チョコレートわーくす 作:水代
早速案内してくれ、と少女を先頭に歩き出す相方の背を見て、またチルハの悪い癖が出た、とヨルは嘆息した。
チルハは基本的に人の頼み事を断らない。
それが人が良いから、とかそういう理由ならヨルだってそこまで気にしない。仕方ないな、とでも思いながらも苦笑していただろう。
けれどそうじゃないからこそ、溜め息をつきたくなるのだ。
チルハの中にあるのはある種の脅迫観念にも似た思いだ。
チルハの憧れ、チルハの夢がそういう観念をチルハに植え付けてしまっている。
だからこそ怖いのだ……何でもかんでも抱えて、抱えて、抱え続けて。
いつか、その身に余るほどに抱えて、潰れてしまうんじゃないか。
そんな危惧がいつもヨルの中にはあって。
そう思いながら、けれどヨルにはそれを止めることができないのは。
ヨルもまた、そういうチルハに救われた一人だからなのだろう。
「仕方ない……よね」
結局、チルハはそういう人間なのだ、そんなこと先刻承知だった。
「うん、仕方ない」
仕方ないのだ。
仕方がない。
仕方がないから。
「支えてあげないとね、私が」
呟きと共に、手の中の拳銃を握りしめ、二人の背を追った。
* * *
「ガウ! メアは、シロ・メア」
「シロメア?」
「ちがう! シロ・メアだ」
名前は? そう尋ねたアタシに少女……シロ・メアはそう名乗った。
シロが名前でメアが姓、ということだろうかと首を傾げるアタシにヨルが苦笑しながら否定する。
「コボルトは人間とは名前の付け方が逆なんだよ。あと正確には『姓』っていうのが無いの。だから『シロの種族』の『メア』ちゃんっていうのが正しいと思うよ」
「そうなのかい?」
「がう!」
メアが大きく頷く。その拍子に帽子が落ちて、頭頂部に突き出たふさふさの耳がぴょこんと飛び出した。
「が、がうぅ!」
転がり落ちた帽子を拾おうとしゃがんだ拍子にスカートの中からひょっこりとふさふさの尻尾が飛び出す。
「ヨル」
「我慢だよ」
思わず伸びそうになる手をヨルが抑える。
そんなアタシたちの内心も知らず帽子を被り直したメアの耳がピコピコと動き、尻尾がぶんぶんと揺られる。
「く、くう……」
「ダメだからね」
「がう?」
ぶるぶると震える手をけれど抑えながら、メアが再び歩き出すのを待つ。
そんなアタシたちを見てメアが不思議そうな顔をするが、まあ良いか、と再び歩き出したのでその後を追う。
「それでメア、先に了承しておいてなんだけど、そろそろ事情とか聞いても良いかい?」
「がう! メア、何でも、話すよ」
たどたどしい口調だったのでやや難航したが、それでも少しずつでも出てきた話を合わせると、メアは元はこの森に棲んでいたコボルトの一族の中の一人だったのだが、森の奥地で『友達』に出会い、その仲を深めた。
後に色々事情がありメアの一族はこの森を出て他所に越すことになったのだが、メアは『友達』と離れがたかったので残ったらしい。
それ以来メアは『友達』と森の奥地に住んでいたのだが、ある日を境にメアの『友達』が徐々に具合が悪くなり、それは日増しに酷くなっていったらしい。
このままでは手の施しようが無いと考えたメアは近くの人間の街、つまりナイトベルグへと『友達』を助ける方法を探しに向かい、とある『親切な人』にその方法をもらい、急いでこの森へと戻ってきたのだが、その時にはこの森はすでにもうあちこちで異常が発生していてメアにすらどうにもならなくなっていたそうだ。
そもそもの話、この森に住まう魔獣たちは本来そこまで狂暴ではない……というのは少し違うか。
縄張りを侵せば襲い掛かっては来るものの、きちんと
つまり縄張りの外まで出て来て襲い掛かって来るほど見境が無いわけじゃない、という言い方が正しいだろうか。
なのに多種多用な魔物同士がいっしょくたになって見境無く襲い掛かって来るというのは森に棲んでいるメアをして明らかな異常時事態らしい。
お陰で本来なら『友達』の場所まで安全に行き来できるはずの道にまで狂暴な魔獣たちがやってきてメアも逃げ出すしか無かった。
そうして何度となく逃げていたのだが、あのブラックボム・マナベアだけは本当にしつこく追って来ていて、また逃げ出して……そのタイミングでアタシたちに出会ったらしい。
「その『友達』が具合が悪くなる前は……メアが森で出るまでは異常は無かった、ってことだよね」
「がう……森、静か。騒がしくない。でも今、騒がしい。みんな、暴れてる」
「異常が二度続けばそれは必然って気もするけど……どう思うよ」
「チルハに同意かな、というか他に原因が見いだせない」
「ならま、やることは決まったね」
状況は一気に変わったと言っても良い。
この森の異常がその『友達』に関連するというのならば、メアを『友達』のところに連れて行き、その『友達』を治療すれば森の異常も収まるかもしれない。
さらに言うならばメアは自力でこの『森林迷宮』を行き来できる、となればメアの願いを叶えればこの森から抜け出すために案内してもらうこともできるだろう。
何より『友達』のために一人森を出て人の街へ行き戻ってきたこの少女を助けたい。
アタシが憧れた『
* * *
その『友達』は森の奥にいるらしいが、ここからだとまだ結構時間がかかるということで、一度どこからで休憩を入れようということになった。
幸いにもこの森に詳しいメアが比較的安全に休める場所に心当たりがあるというのでそちらに案内してもらう。
そうしてメアに案内されて気づくが、どうもこの森、外に近い部分は比較的平坦で同じような景色が続くのだが中心に近づくにつれて凹凸が増えているらしい。
「がう! この辺、危ないの、多い」
とのこと。つまり危険な魔獣が地形が変化するほどに暴れているということだろうか。
大丈夫なのだろうか、とも思ったがメア曰く、今は内から外に向かって暴れ回っているらしいので逆にこっち側のほうが魔獣との遭遇率が低いらしい。
それからメアの案内で歩くことしばらく。
そろそろ日が暮れてきている。
日が沈んでしまえば薄暗がりで作業する必要があるのでそろそろついて欲しいところだが。
「がう! あった、こっち!」
そんなアタシたちの内心を知ってか知らずか、メアが駆け出していくので急いでその背を追い。
たどり着いたのは小川だった。
「川……かい」
「だね、水の確保ができるのはありがたいよ」
「がう!
そんなアタシたちの言葉に、ぴくりと反応したメアが川の前に立ちふさがるようにして叫んだ。
「飲んじゃダメって、何で?」
「がう! 飲んだら、おかしく、なる」
「飲んだらおかしく?」
小川のほうへと視線をやる。
見た感じ至って普通に川だ。流れる水も澄んでいて綺麗だった。
だが必死に首を振るメアの様子を見ているとそれが冗談とかではないことは良く分かる。
「えっと、なら何で川まで来たんだい?」
「ここ、誰も、来ない。危ないから、近づかない」
そんなメアの言葉に視線を彷徨わせる。
特に異常はない、ただの森と川だ。だがメアの言葉を信じるならばこの川が相当に『ヤバイ』らしい。
そしてそれを察知した魔獣たちもここには近づかない、と。
「どう思う、ヨル」
「どうって言われても、ね。まあでもそれがホントならここにキャンプ作っても良いんじゃないかな」
なんて、ヨルは言うがあくまでも本当ならば、の話。
とは言えメアの話を疑ったところでキリが無いのだから、結局のところメアを信用するか否かの話。
ならまあ信用する、メアは信用できる、とアタシは思っている。
「っし、なら早速テント張ってしまうかい!」
「そうだね、もう日が暮れかけてる、すぐに夜になるし急いだほうが良い」
決断したら即座にヨルと二人、急いでテントを組み立て、火を起こし、キャンプを作っていく。
すでに時刻は17時を回っている、暦の上では春とは言えまだ夏は遠い、この時間ともなればもうほぼ日は落ちかけている。
薄っすらとしか見えない手元に苦戦しながらもどうにか寝床を作り上げて、ヨルと二人安堵の息を吐く。
「どーにか、間に合ったね」
「そうだね。メアちゃんに案内してもらわなきゃ、アウトだったよ」
「がう?」
川辺に転がっていた石を円形に並べただけの簡易的な焚火を作り、各自で一人用のレジャーシートを敷いて座る。
「半日森の中歩きっぱなしだったから、さすがに疲れた~」
「目的地が分からないから余計にね、あ、メアも使ってね」
「がう? ありがと!」
ヨルがもう一枚シートを出してメアの足元に敷くとメアが嬉しそうにしながら座る。
それから持ってきた荷物の中から携帯食を出して夕飯にする。
「もそもそ……喉乾いたよ、スープ欲しいわ」
「川の水使えないからなあ……本当なら半日で片付かないなら今日は街に戻る予定だったし、森で過ごす用意もしたけど本当に念のためくらいだったから足りないものだらけだね」
「がう! オイシ! コレ! オイシ!」
「そーかいそーかい、たーんとお食べ」
「メアちゃん、興奮し過ぎてまた言葉遣いが戻ってるよ。あとチルハはお婆ちゃんみたいなこと言わない」
エネルギー補給重視の味気ない食事ではあったが、こうして街の外で火を囲みながらわいわい多人数で食べるというのは中々に楽しいものがある。
とは言えカロリーバーみたいなのを二、三本食べて終了の何とも味気ない夕食である、あっという間に食べ終えてパサパサになってしまった口の中を持ってきた水筒で潤せばあっという間に終わる。
「お風呂入りたいなあ」
なんてヨルが呟くが、当然そんなものは無いのでテントの中でタオルで汗を拭うくらいしかできない。
水も少ないので明日のことを考えれば湿らすことすら贅沢というものだ。
「明日メアの『友達』を助けたら、メアに森の外まで連れてってもらえるし、明日には街に帰れるさ」
「そうだねえ……今日一日の我慢だ」
なんて言いながら一通り体を拭き終えてテントを出れば。
「め、メアちゃん?! 何やってんの!!」
「がう? 汚れた、綺麗にする?」
焚火の傍で服を全て脱ぎ棄て一糸まとわぬ姿のメアが自分に腕に舌を這わせていた。
「あーうん……そういや魔人だったね。人類種じゃないしね」
人間の尺度で見れば絶句するような光景ではあるが、コボルト的には多分普通なんだろう。
ただお節介焼きのヨルがそれを見過ごせるかはまた別の話で。
「こっち来て! 私が拭いてあげるから!」
「が、がう?! ナ、ナンダ、イキナリ?」
散らばった衣服を全て回収し、メアの腕を引きながらテントへと入っていくヨルの姿を見やり、苦笑した。
ぱちぱち、と拾ってきた
すでに春とは言え、森の夜は冷え込む。
アタシもヨルもそれなりに鍛えているとは言え、寒いものは寒い。
故にこうして焚火の前で温まっていると段々と呆としてくる。
メアもまた同じようで、先ほどからうつらうつらとしていた。
「見張り、立てないとね」
「あーうん、そうだね」
メア曰く、この周辺は複数の魔獣たちの縄張りの境界線のような場所らしく、元より緩衝地帯として魔獣たちは近づかないらしい。
しかも今は川の水が危険なことになっているらしく、他の動物たちも逃げ出し安全と言えるのだとか。
ただそれでも誰がしか起きている人間は必要だろう。
魔獣が近づかないとは言えそれも絶対というわけでも無いだろうし、こちらの明りを見つけて近づいて来るかもしれない、アタシたちの臭いに気づくかもしれない、他の動物たちを追っている途中に偶然こちらまで来るかもしれない。そんな可能性だけの話ならいくらでもあるのだから。
「それでどっちにする? アタシはまだ多少余裕あるし、先に寝て来ても良いよ?」
「うーん、じゃあ私先にメアちゃんテントに寝かせてきて良いかな?」
「分かった、なら二時間ごとで交代しよう。多分四時間にしたらどっちか寝落ちする」
「アハハ、確かにね……」
目覚まし時計なんてものは無いが、まあ手元の時計を見ながら待てば良いだろう。
すでに半分意識が落ちかけているメアを支えながらヨルがテントへと入って良くのを見て、ポケットからビターの板チョコを取り出す。
「さて……と」
一口齧り、ほろ苦いその味に舌鼓を打ちながら頭を覚醒させていく。
「時間はたっぷりあるし、久々にこいつも手入れしてやらないとね」
呟きながら、いつも担いでいる愛用の木剣を手に取った。