ソードアート・オンライン NEOプログレッシブ 作:ネコ耳パーカー
それではよろしくお願いします。
outside
地下迷宮の安全地帯は真っ白な部屋で、真ん中に黒い石棺のようなものが置いてあるだけだった。
「ソードアート・オンラインというこの世界は、ひとつの巨大なシステムによって制御されています」
くろい石棺の前で、ユイは今までの子供っぽい喋りが嘘のように、流暢に話し出した。
「システム名は【カーディナル】。それがこの世界のバランスを、自らの判断に基づいて制御しているのです。カーディナルはもともと、人間のメンテナンスを必要としない存在として設計されました、二つのコアプログラムです。互いにエラー修正を行い、更に無数の下位プログラム群によって世界の全てを調整する。モンスターやNPCのAI、アイテムや通貨の出現バランス、何もかもがカーディナル指揮下のプログラム群に操作されています。…しかし、どうしても一つだけ、人間の手に委ねなければならないものがありました。プレイヤーの精神性に由来するトラブル、それだけは同じ人間でないと解決できない…。そのために、数十人規模のスタッフが用意される、はずでした」
ユイがそこまで語り、キリトが口を開く。
「ユイ……つまり君は、GM……ゲームマスターなのか?アーガスの、スタッフ……?」
キリトの質問に、ユイは静かに首を横に振って答える。
「カーディナルの開発者達は、プレイヤーのケアすらもシステムに委ねようと、あるプログラムを試作したのです。ナーヴギアの特性を利用してプレイヤーの感情を詳細にモニタリングし、問題を抱えたプレイヤーのもとを訪れて話を聞く……」
ユイはそこで一拍置き、自身の正体を明かした。
「【Mental Health Care Program】…略して【MHCP】試作1号、コードネーム【Yui】。それが私です」
サチが震える声で、尋ねる。
「プログラム…?AIって事なの…?」
ユイは悲しそうな笑顔のまま頷いた。
「プレイヤーに違和感を与えないように、私には感情を模倣する機能が与えられています。…偽物なんです、全部…この涙も…。ごめんなさい、サチさん…」
「でも…でも、記憶がなかったのは…?AIにそんなこと起きるの…?」
次に口を開いたのは、アスナだった。
「二年前。正式サービスが始まった日…何が起きたのかは私にも詳しくは解らないのですが、カーディナルが、予定にない命令をわたしに下したのです。それが、プレイヤーに対する一切の干渉禁止。具体的な接触が許されない状況で、私はプレイヤーのメンタル状態のモニタリングだけを続けました。状態は…最悪と言っていいものでした…。ほとんど全てのプレイヤーは恐怖、絶望、怒りといった負の感情に常時支配され、時には狂気に陥る人すらいました。私はそんな人達の心をずっと見続けてきました。本来であればすぐにでもそのプレイヤーのもとに赴き、話を聞き、問題を解決しなくてはならない…しかしプレイヤーにこちらから接触することはできない…。義務だけがあり権利のない矛盾した状況のなか、わたしは徐々にエラーを蓄積させ、崩壊していきました…」
ユイは声を震わせ語り、キリトとサチはおろか、ツキノワとアスナも何も言えずに聞き続ける。
「でも、ある日、いつものようにモニターしていると、他のプレイヤーとは大きく異なる、メンタルパラメーターを持つ数人のプレイヤーに気付きました。喜び…安らぎ…でもそれだけじゃない…。この感情はなんだろう、そう思って私はその人達のモニターを続けました。会話や行動に触れるたび、私の中に不思議な欲求が生まれました。そんなルーチンはなかったはずなのですが…その人達の傍に行きたい…私と話をしてほしい…。少しでも近くに居たくて、私は毎日、2人の暮らすプレイヤーホームから一番近いシステムコンソールで実体化し、彷徨いました。その頃にはもう私はかなり壊れてしまっていたのだと思います」
その2人がキリトとサチだったという事だ。
「森の中で、2人の姿を見た時…すごく、嬉しかった。…おかしいですよね、そんなこと、思えるはずないのに…。わたし…ただの、プログラムなのに…」
とうとう涙を溢れ、ユイは口を噤んだ。
その姿に、キリトとサチだけでなく、ツキノワとアスナも思うところがあった。
そんな中、キリトが優しくユイを抱きしめる。
「ユイはもうシステムに操られるだけのプログラムじゃない。だから、自分の望みを言葉にできるはずだよ。ユイの望みはなんだい?」
「…私は…私は…ずっと一緒に居たいです。パパと……ママと…お兄ちゃんと…お姉ちゃんと…ずっとここに居たいです…!」
「ずっと、一緒だよ、ユイ」
サチは泣きながらユイを抱きしめる。
「ああ。ユイは俺達の子供だ。一緒に帰ろう。そして、あの家でいつまでも暮らそう…」
そんなキリトの言葉に、小さく首を振るユイ。
「…もう…遅いんです…」
「遅い?どういう事だ?」
ツキノワが尋ねると、ユイは後ろにある黒い石棺を見る。
「これはただのオブジェクトじゃなくて…GMアカウントに緊急アクセスする為の、システムコンソールなんです。さっきモンスター倒すのに、これからデータをダウンロードしてしまったので、自然とカーディナルに、私というバグが認識されました。カーディナルシステムによって…私は削除されてしまうのかと」
それを証明するかのように、徐々にユイの身体が透け出す。
「嘘…だろ…!?」
「そんな…!?」
「いや!そんなの嫌だよ!!」
「何とか…何とかならないのか…!?」
「パパ…ママ…お兄ちゃん…お姉ちゃん…お別れです」
それぞれが衝撃を受ける中、どんどんと消えていくユイ。
そんなユイが、別れの言葉を口にする。
その言葉を聞いたサチが、ユイを抱きしめ直す。
「ダメ!ダメだよ!これからなんだよ!?これから皆で仲良く暮らすんだよ…!」
それでも止まることはなく。
ユイは、最後まで笑顔をうかべたまま、消えてしまった。
「いやあぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ユイちゃん…!」
泣き叫ぶサチと、崩れ落ちるアスナ。
ツキノワはアスナを支えながら、悔しさに唇を噛み締めていた。
しかしただ1人、キリトだけは諦めていなかった。
「…ふざけるなよ…!」
「…キリト?」
「なんでもお前の思い通りになると思うなよ!カーディナル!」
キリトが突然、コンソールを操作し出す。
必死に何事か操作して、それを終わらせた直後、弾き飛ばされる。
「グハッ!」
「キリト!?」
慌ててツキノワが支える。
「大丈夫かよ!?」
「ああ…。それに、間に合ったよ」
キリトが取り出したのは、涙の形をした宝石だ。
「GMアカウントが使えるうちに、ユイのデータを、俺のナーヴギアに移したんだ。これは…ユイの心だ」
「ユイ…!」
それを見たサチは、涙を流しながら、それを強くにぎりしめるのだった。
sideツキノワ
俺達は、ダンジョンを出て、それぞれのホームに帰った。
アスナ先輩と2人で何を言う訳でもなく、ただじっとしていた。
その時、ふとメッセージが飛んできた。
「…ミトからだ」
「…団長からね」
その内容は…
「て、偵察隊が…全滅…!?」
「死者10名ですって…!?」
俺達の休暇は終わりを告げた。
次の日、それぞれ装備を整えて、転移門に向かう。
「「転移!【グランザム】!」」
俺達の頭の中は、3つ目のクォーターポイントでいっぱいだった。
あと少しで、アインクラッド編が終わります。
それでは失礼します。
ありがとうございました。