「……!! なるほど……これは確かに……!!」
トットムジカを歌い始めたウタを中心に禍々しい黒い渦が形成され、それは徐々に上昇していく。周囲を破壊しながら渦はどんどん質量を大きくしていき、やがて巨大な人の形を成した魔王が現れた。
ミズキは跳躍し、挨拶代わりと言わんばかりに短剣を振るう。だが魔王はピアノの鍵盤のようなものを出して迎え撃つ。衝突で火花が飛び交い、ミズキの攻撃はあっさりと防がれてしまった。
「クッッ……!!」
ミズキは一旦距離を置こうとその場から飛び退いた。赤髪海賊団が束になっても止められなかった怪物、舐めていたわけではないがそれにしてもこれは予想以上だ。最初から本気を出さなければあっという間にやられてしまうだろう。それに加えて、ウタが眠るまでの間に魔王を倒さなければならないという時間制限もある。
「じゃあ悪いけど……飛ばしていくよ!!」
ヒトヒトの実モデル悪魔の覚醒〖
「ビター
真っ黒なレーザーが魔王を包み、次の瞬間には大爆発を招いた。魔王を煙が覆う中、ミズキが様子を見ているとすぐに鍵盤が煙の中から飛び出してきた。どうやらこの程度では大したダメージにはならないようだ。鍵盤を蹴り返しながら、ミズキは魔王を撹乱しようと高速で周囲を飛び回る。
「……!!」
その時だ、頭上から何者かに攻撃を加えられた。即座に反応してバリアで防御したミズキは攻撃してきた相手を見て、僅かに驚いた。まるで音符を擬人化したような見た目をした戦士が、槍や剣などの武器を持ってミズキの周りを取り囲んでいた。その数は一目見ただけでは数え切れない、優に二十以上はいるだろう。
「数で勝負ってわけね……!!」
音符の戦士を蹴散らしながら、ミズキは魔王に接近する。一体一体はミズキの相手になる強さではないが、こうも数が多いとさすがに厄介だ。覇王色の覇気で気絶させようと試したが、どうやら生物とはまた異なる存在のようで効果がなかった。
「
このままでは埒が明かないと判断したミズキは、無数の光の玉を周囲に出現させる。それらを音符の戦士達にぶつけていく。一発当たれば戦士達は爆発四散し消滅していった。かつてビッグ・マムの身体さえ貫いて見せたその技は魔王にも着弾し、鍵盤を破壊して確かなダメージを与える。
「これでどう……?」
だが魔王は健在、即座に別の鍵盤をミズキに向けてくる。更には音符の戦士も復活し数もさっきより増えている。確かに攻撃のダメージはあるはずだが、魔王を止めるにはまだ足りないようだ。
「ちぇっっ……もうちょっと上手くいくと思ったんだけどなァ」
その現状に舌打ちをしつつ、ミズキは果敢に魔王に立ち向かっていくのだった。
♦♦♦♦♦
──エレジアより少し離れた海上。
「クソ……よもやここまでとは……!!」
「だからやめておけと言ったんだ……どうして向かってくるかね」
エレジアより少し離れた海上に軍艦が二隻、沈みかけていた。そのうち一隻の甲板でタバコをふかしながら呆れたようにため息を吐く男がいた。周囲の海兵が全滅している中、彼だけは傷一つ負っておらずその高い実力が伺えた。
「ベック、どうやら終わったみたいだな」
「ああ……おれ達に喧嘩ふっかけてくるもんだからどれほどの強さかと期待したが……ただの世間知らずだな」
船長〖赤髪のシャンクス〗に声を掛けられ、副船長のベックマンは鼻で笑いながら答えた。航海中海軍の軍艦の襲撃を受けたが、新世界の精鋭達ならともかくただの支部の海兵達では赤髪海賊団と戦闘にすらならない。
『──―報告します!! エレジアで異変を観測したと付近の支部から通信が──―港にはバギー海賊団の船が──―』
「!! 聞いたかお頭」
「ウタ……!!」
付近に転がっていた電伝虫の通信を偶然聞いたシャンクスとベックマンはその内容に目を見開く。苦渋の別れをした娘の顔を思い浮かべ、険しい顔つきで海を見つめていた。
「まさか……またトットムジカが……」
ベックマンが最悪の可能性を想定してそれを口に出す。かつてエレジアに現れたトットムジカの魔王、それがまた復活したとなれば被害は計り知れない。何よりウタが心配だ。
「通信じゃバギー海賊団がいると言ってたが……どうするんだお頭」
「……決まっているだろう? 行くぞ、エレジアへ……!!」
そしてその危機を放置しておく理由はシャンクス達にはなかった。バギー海賊団がいるというのは気になるが、今は考えている時間などないだろう。数年前のケジメをつけるため、赤髪海賊団はエレジアへと舵を切った。
そして事態を察知し、動き出したのは彼らだけではなかった。
「エレジアで異変だと……まさか……!!」
「トットムジカか……厄介だな」
「あれが蘇ったということは……エレジアにウタウタの実の能力者がいるということか……」
「エレジアといえば、数年前に赤髪海賊団によって滅ぼされたはず……やはり今回の一件と関係が……?」
「だとすれば世界の危機だ……トットムジカとウタウタの能力者があろうことか五皇の手に渡るなど……!!」
世界政府の中核を担うマリージョア、その中でも最も巨大な城の一室で世界最高権力である〖五老星〗が苦い顔をして話し合いをしていた。つい先程耳にしたエレジアの異変。歌の魔王トットムジカにウタウタの実、更には〖赤髪〗と〖千両道化〗も関わっているという。彼らが顔を青くするのも当然と言えた。
「エレジアを消すしかないだろう……魔王が世に出たとなれば被害は食い止められん……!!」
「五皇と戦争になる可能性もあるが、もはや悠長なことを言っている場合ではないな」
トットムジカとウタウタの能力の危険性を理解している彼らは早々に結論を出した。エレジアの存在をトットムジカごと抹消すると。それはすぐさま海軍本部に伝わり、元帥センゴクから海兵達に通達がいった。
「センゴク元帥からバスターコールの発動要請です!! 場所はエレジア!!」
「付近の中将五名に連絡を!! 軍艦も出せるだけ出せ!!」
中将五名と大量の軍艦による一斉砲火、通称〖バスターコール〗。島一つを消し飛ばしてしまう程の大戦力が、エレジアに向けて投入された。それだけ政府はトットムジカを危険視しており、たとえ如何なる犠牲を払おうと構わないという意志の表れだった。
♦♦♦♦♦
エレジアでのミズキと魔王の戦いは時間が経つ事により激しさを増し、地形を変化させる程になっていた。攻撃が届かないであろう島の港に避難していたゴードンやルフィ、エースにもその激しさは肌で感じ取れていた。そしてここもじきに危なくなるという危機感を抱かせるには充分だった。
「あの日のことを思い出す、上手く魔王を封じられればいいが……」
「どっちもバケモンだな……ミズキも魔王も」
ゴードンはエレジアが滅びた日を思い出し、ミズキやウタの身を案じた。その隣でエースは若干身を震わせ、戦いの激しさに戦慄していた。それは普段の彼からは考えられない様子だが、そうなっても仕方がないほどに二体の怪物の戦いは凄まじいものだった。
「おれ……やっぱり戦いたい!!」
「……!! 何を言い出すんだい、ルフィ君!?」
しかしそんな戦いを見ても、ルフィは戦いたいと戦意を示した。それに対しゴードンは驚き、思わずルフィに詰め寄った。いくらミズキに鍛えられたとはいえルフィはまだ子供、魔王と戦うには非力すぎる。たとえ彼が悪魔の実の能力者であっても、それは変わらない。そんな次元の戦いではないのだ。
「ウタとミズキが戦ってんのに、ここで見てるなんて出来ねェ!!」
「ッッ!! 待ちなさい、ルフィ君!!」
「おいルフィ!! クソッッ!!」
ゴードンとエースの制止も聞かず、ルフィは市街地に駆け出していく。いくら力不足だとわかっていても、ここに留まるという選択肢はルフィにはなかった。そして彼を追うようにエースもその場から離れる。二人の行動に身を硬直させたゴードンだが、ミズキに彼らを頼まれた手前放っておくことは出来ない。ややあって、二人を追い彼も駆け出していった。
そしてミズキと魔王の戦いも更に激しさを増していく。
「もう時間が……!!」
魔王の攻撃を捌きつつ、ミズキはウタの体力の限界を懸念していた。魔王が出現してから既に数時間経過している。三年前よりウタは成長しているとはいえ、まだ子供の彼女がトットムジカを歌っていられるのはせいぜい後数十分だろう。
だが魔王の体力は未だ尽きる様子はない。ミズキの攻撃により身体中の部位が破壊され、傷ついているが致命傷には至っていない。このままではウタが眠ってしまうのが先だろう。
故にミズキは次の攻撃に全体力を使うことを決めた。多少命を削るような捨て身の攻撃なら、魔王を打ち倒すことも出来るかもしれない。失敗した時のリスクも高いが、そうも言ってられない状況だ。
「……ああもう、鬱陶しい!!」
だが周囲を散開する音符の戦士達がそれを許さない。魔王を倒すための技を放つにはある程度の溜めが必要。しかし少しでも隙を見せれば音符の戦士達は一斉に襲いかかってくる。そんなもどかしい状況にミズキは思わず愚痴を零した。
「ゴムゴムの〜〜
「!!!」
その時、ミズキの付近を飛んでいた音符の戦士達を拳が撃ち抜いた。
──いや、伸びてきた拳は音符の戦士に当たることはなくまるで引っ張ったゴムのような挙動で元に戻っていった。その反動で拳を放ったルフィはその場で転がり痛みはないはずだが驚いたような声を出した。
「ルフィ……!? 来ちゃだめって行ったでしょ!!」
「ミズキ!! お前がなんて言ってもおれも戦う!!」
「……!! 能力も使いこなせてないのに……生意気言うね」
ルフィの言葉にミズキは呆れると共に僅かに口元を緩ませた。ルフィがここに来たのは状況を悪くさせる厄介の種でしかないが、それはそれとして彼に修行をつけた言わば師匠としてはルフィの意志の強さは素直に喜ばしいものだった。
「……!! ルフィ後ろ!!」
「!!!」
しかしどれだけ覚悟を決めようが、強さがなければどうにもならない。音符の戦士達が待ってくれるはずもなく、背後からルフィに武器を向けた。魔王と他の戦士の相手をしていたミズキはフォローに入ろうとするが叶わない。
「ルフィに手ェ出してんじゃねェ!!」
「エース!!」
ルフィの背後に迫った音符の戦士達の更に背後からエースが飛び出してきた。どこから持ってきたのか鉄パイプを振りかぶり、後頭部を強打した。それで倒せるはずもないが、怯ませることには成功したのか音符の戦士の動きが止まった。
「無茶しやがって……手のかかる弟だぜ」
「ありがとうエース!!」
ルフィの横にエースが並び立ち、もう一本持っていた鉄パイプをルフィに投げ渡した。互いに武器を構え、背中を守り合うように音符の戦士達を睨みつける。
「しょうがないな……ボクの近くを離れないで!! 二人でやれば身を守るくらい出来るでしょ!!」
戦う姿勢を崩さない二人に、ミズキは諦めたように溜息を吐くと指示を出した。自分達の身一つくらい自分達で守ってみせろと。そんなやわな鍛え方をした覚えはないと。
そうして改めて彼らが覚悟を決めたのと同時刻に、現実世界でも動きがあった。
「中将殿!! エレジアが見えました!!」
「あれか……全艦砲撃用意!!」
海軍によるバスターコールの大艦隊はエレジアのすぐ近くまで迫っていた。あと数分もすれば大規模な砲撃が始まりエレジアは地図上から姿を消すだろう。しかしそれを許さない者達が、彼らに立ち塞がった。
「!! ……これは……覇王色の覇気!!」
突如大気が揺れたと思うと、赤黒い稲妻が走り海兵達が泡を吹いて倒れてしまった。中将の中にも倒れる者がおり、唯一意識を保ったモモンガ中将がその覇気の発信源であろう方向を膝をつきながらも凝視した。
「あれは……赤髪の…………!!」
彼の視界に映ったのはエレジアの港付近に浮かぶ赤髪海賊団の船、レッド・フォース号。その船長である赤髪の男が甲板で剣を抜き、海軍の艦隊を威嚇し睨みつけていた。
「お頭ァ!! 急な覇気やめてくれ!!」
「新入り達泡吹いて倒れちまったよ!!」
シャンクスの覇王色の覇気に当てられ、赤髪海賊団の新入り達も海兵同様に倒れてしまった。普段であれば覇王色を操作し敵のみを威圧するシャンクスだが、今回は感情が昂っているのかそれをしなかった。
「うちの大事な娘なんだ……手を出さないでもらえるか……!!」
額に青筋を這わせて更に覇気を強める。もはや海軍に戦う術などないが、シャンクスはお構い無しだ。もちろん海軍に対する怒りもあるが、最も強いのは自分自身への怒りだ。娘を守りきれなかった自分自身への怒り、それを覇気に変換し八つ当たりのように海軍を威圧する。
そして海軍が戦意を失ったのを確認すると、今度はエレジアで暴れる魔王に向けて斬撃を放った。それは奇しくもウタワールドでミズキが魔王を攻撃したのと同タイミング、同じ箇所だった。
「……!! これは……!!」
二人の攻撃により魔王は大きなダメージを受け、動きを鈍らせた。ミズキは同時攻撃でなくても魔王にダメージを与えることが可能だが、やはり同時に攻撃した方が大きな打撃を与えられる。攻撃しているのがシャンクスなら尚更だろう。
「やっぱり来たね……シャンクス!!」
見聞色の覇気によりシャンクスの気配を察したミズキが思わず笑みを零した。来るだろうとは思っていたし、ここで来なければぶん殴ってやろうとも思っていた。なんにせよ、時間も残っていない中での助っ人は素直にありがたい。
「シャンクス……」
音符の戦士に鉄パイプで抗っていたルフィも、シャンクスの気配を感じ取ったのか彼の名前を口にする。それだけでルフィにとってはエールになる。立派な海賊になると約束した身として、こんなところで情けない姿は見せられない。
──そしてシャンクスの到着を感じ取ったのはもう一人いた。魔王の中に閉じ込められ、依代にされているウタ。意識を失いかけている彼女は、微かにその気配を感じ取ると消えてしまいそうなか細い声で呟いた。
「シャンクス……来てくれたんだね」
それぞれが別々の想いを胸に秘め、魔王との戦いは最終楽章へと突入していく。