チョコレートわーくす 作:水代
今現在、この『東エルメリオス大陸』には国家というものが存在しない。
十年前、最後の国家が崩壊して以来、各地に『街』が点々とあるだけでそれを纏めることのできた者はいない。
その最大の理由が『マナ』である。
『マナ』が何なのか、実のところ人類には良く分かっていない。
数少ない判明している事実として、『マナ』は
空間に漂い、目には見えない。けれど確かにそこにあって、場所ごとに濃度に差がある。
人類は比較的濃度の薄い場所を選んで街を作り、壁を作り外敵に備えたが、逆にマナの濃度が濃い場所は強力な魔物や魔獣が多く出現したり、場所そのものに異常が起こったりでとてもでは無いが人が住める場所ではない。
国家が出来ない理由とはつまりそれだ。
一つの街以上の単位で領域を維持できないのだ。
最後の国家……『王国』はそれが原因で崩壊した。
領土を拡張し、巨大な国家を築きあげ、そしてそれを維持できずに崩壊した。
街を一歩踏み出せば闊歩する魔物、魔獣など外敵の存在。
領内で異常な成長を見せる動植物。
昨日までは無かったはずの大地の裂け目が突然現れたこともあった。
一夜にして渓谷が生まれたこともあった。
『マナ』の濃度が濃い土地というのは何もかもが狂っている。
それは最早人類の手に負える領域ではないのだ。
けれどだからこそ、普通ではあり得ないものが入手できたりもする。
そしてそういうものは通常ではあり得ないような結果を出したりもするし、それが人類の役に立ったりもする。
だからこそ『マナ』の濃度の濃い土地へ赴く『ワーカー』がいて。
『闘士』とはつまりそんな時に必要な存在なのだ。
* * *
『ナイトベルグ』の南西方向に広がる超巨大森林地帯、それが『森林迷宮』だ。
と言っても街の住人にはもっぱら『迷いの森』と簡素に呼ばれることが多いのだが。
「出てくるのは動物系の魔獣が多い、時々植物系の魔物もいるらしいけど」
「それと奥のほうには高ランクの魔獣が出てくる場合もあるらしいから注意してね」
『ナイトベルグ』を出て『森林迷宮』まで徒歩で2時間。
まあ急いでいるわけでは無いが、余りのんびりしていると森で探索している内に夜になりそうだったので適当なトラックをレンタルして街を出る。
「ところでヨル」
「何よ」
「やっぱオフロード用のもっとガタイの良いやつ借りたほうが良かったんじゃない?」
がたがたと揺れる車内で会話していると舌を噛みそうになる。
レンタルしてきた運搬用の軽トラは基本的に都市内の貨物運搬に使われるやつなので都市外のまるで舗装されていない地面を上を走っていると非常に揺れる。
さすがにこの程度の道ならパンクの心配は無いだろうが……万一したらそこからの移動や帰り、そして弁済費用に、レッカー費用と考えるだけに地獄である。
「今東の遺跡調査で適当な運搬用のオフロード車なんて無いわよ」
「まーた『女神の使徒』のやつらかよ」
「全部がそうと決まったわけじゃないけど……まあ割合は大きいでしょうね」
武装や荷物なんかはすぐ後ろに積んであるとは言え、一応いざという時のためにプロテクターや装甲ベストなんかは着込んでいるわけで、この揺れのせいか少し痛い。
「しっかし、よく考えてみると思ったよりやってなかったね」
「え、何が?」
「対魔族の討伐系依頼だよ。もう一年はあのギルドで依頼受けてるのに対人系依頼ばっかり受けてる気がする」
「んー、正確には都市外依頼ってある程度信用とかが必要だからね。最初は都市内依頼ばかりになるのはまあ当然ではあるかな。それと……」
「それと?」
「単純に対人系のほうが手っ取り早くて報酬が良い」
「あー」
対人依頼……中でも闘士への依頼というのは基本的に犯罪者の取り締まりや武力制圧、懸賞金のかかった指名手配犯の追跡調査、捕縛など緊急性が高かったり、報酬外の金銭収入があったりで見入りが良いのだ。
「それに対人のほうが私もやりやすいし」
「ま、アタシも悪人のほうが思いっきりやれるけどね」
「だからってチルハが本気でやったら怪我じゃ済まないから気を付けてね」
「分かってるさ」
そうしてガタガタと車内で揺られ続け、『森林迷宮』の傍までやってくる。
森から少し離れた位置で車が止まると、車内から荷物を引っ張り出して降りる。
「んー! やっぱりアタシは自分の足で歩くほうが好きだね」
「どんだけ時間かけるつもりよ」
「大して時間変わらないって」
「それもそれでどうかと思うけどね」
車に広げた迷彩カバーをかけておく。
当然ながら街の外である以上ここもいつ敵がやってくるか分からない。
見張りでもいるならともかく完全に無人にしてしまう以上、こうして見つからないように隠しておかないと依頼に赴いている間に壊されたりすることもあるのだ。
「一応車でこのまま森に突っ込む、という手も無くはないけど」
「撤退する時に逆に身動きできなくなりそうで怖いから却下で」
ヨルの一応と言った程度の提案を速攻で却下する。
便利ではあるが、エンジン音が煩い上にいざと言う時森の中を軽トラで全力疾走できるか、と言われれば無理だろう。
魔獣の中にはあの程度の車、一撃で破壊できるような凶悪なものもいるし、どう考えてもここに置いていくのが最善だろう。
「現在時刻が14時過ぎ……日が暮れたらどうする?」
「それほど遠いわけでも無いし、一度都市まで戻っても良いわね。或いは森の中でキャンプするか」
「行ってみてから決めても良いか。ここまで往復できそうな距離で目的のディグ・マナウルフが出てくるならそれでも良いし、深く潜らなければ出ないというのならキャンプしかない……で、どう?」
「良いと思うわよ」
本来なら大体の生息分布でも調べてくるのだが、『森林迷宮』はその名の通り森の形をした迷宮そのものだ。
地図自体が存在しないほどに迷うし、濃度の高いマナの影響で森自体が日々
つまり地図を作ったとしても次の日にはもう森の構造自体が変わっている、或いは拡張して役に立たなくなるのだ。
つまり、目的の魔獣がどこにいるのか入ってみないと分からない、ということだ。
* * *
鬱蒼とした森には日があまり差し込まない。
薄暗い森の景色はどこを見ても同じようにしか見えないほどに似ていて、自分の歩いてきた方角すら見失いそうになる。
空を見上げれば天を覆い隠すように茂る木の葉のせいで太陽の位置すら曖昧だった。
息を殺し、目を閉じれば確かに周囲に森に潜む生命の鼓動を感じられる。
だが彼らが簡単に人間の目の前に姿を現すことも無く、警戒心強くこちらを伺っていた。
「どう?」
「ダメ、多分ただの動物……だと思う。『マナ』が濃すぎて本当にただの動物かどうかいまいちわかんないよ」
「まあ襲ってこないなら良いけど、問題はディグ・マナウルフがどこにいるか」
「確かモグラみたいに地面に潜ってるんだよね、足元叩いたら出てこないかな」
「それ派手な音たて過ぎて確実に余計なのまで呼ぶから止めてね」
とは言え一時間近く歩いているがこうも何も出会わないとは思わなかった。
確かに何かいる気配はあるが、森全体に薄っすらと溶け込むように滲んでいて具体的にどこと言われると中々に難しい。
野生の生物というのはこうも気配を捉えにくいのか、と驚くが恐らく『森』自体にも原因があるのだろう。
「どうも森に入ってから感覚が鈍い気がする」
「あ、それは私も分かる。なんていうか全体的にぼやけてるよね」
アタシの呟いた一言にヨルが同意する。
となるとやはり間違い無いのだろう、この森は人の感覚を狂わせる何かがあるらしい。
『迷いの森』なんて通称も、広大かつ複雑な森を指しているのだと思っていたが、もしかするとそれが原因なのかもしれない。
とは言えあくまで『気がする』程度のものだ、今のところ問題になるレベルではない、が。
「いつも通りに行ける、と思ってると痛い目見そうだねえ」
「だね……気を付けよう、チルハ」
「オッケー。いつも以上に注意していこうか」
なんて、やり取りを交わしていた、その時。
がさり、と近くの茂みが揺れた。
「「っ!!」」
ばっ、と互いに木剣を、銃を構えて警戒を示す。
森の影響か鈍る神経を尖らせながら意識を茂みのほうへと向けて……。
バウッ、と
「な……こ、のぉ!」
咄嗟、木剣を地面に突き刺し、軸にして蹴りを放つ。
一瞬の差で
「ヨル、茂みを警戒!」
「え、あ! 分かった!」
一瞬、後ろから聞こえた声に視線をとられていたヨルだったが、アタシの台詞にすぐに茂みのほうへと向き直り……。
がさり、と再び茂みが揺れて
「はっ?!」
呆気にとられたヨルが目を見開いて……。
呆けた思考とは別に、その体は慣れたように淀みない手つきでその手に持った銃の照準を合わせ、引き金を引いた。
甲高い悲鳴を上げながら猿が倒れ伏したところで、ようやくヨルが思考を取り戻す。
「ヨル、あんま呆けてんじゃないよ」
「え、あ、ご、ごめん……え、何で、猿?」
「そら森なんだから猿の一匹や二匹いるだ……ろ!」
直後に足元から感じた違和感に、木剣を構え振り下ろす。
大地を叩く衝撃と共に、ぎゃん、と悲鳴を上げて何かが砕けるような手ごたえ。
直後に足元の土が弾け飛び、中から頭を砕かれた狼が転がり出てきた。
「それで、こいつらがディグ・マナウルフで良いのかい?」
「だと思う、けど……ってわあ?!」
「な、何じゃそりゃあ!?」
ちらり、とこちらに……アタシの足元に転がる狼の死体に視線を向けていたヨルだったが、直後にすぐ傍に生えていた木が軋むような音を立ててその幹が圧し折れる。
折れた樹の背後から現れたのは四メートルを超す黒い毛皮の巨大な熊だった。
「ちょ……ま」
「ぶ、ブラックボム・マナベア」
黒熊が唸りをあげながら、その拳を振り上げて……。
「ヨル、避けて!」
「っ!」
咄嗟のアタシの叫びにヨルが素早く後退しようとして。
直後に振り下ろされた熊の拳が大地に突き刺さり……1メートル近く地面が抉れ、土が弾け飛んだ。
「ブラックボム・マナベア。確かギルドでも要注意って書いてあった。拳で殴った物を爆発させる……人間が食らったら」
爆発四散、どう足掻こうが即死である。
重量に圧倒的に差がある上に人間を遥かに越す筋量、あの巨体で動きも素早いとなるとヨルでは相性が悪い。
銃弾が通るか……? いやそれ以前に当たるか?
あの見上げるほどの巨体に一発二発撃ちこんでもすぐ様死ぬわけでもない、そしてその隙に迫られて一発でも殴られれば……いや、爪先に掠るだけでも即死する。
「ヨルにゃちっと厳しい相手、か」
とは言え。
「こっちも、ね」
黒熊の一撃に隠れて密かに迫っていたらしい、いつの間にかそこにいたのは虎だった。
最も、その背から煙を噴き出している以上、ただの虎では無いのだろうが。
「ミスト・マナタイガー、ね……こうもやばいのばっかり、そんなに奥まで来たつもりは無いんだけどね」
軽口を叩くが中々にヤバイ状況ではある。
ここが街の外の平原ならば真っ向から戦っても……まあ試す価値はあるのだろうが。
この森の中で……相手の有利な地で戦うのは余りにも命知らずというものだ。
なら、いっそ。
「ヨル、3番装備」
「……了解。三秒、二秒、一秒」
互いに背を預け警戒しながらヨルのカウントダウンを聞き。
「ゼロ」
その言葉と共にヨルの持つ
ばっ、と視界を覆い隠すと同時に突き刺すような視界を焼き尽くす光が一瞬森に広がり。
「逃げるよ、相棒」
「急いで!」
ヨルと二人、脱兎のごとくその場を逃げ出した。
* * *
「おかしいよな」
「どう考えてもおかしいよ」
逃亡からしばらく。
未だに勘が鈍るため完全に安全かどうかまでは分からないが、取り合えず襲われていない状況。
ヨルと顔を突き合わせて真っ先に出たのはその言葉だった。
「あの猿……名前知らないけど、それに狼、多分ディグ・マナウルフ。それにあの熊、ブラックボム・マナベアにあの虎、ミスト・マナタイガー」
「なんで別々の種類の魔獣が一緒になって私たちを襲って来るの? おかしいよね、絶対に」
魔獣は基本的に『マナ』が使えるということ以外の生態は同種の獣と似通るものだ。
ディグ・マナウルフのような違いのあるものもいるが、根本的な部分では変わらない。
即ち、狼なら同種の群れしか作らないし、猿が肉食獣と群れることは無い。熊と虎が同じ場所で一緒になって襲い掛かって来るなどあり得ないのだ。
「どうする?」
「どうするって言われても」
基本的に依頼に期日が書かれていない場合、受注からだいたい一週間以内が目安とされる。故に今日無理して進む必要は無い。
そしてそれを差し引いても今のこの状況の異質さを慎重な判断を迫らざるを得ない。
「撤退する。で良い?」
「基本的にはその判断で良いと思う」
「基本的には?」
「うん、だって」
呟き、ヨルが周囲を見渡して。
「ここ、どこ?」
代り映えのしない森の景色の中、そう呟いた。