【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「う〜、緊張するなぁ。もう一回トイレ行ってきます」
私のデビュー戦からおよそ1ヶ月、今日は私のルームメイトであるカメことオカメハチモクのデビュー戦、芝の1400mである。
当の本人はいつもの落ち着きはどこへやら、控室の中をあっちをウロウロこっちをウロウロしては、時々思い出した様にトイレへと走っていく。
「いや、落ち着きなよカメ。緊張しすぎて動きが固くなってたら意味無いよ?」
「そ、そそそ、そうですよカメ。なな、ナズナちゃんの言う通り、ききき、緊張してててもね…」
「貴女もね、きり…」
私の言葉にカメのトレーナーであるきりさんの挙動不審な言葉が続き、それに私のトレーナーのアイリスがツッコむ。
「だ、だって私も担当ウマ娘のデビューなんて初めてだもん、緊張するよ。アイリスはよく平気だったね…?」
「平気じゃ無かったよ。でも私が浮わついてたらナズナのレースに悪影響が出るって思ったから、ポーカーフェイスを崩さない様にずっと自分の脚を
へぇ、アイリスったらそんな事してたのか。カワイイ所あるじゃん。
「そ、そうだよね。走るのはカメなんだから、大人でトレーナーの私がしっかりしなくちゃね… か、カメちゃん!」
「は、はい、きりさん!?」
「今日までのトレーニングの全てをぶつけてきなさい。貴女なら勝てる! ど、どんな結果が出ても絶対に骨は拾ってあげるから!!」
一息で言い切ったきりさんだったが、その言い方はどうなんだろうと首をかしげざるを得ない。私の隣のアイリスもげんなりした顔をしていた。
ちなみに今日は別のレース場でメル先輩のレースも行われるので、チーム〈ポラリス〉は二手に分かれて応援遠征をしている。
源逸さんと目黒さん、アモ先輩とコロはメル先輩の応援に行っていて、残りの私とアイリスがカメの応援に回された訳だ。
「じゃあ私とナズナは観客席から応援してるから、あとは頑張ってね」
カメときりさんにそう告げて私の手を引いて控室から退出するアイリス。それは良いんだけど……。
「ねぇアイリス、関係者席じゃ無くて観客席から見るの?」
「ええ、
振り返ったアイリスはいつもの大人ぶった顔では無く、イタズラっ子の様な楽しげな表情を見せた。
「見てアイリス。なにあいつ…?」
パドックで出走ウマ娘の紹介が行われている最中、私の指差した先に異様な光景が現れていた。
「彼女は『ドキュウセンカン』、手元の資料によると身長180cmで体重85kg、文字通り弩級の子ね。このレースの2番人気よ」
男性ボディビルダーの様な筋骨隆々としたウマ娘がそこに居た。観客席からの遠景では表情までは読み取れないが、その肩で風切る歩き方は、とてもでは無いが『慎ましさ』とは縁遠い様に思えた。
ウマ娘はその名の通り女子しか生まれないから、あのドキュウセンカンってのが男だとは思えない。
ウマ娘社会ではドーピングは永久追放物の反則だが、投薬による肉体改造は許容されている。
恐らくだが、ドキュウセンカンなるウマ娘はその手の改造人間の類なのだろう。
『パワー型』と言えば聞こえは良いが、これから始まるのは格闘技ではなくレースだ。あんな体型で走れる物なのかな…?
他のお客さんの視線も全員ドキュウセンカンに釘付けで、カメを始めとするウマ娘達は全員霞んでしまっていた。
まぁ逆に考えればカメみたいなマイペースなタイプは、あまり注目されない方が力を発揮しやすいのかも知れない。
やがてスターティングゲートが設置され、その中にウマ娘達が続々と入っていく。
カメは外枠だったが、あの娘の戦術なら有利不利はあまり関係しないだろう。
ちなみに注目のドキュウセンカンは、凄く窮屈そうにゲートに入っていた。でもまぁ仕方ないよね。
ファンファーレが鳴り響きレースの開始を告げる。ゲートが開くと同時に各ウマ娘が一斉にターフに飛び出す。
件のドキュウセンカンは前、カメは後ろに付いてレースを進めていった。
逃げるドキュウセンカン、その体格の通り脚は決して速くない。それでも他のウマ娘らはドキュウセンカンを抜けずにいた。
「抜かされそうになると体格でブロックしているわ。進路妨害になるかならないかのギリギリのラインで」
アイリスの解説に耳を疑った。そんな走り方が存在するなんて思った事すら無かった。あのドキュウセンカンに前を塞がれたら誰でも二の足を踏むに決まっている。
2人同時に仕掛ければどちらかは前に進めるだろうけど、基本的にレースに出ている子は全員が敵だ。他人を活かす為に自分が犠牲になる戦法に意味は無い。
従って『誰かが仕掛けた時に便乗して追い抜こう』と全員が思っているうちに誰も動けないままドキュウセンカンが勝ってしまう、と言う筋書きなのだろう。
あんなの相手にカメはどうするだろう? そして私なら…?
最後の直線に差し掛かるまで順位は大きく変わらずに来たが、そのまま終わる事を良しとするウマ娘なんて居ない。
1人、また1人とドキュウセンカンの脇を擦り抜けようと仕掛ける娘はいるのだが、ドキュウセンカンの体格に見合わぬ巧みなステップワークに全員が返り討ちに遭っていた。
あと100mでゴール、という所で上がってきたのは我らがカメだった。
勝利を確信して一瞬気が緩んだドキュウセンカンの横を、一気に追い上げたカメが疾風の如く追い抜いて行った。
この間の模擬レースで私がやられたカメの得意技だ。自分がやられるとメチャクチャ腹が立つけど、第三者視点で見るとこれほど痛快な事は無い。
結果カメが1着、ドキュウセンカンは2着となった。私とアイリスは抱き合って共に喜びを表現する。おめでとうカメ! 私より先に勝利を飾った事に軽い嫉妬はあるけど、今はその何倍もカメの勝ちが嬉しいよ!
その後カメは無事にステージをこなし(ドキュウセンカンのステージ衣装姿は別の意味で破壊力満点だった)、最高のメイクデビューを飾ってくれた。
私も次のレースに向けて良い発奮材料になったと思う。
「今日はカメちゃんの応援ももちろんだけど、あのドキュウセンカンをこの目で見たかったし貴女に見せたかったのよ。もしあの子が勝ち上がって来るようなら恐ろしいライバルになるからね…」
アイリスの言葉がフラグにしか聞こえなくて、その後も嫌な予感はなかなか消えてくれなかった……。