【完結】MUDDY GLORY 〜泥だらけの栄光 byウマ娘プリティーダービー 作:ちありや
夢中でゴール板を駆け抜け、観客席の歓声とどよめきが一斉に音の大波となって私を包みこんだ。
最後の直線の余波を残したまま体だけが機械的に前に進む。
やがて電池の切れた玩具の様に、ゆっくりと歩みを止めた私は、今になってジワジワと勝利の実感を得始めていた。
観客席に正対し、上空に撃ち出さんばかりに右手を高く衝き上げる。再び大きく湧き上がる歓声、「よくやった!」「初勝利おめでとう!」「リベンジ果たしたな!」「お前を見に来たんだぞ!」等々、この声の1つ1つが私を祝福してくれているのが肌で感じられる。
続いて上げた腕を降ろして観客席に深く礼をする。今度は場内から一斉に拍手が巻き起こる。
数千人からの祝福を一身に浴びる栄誉と幸福感、未勝利戦ですら『これ』なのだ。もし更なる大舞台で勝つ事が出来たなら、果たしてどの様な景色が見えるのだろうか…?
今は私を応援してくれた人もそうでない人も全て含めてとにかくもう感謝の一言しかない。
今日来てくれているお客さんの中には、前回のみっともない姿を見せてしまった人も居るだろう。今日の走りで少しは私のカッコ悪いイメージが拭えたら良いんだけどね……。
ゴールと同時に少し雨脚が強くなってきたようだ。だが今はその冷たい雨ですらも心地良い。火照った身体と心を良い感じに冷やしてくれる。
少し冷静さが戻って来た所でようやく周りに目を向ける余裕も戻って来た。
…私以外のウマ娘は全員が泣いていた。ある娘は顔を両手で覆って体を小刻みに震わせ、ある娘は早々に控室へと戻って行く。
「なんで?! なんでいつもこうなるの?!」
地面に手をついて号泣しているのはイーグルダイブだ。4戦4敗、全て2着。可哀想とは思うが、こればかりは巡り合わせの悪さの結果だろう。
勝ちは無くても現段階で連対率が100%と言うのは、それはそれで途轍もない事なのだが、いま本人にそれを言っても何の慰めにもならないだろう。
敗者の苦しみは私も嫌と言うほど理解できる。だからこそ、敢えて触らずにこの場を去るのも優しさであるとも言えるだろう。
どの道未勝利戦には勝利者インタビューなどは無い。レースが終わったらとっとと引っ込むのも若手の心得の一つだ。
今一度観客席に向けて最敬礼、そして大きく手を振りながら私は地下馬道へと退場する。鳴り止まないお客さんの拍手の音が、最後まで私を祝福してくれている様で、本当に天にも昇る心地だった。
地下馬道ではアイリスが優しい目をして私を待っていた。近づく私にアイリスは顔の横に右手を広げて立つ。
私はすれ違いざまにそのアイリスの手をバシッと叩く。地下馬道全体に手と手の当たる乾いた音が響き渡った。
「おめでとう、良い流れでレースが出来たわね…」
アイリスからの祝辞の声は、冷静を装いつつも僅かな震えを隠せずにいた。
見ればアイリスの目は真っ赤になっていた。既に泣き腫らした後なのか、いつもの澄ました美人顔が台無しになっていた。
「やぁねもう。自分の初勝利の時でも泣かなかったのに…」
そう言って鼻を啜りながら涙を拭うアイリス。
「ちょっと止めてよ。アイリスに泣かれると涙が
初勝利くらいで泣くつもりなんて無かった。あっけらかんと「こんなの当然よ!」みたいな感じで、余裕綽々にふてぶてしく笑顔で1日過ごそうと思ってたのに……。
「涙はGⅠ獲るまで我慢するつもりだったのに… こんな、初勝利なんかで… もぉ、アイリスのせいだからね!」
私の顔もすでに涙でデロデロだ。全部アイリスのせいだ。アイリスが泣くから泣くつもりの無かった私にまで涙が伝染したんだ。私は悪くない。
「うん、うん! 私のせいで良いからナズナも喜んで良いんだよ。本当におめでとう!」
涙声のアイリスに力一杯抱きしめられる。ここまで我慢したけどもう無理、沸き上がる感情が抑え切れずに涙と嗚咽になって一気に溢れ出した。
女二人で抱き合いながら人目も憚らず号泣する。私もアイリスも普段なら人前で涙を流す様な事はしない。
でも今は… 今だけは泣く事を許して欲しい。今までと全く違う『喜びの涙』だけは……。
不意にフラッシュの光とカメラのシャッター音が鳴り、私とアイリス2人だけの勝利パーティが中断される。
カメラの主を確認すると、記者腕章を付けた30代から40になるかどうか位の、眼鏡で無精ひげを生やした男の人が居た。
「いやぁ、余りにも感動的なシーンだったので思わず撮影してもうたわ。…おっと失礼、俺は『優駿タイムズ』の
「貴方はこの前の…」
記者と思しき目の前の関西弁オジサンとアイリスは面識があるらしい。そんな事より勝手に泣き顔を撮影されて私はちょっとムカッとしている。
「どうも〜、プラチナアイリスさんもお元気そうで何より。この度はナズナ選手もアイリストレーナーも初勝利、おめでとうございます!」
結構調子の良いタイプの人の様だ。話術の勢いで要求を通そうとしてくるタイプでもあると思う。
「前回のレースからお二人には注目してましてねぇ。前回の転倒からの徒歩でのゴール、そして今回の優雅とさえ言える危なげの無いレース運び。更には人目を避けてこんな薄暗い場所で抱き合って号泣する師弟、もうこんなん撮影するしか無いですやん!」
この新城とか言う記者さんも感極まって涙声になってきている。まぁ悪い人では無いのだろう……。
「と言う訳で改めて取材させて下さい。またきっと盛り上がるでぇ! ほらあの『鉄人』って二つ名、俺が考えたんですよ。気に入ってもらえました?」
あれはお前の仕業か。もう少し何て言うか『女子に対する気遣い』みたいなのを考慮して欲しかった、とは思いました。