【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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13R 未勝利戦

 レース当日、中京レース場。昨夜からずっと降り続いている小雨が芝に浸り、場は(おも)と発表されている。

 

「ナズナ、今日はターフも濡れて滑りやすくなっているから、転ばない様に気をつけてね…」

 

 控室では私のトレーナーのアイリスが、いつに無く変にそわそわしながら声をかけてくる。

 全く… 走るのは私なのに、トレーナーが私よりも緊張してどうするのか?

 

 控室内に応援に来てくれたカメときりさんも、ビクビクと私の機嫌を窺うかの様に寄り添って恐縮している。

 恐らくこの2人のどちらかの緊張がアイリスに伝染したのだと思う。

 

 え? なんなの? 皆して私がヒスって周りに当たり散らすほど冷静さを欠いているとでも思っているのだろうか?

 

 まぁ、確かに緊張はしている。カメも居るし『勝たねば!』というプレッシャーは大きい。

 でもそこでヒスるほどナーバスになってはいない。むしろ周りが緊張しすぎている分、逆に私は冷静で居られている方だと思う。

 

「いやなんか… そこまで気を遣われると却って気が散るって言うか何ていうか…」

 

 私のツッコミに3人は「ハハハ…」と顔を見合わせるしかなかった。まぁ彼女らの思惑とは真逆な展開なんだろうけど、結果的に落ち着いたからヨシ!

 

 ☆ 

 

「ねぇねぇアンタ、前回一緒に走ったスズシロナズナだよね? あたし前回2着だったイーグルダイブ、よろしくね」

 

「はぁ… ども…」

 

 パドックで髪の毛をハーフアップにした、意地の悪そうな顔をしたウマ娘に声を掛けられた。

 

「何よ『ども』って。前回あんなにギラギラしてたのに今日は腑抜けてるの? まぁアンタなんか前回同様負かしてあげるからせいぜい頑張りなさいよね」

 

 と言いたい事だけ言って去っていった。えっと、誰だっけ…? 前回リリィに負けたのは覚えているけど、私とリリィの間の2人に関しては全くと言っていいほど覚えていない。

 

 まぁ、いっか。それよりも……。

 

「ドキュウセンカン…」

 

 無言のままノシノシとパドックを一周し、禄に挨拶もせずに去っていった超大型のウマ娘。あの娘もあれで歳は15かそこらだと思うが、近くで見るとメチャクチャデカイ。

 身長180cmという成人男性と比較しても大柄なサイズは、160cm前後(耳を含まず)のウマ娘の集うターフの上ではまさに『巨人』だ。

 

 今日の私に利点が有るとすれば、ドキュウセンカン(以下ドキュウ)の走りを以前に生で目撃している、と言う事だ。

 記録映像からだけでは掴めない気圧(オーラ)とでも言うべき『彼女(ドキュウ)の怖さ』を私は肌で知っている。

 それだけでも他の出走者に比べて大きなアドバンテージがあると言える。

 まぁ、この辺の話は全部アイリスからの受け売りなんだけどね。

 

 この前のレースではカメが一瞬の油断を突いてドキュウを差し切ったけど、私は彼女を攻略出来るだろうか…?

 

 ☆

 

 マークすべきはドキュウだが、出走者は私を含め9人いる。さっき絡んできたイーグルなんとかさんも、前回の掛かってスタミナを切らした状態とは言え私より上位に入着している。無視するのは危険だろう。

 

 各員ゲートインを済ませスタートを待つ。目を閉じ精神を集中させる。

 スタートの合図と共にゲートが開き9人のウマ娘が一斉に飛び出す。ほぼ全員がドキュウを警戒し、彼女より一歩でも先んじようとスタートダッシュを掛けていた。

 

 ドキュウはあの巨体が邪魔をしてトップスピードには難がある。なら最初に抜き去ってしまえば後は置物と変わり果て、レースの障害にはならないのではないか?

 

 実は私もそう考えて、アイリスに『逃げ』の戦法を相談してみたのだが、

 

「うん、多分それは正しいと思う… でもね、きっと『みんな』それを狙ってくるわ。だからレース序盤から先頭争いで混戦になると思うのよ…」

 

 と、一言一言を噛み締めるように言葉を繋げるアイリス。彼女の中でもまだイメージが固まっていないって事なのかな?

 

「それにナズナは『逃げ』ると掛かるクセがあるでしょ? 序盤でドキュウセンカンを含む他の娘達が削り合ってくれれば、終盤疲れたドキュウセンカンを一気に抜けるんじゃないかと思うのよね…」

  

 ドキュウは決して鈍重なだけのウマ娘では無い。極めて高いスタート巧者であるし、前回のカメとのレースで見せた軽やかなステップ技術は一朝一夕に身に付く物では無い。

 

 きっとその2点だけに絞ってトレーニングをしてきたのだろう。『自分の武器』を見極めて、それに特化させて技術を磨く。ドキュウ本人よりもそんな極端なトレーニングに踏み切ったトレーナーが凄い人なのだろう。

 

 その辺を軽く見た他のウマ娘達は、面白いほどアイリスの予言通り序盤から先頭争いを始め、そしてその(ことごと)くがドキュウのパワーに弾かれ順位を落としていた。

 

 現在先頭はドキュウ、あれだけ他人の邪魔をしておいて反則にならないのだから、そっち方面の駆け引き技術もハイレベルなのだろう。

 

 そして大きな順位変動も無く最後の第4コーナーに差し掛かる。

 

 最初に仕掛けたのはちゃっかり生き残っていたイーグルなんとかさん、大外からドキュウを抜こうと速度を上げる。

 この動きに便乗させてもらう。イーグルさんを妨害しようとドキュウが外に振れる。彼女と内ラチ(コース内側の柵)、その僅かに空いた隙間目指して体を捩じ込む。

 

 直線(ここ)で追い抜ければ、後から抜き返される事はあり得ない。イーグルさんは外に出た分スタミナを消費しているだろうし、今からドキュウと競り合ってもらうのだ。

 余程のレースセンスの無い限り、そこから態勢を立て直して私を抜く事は困難だ。

 

 私とドキュウが並ぶ。先程外に振れた彼女が今から私の方へ振り返すのは不可能……。

 

「うそっ?!」

 

 私の差し込みを予期してフェイントを掛けたのか、ドキュウの巨体が一気に内側にスライドしてきた。

 

 その勢いのままドキュウの肘と接触、更に彼女に弾かれた事で反対側の内ラチにも接触、右腕の鋭い痛みと共に私の視界は反転した……。

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