【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
「今年のシニア級は華が無い」
まことしやかに囁かれる言葉である。
いわゆる『GⅠを連勝する様なスターウマ娘が居ない』と言う話である。
現に今年のシニア級のGⅠ、GⅡレースはどれも別のウマ娘が勝っており、抜きん出た成績の者が居ない。
思えば去年のクラッシック級でも、クラッシック、ティアラ両路線において2冠以上を制覇したウマ娘は居なかったはずだ。
『突出した者が居ない』と言う事は各ウマ娘の実力が拮抗しており、平均的に高い水準である証拠でもあるのだが、観客やマスコミが求めるのは『他のライバルをバッタバッタと薙ぎ倒すヒーロー』だ。
今年のシニア級にスター性の強いウマ娘がいない為に、ツキバミの様な人が異様に持ち上げられている感は否めない。
まぁ
と言う訳で今年のオールカマーは各種タイトルホルダーが軒を並べて参加している。
1番人気は今年の大阪記念覇者のレーザーディスク。
2番人気は日経賞優勝者のスターバトラー。
そして3番人気、GⅢ2タイトル(小倉大賞典、新潟大賞典)ホルダーのアーモリーフォース先輩。
他にも七夕賞優勝者のピコグラムや、クラッシック級からも青葉賞優勝者のブラッドハーレー等、多くの実力者が参加している。
アモ先輩にとっては格上挑戦のレースではあるんだけど、頑張り次第で何とかなるかも? と思わせる微妙なメンツになっているのは運命のイタズラか? はたまた源逸トレーナーの読み勝ちなのか…?
さて、レースも終盤であるが、現在アモ先輩は3番手に付けている。ここからでは確認出来ないが、あの人の事だから近くを走るウマ娘に色々と吹き込んでペースを乱させる作戦をしているのだろう。
最後のコーナーでウマ娘達が一斉に動き出す。アモ先輩の前を走っていたウマ娘が、疲れからか速度を落としてきたのと同時に、後ろ外から上がってきたウマ娘とに挟まれてアモ先輩が抜け出せなくなっていた。
このままでは馬群に呑まれて後位に沈んでしまう、そう思った時だ。
前を行くウマ娘と内ラチの間の狭いスペースにアモ先輩は自分の体を滑り込ませた。それも普通に押し込んだだけでは無く、クロール泳ぎの様に体を捻って腕を差し込む。そして僅かに空いた隙間に無理矢理に体を捩じ込んで前に踊り出たのだ。
今アモ先輩の前には誰も居ない。しかしすぐ横には差し上がってきた1番人気のレーザーディスクが居る。その差2馬身。
最後の力を振り絞り必死で逃げるアモ先輩、雄叫びを上げている様な表情で走るレーザーディスク。
僅かにレーザーディスクの方がスピードがあるらしく、両者の差はじりじりと狭まっていく。
残り100m程でレーザーディスクがアモ先輩に追い付くも、そこからアモ先輩は驚異の再加速を見せ、アタマ差で見事に逃げ切った。
終盤で二転三転する忘れられそうに無い名勝負に、私達の周りの観客も一気に盛り上がる。
「ナッちゃん! ✾✖♡✟、✲❃◢❥★〜!」
私を背負っているカメが振り向いて興奮気味に何かを喋ったが、周りの歓声に掻き消されて最初の『ナッちゃん!』しか聞き取れなかった。
でも聞こえなくても何を言ったかなんて分かりきっている。だから私はカメの耳元で大きな声で「うん、そうだね!」と答えたんだ。
☆
「まったく… 探すこっちの身にもなって欲しいわ。大体あなた達は…」
アモ先輩の勝利を喜んでから数分、私達
マスコミ対応から戻ったアイリスが医務室で見たのは愛想笑いをするきりさんだけだった。
慌てて飛び出して私(とカメ)を探すアイリス。しかしいると思った関係者席に私達はおらず、アイリスは広い中京レース場の観客席をやたらと走り回り、ようやくアモ先輩の勝利に歓喜する私達を発見したのだ。
「「「ハイ、ゴメンナサイ…」」」
3人並んでソファーに座らされて(床に正座じゃないだけまだ温情があるのだろうか?)反省する私達。尤もここからがアイリス劇場の本当の始まりだ。
私達は反論する事も許されず、延々とアイリスの呪詛の様なお小言を1時間ほど聞かされる事になるのだろう……。
その時きりさんの携帯から呼び出し音が鳴り響いた。『取っていいか?』と目で合図を送るきりさんに無表情で頷くアイリス。
「はい、きりです。うん、ナズナは今から病院に行くつもり。うん…? 見た感じは大丈夫そうだけど… あとアモのレース見てたよ。おめでとうって伝えておいて! …え? うん、ナズナに? 分かった、代わるね…」
話の内容から源逸さんからきりさんに現状確認の電話だと推察できるけど、何で私?
「もしもしナズナ? あたしアーモリーフォース。具合はどう?」
スピーカーに切り替えたきりさんのスマホからアモ先輩の声が流れてくる。
その後ろから「あたしも居るぞーっ! ナズナは生きてるのかーっ?」と言うコロの声も聞こえてきた。
「まだ体の節々が痛むけど、とりあえず生きてますよ。それより先輩、見てましたよ。オールカマー優勝おめでとうございます。あとコロうるさいよ」
「うん、ありがとう! でもね、勝てたのはナズナのおかげだから一言お礼を言っておきたくてさ」
アモ先輩の返事の後ろでまたしても「なにーっ! こんなに心配したのに何だその言い草はーっ?!」と言うコロの声が被さる。
…しかしはて? レースの応援はしてたけど、それ以外で私がアモ先輩に何かお礼を言われる様な事があったかな…?
「まず1つはナズナの無事を聞いて、『こりゃ絶対に勝たなくちゃ!』って気合が入ったんだ。2つ目はナズナの事故の様子を見て『自分ならこんな時どうするか?』ってシミュレーションもしててさ…」
そこでアモ先輩は少し口淀む。
「…ちょっと不謹慎だけど、ナズナの転倒がきっかけで最後のすり抜けのアイデアが出たんだよ… だから勝てたのはナズナのおかげなんだ。それでどうしても『ありがとう』が言いたくてさ…」
そう話すアモ先輩の声は本当に嬉しそうで誇らしげだった。