平原に降り立ったビッグ・マムは不気味な笑みを浮かべ、ミズキを睨みつける。
「カタクリ、手ェ出すんじゃねェぞ」
「……!! ああ、了解だママ」
船長であり母でもある彼女の言葉に素直に従い、カタクリは戦闘態勢から力を抜いた。
「ハ〜ハハハ!! お前らの狙いはわかってる。ロード
「ご名答、さすがは“ビッグ・マム”だね。だけどどうせ一回ロジャーに奪われてるんだし、見逃してくれてもいいんじゃない? 持っててもどうせ読めないでしょ?」
「同じ過ちは二度としねェって言ってんだよ。また誰かに奪われてラフテルに行かれちまうなんてマヌケだろ? ロジャーの奴は万物の声を聞くって奇妙な力で石を読んだが……うちにも歴史の本文を読める隠し玉があんだよ」
ビッグ・マムは数年前に生まれた三つ目族との娘、プリンのことを思い出す。彼女の第三の目が開眼すれば歴史の本文すら読み解くことが出来るはずだ。
「あはは♪ それって三つ目族のことでしょ? だったら今のうちに消しとかないとね! 確か……プリンって言ったっけ?」
「……!!? てめェ……何故それを!?」
「さァね? ビッグ・マム海賊団の情報力は業界一なんでしょ? 自分で調べたら?」
「……マンマママンマ! いいや、そんな必要はないねェ……今ここでてめェをぶち殺して吐かせりゃいい話だ!!」
ビッグ・マムはミズキの態度に笑い声を上げる。自分にここまで啖呵を切ってくる相手も珍しいと。だがすぐにその表情は一変、鬼のように恐ろしい形相でミズキを威圧した。そのあまりの圧力に後ずさりするミズキだったが、喉唾を飲み込み覚悟を決めると短剣を構えてビッグ・マムに対抗する。
「殺される気なんてないよ! もう十分君臨したでしょ? そろそろ退場してもらおうか!!」
互いの得物が激突し、周囲に覇王色の覇気が撒き散らされる。誰もいない平原のため気絶する者こそいないが地面は抉れ、空気がビリビリと振動音を奏でた。
♦♦♦♦♦
「“ビッグ・マム”と“宵魔女”か……相も変わらず新世界は話題に事欠かんな」
「しかしカイドウと白ひげの次はビッグ・マム……あの一味は限度を知らないな。現四皇の全てに挑みかかるなど前代未聞だ」
「だが“宵魔女”が四皇と争うことになればいよいよ危ういかもしれん……悪魔の実の覚醒は強者との戦闘で発生する事例もある」
「
「能力者の願望を読み取りそれを実現させる能力……か。奴が望んだのはやはり世界の支配だろうが、だとすれば“宵魔女”の望みは一体なんだ?」
世界最大権力五老星。彼らが議論をしている話題はミズキと彼が口にした悪魔の実だった。
「魔女の名は“宵魔女”の容姿から名付けたもの、おそらくはあの容姿も奴が望んだものだろう」
「海賊の思考など知りようがない。今はあの件だ……もしもあの仮説が正しければ……」
「──五老星!! ご報告に参りました!!」
扉を勢いよく開けて入ってきたのはサイファーポール“イージス”ゼロの長官である男だ。彼は慌てた様子で息も絶え絶えに口を開いた。
「調査の結果ですが……危惧した通りでした……! “宵魔女”は……!」
「……!!? やはり……奴の……!?」
長官の口から語られた真実は彼らの予想の範疇ではあったが、しかし的中していて欲しくはなかったことだった。
♦♦♦♦♦
ホールケーキ
歴史の本文が保管してある宝物庫の前に、シャーロット・オーブンを始めとしたビッグ・マムの子供達が集まっていた。大幹部である3将星のスムージーとクラッカー、長男ペロスペロー、長女コンポートに三男のダイフク、その他にもオペラ、スナック、モンドールと誰もが恐れる怪物揃いだ。
そして彼らの目線の先には捕らえられたルナリアが海楼石の鎖で縛られている。オーブンと互角の戦いをしていた彼女だが参戦してきた他の兄弟達にはさすがに多勢に無勢。瞬く間に取り押さえられ、こうして捕まってしまったのだ。
その割に外傷が少ないのは、彼女がビッグ・マムにとって代えようのない存在だからだろう。
「ハァ……ハァ……」
「妙な噂程度と思っていたが本当に燃えてやがる……くっくっくっ、これはママも喜びそうだ……ペロリン」
「確かに……加えてユキユキの実の能力者か。これほど珍しい生物も滅多にいないな」
ペロスペローが物珍しそうに言葉にして、スムージーもそれに同意する。ビッグ・マムの住む
「で、どうする? 拷問して情報を吐かせるか?」
「いや、ルナーリア族は希少だ……下手に傷物にすればママの怒りを買うだろう。ひとまずママの判断を仰ぐ。オーブン、カタクリから連絡は?」
「ああ、ちょうど今繋がったところだ。カタクリ、そっちの状況はどうだ?」
ペロスペローに聞かれたオーブンが手に持った電伝虫を見せ、通話が繋がった相手に問いかける。電伝虫の向こう側から渋い男の声が聞こえてくる。
『オーブンか……こちらもすぐに終わる、海楼石の錠を用意しておけ』
目の前で繰り広げられる戦闘を鑑みて、カタクリはそう告げる。見聞色の覇気で未来が見える彼だが、今回ばかりはその必要もないだろう。
「ハァ……ハァ……ゲホッッ……!」
全身の至る所から血を流し骨も何本か折れているであろうミズキの姿を見れば、この戦いの結末は誰でも予想出来る。
「ハ〜ハハハ! なんだい、もう終わりかい? 呆気なかったねェ……!」
「……何を……勝った気に……なってるの? ……ボクはまだ……」
「……!! マンマママンマ! まだ立つのかい? その根性だけは褒めてやるよ」
何をしても、何をくらっても倒れない、故に四皇。フラフラながら立ち上がったミズキを素直に賞賛するが、それも強者の余裕から来るもの。事実、ビッグ・マムはミズキの攻撃を何十発とくらっているがダメージを受けている様子はない。正確に言えばダメージはあることにはあるが、百あった体力が九十九に減った程度。根気よく攻撃を続ければいつかは倒れるかもしれないが、それには途方もない時間が必要だ。それに加えてミズキの体力はもう限界に近い。見聞色の未来視を駆使して何とか攻撃を避けてはいるが、一発が必殺級のビッグ・マムが相手では一撃貰えば致命傷だ。
「ハァ……ハァ……一体……何をくらえば削れるのさ……」
まるで体力が無限にある敵と戦っている気分だ。しかもその敵は防御力まで並外れているのでタチが悪い。誰かがビッグ・マムのことを鉄の風船と例えたがそんなものでは済まない。こんなに硬い鉄があってたまるかと心の中で吐き捨てる。
「死に損ないが、ちょっとでもおれに勝てると思ってたのかい? ……プロメテウス!」
「……!!?」
太陽の化身であるプロメテウスを掴み、その状態でミズキに狙いを定める。未来視で危機を察知したミズキは軋む身体に鞭を打ち、転がるように回避に動いた。
「
「……ガハッッ……!!」
プロメテウスを掴んだ状態でミズキを殴りつける。すんでのところで回避するが、叩きつけられたプロメテウスは地面で爆発を起こし、周囲を爆砕して激しい熱風を生み出した。それの熱と風の勢いに吹き飛ばされ、地面を転がったミズキは苦しそうに呻き声を上げた。
「……こ…………の!!」
だがミズキはそれでも気合いで体勢を立て直し、恐らくこれが体力的にも最後になるであろう大技を繰り出そうとする。これで倒れなかったら自身の負けだと覚悟し、獣型の悪魔の姿へと変身する。
「ああ!!?」
「ソウル・オブ……フォルネウス!!!」
魂を錬成して作り出した光の矢をビッグ・マム目掛けて発射する。着弾した矢は大爆発を起こし、その巨体ごとビッグ・マムを爆風で包み込んだ。その威力は鉄をも容易に貫き、さらに破壊力を増す。
──だが
「ハ〜ハハハ! マンマママンマ! なるほどねェ……今のは少し効いたよ」
爆風が晴れ、現れたのは数箇所にかすり傷を負っているものの大してダメージを受けていない様子のビッグ・マム。ミズキの全ての力を込めた渾身の一撃でも、彼女にかすり傷を負わせるのが精一杯だった。
「痛みなんて感じたのは何年ぶりだろうねェ……それじゃあ、今度はおれの番だ」
ビッグ・マムが剣を構え、覇気を込める。その迫力だけでミズキは想像した、これをくらえば間違いなく戦闘不能になると。だが身体が動かない。ダメージを蓄積した身体で放った大技の反動で満足に立ち上がることすら出来ないミズキに向けて容赦なく、その一撃は解き放たれた。
「威国ッッ!!!」
剣から放たれた衝撃波が空を駆け抜け、無抵抗なミズキの意識を刈り取る。その一撃で吹き飛ばされたミズキは木々を突き抜け、“誘惑の森”まで飛ばされた。衝撃でえぐれた地面の上に落ちたミズキは白目を剥き、服も破けた状態で仰向けで倒れた。
「マンマママンマ! ちょっとやりすぎちまったかねェ?」
削り取れた地面を眺め、ビッグ・マムが高笑いをする。想定より遠くへ飛ばしてしまったが、後は“宵魔女”を回収すれば終わりだ。最も、彼女の一撃をまともに受けたからには生きているかも怪しいところだが。
「あら、負けちゃったわよモルガンズ。ま、リンリンが相手じゃしょうがないわね」
「う〜む……番狂わせとはいかなかったか。スクープのチャンスかと思ったが……」
「グギギグキ♪ “宵魔女”が死んだなら葬儀はまたうちだな。バギー海賊団は金払いがいい。副船長なら尚更惜しまねェはずだ」
結婚式が始まらぬ間、暇つぶしにも屋上からミズキの戦闘を見物していた闇世界の帝王達は、全員概ね同じ反応を見せた。いくら宵魔女が強かろうがビッグ・マムに勝てるはずもない。それが彼らの共通認識だった。モルガンズは奇跡の番狂わせを記事にすることを期待していたため落胆し、ミズキの死でバギー海賊団から金を絞れると葬儀屋のピエクロは喜ぶが、他の面々は皆ステューシーと同じように順当な結果だと思うだけだった。
(五老星が態々マークしていると聞いたからもしかしてと思ったけど……考えすぎだったみたいね)
しかしステューシーは歓楽街の女王としての立場でなくCP0としての立場では、ミズキのことをある程度危険視していた。五老星が警戒を向けるほどの海賊、しかもその情報は世界貴族直属の諜報部員である彼女でも噂程度でしか聞かされないとくれば嫌でも何かあるのでは? と勘ぐってしまうものだろう。さすがにビッグ・マムに勝てるとまでは思っていなかったが、一泡吹かせるくらいならあるいはと考えていた。だがそれも要らぬ杞憂だったようだ。
「あら……ちょっと失礼」
その時、ステューシーの鞄から電伝虫の鳴き声が聞こえてきた。彼女はその場にいる者に一言声をかけると、会場を出ようとする。
「おい、どうした? もしかしてスクープか?」
「違うわよ、お馬鹿さん」
唯一ステューシーの正体を知るモルガンズがもしやスクープでは? とこっそり彼女に詰め寄るが、それを一蹴する。世界政府は度々都合の悪い事件が起こると世界経済新聞社に賄賂を送り、事実を隠蔽してきた。その関係でモルガンズはステューシーの裏の顔を知っているのだが、それはそれだ。別に機密情報を教えてやる義理などないし、必要もない。
詰め寄ってくる彼を突き放し、ステューシーは誰にも聞かれない位置で電伝虫を取った。
『ステューシー、よく聞け。五老星から直々に指示があった』
「五老星から? それで、一体どんな……」
『今すぐに“宵魔女”を消せ……!』
「……!!? どういうこと?」
ステューシーにはその指令の意味が理解出来ない。そもそも理解する必要のないことではあるが、それにしても突拍子も無さすぎる。
それにそもそもの話だ──
「“宵魔女”は“ビッグ・マム”の技で吹き飛んだわ。とても生きているとは……」
『……お前は自分の目で死亡を確認したのか?』
「……いいえ」
確かに確認はしていない。だが万が一生きていたとしても──
「ここはビッグ・マム海賊団の本拠地よ。そんなことをすれば……十中八九見つかってしまう。不可能よ」
『無理は承知の上だ。万が一があれば世界の危機……我々も噂程度でしか知らないが』
「ッッ……!! ……了解」
ステューシーは察した。要するに五老星は最上級のエージェントを失ってでも宵魔女を消してしまいたいのだと。そして自分は捨て駒にされたことも。その事実に歯噛みをするも任務には従うしかない。そうして彼女は月歩でその場を飛び去り、ミズキが倒れる誘惑の森へと向かった。
♦♦♦♦♦
『ジババババ! おい、起きろよ!』
「う……ん」
気がつくとボクは真っ暗な空間にいた。直前の記憶を掘り返しても何故こんなところにいるのかわからない。もしかして死後の世界とかそんなところなのか? と考えていると目の前に光る影が現れた。形から髪が逆立った人であることはわかるが顔は見えない。
『こっぴどくやられたなァ……リンリンの奴、だいぶ強くなってやがる』
「……君は?」
馴れ馴れしく話しかけてくる影に問いかける。すると段々影に人の形が映し出され、その顔が顕になってきた。いかにも悪人面という風貌の男だ。その影、彼は凶悪な笑みを浮かべて名乗った。
『おれか? ジババババ! おれはロックス・D・ジーベック! 世界の王になる男だ!』
「……ロックス!?それって……」
聞き覚えのある名前だ。一昔前に白ひげやビッグ・マム、カイドウを従えた大海賊。確かゴッドバレーでロジャーとガープに敗北した後死亡したと聞いたけれど……目の前の男は確かにロックスと名乗った。
見慣れない空間にいる死んだはずの男、やはりここは死後の世界なのだろうか?ビッグ・マムにやられてボクは死んでしまったのか……。
『安心しろ、おめェはまだ死んでねェよ。死にかけには違いねェがな』
「……それじゃあここは一体」
『ここはまァ……そうだな……精神世界とでも言うのか?正確には悪魔の実に残ってたおれの意思がお前に話しかけてるってとこだ。
ロックスは一方的に話を続けると豪快な笑みを浮かべた。悪魔の実に意思が宿る、ということはつまりボクが食べた悪魔の実の前任者は彼だったということだろうか?それとも外部的な要因で彼の意思が宿ったのか、それはわからない。
ともかく彼の目的はなんなのか、まずはそれを明らかにしないといけない。
「で、結局ボクに何の用なの?」
『ジババババ!!簡単な話だ、おれの能力と……血を受け継ぐお前がリンリン程度に負けてもらっちゃ困る。力の使い方を教えてやるよ』
「……力の使い方……?…………!!?」
次の瞬間、ボクの意識は暗闇から引き戻された。ボクが最後に見たのは、不気味に笑うロックスの顔だった。