転生男の娘は道化の海賊を王にする   作:マルメロ

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フィッシャー・タイガー

 

「魚人共を一匹たりとも逃がすな! 全員捕らえろ!」

 

「タイのお頭とジンベエが戻るまでに軍艦を奪え! 二人の退路を確保するんだ!」

 

 タイヨウの海賊団を狙う海軍の軍艦が五隻。それを奪うために魚人達はクザンの氷の範囲から外れている海へ飛び込み、果敢に挑んでいく。しかし魚人の得意な水中戦とはいえ、軍艦を五隻も相手にするのは厳しい。タイガーやジンベエという主力が不在なのに加え、軍艦にはそれぞれ少将や大佐といった実力者が乗っている。ここに来るまでの海軍の追撃で負傷している者も多い、ジリ貧は目に見えている。故に海軍は強気にタイヨウの海賊団を攻め立てていた。

 

「!!? ……なんだ!?」

 

 しかしどこからか砲弾が飛んできて軍艦を爆破した。それに海兵達は困惑し、砲弾が飛んできた方向を凝視する。そこには海賊船が一隻、海の上に浮かんでいた。だがただの海賊船ではない。その証拠に海兵達は一様に目を見開き、ありえないと声を零した。

 

「あれは……バギー海賊団!? なぜこの楽園に!?」

 

 その海賊船の帆のマーク。それは海兵であれば知らぬ者はいない程有名な海賊団のマーク、新世界に拠点を構えるバギー海賊団のものだった。そんな海賊団がなぜこの偉大なる航路(グランドライン)の前半にいるのかと海兵達にどよめきが広がる。

 

東の海(イーストブルー)に向かう途中にまさかこんな現場に出くわすとはね……あんた達! とにかくミズキに言われた通りタイヨウの海賊団を逃がすことに専念しな!」

 

『はい! ギオン姉さん!』

 

 海賊団の指揮を執るのは通称桃兎、ギオンだ。他にも何名か幹部格の姿が確認され、その誰もが海兵にとっては脅威となり得る実力者揃いだった。

 

「新世界の海賊がなんでここに……? いや、それより今は軍艦を……!」

 

「大佐! このままでは魚人に軍艦を奪われてしまいます!」

 

「くッッ……! 奪われるくらいなら沈めろ! 奴らに逃げる隙を与えるな!」

 

 バギー海賊団の登場に一瞬戦場の動きが止まった。しかしその隙をついて魚人達が軍艦のうち一隻を包囲し、海兵達をなぎ倒し奪おうとする。それを見ていた別の軍艦の指揮官は奪われるくらいなら沈めろと指示を出し、大砲でその軍艦を狙おうとする。

 

「曲技……大回転風車!!」

 

「な!? 大砲が……!?」

 

 だが目にも止まらぬ速さの剣技によって大砲は全て斬り裂かれてしまった。これでは撃つことなど出来ないと海兵達は大砲を斬った剣士に視線を向け、その名を口にした。

 

「“大道曲芸のカバジ”……!!」

 

「悪いが副船長に言われてるんでな……あまり魚人達をいじめてくれるなよ」

 

 一輪車をキコキコ鳴らしながらカバジは口角を上げて言う。副船長からの命令はタイヨウの海賊団を逃がすこと。それを遂行するために彼は魚人達に加勢し、彼らを狙う海兵達を斬り裂いていく。

 

「よし! この軍艦の海兵は全滅させたぞ!」

 

「タイのお頭とジンベエさんはまだか……!」

 

 バギー海賊団の助力もあり、タイヨウの海賊団は軍艦を一隻奪うことに成功した。しかし逃げようにもタイガーとジンベエがまだ戻っていない。これでは逃げることは出来ない。

 

「……! 来た! ジンベエ急げ!」

 

「ハァ……ハァ……」

 

 タイガーを背負い走って来たジンベエを見てタイヨウの海賊団は安堵の息を漏らす。だがジンベエの背中で血を流し、息も絶え絶えなタイガーの姿に再び緊張感が走る。

 

「船を出せ! 海兵に追われていては治療もままならん!」

 

「タイのお頭……!?」

 

「血を流しすぎてる……! 急いで救護室に運べ!」

 

 船医であるアラディンがタイガーの様子を見て顔を青くした。一目見ただけでも死にかけだということがわかる。早く治療し、輸血をしないと命にすら関わるだろう。

 

「タイヨウの海賊団が逃げます!」

 

「絶対に逃がすな! 全艦一斉砲撃用意!」

 

「まずい……!」

 

 カバジが潰した一隻を除く三隻が一斉にタイヨウの海賊団が乗る軍艦に狙いを定める。タイガーの安否に気がいっていたばかりに誰もが対応出来ず、しまったと焦燥の表情を浮かべた。

 

「エレクトリカル……セレネ!!」

 

 しかし軍艦三隻丸ごとを電撃が包んだ。乗っていた海兵達の大半は口から煙を吐き気絶し、僅かに残った者達もその熱と衝撃に苦しむ。

 

「あいつは……“森の中のアップル”か……!」

 

「カバジが言ってたでしょ! タイヨウの海賊団を逃がすのが私達の仕事なの! 余計なことしないでよね!」

 

 電撃で黒焦げになった軍艦の上で、これまた黒焦げの海兵達に向かってアップルは文句を言った。無論誰も聞けていないのだが、彼女はお構い無しだ。

 

「さァ、今のうちにとっとと逃げな!」

 

「……すまん、恩に着る!」

 

 ギオンにジンベエが感謝の言葉を述べ、タイヨウの海賊団を乗せた軍艦は出航した。彼らを逃がすという任務は達成したが、ギオンの表情は明るくなかった。あの出血量ではタイガーは助からないだろう。迅速な治療と十分な量の輸血が出来れば可能性があるかもしれないが、それでも僅かな可能性だ。これでは完全に目的達成とは言えないとギオンは溜息をつき、一応報告だけは済まそうと電伝虫を取り出すのだった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「おい……なんで海軍の軍艦が……」

 

「タイガーさん……大丈夫なのか?」

 

 遠巻きで戦場を見ているのは先程までタイガーが滞在していた島の住民達。マリージョアに捕まっていた元奴隷も多く、彼らは一様にタイガーらの安否を心配していた。

 

「まさか……誰か海軍に通報したんじゃないだろうな!!」

 

「馬鹿な! おれ達にとってタイガーさんは命の恩人だ! 海軍に売るなんてありえない!」

 

 元奴隷だった者にとってタイガーは人生の大恩人だ。通報するなど考えられないし、仮にそういうことをする輩がいるならば許してはおけない。元々島に住んでいた者達もタイガーの人柄の良さはよく知っている。天竜人や奴隷制を嫌っている者も大半で、タイガーを通報する理由など無いはずだ。

 しかし、たとえ99%がそうだったとしても残り1%がそうだとは限らない。自己の利益のために海軍と取引を交わした男はタイガーを心配している様子を演じつつも、内心ではほくそ笑んでいた。自身に金を払うはずの海軍が、今や全滅寸前だとも知らずに。

 

「ハァ……ハァ……まいったねェ〜〜!」

 

「ここまで……とは……!」

 

 氷の台地の上で荒い息をし、痛む身体に鞭を打ち立ち上がるのは二人の海兵。クザンとボルサリーノ、次期海軍大将候補と言われ実際にその実力も大将と遜色ない。それほどの実力者であるはずの彼らが血を流し、劣勢に追い込まれている。

 

「あはは♪ 君達も結構強いよ、褒めてあげる!」

 

 それはつまり、相手がそれ以上の怪物だったということだ。二人がかりでも手も足も出ず、遊ばれている。目の前で笑うミズキはかすり傷こそあれどピンピンしており、それが彼らの実力差を物語っていた。

 

「もしもし、こちらミズキ」

 

 その時、ミズキの懐の電伝虫の鳴き声が響いた。ミズキは敵の前だというのに余裕そうに電伝虫を口に近づける。その態度にクザンは顔を歪めるが、隙だらけのミズキに手を出すことが出来ない。どう見ても隙だらけなのに、隙がない。

 

『こちらギオン、タイヨウの海賊団は無事逃げたよ。魚人達もあらかた無事だとは思うけど……タイガーは助からないかもしれない』

 

「そっか……ありがと。すぐに戻るから出航の準備だけよろしくね」

 

『ああ、任された』

 

 報告を済ますとギオンはすぐに通話を終えてしまった。つれないな、とミズキは少しばかりの笑みをこぼした。別に長々話をするような状況でもないのでいいのだが。

 

「それじゃ、時間稼ぎもいらないみたいだからボクは戻るよ。結構楽しめたからまた続きやろうね」

 

「ッッ……! みすみす逃がす訳ないだろう!」

 

 二人に背を向け、立ち去ろうとするミズキにクザンが氷で出来た刃を投げつける。当然当たる訳もないが、ミズキは振り返り呆れたようにため息をつく。

 

「見逃してあげてるのこっちなんだけどなァ……ボクが可愛いのはわかるけど、時間ないしこれ以上付き合っていられないんだよね」

 

「生憎と……おれァもっとボンキュッボンな姉ちゃんが好みなんでね」

 

「こんな首、逃したらいかんでしょうよ〜〜!」

 

 クザンとボルサリーノはなおも立ち上がり、ミズキに戦意を向ける。彼らの目は未だ死んでおらず、寧ろ先程よりも強くなっているようだ。本当ならばこのまま戦いを続けたところだが──

 

「……!! いいね、だけど時間切れだよ」

 

「!!?」

 

 そう、時間切れだ。二人の視界からミズキの姿が消失し、残ったのは氷の台地に吹き抜く冷たい風のみだった。

 

「……まいったな、なんて報告すりゃいいんだか……」

 

 頭をポリポリと掻きながらクザンは呟いた。ミズキに出し抜かれ、タイガー含めタイヨウの海賊団に逃げられた。これから書かなければいけないであろう報告書と始末書を連想し、彼は憂鬱な気分になるのだった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

 バギー海賊団の助けもあり、なんとか逃げ出すことに成功したタイヨウの海賊団。すぐにタイガーの治療を開始するが、やはり血を流しすぎており輸血が必要になった。

 

「入れるな! そんな血で生き長らえたくはねェ! 汚らわしい血だ! それは……おれ達魚人族を蔑み続けた血だ! 恩など受けない! 情けなど受けない!」

 

「お頭!?」

 

 しかしタイガーはあろうことか、輸血を拒否した。タイガーの血液型は珍しく、海賊団内に同じ型の者はいなかった。軍艦にストックされていた人間の血を入れなければ死んでしまう。それにも関わらず、タイガーはそれを拒んだのだ。

 

「旅立って程なく……捕まっちまったんだ……マリージョアに数年……ハァ……ハァ……おれは……奴隷だった!」

 

「……なんじゃと……!?」

 

「お頭……!?」

 

 タイガーが奴隷だった。その事実を知った魚人達は強い衝撃を受けた。彼の目から溢れ出る涙と、身体中から滲み出る血を見て顔を青ざめさせた。

 だが、タイガーは恨みに生きるつもりも、人間に復讐しようとも考えていなかった。そんなことをしても意味がないことはわかっている。目には目をで復讐の連鎖を繰り返していった結果が今のこの世界だ。

 

「わかってんだ……天竜人のような人間はほんのひと握り……ハァ……あの島の奴らのように……いい人間だっていっぱいいる……そんなことはわかってる!」

 

 だが、彼はもう人間に歩み寄ることも出来ないし、その血を受け入れるのも身体に刻み込まれたトラウマが拒絶していた。

 

「だが……おれはもう人間を愛せねェ……! だからせめて……お前らは島に何も伝えるな! 死にゆく者が恨みだけ残すのも滑稽だろう! そんな意味のないことはねェ!」

 

「だが大アニキ! 人間共は大恩人のアンタを売りやがったんだ! 同じ境遇にいたアンタに救われていながら……金に目が眩んで大アニキを売りやがった!」

 

「アーロン! ……お前だって頭ん中じゃわかってるはずだ! ……ハァ……ハァ……心の底から悪意に塗れた人間なんてのはごく僅かしかいねェんだ! 魚人にだって良い奴も悪い奴もいる……そこに種族の違いはねェ……!」

 

「ッッ……大アニキ……!!」

 

 タイガーの言うことを頭ではわかっている。わかってはいるが、アーロンには理解出来ない。なぜ尊敬する兄貴分を金のために売り、殺そうとした奴らに復讐してはならないのか彼にはわからない。

 

「お頭! そんな事言わんで生きてくれ! 頼む! 生きられる命なんじゃ!」

 

「お頭っ! 何を言おうと解放してもらった全ての奴隷達にとって……! アンタは一生の大恩人なんだ! 偉業を成した魚人島の英雄なんだよ!」

 

「……!! ……嬉しいねェ……」

 

 仲間達の必死な懇願も叶わず、奴隷解放の英雄は息を引き取った。瞼を閉じゆく彼の脳裏には、走馬灯のように昔の記憶が駆け巡っていた。

 

『……太陽の神……ニカ? なんだそれは?』

 

『太古の昔の奴隷達が信じた伝説の戦士さ……人を笑わせ苦悩から解放してくれる戦士だよ……!』

 

『ふん、くだらねェ妄想だ……』

 

 マリージョアに伝わる伝説の存在、太陽の神ニカ。その話をタイガーはくだらないと一蹴するが、頭の片隅にはニカの存在が頭にチラついていた。そしてマリージョアから命からがら逃げ出した彼は奴隷解放事件を引き起こした。彼の決意の裏に太陽の神が関係していたことは間違いない。それが証拠に彼が率いたのは“タイヨウの海賊団”、そして彼らの身体に刻まれた自由の象徴とも言えるマークは“タイヨウ”のマークだった。

 

 フィッシャー・タイガーは死んだ。しかしそれは物語の終わりを意味するものではない。寧ろその逆、物語は彼の死をきっかけに更に加速していく。彼の意志は……まだ死んではいない。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「フーズ・フーさん、前方三時の方向に海賊船が……!」

 

「見なれねェ海賊旗だな……まァ当然か……」

 

 四つに分かれた海の中でも懸賞金アベレージが最も低い海、最弱の海東の海(イーストブルー)。その海では滅多に見ることのない世界政府の軍艦が一隻、航海を続けていた。指揮を執るのは政府の諜報員であるサイファーポールNo.9、通称CP9の一人であるフーズ・フーという男だ。

 

「少しお待ちを…………ありました、東の海では割と名の通った海賊団ですね。船長の懸賞金は500万ベリーです」

 

「はっ、さすがは最弱の海だな。平和すぎて逆に退屈だぜ。襲ってくるようなら迎撃しろ、こっちから構ってる時間はないからな」

 

「了解です」

 

 そう、彼らは雑魚に構っている暇などない。今彼らはとある悪魔の実の護送任務の真っ最中だった。その悪魔の実は政府にとってかなり重要な物のようだが、何故そこまで政府が重要視するのかフーズ・フーは知らされていなかった。

 

 そしてそれを遠くから監視している海賊団があった。

 

「お頭、見えたぞ。例の護送船だ!」

 

「ああ……」

 

 その海賊船に乗っている船長は一見するとただの優男だった。左目に傷があることを除けば特別大柄でもなく、威圧感など皆無だった。しかし彼は新世界でも指折りの海賊、四皇に最も近い海賊の一人と言われるほどの強者だった。

 

「行くぞ……! ゴムゴムの実は必ず奪い取る……!!」

 

『おう!!』

 

 赤い髪に乗せたトレードマークの麦わら帽子を押さえ、その男は立ち上がる。赤髪のシャンクス、本来東の海にいるはずがない懸賞金20億を超える大海賊が、フーズ・フーが率いる護送船に狙いを定めた。その悪魔の実を奪い取るために。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

 

「見えたよミズキ。赤髪海賊団に世界政府の護送船……それにあれは……ボート?」

 

「ん? ……あれ、ミホークじゃん! シャンクスが来てることは知ってたけどミホークまで来てるとは思わなかったなァ……」

 

 望遠鏡で遠くに見える軍艦と赤髪海賊団の船、更にはそれに迫るボートを見つけてギオンはミズキに報告する。鷹の目のミホークまでいるのは意外だったのか、ミズキは少しばかりテンションを上げていた。

 

「どうする? あっちで潰しあってもらって弱ったところを狙うかい?」

 

「う〜ん……正直CP9が赤髪海賊団を弱らせるなんて出来そうにないし、グズグズしてたらゴムゴムの実を持ってかれちゃいそうだよね」

 

「わかった、それならこっちから仕掛けよう。アンタ達、船をつけるよ! 戦闘準備!」

 

『了解だ姉さん!』

 

 最弱の海、東の海。本来平和の象徴のはずのその海で、世界でも屈指の実力者達による戦争が勃発されようとしていた。

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