転生男の娘は道化の海賊を王にする   作:マルメロ

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提案

 

 

 エースは強い。それはスペード海賊団の船員なら誰もが知っている事だ。破竹の勢いで偉大なる航路(グランドライン)を突き進み新世界入り。時にはあの百獣海賊団のナワバリに侵入し、喧嘩を売るも船員が誰一人欠けることもなく切り抜けた。王下七武海や海軍本部の大将、五皇にさえ手が届くだろうと誰もが思っていた。

 それはエース本人も同じだ。自分の実力は新世界の怪物達にすら届きうる。そう信じて疑わなかった。

 

「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」

 

 しかしそんな考えは井の中の蛙だと知ることになる。甘く見ていた訳では無い。五皇の実力は世界トップレベル、きっと苦しい戦いになるだろうと予想はしていた。だがその考えですら舐めきっていたのだ。血塗れになり、何度倒れてもエースは必死に立ち向かう。きっとまだ勝機はあると信じて。

 

「⋯⋯もう終わりなの?」

 

「ゲホッ! ⋯⋯⋯ちくしょう⋯⋯!!」

 

 バギー海賊団副座長“宵魔女ミズキ”。エースが幼い頃に修行をつけてもらっていた師匠でもあるミズキは、エースの知らない冷たい視線を彼に向ける。エースの知るミズキはいつもにこやかな笑顔を浮かべていた。少なくともエレジアで起きたトットムジカの件を除けば、エースはミズキの表情が険しくなったのを見たことがない。

 

「火拳!!!」

 

 ボロボロの身体を無理矢理動かし、エースは渾身の一撃をミズキに放つ。しかしそれすらミズキにとっては大した有効打にはなり得ない。彼は覇気を込めた短剣を振り、エースの火拳を打ち消してしまった。

 

「⋯⋯⋯⋯な!?」

 

「あのねェ⋯⋯もしかして本当にボクに勝てると思った? だとしたら見当違いもいいとこだよ」

 

 ミズキは呆れ交じりの溜息を吐き、エースに向かってゆっくり歩いていく。その身に纏う覇気なのか、それともただの威圧なのか。なんにせよエースはミズキの放つ圧に押され、無意識のうちに後ずさっていた。

 

「すげェ⋯⋯あれがお嬢の実力⋯⋯!!」

 

「馬鹿を言え、あんなの全然本気じゃない。変形もしてないし、覚醒の力も使ってない」

 

 ミズキの戦闘を初めて見たらしい部下がその強さに驚くが、隣にいたヤマトが訂正する。ミズキの力はまだまだあんなものではないと。動物(ゾオン)系の変形も使っていないし、何より切り札である悪魔の実の覚醒を使用していない。ミズキの戦闘を見たことがある者からすれば、それは明らかだった。

 

「これでわかったでしょ? 確かにエースは強いけど、まだ五皇に挑むには力不足もいいところ。勇敢と無謀は違うんだよ? まァボクらも昔は似たようなものだったけど」

 

「ゲホッッ!! ⋯⋯まだだ⋯⋯まだ⋯⋯」

 

「⋯⋯まだわからないんだね。だったらはっきり言ってあげるよ」

 

 その瞬間、ミズキがエースの視界から消えた。何が起きたのか理解できないエースの腹を、ミズキは超速で蹴り飛ばした。吹き飛んだエースに瞬時に追いつき、頭を足で地面に押さえつける。

 

「これは子供の海賊ごっこじゃないんだよ? 君がボクのなんだろうが関係ない。海賊として挑んできたからには常に命のやり取りをしてると自覚しろ。弱い君も仲間も全員死ぬ、ボクが全員殺す」

 

「⋯⋯てめェ⋯⋯!!」

 

 見たことがないほど冷徹な表情を見せ、エースを脅すミズキ。それに気圧されるエースだったが仲間も殺すという言葉を聞き表情を怒りに変えた。

 

「ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯仲間に⋯⋯⋯⋯手を出すな!!」

 

「しょうがないよ、それがエースの選んだ道なんだから。百獣海賊団から逃げ切れたのも運が良かっただけだからね? 自分の弱さを自覚しなよ。ま、これから死ぬんだから関係ないか」

 

「ふざけんな⋯⋯仲間は殺させねェ!! おれが⋯⋯お前を⋯⋯⋯⋯!!」

 

「だからさァ⋯⋯」

 

 ミズキはまだ抵抗を続けるエースを踏みつける足に更に力を込めた。当然武装色の覇気を纏っているので、自然系のエースも激しい痛みを覚える。

 

「この期に及んでやることが無駄な抵抗? 違うでしょ、弱いエース君が出来ることは二つ。諦めて仲間共々ボクに殺されるか、誠心誠意謝って傘下に加えてもらえるように懇願する。これだけだよ」

 

 指を二本立てて教えてやる。馬鹿で世間知らずのルーキーでもわかりやすいようにと親切心だ。にも関わらず、エースはどうにか抜け出そうともがき続ける。

 

「しょうがないね、もうちょっと痛めつけないとわからないかな? こういう風にさ!!」

 

「⋯⋯!? ガァッッ!! ア゙ア゙!!」

 

 ミズキは背中に背負っていた短剣を抜き、エースの左腕目掛けて振り下ろした。ボロボロのエースは抵抗など出来ず、鋭い刃が彼の左腕を胴体から切り離した。とてつもない痛みにエースは悶え苦しむ。

 

「自然系だし後で治るでしょ? ⋯⋯あれ? ⋯⋯でも青キジは足なくなってもそのままだったような⋯⋯まァどっちでもいいけどこんなことでギャーギャー喚かないでよ。本番はこれからなんだから」

 

 メラメラの実を食べてから熱いという感覚など忘れていたエース。しかし左腕のあったはずの部分が焼けるように熱く、激痛が全身を走る。今まで数多くの敵と戦い傷を負ってきた彼だが、こんな痛みと屈辱は初めてだ。しかし五皇に挑み敗北した代償はこんなものでは終わらなかった。

 

「おいミズキ、終わったぞ。話にならねェゴミクズ共だった」

 

「あ、シリュウお疲れ。そこ置いといて〜」

 

 ミズキの目の前に現れ、呆れ混じりに声を掛けたのはバギー海賊団の最高幹部、SSクラス傭兵に位置するシリュウだった。彼はミズキに言われると左手で雑にぶら下げるように持っていた人型の何かをエースの前に放り投げた。その何かを見て、エースは目を見開いた。

 

「デュース⋯⋯?」

 

 人型の何かの正体は死体であった。しかもエースにとっては唯一無二の相棒、彼にとって最初の仲間であるデュースだ。そんな彼が他ならぬエースの前で、血塗れになりピクリとも動かない。

 

「他の雑魚共の死体も見るか? そいつ以外原型を留めてねェがな」

 

 葉巻に火をつけ、シリュウは心底どうでもいいという声色でエースに告げる。そしてエースは理解した。デュースだけではなく他の仲間、ミハールやスカルまでも殺されてしまったのだと。その瞬間にエースの心を支配したのは深い絶望、悲しみ、そして目の前の相手に対する激しい怒りだった。

 

「てめェらよくも⋯⋯⋯⋯おれの仲間を!!」

 

 仲間を殺された怒りで、エースの炎は今までで一番の燃え上がりを見せた。怒りを全て炎に変え、渾身の火力を生み出したのだ。並大抵の相手なら消し炭に出来るほどの超火力、それをミズキに向けて狙い定める。

 

大炎戒 炎帝(だいえんかい えんてい)!!!」

 

 螺旋状に渦巻いていた炎が一つの球体となり、巨大な炎の塊を生み出した。その火力はシリュウでさえ一定の警戒を示し、距離を離すレベルだ。しかしそれを目の当たりにしてもなお、ミズキは冷静なままだった。そんな彼に対し、エースは炎の塊を炸裂させた。

 

「ハァ⋯⋯本当に学習しないね。もういいよ」

 

「⋯⋯な!?」

 

 エース渾身の一撃をミズキは武装色の覇気を纏わせた足で蹴り返した。空へと放たれた炎の塊は上空で大爆発を起こし、周囲に突風を発生させる。一連の流れを見届けたエースは膝から崩れ落ち、絶望に身体を震わせる。自身の実力が全く通用せず、かけがえのない仲間を皆殺しにされ、その怒りを込めた一撃もあっさり蹴り返された。その全てが、エースを絶望させるには十分すぎた。そんな彼の前に立つと、ミズキは短剣の先を突きつけそこにエネルギーを集約させる。

 

「じゃあね、エース」

 

「⋯⋯⋯⋯!!」

 

 エースが見た最後の光景は、自身に向かってくる無数の光。とてつもない痛みを一瞬感じたエースだったが、すぐに彼の意識は暗闇へと消えていった。ミズキの容赦のない攻撃は、彼に後悔する時間すら与えることはなかった。

 

 ♦♦♦♦♦

 

 

 

 

「⋯⋯!!? ⋯⋯ハァ⋯⋯ハァ⋯⋯」

 

 まるで悪夢から覚めたように、エースは息を荒らげながら飛び起きた。窓から差し込んでくる朝日が眩しく、思わず目を細めた。鼻につく消毒液の臭いに気づき辺りを見渡すと、薬品や医療器具らしき道具が置いてある部屋だった。どうやら意識を失った後、誰かによって医務室に運ばれたようだ。

 恐る恐る右手で無くなったはずの左腕を触ってみるが、そこにはしっかりとした腕が繋がっていた。

 

「エース!! 大丈夫か!!」

 

「⋯⋯デュース」

 

 部屋の扉を勢いよく開け、中に入ってきた人物。よく知る青髪に顔を隠すマスクをした男を見ると、エースは安堵の溜息をこぼした。そして身体が痛むのも厭わずに彼に抱きついた。

 

「⋯⋯すまん⋯⋯⋯⋯!!」

 

「うォ!? どうしたエース⋯⋯まだ痛むのか?」

 

 デュースが生きていたという安堵、己の無力さに対する怒り。様々な感情がエースの中をぐるぐると駆け巡る。恐らく、エースはミズキとの戦闘で早々に意識を失っていたのだろう。そして先程までの記憶はミズキの能力により見せられていた悪夢。しかしそれは決して夢などではなく、エースに襲いかかっていたかもしれない現実そのものだ。

 

「いや⋯⋯大丈夫だ。心配かけてすまねェ」

 

「おいおい⋯⋯本当かよ、お前がそんなこと言うなんてらしくねェ。とにかく寝てろ、まだ治りきっちゃいねェんだ」

 

 エースの傷だらけになった痛々しい姿を見るに相当ハデにやられたらしい。彼に肩を貸し、再びベッドに寝かせる。

 

「そういやお前の目が覚めたら会いたいって奴がいたぞ。確か⋯⋯ヤマトって言ったか」

 

「⋯⋯ヤマト。あの金棒女か」

 

「嫌なら断るがどうする?」

 

「⋯⋯いや、いい。呼んでくれ」

 

「わかった。ちょっと待ってろ」

 

 デュースが出ていった後、エースはあの悪夢について考えていた。このまま五皇に挑み続ければ、いつかあの夢は現実となる。その時被害を被るのが自分だけならいい、とうに命を賭ける覚悟など出来ている。しかし仲間は違う。自分の野望の為に仲間の命を危険に晒していいはずがない。しかし海賊として信念を曲げることもエースには出来なかった。そしてエースの中で、一つの結論が導かれた。

 

「強くならなきゃならねェ⋯⋯あいつら全員守れるくらいに」

 

 思わず呟いたその言葉がエースの結論。五皇や海軍を相手にしようとも、仲間を犠牲にせず勝利出来るくらいの強さが必要だ。そうでなければ、彼の野望を成し遂げることなど出来ない。

 

「やァ。コテンパンにやられたみたいだな、エース」

 

 そうこう考えている間に、エースの倍はあるであろう長身の女性が入ってきた。色々な種族の所属するバギー海賊団の医務室は、普通の人間にはかなり大きいサイズのベットが置いてあり、その分部屋も大きい。カイドウの血を引くヤマトも彼程ではないが、それでもそこらの成人男性よりはかなり大きかった。

 

「なんだよ⋯⋯笑いに来たのか?」

 

「そんなわけないだろ。言っただろ、おでんの話をするって」

 

「そりゃおれがお前に勝った時の話だろ? お前との勝負は途中だし、ミズキには手も足も出なかった」

 

「あー⋯⋯そういえば言ったかなそんなこと。あれはその場のノリというかなんというか⋯⋯とにかく忘れてくれ」

 

「適当な奴だな」

 

 ヤマトの発言にエースは微笑する。さっきまで殺し合いをしていたのが嘘のようだ。

 

 

 そこからヤマトは光月おでんの話をエースに語り始めた。エースはワノ国である程度のあらましは聞いていたものの、おでんの起こした数々の珍事件を時に爆笑しながら聞いていた。気づけば話題はおでんの話から逸れ、エースの冒険の話やヤマトのカライ・バリ島での生活の話にまで広がっていた。そんな風に打ち解け、話をしていれば二人の間に友情が芽生えるのにそう時間はかからなかった。そして話題は、エースの兄弟の話に移っていった。

 

「そん時ルフィの奴なんて言ったと思う? ────だってよ!」

 

「!!!」

 

 そしてエースは、かつてルフィの語った夢の果てを口にした。それを聞いたヤマトは口をあんぐりと開け、呆気に取られたように黙ってしまった。

 

「しまった!? 口が滑っちまった!! とにかく忘れろ! 絶対に笑うな! それはおれとサボが許さねェ! それが弟の夢の果てなんだ!」

 

「⋯⋯笑わないよ」

 

 しかしヤマトは笑うどころか、大粒の涙を零して泣き出してしまった。悲しくて泣いている訳では無い。感動しているのだ。エースの弟、ルフィが口にしたある言葉に。

 

「光月おでんの日誌の中にそれと同じことを言った偉大な男がいるんだ。凄いよ、君の弟!」

 

「ヘェ⋯⋯偉大な男か。悪くねェな」

 

 おでんの日誌に出てくる程なのだからよっぽど大きな功績を為した人物なのだろう。大物海賊か、冒険家か、あるいはワノ国の侍なのか。しかし、エースは知らない。その偉大な男こそがエースの最も嫌う実の父親、海賊王ゴールド・ロジャーであることを。そしてヤマトの方もエースがロジャーの実の息子であることを知る由もない。

 

「いつか僕も彼やおでんのような偉大な男になるんだ。そのためにも、まずはカイドウを倒してワノ国を開国する!」

 

「そりゃあいい。ヤマト、そんときゃおれも協力するぜ。約束したんだ。ワノ国を飯を腹いっぱい食える国にするって」

 

 エースはワノ国の編笠村で出会ったお玉という少女のことを思い出す。彼女のためにも、エースはいつかカイドウを打ち倒すつもりだ。

 

「そういえば、ミズキから伝言を預かってる。『次は本物の海賊同士戦おう』って」

 

「⋯⋯!! ⋯⋯そうか」

 

 エースはミズキからの言葉を聞いて、彼の言いたいことを読み取った。今はまだ、本物の海賊として認められていないのだろう。実力不足、それをエースは嫌という程痛感した。今のままでは、カイドウを倒すことも夢のまた夢。その前に仲間共々全滅するのが関の山だろう。

 

「失礼、お邪魔するよ」

 

 その時だ、ノックと共に部屋の扉が開き。一人の老人が部屋に入ってきた。白髪に顎に特徴的な髭を蓄えた男。どうやらヤマトの知り合いのようで、彼女は老人を見ると表情を緩めた。

 

「レイリーさん! どうしてここに?」

 

「ミズキ君から彼がここにいると聞いてな。興味本位で会いに来たんだ」

 

「レイリー⋯⋯まさか!?」

 

「そう、元ロジャー海賊団の副船長だよ!」

 

「シルバーズ・レイリーだ。よろしく頼むよ、エース君」

 

『冥王シルバーズ・レイリー』世の情勢に詳しくないエースでも当然のように知っている超大物だ。海賊王の右腕としてロジャーを支え続けた副船長。彼のことを知らぬ者はこの海にはいないだろう。

 

「あんた程の男が⋯⋯おれに何の用だ?」

 

 エースは初対面だというのに、レイリーにやや敵意を含めた視線を向ける。引退したとはいえ海賊同士なのだから当然と言えば当然なのかもしれないが、エースが彼をよく思えないのは別の理由からだ。

 

「⋯⋯父親をあまり良く思っていないようだ。まあ無理もないか」

 

「⋯⋯!!」

 

 その感情を一発で見抜かれ、エースは驚く。この世で最も嫌い、その血を引いていることを恨んだ父親の相棒。彼自身にはなんの恨みもないが、複雑な気分だった。

 

「⋯⋯ミズキ君にハデにやられたようだな。今君は痛感していることだろう。己の無力さ、非力さを」

 

「⋯⋯だったらなんだ。笑いに来たのか?」

 

「いいや、海賊なら誰でも一度は通る道だ。君の父親もそうだった」

 

 レイリーは何やら含んだ笑いを浮かべ、かつてのことを思い出しているようだ。ロジャーとエース、見た目はあまり似ていないかもしれないが、本質的なところはそっくりだ。

 

「私から一つ提案がある。乗るかどうかは君次第だが」

 

「⋯⋯!! ⋯⋯本気か?」

 

 レイリーが口にした提案。それに驚くエース。目の前の男を信用した訳では無い。しかしこの島で実感した己の弱さ、これから先の強敵を打ち倒すため、そしてなにより仲間のためにも彼はその提案を受け入れる決意を固めた。

 

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