【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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1R メイクデビュー

 …ゲートは嫌いだ。狭い空間に押し込められて息が詰まる。網目の格子が動物扱いされている様で更にイライラを募らせる。

 

 私達は動物じゃない、ウマ娘だ。気高く走る地上の宝石だ。

 

 そう、私達は走る為に生まれてきた。勝つ為に生まれてきた。そしてその力をぶつける最高の場所に私は今立っている。

 

 福島レース場、今日の第5レース、右回りの芝1600m。8人立ての新戦。天気は快晴、場状態も走りに適したとても良い物だ。

 

 それが私のデビュー戦、こんな所で負けているようじゃ応援して送り出してくれた故郷の皆に顔向けできない。

 

 今日の日の為に必死にトレーニングしてきた。ここは絶対に負けられないレースだ。

 

 実は私はあまり他人に見られるのが好きでは無い。だからパドックでは必要最小限の顔見せだけして帰ってきた。

 そのせいかどうかは分からないけど、観客の評判はあまり良くなかったらしい。

 

 それでもレース前の私は3番人気だそうだ。まぁ人気なんてどうでもいい。結果を出せばそんなものは後から()いてくるものなのだから。

 

 ちなみに1番人気は私の隣りのコースにいる青鹿毛のブラックなんとかって言う名前のスカした女。腰まで伸びた長い黒髪の娘で、お高く止まっているのか私の方にはまるで見向きもしない。

 何となく気に入らない。それだけでこの女にだけは絶対に負けたくないと思えた。

 

 管楽器を用いた簡単なファンファーレが鳴り響き、レースの開始を皆に告げる。やがて8人全員のゲートインが完了し、係員が場所を離れていった。

 

 数秒の静寂。更に1秒程の小さく短いブザー音が鳴る。ブザーが鳴り止むと同時に目の前の格子がガッコンという音と共に左右に開く。

 

 スタートだ!

 

 一斉に飛び出す体操服姿の8人の少女(うまむすめ)達。

 トレーナーからは「始めは抑えて先頭集団で様子を見ながら最後の直線で勝負に出ろ」との『先行』指示を受けていた。

 

 でも私は正直他人の尻尾を追い掛けるのは好きでは無い。私は子供の頃からいつも『一等賞』だった。それは常に前へ前へと貪欲なまでに進んできたからだ。

 

 最初から全力疾走、前に誰も居ない先頭の快感、これを味わえるのは『逃げ』の作戦で走ったウマ娘だけだ。

 

 私は踏み出す脚に力を込めて一歩ずつ大きく蹴り出した。一歩を踏み出す度に前へと進む私の体は、徐々に他のウマ娘の一団と離れて行った。

 

 距離はたったの1600mだ。このまま一気にゴールまで駆け抜けてやる。

 

 指示を聞かなかった事に対してトレーナーは文句を言うだろう。しかしそれも勝ってしまえばどうとでもなる。

 それにどの道、私は初めからあんな負け犬… いや負けウマ娘の指示になど従うつもりは無かったのだから。

 

 私が先頭のままレースは中盤を迎えた。いちいち後ろを振り返って見たりはしないが、他の娘の息遣いと足音で大体の位置関係は把握している。

 私以外の7人は大体ダンゴ状態で固まっているようだ。

 

 意図せず自然とペースが上がる。ここでペースを乱してスタミナを浪費するのは良くないと分かっているのだが、少しでもリードを広げておきたい気持ちもとても強い。

 

 『逃げ』作戦と言えども、レース最後の直線での押し切りの為の余力を残しておく必要がある。それは頭では理解している。

 

 序盤で集団から抜け出すのに加えて、中盤の焦りから少し力を浪費してしまったが、それでもまだラストスパートのエネルギーくらいは残っている。このまま誰にも抜かせずに私が優勝して、優雅にメイクデビューを飾るのだ!

 

 第4コーナーを抜けてレースは最後の直線勝負になる。この直線に賭けて『差し』や『追込み』の娘は後方で力を溜めている。

 ここで抜かれてしまっては元も子もない。私も最後の力を振り絞ってラストスパートをかけた。

 

 その刹那、黒い流星が私の横を猛スピードで通り過ぎる。

 

 全力疾走している私を後ろから追い抜いて走り去って行った。何と言うスピード、彼女の長い髪が、長い尻尾がそれこそほうき星の様に風にたなびいて、神々しささえも感じられた。

 

 もちろんこれはレースだ。しかも1着にならないと意味の無い新戦だ。2着以下は最下位と同義なのだ。

 

 私は走った。力の限り。

 

 これまでの人生でここまで懸命に走った事など無かった。地元ではいつも7割方の力でどんなレースにも勝ててきた。

 でも届かない… 100%の力で走ってもあの黒い流星には届かない。それどころか徐々に差は開いていく。

 

 走る、離される、走る、離される、頭の中は『勝ちたい! 勝ちたい!』という言葉が念仏の様に繰り返されるが、それ以外の事はとにかく頭が真っ白で何も考えられない。そしてその中で唯一感じた感情は『絶望』だった……。

 

「む、無理ぃ…」

 

 無意識に声が出た。気持ちはもっと前に出たいのに、これ以上脚が動かない。今の速度を維持するだけで精一杯だった。

 

 大きな歓声に迎えられて彼女がゴール板の前を駆け抜ける。大きく(5身ほどだろうか?)遅れて私がゴールする… 直前に私の左右を2人のウマ娘がすり抜けて行った。

 

 私があれだけ逃げてリードを作ったのに、最後の直線であれだけ必死に走ったのに… ふと気が付けば私自身が4着になっていた。

 

 これが『中央』の層の厚さ……。

 

 正直デビュー戦なんてこれから始まるトゥインクルレースの前哨戦、勝って当たり前の楽勝ムードで考えていた。

 電光掲示板に着順が表示され、無慈悲な結果が確定された。これは夢でも冗談でも無い。4着、私は負けたのだ……。

 

 空っぽの頭に観客席正面のターフビジョンから、このレースの実況者の声が響いているのが聞こえてきた。

 それは自分の事なのに、どこか遠い世界の様にも思える物だった……。

 

「後続を大きく離して1着はブラックリリィ! 下評通り桁違いの差し脚を見せつけた!! 2着から4着までは半身差の大混戦! 最後まで好走を見せたスズシロナズナは残念ながら4着に沈みました!」




ウマ娘世界には通常の馬が存在しない為に、代わりに2本足の『』という字が使われております。

本作ではスコープさんの作成された『』の字のフォントを使用させて頂いております。
スコープさん、ありがとうございます。
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