【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー   作:ちありや

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25R NEXT FRONTIER

 レースを終えたアモ先輩が控室に戻って来た。チーム総員で出迎えたが、力を使い果たした様なやつれた顔で「…みんな、ありがとうね」とだけ話して、備え付けのパイプ椅子に座り込んで俯いてしまった。

 

「アモちゃんお疲れ様。あれだけのメンバーで3位だなんて本当に凄いよ!」

 

 メル先輩が先陣を切って祝辞を述べる。すると俯いたままのアモ先輩の足元に幾つかの雫が零れ落ちる。これはアモ先輩の涙…?

 

「あたしさ…」

 

アモ先輩が俯いたまま口を開いた。私達は皆黙ってアモ先輩の次の言葉を待つ。

 

「あたし、天皇賞で走れるなんて夢にも思ってなかった。夢の夢のそのまた夢の天皇賞を走れて、しかもまさかまさかの3着に入れるなんて、死ぬほど嬉しい。絶対に届かないと思ってた星空に指先が触れたと思った…」

 

 私はGⅠはおろか、中央での勝利の味すらまだ知らない。それでもアモ先輩の嬉しさは共感して余りある。私も釣られて目頭が熱くなってきたし、メル先輩、カメ、コロも全員がもれなく貰い泣きしている。

 

「でもさ… でもだからこそ余計にあとちょっと逃げ切れなかった事がメチャクチャ悔しくてさ! あたしにもう少し力があれば『勝てた』のに、天皇賞を『獲れた』のに! オッチャンを天皇賞トレーナーにしてやれたのに! って思ったら、もう体が灼けるくらい悔しくてさ…」

 

 …この気持ちもよく分かる。これはもうウマ娘として生を受けた者の宿業と言っていい。何よりも勝利に渇望している生物がウマ娘なのだから。

 

「だからさ、だからもう喜んで良いのか悔しがれば良いのか、頭がグチャグチャで全然分かんないから、もう、とにかく泣くわ!」

 

 顔を上げて宣言したアモ先輩は、しばらくその場で子供の様にワンワンと大泣きしていた。

 

 ☆

 

 『NEXT FRONTIER』

 

 春秋の天皇賞と年末の有記念のウイニングライブでのみ使用される楽曲で、前にも言ったが、この曲をセンターで歌えたらそれはすなわち『日本一のウマ娘』になれたという事でもある。

 

 そして今私達の目の前に日本最高峰のレースの舞台装置が組まれ、会場スタッフが慣れた手付きであれよあれよと言う間に、つい先程までレースをしていた場所に巨大なステージを作り上げてしまった。

 

 夕闇に幾つかのスポットライトがステージを照らす。その僅かな光と観客の持つ無数のサイリウムがこの場を幻想的に照らし出す。

 

 やがてステージの中央で向かい合って立つ3人のウマ娘にスポットが集中する。

 ウイニングライブでスポットライトを浴びて歌を歌えるのはレースの上位3名だけだ。そして今この場にいるのは天皇賞の覇者トウザイブレイカーと2位のケイヨウブロンコ、そして3位に入ったアモ先輩だ。

 

 ピアノ独奏のイントロが入り、互いに頷きあう3人。そして揃って観客へ向き直り勇ましく導入サビを歌い上げる。

 

 間奏の間にも舞台から吹き出す炎のギミックがウマ娘の激情を現すかの様に大きく揺らめく。

 身近に巻き起こる炎を物ともせず凛々しい顔で踊り続ける16人のウマ娘。センターもバックダンサーも関係無い。全員がこのステージの一部として懸命なアクションを見せている。

 

 バックダンサーが音楽に合わせてステージ上をただ歩いているだけなのに、その風に揺らぐ髪の毛やステージ衣装に宿る生命力や色気に圧倒されてしまう。

 バックダンサーと言えども全員がGⅠを走ったウマ娘。中にはそれこそGⅠホルダーも数名居るのだ。彼女達の纏うオーラは会場全体を包んで観客席を熱狂の坩堝(るつぼ)へと変えていく。

 

 これこそがGⅠ、これこそがウマ娘なのだ。命を燃やしてレースをし、命を燃やして歌い踊る。その美しさに魅了されない者はいない。そして『私もいつかは…』と言う気持ちにさせられる。

 

 歌が終わり今まで炎の色で赤黒く染められていたステージが、後方からの光で強烈な白一色になって16人のウマ娘がシルエットとして浮かび上がる。

 その影しか見えない姿にも雄々しいまでの生命力が宿っているのが分かる。正に圧巻だ。

 

 同時に東京レース場に集った数万人の観客の歓声が会場を埋め尽くす。

 

『頂点に立つ! 立って見せる!』とは歌のサビの歌詞だが、今日ほど心を震わされた事は無かった。身内のアモ先輩が歌っている事と合わせて、私の次の目標はGⅠなのだと再認識させられた。

 

 ☆

 

「うん、控室でいっぱい泣いたからステージじゃ泣かなかったよ。やっぱりステージ上では勝っても負けても嬉しくても悔しくても常に笑顔でいないとね」

 

 ウイニングライブを終えたアモ先輩が、ようやく『いつも通り』の緊張感の無い笑顔を見せる。

 このアモ先輩の笑顔に私達は癒やしと安らぎを与えてもらっている。例え本人にその気が無かろうと、結果的にチームの柱として機能してくれているのはとてもありがたい事だ。

 

「よーし、アモの気分が盛り上がっているうちに次のレース予定を決めちまうか。やっぱり『ジャパンカップ』行っとくか?」

 

「あ、却下で」

 

 今回の好成績で味を占めたのか、源逸トレーナーが次のレースもまたGⅠを指定する。そしてアモ先輩はそれを一瞬で蹴り飛ばした。

 

「なんでだよ? それじゃ『エリザベス女王杯』か? それだとスケジュールがキツかねぇか?」

 

「どっちも却下。あたしその2レースで使う『Special Record!』の練習を全然してないんだわ。知らん楽曲を一から勉強するなら、その分走りたいんだよね」

 

「そんなこと言ったってお前、『NEXT FRONTIER』はもう… って、そういう事なのか…?」

 

 源逸さんの質問に無言のままニヤリと返すアモ先輩。次に『NEXT FRONTIER』が使用されるレース、それは年末の有記念に他ならない。




公式さんでライブの動画を上げて下さっているので、こちらも是非ご覧下さい!
https://youtu.be/xVIfLZWkOKI?si=H9Wjg53nbHZcCrAx
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