【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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幕間 1 新バ戦

 空は綺麗に晴れ渡り、絶好のレース日和となっている。

 こんな素敵な日にデビュー出来るなんてとても幸せな事だ。

 

「お前のデビュー戦だ。思いっきり楽しんで走ってこい!」

 

 トレーナーの言葉が胸に心地良い。そう、デビュー戦だからと言って固くなるのは御法度だ。ダレているくらいに体の力を抜いた方が私は実力を発揮できる。

 

 大きく2度深呼吸をして控室を出る。地下道からパドックに出て、来てくれたお客さんに手を振る。

 その瞬間大きな拍手が沸き起こり、観客席からの「頑張れよーっ!」という声が複数上がる。

とても期待されている。どうやら私はこのレース1番人気らしい。

 

 期待されて応援されている。物凄いプレッシャーを感じるけど、そのプレッシャーを力に還元する事が出来れば、私はどこまでも強くなれるはずだ。

「帆船の帆になれ」 これはトレーナーさんから教えてもらった考え方だが、応援も悪意も他人からの『想い』を全て受け止め、それを風として帆に受けて進め。という事らしい。

 

 悪意は逆風とも捉えられるが、逆風なら逆風で帆船は前に進むテクニックがあるそうだ。

 逆に悪意すらも貰えない『凪』では全く前に進めない。ウマ娘とはそういう物らしい。

 聞いた時は、分かる様な分からない様な不思議な例えだと感じたが、今はそれが分かる。理屈ではなく感覚で理解できている気がする。

 

 私を応援してくれるお客さんの気持ちを背中に受け、文字通り『後押し』されて走る。

 その数が多ければ多いほど私は走れる、いや飛べるだろう。

 

 パドックを去る際に1人のウマ娘とすれ違う。基本人見知りな私だけど、せめて挨拶だけでもしようと思った… のだけれども、彼女はまっすぐ前を見据えて私なんかに見向きもしない。

 男の子みたいなベリーショートカットの栃栗毛、何日も食事をしていないかの様なギラギラした目で、『この世の全てが敵である』みたいなオーラを纏っている。

 

 歩いていてちょっと肩がぶつかっただけでも因縁つけられて、そのまま殺されそうな雰囲気だ。怖いなんてモンじゃ無い。これ以上は触らぬ神に祟りなし、だ。

 レースを前にギラつくのは理解できるけど、私はもっと楽しくやりたいんですけどねぇ……。

 

 私のデビュー戦、ライバルは7人、距離は1600m。私としてはもう少し長めの距離の方が力を発揮しやすいのだが、トレーナーは私が1600でも勝てると信じて送り出してくれた。その期待には応えたいと思う。

 

 レース前のファンファーレが鳴り響き、皆にレースの始まりを告げる。

 スターティングゲートに入って開始の合図を待つ。目を閉じて精神を集中させる。

 時間ギリギリになって隣のゲートにウマ娘が入ってくる。ゲートインを嫌がる娘ってたまにいるから仕方ない。

 

 どんな人だろう? と薄目を開けて隣を窺うと、隣りに居たのはさっきすれ違った目つきの悪い怖いウマ娘だった。

 私の事を親の仇か何かの様に睨みつけてきているのが薄目にもハッキリ分かる。怖い。マジ怖い! これはもう知らないふりをして関わらない方が安全だ。

 

 なによりもうすぐレースなのだ。レース以外の事で怪我でもしたら洒落にならないどころか一生笑い者にされてしまうだろう。

 そしてゲートが開きレースが始まった。

 

 私の得意戦術は中盤まで体力を抑えて後半に速度を上げる『差し』だ。全部で8人だから、始めは5番目くらいに付けておく事を意識しておけば良い。

 

 先程の怖い彼女は初めから飛ばしていく『逃げ』戦術の様だ。その勢いは強く、後続をどんどん離していく。このペースで行けば「大逃げ」で完勝も出来るだろう。

 

 そう、『このペースで行けば』である。

 

 どんな頑強なウマ娘でも1600m(マイル)を全速力で走り切れるスタミナなんて持っていない。きっとどこかで速度を落とすはずだ。

 逃げの彼女に釣られたのか、まだ序盤だと言うのに後続の娘たちも速度を上げる。

 

 先頭の娘、2〜4番手、私を含む5〜8番手、という3つのグループが出来たが、大きな差は無い。先頭の娘以外はほぼダンゴ状態と言っていいだろう。

 

 その順位のままで第3コーナーまでやって来た。そろそろ仕掛けよう。

 

 コーナーを走る際の遠心力に任せて外枠に体を寄せ、今まで溜めていた力を徐々に放出する。

 そして第4コーナーに差し掛かる頃には、案の定スタミナが切れ始めた先頭の娘に追いついていた。

 

 残るは直線勝負、私はここで意識を観客席に向けた。

 私を呼ぶ声が聞こえる。「頑張れ!」「行け!」という声が聞こえる。

 

 そう、この声だ。この歓声を背中に受けて私という『帆船』は進む事が出来る。

 実際、声援を意識してからは嘘の様に体が軽く感じた。本当に『ふわふわ』と飛んでいる様な気持ちで走れた。

 

 そこからの事はあまり覚えていない。確かなのはとても気持ち良く走り抜けた事だ。

 

 恍惚とした気持ちのまま観客席からの大歓声で我に帰る。

 

 そして聞こえてきたのは『私の優勝』というレースの結果と終了を告げる実況アナウンサーの声だった。

 

「後続を大きく離して1着はブラックリリィ! 下評通り桁違いの差し脚を見せつけた!! 2着から4着までは半身差の大混戦! 最後まで好走を見せたスズシロナズナは残念ながら4着に沈みました!」

 

 へぇ、あの娘、スズシロナズナさんって言うんだ……。

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