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その海上に佇む1隻の海賊船。帆に元々あったマークの上から書き足したピエロのような赤い鼻のドクロが特徴的なその船は比較的安定した気候の中航海している。
「ぜぇ……ぜぇ……おいミズキ…………もういいだろ…………これ以上は限界だ……」
「俺もだ……箱入りでこの訓練はキツすぎるぜ…………」
「ダメ、続けて」
二人の男が肩で息をしながら訴えるが、もう一人の少年はそれを無慈悲に却下する。つい昨日旗上げしたばかりのバギー海賊団、船員は総勢3名と超小規模ながらそのうち2名に1500万と1300万という東の海では高額な部類の懸賞金がかけられた異例の海賊団である。
「大体おめぇ……人に言うばっかで自分はやらねぇのかよ」
「ボクは自分の分はもう終わらせた」
「それにしちゃ……全然疲れてるように見えねぇが……」
「こいつは表情筋死んでんだよ」
樽の上に座り足を組みながら床に崩れる二人を見下ろすのは副船長ミズキ。一見可愛らしい少年のような彼だが懸賞金は1300万の立派な海賊だ。そして彼の視線の先には船長である赤鼻が特徴のバギーと唯一懸賞金がかけられていない宝箱に詰まった見た目が特徴のガイモン。
傍から見れば海賊には見えないこの3名がバギー海賊団のメンバーであった。
「おい……この訓練見直さねぇか?……身体鍛えるばっかで強くなれんのかよ」
「君の能力を活かすなら身体を鍛えるのが一番……だと思う………多分」
「随分ふわっとしてるな!!大丈夫なのかよ……」
はっきりしないミズキの返答にツッコむバギー。そこでミズキはあることを思いつきそれを知っているであろうバギーに質問する。
「……覇気ってどうやったらできるのかな」
「覇気だぁ!?……俺が知るわけないだろ」
「ロジャー海賊団にいたのに知らないの?」
「おめぇ……その肩書きがあればなんでも知ってるわけじゃねぇんだぞ」
唐突なその質問に呆れるようにバギーは答える。ミズキはどうも元ロジャー海賊団=なんでも知っていると思っている節があるがそんなことは断じてない。バギーにも知らないことはあるのだ。
「おい待て……ロジャー海賊団!?バギーおめぇ……あの海賊王ゴールド・ロジャーの船にいたのか!?」
「ああ、言ってなかったか?そうさ、俺こそあの伝説のロジャー海賊団の元クルーよ!!」
「見習いだけどね」
「お〜〜いミズキさん!?俺のセリフ台無しにしないで!?」
動揺するガイモンに勝ち誇るように宣言してみせたバギーだがミズキの言葉にズッコケて床を滑った。このやり取りだけ見ると漫才集団だとミズキは思う。少なくとも海賊団には見えないと。
「はい、休憩おしまい。次の島に着くまでスクワットから再開してね」
「……俺はこの状態でどうやってやればいいんだ?」
「そんなの知らない。箱ごとやったら?」
「無茶苦茶だ……俺は乗る船を間違えたか……」
「俺も同感だ……副船長にする奴を間違えたかもしれねぇ……」
ハァと同時にため息をつく。しかしミズキの鋭い眼光に蛇に睨まれたカエルのように震え上がりすぐにスクワットを開始するのだった。
──東の海“オレンジの町″
そこは中規模な港町であった。今から約20年程前に海賊に襲われて崩壊した町を現町長プードルらを中心に一から立ち上げたという成り立ちがある。そこからは度々海賊が訪れることはあるものの平和を保っていた。
しかし一年前、とある海賊がこの町を拠点にすると宣言した。当然町民達はこれに反発したが、逆らう者は皆殺しという海賊達の宣言通り多くの町民が殺されてしまい今では逆らう者などいない。
「おいジジイ!みかじめ料が払えないとはどういうことだ!」
「申し訳ございません…!ですが店の経営が厳しくて……家族を養うので精一杯なんです……数日待っていただけないでしょうか……?」
「ああ?そうか……それは可哀想なこった、じゃあ俺が食い扶持を減らしてやるよ!」
必死に許しを乞う酒場のマスターを嘲笑うように海賊が銃を取り出す。そして店の奥に縮こまっていた子供に発砲する。頭に弾丸を受けた子供は力なくその場に倒れ込んだ。
「あ……ああ………そんな………」
「ぎゃははははは!俺達に金を納めることの出来ねぇ奴はこうなるのさ!1週間後にまた来るぜ!まだ払えねぇようだったら次はてめぇの妻を殺す。そうならないように精々頑張りな!」
涙を流し崩れるマスターを尻目に高笑いしながら海賊は店を後にした。彼らはみかじめ料として町民達から毎月金を巻き上げていた。それは収入の半分近くを占める程で町民達はとても生活してはいけなかった。しかし払わない訳にはいかない。何故なら払わなければ自分、もしくは大切な人が殺されてしまうのだから。
「船長、ご報告が!」
「あ?どうした?」
「沖に海賊船を見つけました。見たことも無いマークですが」
「へ、てことはそこまで強い奴らでもねぇってことだろ。いつも通り殺しちまえ。金だけ奪ってな。」
船長はそう指示を出すと懐から酒瓶を取り出し一気に飲み干した。この町を占拠してから1年、最近みかじめ料を払えない町民が増えてきた。一人や二人なら別にいい、見せしめに殺して他の奴らの恐怖を煽ればいいだけだ。しかしこうも滞納されるとさすがにイライラしてくる。
「ちっ……!」
酒のせいか妙に苛立ち酒瓶を地面に叩きつける。さっきの酒場で新しい酒でも奪ってくるか?そう思った矢先、港の方向から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃああああ!!」
「ば、バケモンだぁ!!」
「……!?どうした!?」
港の方から一目散に逃げてくる海賊達を見てただ事では無いと察した船長は早足で港に向かった。そこで船長が見た光景、それはたった2人の少年達に手も足も出ない部下達の姿だった。
「おいてめぇら……何してやがる?」
「せ、船長……あいつらとんでもねぇ強さで……しかも変な手品を使いやがる」
「手品だぁ?」
部下の言葉に暴れる少年達を見る。確かに2人共なにやら妙な技を使っていた。だがしかしそれは手品などではない。
「馬鹿野郎、ありゃ悪魔の実の能力者だ。俺も出くわすのは初めてだが」
「悪魔の実……あれが」
船長はそれらが悪魔の実の能力だとすぐに考えついてみせた。無論彼も実際に見るのは初めてだが噂では何度も耳にしていた。同様に知識を持っていた何人かの部下もそれに気づき驚く。
「使えねぇ奴らだ……」
「へ?船長何を……ぎゃぁ!」
腰の鞘から剣を抜き、船長は近くにいた部下を切り捨てる。血を吐き倒れる部下を彼は冷徹な目で睨みつけた。
「いくら悪魔の実の能力者だとしてもな……あんなガキ共にやられる雑魚なんざ俺の部下にはいらねぇんだよ!!
「そ、そんな……船長それはいくらなんでも」
「ああ!?役立たずの能無しが一丁前に俺に意見するのか?……てめぇもゴミ箱行きだな」
「や、やめ……ぎゃああああ!!」
2人目の部下も殺し、船長は目の前の少年達に目を向ける。丸くて赤い鼻が特徴の少年とガキにしては可愛らしい少女。女の方は生かしておくかと考えた船長は少年にターゲットを絞り接近する。
「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ……クソガキ!!」
「は?……ぎゃああああ!!」
胴体を真っ二つに切られた少年は生気を失ったように崩れ落ちる。周囲の部下達はその残虐さに青ざめるが船長からすればこの程度造作もない。今まで自分に逆らう者や気に障る者は例え部下であろうと殺してきたし殺害人数が一人増えただけだ。
「へ、悪魔の実の能力者も不意打ちじゃあどうしようもねぇだろう」
「それはどうかな?」
「……!?てめぇなんで生きて……」
その時、彼にとって驚くべきことが起きた。真っ二つにしたはずの少年が動き出したのだ。あまりの出来事に動揺する船長に少年は高らかに宣言する。
「俺は斬っても斬れないバラバラ人間よ!!相手が悪かったなハデアホ野郎が!!」
そう言うと共に少年の上半身が宙に浮き、そして船長目掛けてナイフ片手に突撃する。
「がはっ……クソ……が」
心臓をナイフで刺された船長は口から血を吐き倒れる。後に残ったのは少年の不気味な笑みだけだった。
「つーかガイモン、おめぇも戦わねえか!一人だけ船でコソコソしやがって!」
「無茶言うな!俺はおめぇらみてぇに強かねぇんだ!こんな大軍相手に戦えるか!」
「……どっちでもいいから早く残りの人達も片付けよう」
少年が船に隠れていたであろう箱に入った奇妙な男に言うとそう返答が返ってくる。そんな問答知らないと言わんばかりに少女は静かに口を開いた。
「せ、船長がやられた……」
「あの船長をあんなにあっさりと……」
周りの海賊達が口々に驚きの声を漏らす。少年達はそんな彼らの攻撃に対応できるように身構えるが……
「お、おい……あんた名前は?」
「俺か?俺は泣く子も黙るバギー海賊団船長!道化のバギー様よ!」
「俺たちゃあの船長にうんざりしてたんだ!それを軽々と……すげぇよあんた……頼む!俺達をあんたの船に乗せてくれ!バギー……いや、……キャプテンバギー!!」
「キャプテンバギー!!俺達の救世主!!」
『バギー!!バギー!!バギー!!バギー!!』
自分を崇拝し、部下にしてくれと懇願する海賊達にバギーは口をあんぐりと開いて驚く。しかしその顔は徐々にニヤケ顔に変わり、そして宣言した。
「しょうがねぇ奴らだな……じゃあてめぇら全員今日からバギー海賊団の一員だ!!」
『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』
天高く雄叫びを上げる海賊達。賞賛を浴びこれでもかと顔をニヤつかせるバギー。そんな異様な光景をじっとりとした目でミズキとガイモンは眺める。
「おい、こりゃどういう状況だ?」
「……さあ?」
かくしてバギー海賊団は100人余りの部下を手に入れ、東の海に名を轟かせる一大組織としての第一歩を踏み出した。……多少の不安要素を抱えながら。