃はオニグモを吹っ飛ばし、吐血させるには十分な威力だった。倒れることはないが手痛い攻撃を受けたオニグモは腹を押さえ、ヤマトを睨みつける。

 

「やはりカイドウの娘……少女だとしても鬼の子は鬼というわけか」

 

「……ッッ!! 僕は……鬼じゃない!!」

 

 金棒により一層武装色の覇気を纏わせ、ヤマトは感情に身を任せオニグモを追撃する。しかし精神的な動揺は覇気の精度を鈍らせる。見聞色の覇気の精度を欠いたヤマトは振りかぶった金棒を避けられ、逆に腹に斬撃を受けてしまった。

 

「ガハッッ……!?」

 

「ヤマト!!?」

 

「終わりだ!!」

 

 ヤマトの視界に連撃を繰り出してくるオニグモの剣が入ってくる。体勢を崩されている今の状況では避けられない。そう思った刹那、彼女の前に一つの影が割って入ってきた。

 

「!!!」

 

「……え?」

 

 オニグモの斬撃を深く受けたガイモンがその場に崩れ落ちる。彼の詰まっていた宝箱は真っ二つに切れ、その間から血飛沫が噴水のように溢れ出てきた。

 

「ガイモン!!! そんな……ガイモン!!!」

 

 彼の血で汚れるのも厭わず、ヤマトはガイモンを抱き抱える。しかしすでに彼は息絶えており、ヤマトの呼び掛けに応じることは出来なかった。

 

「ガイモンさん!? 嘘だろ!?」

 

「……ガイモンさん」

 

 彼を慕っていた部下達がその光景に悲嘆の声を上げた。彼程の実力者が死亡したことへの驚愕、尊敬していた男の死を目の前にした悲しみ、そのような感情を含んだ声が至る所から聞こえてくる。

 

「次は貴様がああなる番だ」

 

 血に濡れたガイモンを地面に下ろし、大粒の涙を流しただ彼を見つめているヤマトにオニグモが剣を向ける。海賊の事情など知ったことではない。いくら無法者達に慕われていたとしても所詮は海賊、死んで当然の犯罪者なのだ。故に彼は淡々と任務をこなそうとする。

 そしてヤマトの首を切り落とそうと剣を振り下ろす

 

「!!?」

 

 ことは出来なかった。それよりも先に彼の右腕を金棒が襲い、ありえない方向へと腕をへし折った。

 

「ぐ……あああ!?」

 

 突然のことにオニグモは一瞬何も出来なかった。しかし理解が追いついた時、彼は痛みに悶え悲鳴を上げた。

 

「き……さまァァ……!!」

 

 自身の腕をへし折った相手であるヤマトに殺意を混じえた敵意を向ける。だがそれは直後に放たれたヤマトの覇王色の覇気に押し潰される。周囲に黒い稲妻にも似た覇気が駆け巡り、敵味方問わずにその場にいたほとんどが意識を刈り取られた。

 歴戦の猛者であるオニグモでさえ震え、後ずさる程の気迫と殺意。彼は理解したのだ、目の前の少女が正真正銘“鬼”であるということを。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「これは……」

 

 カライ・バリ島に戻ってきたミズキがまず目にしたのは、血の池とそこに転がる何百という海兵の死体だった。つい数分前から降ってきた雨が血の池に落ちる音だけが辺りを支配している。

 ミズキはその死体の中で、一人だけポツンと立っていた少女に声をかけた。

 

「ヤマト! この状況は…………!!?」

 

 彼の足に重い何かが当たり、足元に視線を落とす。それはミズキも知っている人物、海軍本部中将オニグモの死体だった。しかしそれをオニグモだと言ってもいいのだろうか、顔はかろうじて原型を留めているがそれ以外の部位はもはや人とも分からない程にぐちゃぐちゃに潰されている。よく見れば周辺の死体全てがそのような惨たらしい殺され方をしていた。

 

「ミズキ……僕は…………鬼だったんだね」

 

「……!? ガイモン!?」

 

 ヤマトが抱えているのがガイモンだと気づき、彼女に駆け寄る。目に入るのはトレードマークである宝箱は失っており、その代わりに乱雑ながらも包帯で手当がされていた。しかしもう手遅れだったのだろう。

 

「ガイモン……」

 

 今までもたくさんの部下が死んできた。海賊なのだから死と常に隣り合わせなのは理解していたし、覚悟もしていたつもりだった。しかし十年近く共にいた幹部の亡骸を実際に目にして、名状しがたい悲しみを覚えた。こんな感情を抱くのは何年ぶりだろうか。

 

「ヤマトは? ……大丈夫?」

 

「…………」

 

 この惨状を見ればわかりきったことだが、一応ヤマトの安否を確認する。だが彼女から返答はなく、雨が血に弾かれる音だけがミズキの耳に響いてきた。

 

「ずっと気づかないようにしてたんだ」

 

「……」

 

 数分の沈黙の後、ガイモンを地面に寝かせながらヤマトが呟いた。俯いて表情は見えないが声の調子からある程度予測できる。ミズキは彼女の言葉にあえて何も言わず、静かに聞く。

 

「僕は光月おでんになりたかった。おでんみたいな偉大な男に……」

 

 光月おでんの処刑を見たあの日から、ヤマトの人生はそれが全てだった。かつてワノ国に名を馳せた侍達は自分を認め、命を賭してまで生かしてくれた、託してくれた。だから父親であるカイドウに死にかけるまで殴られても耐えることが出来た。そして更なる強さを求め、ワノ国に来たバギー海賊団の船に乗りおでんのように海に出た。バギーがかつておでんと同じロジャー海賊団だったのも偶然ではないのだろう。彼から聞くおでんの話は日誌で読んだものよりリアルで、それが一層おでんになりたいという気持ちを高めた。

 だけど──

 

「でも……無理なんだ。結局僕は……カイドウの子供なんだから」

 

 イゾウに自身の考えを否定され、頭に血が上り彼を半殺しにした。それ自体は覚悟していたことだ。カイドウの娘である自分がおでんの名を語るのをよく思わない人がいるであろうことなど容易に想像出来る。

 だから強くなり、ワノ国の為に戦うことで認めてもらおうと思っていた。今すぐは無理でもいつか認めてもらえる日が来ると。

 あの三人の侍のように。

 しかし現実はおでんの家臣であるイゾウに否定された瞬間、目の前が赤く染まった。まるで誰かの記憶を見ているかのようだったと今でも鮮明に覚えている。自分がイゾウの身体を潰そうとする光景を。

 そして今日も同じことが起きた。目の前でガイモンが殺され、ヤマトの視界は前よりも黒ずんだ赤に染まった。そうして怒りに身を任せ、海兵達を嬲り殺した。以前と違いがあるとすれば、そこに自分の意思が少なからず反映されていたことだろうか。少なくとも、ヤマトは海兵達を殺すことを望んでいたのだ。

 

「僕は……光月おでんにはなれない」

 

 なれるはずもない。

 なっていいはずがない。

 自分は紛れもないカイドウの娘であり、同時に鬼だから。

 それをずっと否定してきた。しかしもう、否定することなど出来ない。

 認めざるを得ない。

 

「僕は……()()……鬼だ」

 

 それが嘘偽りない現実、ガイモンはそんなことはないと言ってくれたが、それが正しいことであるとガイモン自身が証明してしまった。

 

「それで……ヤマトはどうしたいの? 光月おでんになれないならカイドウのところに戻る?」

 

 ヤマトの話を聞き終えたミズキがそう問いかける。彼の知る原作のヤマトはここまで思い詰めていなかったはずだ。こんな惨状を作ることもなかった。自分がまだ子供の彼女を連れ出し外の世界を見せたのが原因なのか、それはわからないが少なくとも自分が彼女の人生に多大な影響を与えたことは確かだ。責任を感じない訳ではない。

 

「いや、戻らない……私は……光月おでんになれないけど……いつかおでんの意志を継いでカイドウとオロチに戦いを挑む者達が現れる。私は……彼らの手助けをするために……強くならないといけないから」

 

「……そう。それなら……強くならないとね」

 

 ミズキがそう言うと、ヤマトはこくりと頷いた。自分が鬼であることは認める、おでんになれないことも。だが百獣海賊団を討ち、ワノ国を開国させるという目的に変わりはない。ただ自分が主役になるか、脇役になるかの違いだ。

 そう覚悟を決め、ヤマトは拳を強く握りしめる。

 雨は──止むことを知らずに降り続けるのだった。

 

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