チョコレートわーくす 作:水代
この世界にはマナというものが存在する。
だが人類は未だ、マナというものを具体的に定義することができていない。
強いて言ったとしても『エネルギー』の、ようなもの、だろう、などという曖昧な物言いになってしまう。
『マナ』はエネルギーだ。
それは神代の遺跡から発見される『マナ』を動力として駆動する数々の道具類から考えても間違いはない。
だがそれでもマナを単純に『エネルギーである』と断定できないのは、『魔族』や『精霊』と言った存在があるからだ。
魔族はどれもこれもが不可思議で、あり得ないような生態をしている。
魔人とは『マナ』を獲得することによって人と類似した姿を得た存在を指すが、その範囲は非常に広い。
多種多用な姿の魔人がいて、それどれもが人に似た姿を持つが、けれど元と辿れば人ではない。
何故『マナ』を得ることで人の姿を取るのか、その理由は分かっていないし、何故『人の姿を取る魔人』と『人の姿を取らない魔獣』に変化するのかも分かっていない。
そもそも魔物とは何だ?
魔物とは『マナ』を得たことによって自らの意思を獲得した物質だ。
ただの物質が自らの意思を得て動き出す……それもまた『マナ』の働きである。
『マナ』という言葉が指す『ナニカ』に対して、その作用は余りにも多く。
『精霊』はその中でもとびっきりと言えるだろう。
* * *
精霊とは何なのか、答えは『よくわからない何か』だ。
一般的に『自然環境』において『重度のマナ』が蓄積されることで『発生』すると言われる存在であり、そもそも生命なのか現象なのかその定義すら曖昧な超自然的な何か。
ただこれは『
因みに『精霊』と言われるとその大多数は『自然精霊』であるが故に、一般的に『精霊』と言うと『エレメンタル』と称される。
『精霊』の本質は『宿る物』だと言われる。
そしてその宿った物によってその呼称は変わっていく。
森の樹々に宿れば『
『
湖面に浮かぶ人の姿をしたものは恐らく体の一部を変化させたものであり、メアが『メル』と呼ぶその精霊の本体は恐らくこの『湖』そのものであると思われる……つまるところ。
この広大な『湖』に溜まった莫大な量の水、その全てを自在に操ることができる存在が今、アタシたちに牙を向けているということだ。
「メア! 森まで下がってな!」
原因は分からないが、あからさまに正気じゃないのは見て取れる。
蹲り、頭を抱えたまま唸るだけの人型はこちらを見てすらいない、にも関わらず荒れ狂う湖の水は巻き上がり、水流がまた蛇のような形を成しながら正確にこちらを押し潰さんと降り注ぐ。
咄嗟にメアに声をかけながらもその場から飛び退る。
メアが逃げたかどうか確認する余裕すら無い。何せ一度水流を避けたと思えば、もう次が来ている。
「くっ! 無茶苦茶、過ぎだ、よ!」
精霊の恐ろしさはその規格外の力にある。
『マナ』とは不可思議な力だ。この世の理すらも一時的に書き換えるほどの摩訶不思議な力である。
だがそれでも限度というものはあるのだ。
魔族というのは『マナ』を獲得することで既存の動物などよりも強い力を得るが、それでも個の範疇に収まるレベルでしかない、
こんな自然災害を丸々具現したようなぶっ飛んだ力を奮えるわけではないのだ。
「んな!?」
そうして次々と飛来する水流を躱していると、埒が明かないと言わんばかりに水流が止まり、代わりに波打つ湖面が独りでに津波を引き起こす。
線がダメなら面で、と言わんばかりに湖の中で波打つごとに徐々に大きくなっていく津波を回避せんと、走りだす。
幸い、というべきか、小高い丘の上にある湖の地形上、津波のサイズには限界がある。
湖岸を僅かに決壊させながら溢れた津波が丘を流れていく。
「おおおおォォ!」
絶叫しながら走る、走る、走る。
そうして一瞬の差で、辛くも津波の範囲から逃げ出す、と同時にこのままでは無理だと確信する。
「ヨル! 退避するよ!」
アタシ同様に水流に狙われていたヨルはいつの間に大分遠くまで離されていたが、アタシの声を聞いて森のほうへと走りだす。
追随するようにアタシもまた森へと逃げ込む。
「いくらデカイ湖とは言え、森の面積はさらに広大だし。それ全部を覆うほどの量は無い、はず」
あの広大な湖は水精霊の絶大な力を示すと同時に限界も示している。
少なくとも今この状況であの水精霊が使えるのはあの湖に溜まっているだけの量のはず、となれば湖から離れれば離れるほど水精霊の力の影響は弱まっていくのではないだろうか。
「ちっ、精霊なんてまさか出会うなんて思わなかったから、もっと勉強しておくべきだったかな」
森の中へと逃げようとするアタシたちを逃がさないとばかりに圧縮された水の弾丸が放たれるが、躱したり木剣で弾いたりしながらどうにか森の中へと逃げ込むと、ピタリ、と追撃が止む。
警戒は怠らないままに少しずつヨルと合流せんと歩き。
「チルハ!」
「ヨル……無事だったかい」
どうにか無事に合流を果たした。
* * *
森の中に静寂が戻る。それだけのことで、安堵してしまう。
とは言え、いつまでもこうしていられない、と早速ヨルと顔を突き合わせる。
「無茶苦茶過ぎるね」
「精霊とか私たちの手に負えるような相手じゃないよ……って言いたい」
だがどうにかしなければならない。
精霊が正気を失って暴れているなんて、はっきり言って尋常な事態ではない。
メアに森の出口に案内してもらうため、とかそんな場合じゃない、下手をすればこの森の傍にあるナイトベルグの街にまで影響が及びかねない事態だ。
「どうする?」
「どうするって言われても」
困ったような表情で握りしめた銃にそっと手をやるヨル。
その行為は意識的か無意識的はともかく。
「いざとなったら、やれそう?」
「うん。多分……相性は悪くないと思う」
覚悟を決めたようなヨルの返答に、どうしたものか、と考える。
奥の手はある。アタシも、ヨルも、だ。
特にヨルの奥の手ならば或いはあの精霊を『消滅』させることもできるかもしれない。
だが。
「メアのことを考えると助けてやりたいね」
「そうだね……私も、そう思う」
あれほど必死になって友の名を叫び続けたメアの姿を見ればできる限りのことはしてやりたいと思う。
だとすれば、取れる手は一つだろう。
「助ける、なら私より」
「アタシだね……分かった、できうる限りのことはやろう」
手の中の木剣を握りしめる。
もう一度、あの荒れ狂う水精霊に立ち向かうことを考えると僅かばかり緊張する。
あれは文字通り災害だ。そういう規模の存在だ。
だが。
「エルなら……引かないね」
ぽつり、と小さく呟き、ふっと笑い。
「行くかい。全部丸っと片づけて、勝ち取れハッピーエンドだ」
―――ヨルと並び、湖へと走り出した。
* * *
以前にも言ったと思うが、魔族の定義は『マナを扱う人類以外の存在』である。
問題は。
どうして『人類以外』という言葉が入るのか。
人類が分類しているのだから、というのもあるのだがそれ以上の理由があり。
簡単に言えば、その身一つで『マナ』を扱うことのできる人類は『
そう、人類もまた『マナ』を扱うことができるのだ。
ただし魔族と違って人類のそれは少し特殊とも言える。
魔族は種族ごとにある程度共通して同じような『マナ』の使い方を覚える。
例えばディグ・マナウルフならば共通して穴を掘るの掘削の法を『マナ』によって獲得したり、ブラックボム・マナベアならば触れた物を爆発させる能力を『マナ』によって為したり、だ。
だが人類の『マナ』の使い方はバラバラだ。
個人個人がまるで違う使い方をするため、分類することもできない。
ただ一つ共通するのは。
人類はその身に宿した『術式』によって『マナ』を具現化するということだ。
アタシたちの接近に気づいたのか、湖の上で水流が再び荒れ狂う。
直後、マシンガンのように飛来する圧縮された水の弾丸を躱しながら隙を伺う。
即座にヨルが弾丸を放ち、水精霊の気を引くと水流がそちらに偏る。
その一瞬の間を逃さず湖へと迫り―――。
「
叫び、湖に向かって手元の木剣を突き刺すと、木剣を起点として湖の水が徐々に凍り始める。
「ううううああああ! あああああああああああぁぁぁぁ!!!」
これ以上留まれない、と判断し即座に湖から剣を抜くと回避に走ろうとして。
ひゅん、と足元を掠める水弾。
「なっ!」
それが偶然か狙ったものかは分からないが、足元を狙われた一撃を咄嗟に避けようとしてバランスを崩す。だが転ぶよりはマシと転倒しそうになる勢いのままに跳躍し、態勢を立て直す。
だが僅かながら移動にもたついたのは事実であり、そしてその僅かな時間は水流がこちらへ届くのに十分な時間だった。
「凍れ!」
回避は不可能、と判断し『マナ』を纏わせた木剣が『氷の剣』と化す。
「切り裂けェェェェェ!」
渾身の力を込めて、叩きつけるような勢いで水流に氷の剣を振り下ろせば、一瞬にして水流が凍り付き砕けていく。
だが直後に次の水流が飛来し、再び剣を振るたびに二本、三本と凍り、砕けて……。
「ぐっ!」
四本目で剣に込めた『マナ』が不足し、水流と拮抗する。
その直後に五本目が飛来し均衡が崩れる。そしてトドメとなる六本目の水流がアタシの体を吹き飛ばす。
水流に飲まれ、押し流されていく体。平行感覚を失い、上も下も分からないまま洗濯機の中の洗濯物のような様相でぐるぐると回転しながら地面に叩きつけられる。
「ぐあ……ご、あ……」
全身の痛みを堪えながらさらに追撃せんと降り注ぐ水流に向かい、再び『マナ』を充填させた氷の剣を着きだす。
七本目、八本目と切り裂き、九本目を切り裂いた時点でまた『マナ』が枯渇するが十本目の水流が来る様子が無い。
「チルハ! このっ!」
遠くでヨルが水精霊の気を引いてくれていたらしい。
お陰で十本目はそちらに向かったようだった。
「はあ……はあ……はあ……」
錐揉み回転しながら地面に叩きつけられたせいで全身が痛む。
水流に飲まれたせいでほんの数秒ながら呼吸が止まっていたせいで息も荒い。
それでもまだ生きているならやれる、と木剣を杖代わりにしながら立ち上がる。
「冗談、じゃ……ないよ、全く」
六本以上水流を凍らせ、砕いたのにまるで効いた様子はない。
『マナ』の絶対量と体を構成する質量が違い過ぎる。
こんなものまさに蟻と象の争いに等しい。
「少々……凍らせた、ところで、まるで……はあ、効いた様子が、無いの、は……はあ、理不尽過ぎるよ全く」
こちとらあの水流一本直撃しただけでこの有様なのに。全くもって理不尽極まりない。
さらに数度、深呼吸をし、素早く息を整える。
まだ体は動く。とは言え十全じゃないのは理解しなければならない。
『マナ』もかき集めればまだやれる。とは言え、絶対量の違いはどうやっても否めない、どうするか。
「もう一つ、ギアを上げるしかないかね」
『術式』とはそう簡単に扱える力ではない。
『マナ』を使用して得られた巨大な力にはそれなり以上のリスクが存在することを理解しなければならない。
とは言え、このままではヨルと二人そろって溺死させられるのが目に見えている以上、多少のリスクは飲みこむべきか。
「さすがに、三つ目は勘弁して欲しいところだね」
呟きながら一瞬で覚悟を決め、歩き出そうとして……くい、と手を引っ張られた。
「なっ、っと」
「がう! チルハ!」
後ろから声がかかった。
振り返ったその先には逃げたはずのメアがいて。
「め、メア!? 何やってんだい、危ないから」
「これ!」
逃げな、と告げるより早く、メアがこちらに差し出してきたもの、それは。
「瓶……?」
小瓶だった。メアの小さな手のひらに収まる程度の小瓶。
中に入っているのは……白っぽい砂のような何か?
「がう! 『親切な人』、言った。これで、メル、助けられる!」
「これ、が?」
一体これは何なのか、それは分からない。
そもそも『親切な人』って誰だよ、とも思う。
だが―――。
「分かった」
差し出された小瓶を受け取る。
「メアを信じるよ」
小瓶の蓋を開けながらメアに背を向けて。
「分が悪い賭けだねえ」
それを理解しておきながら、それでもやろうとしている自分に苦笑した。
『月光照らす氷花の■■■■』
第一鍵詞:『霜白の闇、月が照らす冰の花』→能力の解禁。触れた物を対象とした氷結能力の解放。主に剣など。氷の剣を使って間接的な凍結も可能。
第二鍵詞:『????』
第三鍵詞:『????』
解説:『凍結』を操るマナ術式。
マナ術式……まあ魔法みたいなの。
第一は能力の解禁。ただしそれほど派手なことはできない。
第二は能力の■■。ただしマナ(MP的なの)の消費は加速する。
第三は能力の■■。ぶっ壊れるけど消費マナもぶっ壊れるのでほぼ単発使い切り。